え、追放してくれるんですか?じゃあ退職金代わりにその冷徹宰相をください

黒猫かの

文字の大きさ
12 / 28

12

しおりを挟む
「……害虫駆除、だと?」

クラーク王子が、ぽかんと口を開けた。

金ピカのタキシードが、シャンデリアの光を反射して無駄に眩しい。

彼は自分の耳を疑うように、震える指で私を指差した。

「な、ナギー。今、僕のことを害虫と……?」

「おや、お気づきになりませんでしたか? 言葉の綾(あや)ではなく、生物学的な分類として申し上げたつもりですが」

私は扇子で口元を隠し、冷ややかに告げた。

「周囲を見てごらんなさい。貴方様が近づいただけで、皆が蜘蛛の子を散らすように逃げていきましたよ。その金色の衣装、威嚇色としては優秀ですね。毒蛾(ドクガ)のようで」

「ど、毒蛾……ッ!」

王子がよろめく。

隣にいたミルキー男爵令嬢が、ここぞとばかりに口を挟んだ。

「ひどぉい! クラーク様は蛾じゃないよぉ! 黄金虫(コガネムシ)だよぉ!」

「ミルキー、それフォローになってないから! どっちにしろ虫だから!」

王子が涙目でツッコミを入れる。

漫才だ。

神聖な外交パーティーの会場が、一瞬にして三流劇場の舞台に成り下がった。

「……帰るぞ、ナギー。これ以上ここにいると、私のIQまで下がりそうだ」

アイザック宰相が冷たく吐き捨て、私の肩を抱いて背を向けようとした。

だが。

「ま、待ってくれ! 違うんだ!」

クラーク王子が、なりふり構わず私たちの前に立ちはだかった。

彼はプライドもかなぐり捨て、必死の形相で私を見つめた。

「ダンスなんてどうでもいい! いや、どうでもよくないけど……とにかく、話を聞いてくれ! 僕には、やはり君が必要なんだ!」

会場がざわめく。

婚約破棄した元カレからの、未練がましい復縁要請。

本来ならロマンチックな場面かもしれないが、相手が全身金色のコガネムシ王子では、ただのホラーである。

私は立ち止まり、無表情で問い返した。

「必要、ですか。具体的には?」

「全部だ!」

王子が叫んだ。

「君がいなくなってから、何もかもがおかしいんだ! 朝起きたら靴下が片方ない! 紅茶が渋い! 書類の漢字が難しくて読めない! 大臣たちが僕を見る目が怖い! トイレの紙が切れてても誰も補充してくれない!」

「……」

「極めつけは今日だ! このタキシードだって、本当は着たくなかった! でもミルキーが『金運が上がるから』って無理やり着せて……鏡を見たら仏像みたいだし! こんなの嫌だ! ナギーが選んでくれた、あの地味だけど品のある紺色のスーツがいいんだ!」

王子は息を切らして訴えた。

その目には、本気の涙が溜まっている。

周囲の貴族たちはドン引きしていたが、私は冷静に、その訴えを脳内で因数分解した。

(要するに、生活能力と実務能力の欠如。自業自得ですね)

私はため息交じりに言った。

「殿下。貴方様が仰っているのは『愛の告白』ではありません。『介護の要請』です」

「えっ」

「貴方様が必要としているのは私(ナギー)という人格ではなく、『高機能・多目的自動事務処理機(兼・母親代わり)』です。違いますか?」

「そ、そんな言い方は……! でも、君しかいないんだ! 僕の扱いや、好みを完璧に把握しているのは君だけだ!」

「ええ、把握しております。だからこそ、お断りするのです」

私は一歩踏み出し、王子の目を真っ向から見据えた。

「私は貴方様の『お世話』をするために生まれてきたのではありません。貴方様がご自身の足で立ち、ご自身の頭で考え、王としての責務を果たすための補佐をしてきたつもりです。ですが……」

私はチラリと、彼の隣でキョトンとしているミルキー嬢を見た。

「貴方様が選んだのは、その方です。『何もできなくて可愛い』女性を選び、『何でもできて可愛くない』私を捨てた。その結果が今の現状(カオス)です」

「うぐっ……!」

「公務が滞っているから戻ってこい? 不便だから助けてくれ? ……甘えないでください」

私の声は、会場の隅々まで響き渡った。

「自分で撒いた種は、自分で刈り取るのが大人の、そして為政者の最低条件です。公務が回らないなら、寝る間を惜しんで勉強なさい。靴下がないなら、裸足で歩けばいいのです」

