え、追放してくれるんですか?じゃあ退職金代わりにその冷徹宰相をください

黒猫かの

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「……行ったか」

嵐のように現れ、そして嵐のように去っていった国王陛下。

執務室には再び静寂が戻っていた。

机の上には、陛下が「あとは頼んだ!」と押し付けていった『全権委任状』と、王家の紋章が入った重厚な印章が置かれている。

「……ふぅ」

私は大きく息を吐き、ソファに深く沈み込んだ。

「やってしまいました」

「ああ、やってしまったな」

アイザック宰相が、可笑しそうにクックッと喉を鳴らしている。

「国の借金を肩代わりする代わりに、私との結婚をねじ込むとは。……恐ろしい交渉術だ」

「恐ろしいですか? Win-Winの提案だと思いますが」

私は顔を上げ、少し拗(す)ねたように唇を尖らせた。

「それとも閣下、私との婚約は不服でしたか? もし『独身貴族を貫きたい』というポリシーをお持ちでしたら、今すぐ陛下を追いかけて撤回してきますが」

私が立ち上がろうとすると、アイザック宰相が素早く私の腕を掴んだ。

「待て。誰が不服だと言った」

彼は私を強引に引き寄せ、元のソファに座らせた。

そして、逃がさないように両手を背もたれにつき、私を囲い込んだ。

「むしろ逆だ。礼を言いたいくらいだ」

「……礼?」

「ああ。私は常々、君を私の戸籍に入れるタイミングを計っていたんだが……」

彼は苦笑した。

「外堀を埋める前に、君の方から本丸(国王)を落としてくれるとはな。手間が省けた」

「……効率化は私の得意分野ですので」

私は照れ隠しに視線を逸らした。

心臓がうるさい。

さっきの陛下への啖呵(たんか)は、アドレナリンが出ていたから言えたことだ。

冷静になってみると、「私と結婚させてください」などと、とんでもない逆プロポーズをしてしまったことになる。

恥ずかしい。

穴があったら入りたい。

あるいは、書類の山に埋もれたい。

「……ナギー」

アイザック宰相が、私の顎を指で持ち上げ、視線を絡ませてくる。

「一つだけ確認させてくれ」

「な、なんでしょう? 契約の細則についてですか? 新婚旅行の予算上限は……」

「違う」

彼の声が、甘く低く響く。

「君が私を選んだ理由は、本当に『条件(スペック)』だけか?」

「えっ」

「福利厚生、静かな職場、顔の良い上司。……それだけが理由なら、他にも候補はいるかもしれんぞ? 隣国の皇太子とか、北の大公とか」

彼は意地悪く問う。

「それでも、私でいいのか?」

試されている。

この男は、私の口から「言葉」を引き出そうとしているのだ。

私は観念した。

この期に及んで、論理(ロジック)で武装するのは野暮というものだ。

私は深呼吸をし、彼の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

「……訂正します」

「ん?」

「条件だけではありません。スペックで選ぶなら、確かに他にも候補はいるでしょう。ですが……」

私は勇気を出して、彼の手を握り返した。

「私の残業に付き合ってくれるのは、貴方だけです」

「……ほう」

「私の毒舌を笑ってくれるのも、私が作った完璧な書類を見て美しいと褒めてくれるのも、雨の日にスーツを濡らしてまで私を守ってくれるのも……世界中で、アイザック・ル・グラン、貴方一人しかいません」