正論の刃(やいば)が、王子の心臓を的確に貫いた。

彼はパクパクと口を開閉させ、反論の言葉を探しているようだったが、何も出てこない。

そこで、ミルキー嬢が頬を膨らませた。

「なによぉ、ナギーお姉様! 偉そうに! 私だって頑張ってるもん! クラーク様のお洋服に、毎日可愛いアップリケつけてあげてるもん!」

「……だから最近、王子のジャケットの背中にクマのアップリケが増殖していたのですね。新手の呪いかと思っていました」

「可愛いでしょ!?」

「TPOという概念を辞書で引いてから出直してください」

私がバッサリ切り捨てると、ミルキー嬢は「うわぁ~ん!」と泣き出した。

カオスだ。

本当に、頭が痛くなってくる。

「もういいだろう」

それまで黙って聞いていたアイザック宰相が、低く唸るような声を出した。

彼は私を自分の背中にかばうように立ち位置を変え、王子を見下ろした。

「クラーク。見苦しいぞ」

「お、叔父上……! でも、国の危機なんです! ナギーが戻らないと、予算委員会が!」

「それがどうした」

アイザック宰相の一言で、空気が凍りついた。

「予算委員会が乗り切れないなら、貴様が無能だというだけの話だ。ナギーの責任ではない」

「そ、そんな……! 叔父上だって、ナギーがいなきゃ困るでしょう!? 返してくださいよ! 僕の婚約者なんですよ!」

クラーク王子が、逆上して私に手を伸ばしてきた。

「来い、ナギー! これは王命に準ずる命令だ! 今すぐ僕の元へ……!」

その手が、私の腕に触れようとした瞬間。

バシッ!!

乾いた音が響いた。

アイザック宰相が、王子の手を容赦なく払い退けたのだ。

「……痛っ!?」

王子が手を押さえる。

アイザック宰相の瞳は、絶対零度の冷気を放っていた。

「気安く触れるな」

「お、叔父上……?」

「彼女は今、私の部下だ。私の許可なく指一本触れることは許さん」

その声音には、明確な殺気が込められていた。

周囲の貴族たちが息を呑む。

宰相が、王子に対して公然と敵意を剥き出しにしたのだ。

「勘違いするな、クラーク。ナギーは『物』ではない。どこに所属し、誰のために能力を使うかは、彼女自身の意志で決めることだ」

彼は私を振り返り、優しく問いかけた。

「ナギー。君はどうしたい?」

私は、真っ赤に腫れた手を押さえて怯える王子と、凛として立つ宰相を交互に見た。

答えなど、決まっている。

「私は……」

私は王子の前まで進み出た。

そして、優雅にカーテシー(膝を折る礼)をした。

「謹んで申し上げます、クラーク殿下。私の現在の時給は、宰相閣下のポケットマネーにより、王子の提示額の約五十倍となっております」

「ご、五十倍……!?」

「さらに、福利厚生として『美味しいお茶』と『知的で静かな職場環境』、そして『顔の良い上司』が保証されております」

私はニッコリと笑った。

「これらを上回る条件を提示できない限り、貴方様の下へ戻ることは『経済的合理性』に欠けます。よって、却下します」

「か、顔の良い上司って……そこ!?」

王子が叫ぶ。

「ええ、重要項目です。モチベーションに関わりますので」

私はアイザック宰相の隣に戻り、彼の腕に手を回した。

「行きましょう、閣下。ここにいると、金粉アレルギーになりそうです」

「ああ、そうだな。消毒が必要だ」

アイザック宰相は満足げに頷き、私をエスコートして歩き出した。

「ま、待てぇぇぇ! ナギー! お金なら何とかするからぁぁぁ!」

背後で王子の情けない叫び声が響く。

「だから国庫には金がないと言っているだろうが、バカモノ」

アイザック宰相が振り返らずに冷たく言い捨てると、王子は「ひぃっ」と悲鳴を上げて黙り込んだ。

私たちは、呆然とする貴族たちの間を抜け、バルコニーへと続く扉へ向かった。

ざまぁみろ、という低俗な言葉は使わない。

ただ、背中で語るだけだ。

『逃がした魚は、もう二度と戻らない』と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

殿下、私以外の誰かを愛してください。

八雲
恋愛
公爵令嬢ラブリーは、第一王子クロードを誰よりも愛していました。しかし、自分の愛が重すぎて殿下の負担になっている(と勘違いした)彼女は、愛する殿下を自由にするため、あえて「悪役令嬢」として振る舞い、円満に婚約破棄されるという前代未聞の計画を立てる。協力者として男爵令嬢ミリーを「ヒロイン役」に任命し、準備は整った。

謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。

婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。 普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

婚約破棄で、おひとり様になれるはずだったのに!?

パリパリかぷちーの
恋愛
主人公ルシアン・ヴァイオレットは、「悪役令嬢」として振る舞う孤独愛好家の公爵令嬢。念願だった第一王子アランとの婚約破棄を言い渡されると、内心では歓喜し、大都会の喧騒から逃れて森の奥の廃墟同然の別荘へと引きこもる。ルシアンの目的は、誰にも邪魔されない至高の静寂ライフを満喫することだった。 しかし、彼女の理想郷にはすでに先客がいた。それは、無口で無愛想だがハイスペックな謎の男、キース。実は彼は、王国の裏社会を統べる『影の英雄』と呼ばれる辺境伯であり、ルシアンの孤高の姿に心奪われた重度の隠れファンだった。

逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。

しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。 父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。 旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。 陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。 やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。 平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。 その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。 しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。

婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの
恋愛
「ミイーシヤ! 貴様との婚約を破棄する!」 王城の夜会で、バカ王子アレクセイから婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢ミイーシヤ。 周囲は彼女が泣き崩れると思ったが――彼女は「承知いたしました(ガッツポーズ)」と即答!

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

処理中です...