私の声が少し震える。

「だから……これは消去法ではありません。積極的選択です」

私は精一杯の虚勢を張って、ニヤリと笑ってみせた。

「貴方じゃなきゃ、私の『共同経営者(パートナー)』は務まりませんよ。……これで満足ですか?」

一瞬の沈黙。

アイザック宰相は、目を見開いて私を見ていたが、やがて破顔した。

それは、今まで見たどの笑顔よりも優しく、愛おしさに溢れていた。

「……合格だ」

「へ?」

「満点だ、ナギー。君らしい、最高の愛の告白だ」

「こ、告白じゃありません! 適性評価です!」

「同じことだ」

彼は私の抵抗を無視して、顔を寄せた。

触れるだけの、優しい口づけが額に落ちる。

「契約成立だ。……死ぬまでこき使ってやるから覚悟しろ、私の愛しい補佐官殿」

「望むところです……私の冷徹な上司殿」

私たちは笑い合った。

ほんの数秒の、甘い時間。

だが、すぐに現実は待ってくれないことを思い出す。

「さて」

アイザック宰相がパンと手を叩き、空気を切り替えた。

「色ボケしている暇はないぞ。我々には倒すべき敵がいる」

「はい。推定十万袋のカカオ豆と、ピンク色のペンキですね」

私はスッと立ち上がり、眼鏡の位置を直した。

乙女モード終了。

ここからは、修羅(仕事人)の時間だ。

「閣下。陛下からお預かりした『全権委任状』を行使します」

私は机の上の羊皮紙を広げた。

「まずは情報の整理から。カカオ豆十万袋。これを普通に市場に流せば、相場が暴落し、国内の菓子業者が共倒れになります」

「廃棄するか?」

「もったいない。一袋たりとも無駄にはしません」

私はニヤリと笑った。

「閣下、ご存知ですか? 隣国の帝国では今、戦争続きで兵士の士気が低下していると聞きます」

「ああ。嗜好品が不足しているからな」

「そこでカカオです。カカオに含まれる成分は、疲労回復と高揚感をもたらす。これを『戦場のスーパーフード』として売り込みます」

「……なるほど。軍需物資として売り捌くか」

「はい。あちらの皇帝陛下は甘党ですから、交渉次第で定価の倍で売れます。……外交ルートの手配をお願いできますか?」

「お安い御用だ。直通回線(ホットライン)がある」

アイザック宰相が即座にメモを取る。

「次に、ピンク色のペンキですが」

私はもう一枚の書類を取り出した。

「これはミルキー嬢の個人的な趣味で発注されたものですが……実はこの顔料、特殊な『耐火性』を持っています」

「耐火性?」

「ええ。燃えにくい素材なんです。城壁に塗るには色がふざけていますが、これを『防火塗料』として下地に使い、その上から普通の漆喰を塗れば……」

「……安価で最強の防火壁ができる、というわけか」

「その通りです。近年、王都では火災が増えています。このペンキを『王都防災プロジェクト』の資材として転用し、各地区に義務付ければ、在庫は一瞬で捌けます」

「天才か」

アイザック宰相が感嘆の声を漏らす。

「ゴミを資源に変えるとはな」

「ゴミではありません。『未活用の資産』です」

私は電卓を叩いた。

「カカオの売却益で約八万枚の金貨。ペンキの転用による防災予算の削減効果で二万枚。……これで、クラーク殿下が空けた穴は埋まります」

「計算通りか」

「いえ、まだです」

私は瞳をギラつかせた。

「穴埋めだけでは足りません。慰謝料と、私たちの新婚旅行費、そして迷惑料を上乗せして回収する必要があります」

「……まだ搾り取る気か?」

「当然です。ターゲットは……」

私は窓の外、王宮のある方向を指差した。

「今回の元凶である、クラーク殿下とミルキー男爵令嬢の実家。彼らにも『応分の負担』をしていただきましょう」

「……怖いな、君は」

「あら、これから『国を救う英雄』になる予定の女ですよ?」

私は不敵に微笑んだ。

「さあ、行きましょう閣下。まずは王城への『ガサ入れ』です。無駄な予算をバッサバサと切り捨てて、健全な財政を取り戻します!」

「御意。……ついて行くよ、私の女神」

私たちは並んで執務室を出た。

手には全権委任状。

背中には国の未来。

そして胸には、確かな信頼と愛(のようなもの)。

向かうところ敵なし。

さあ、震えて待っていろ、バカ王子。

ナギー・ベルシュタインの『倍返し』が、今始まる。
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