え、追放してくれるんですか?じゃあ退職金代わりにその冷徹宰相をください

黒猫かの

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王城、大会議室。

そこは普段、国の重鎮たちが集まり、威厳ある議論(という名の足の引っ張り合い)が行われる神聖な場所だ。

だが、今日。

その空気は一変していた。

「却下」

冷徹な声が響く。

「きゃ、却下……ですか?」

「ええ。聞こえませんでしたか? この『王太子宮殿におけるシャンデリア総入れ替え計画』。理由は『キラキラが足りないから』? 却下です。今のままで十分明るい。目が眩むのが嫌なら、サングラスでもかけて生活してください」

バサッ!

書類がゴミ箱に投げ捨てられる音が、処刑の合図のように響く。

部屋の中央、上座に座っているのは国王陛下ではない。

濃紺のドレスを纏い、眼鏡をキラリと光らせた私、ナギー・ベルシュタインだ。

その背後には、腕組みをして仁王立ちするアイザック宰相。

私たちは今、陛下から賜った『全権委任状』という名の最強武器(エクスカリバー)を振りかざし、王城の「大掃除」を行っていた。

「つ、次! 財務省からの陳情です!」

震える手で次の書類を差し出したのは、顔面蒼白の財務大臣だ。

「えー、クラーク殿下が『毎日違う色の馬車に乗りたい』と仰せで……七色の馬車の購入予算を……」

「却下」

私は書類を見もせずに一蹴した。

「一週間は七日。つまり、毎日塗り替えれば済みます。あるいは、殿下が自分でペンキを塗ればよろしい。情操教育にもなって一石二鳥です」

「は、ははぁ……!」

「次! 宮廷庭師からの要望!」

「ミルキー嬢が『庭のバラを全部抜いて、ピンクのチューリップに植え替えたい』と……」

「却下。バラは王家の象徴です。どうしてもやりたいなら、自費でプランター栽培を命じます。ただし、土いじりは手袋必須。泥がついたと泣かれても洗濯代は出しません」

「御意!」

私の手元には、特大の赤ペンと、愛用の魔導電卓。

タタタタタッ! シュバッ!

電卓を叩く音と、赤線が引かれる音が、小気味よいリズムを刻む。

「無駄! 無駄! これも無駄!」

私は次々と予算案を斬り捨てていく。

その姿は、まさに『予算の死神』。

あるいは『仕分けの悪魔』。

「な、ナギー様……少しは手心を……」

「手心? 寝言は寝て言ってください」

私は顔を上げ、居並ぶ大臣たちを睥睨(へいげい)した。

「現在の国家予算は、例のカカオ豆誤発注事件により壊滅的状況です。これを立て直すには、贅肉を削ぎ落とし、筋肉質な財政にするしかありません。骨まで削らないだけ慈悲深いと思ってください」

「ひぃっ……!」

大臣たちが縮み上がる。

背後でアイザック宰相が、愉快そうに補足した。

「彼女の言う通りだ。文句がある者は、前に出ろ。私が個別に『面談(尋問)』してやる」

「め、滅相もございません!」

全員が首を横に振る。

宰相閣下の『面談』は、精神を破壊される拷問として恐れられているからだ。

「では、続けます。……おや?」

私は一枚の請求書を手に取り、眉をひそめた。

『クラーク王子・おやつ代(臨時増額申請)』

「……舐めてますね」

私は低く呟いた。

「国が存亡の危機にある時に、おやつ代の増額? しかも理由が『高級マカロンがないと頭が働かない』?」

私はその紙を、親指と人差し指でつまみ上げた。

「呼び出してください。今すぐ」

「は、はい!」

数分後。

扉が開き、クラーク王子とミルキー男爵令嬢が入ってきた。

二人は、私がここに座っているのを見て、露骨に嫌そうな顔をした。

「なんだよナギー! またお説教かよ!」

クラーク王子が不満たらたらで叫ぶ。

「僕はお腹が空いてるんだ! マカロンはまだか!」

「そうだよぉ! ナギーお姉様、早くお菓子ちょうだい! あと、新しいドレスも!」

ミルキー嬢も便乗する。

危機感ゼロ。

反省の色ゼロ。

ここまで清々しいと、怒りを通り越して感心すら覚える。

私はゆっくりと立ち上がり、彼らの前まで歩み寄った。

そして、満面の笑みを浮かべた。

「殿下、ミルキー様。朗報です」

「ろ、朗報?」

王子の目が輝く。

「なんだ、マカロンが届いたのか!?」

「いいえ。貴方様たちの『お小遣い』について、画期的な改革案をご用意しました」

「お小遣いアップ!? やったぁ!」

王子とミルキーがハイタッチをする。

私はその手を取るようにして、一枚の通達書を手渡した。

「こちらが新しい支給額です。ご確認ください」

「どれどれ……金貨……え?」

王子が紙を見て、固まった。

目をこすり、二度見し、三度見する。

「……ゼロ?」

「はい。ゼロです」

「な、なんだってえええええ!?」

王子の絶叫が会議室の窓ガラスを震わせた。

「ゼ、ゼロ!? 間違いだろ!? 桁が一つ抜けてるんじゃなくて、全部抜けてるぞ!?」

「間違いではありません。仕様です」

私はキッパリと言い放った。

「今回の財政危機を引き起こした主犯は、貴方様たちです。その責任を取っていただくため、本日より王室費からの個人的な支出は一切凍結します」

「凍結って……じゃあ、おやつは!?」

「ありません」

「新しい服は!?」

「今持っているもので我慢してください。数百着あるでしょう?」

「遊びに行くお金は!?」

「公園ならタダです」

「そ、そんな殺生な……!」

王子が膝から崩れ落ちる。

「お金がないなんて……どうやって生きていけばいいんだ……! 僕は王子だぞ!?」

「王子だろうと、働かざる者食うべからずです」

私は冷酷な真実を突きつけた。

「貴方様は今まで、何も生産せず、ただ消費するだけの存在でした。これからは、食べたければ働いてください」

「は、働く……?」

王子が未知の単語を聞いたような顔をする。

「そうです。幸い、王城には仕事が山ほどあります。草むしり、窓拭き、馬小屋の掃除……。時給は銅貨五枚からスタートです」

「ど、銅貨!? マカロン一個も買えないじゃないか!」

「なら、マカロンを諦めて乾パンを齧ってください」

「いやだぁぁぁ! 乾パンは喉が渇くんだよぉぉぉ!」

王子が床を転げ回って駄々をこねる。

二十歳過ぎた男の姿とは思えない。

ミルキー嬢も青ざめている。

「うそ……私のドレスは? 宝石は? パパに買ってもらうもん!」

「あ、それについては先ほど、お父様のミルキー男爵に通達済みです」

私はニッコリと微笑んだ。

「『今回の損害賠償請求として、男爵家の資産を差し押さえました』と」

「えっ」

「ですので、ご実家からの仕送りも期待できません。あしからず」

「うそぉぉぉ! パパのケチィィィ!」

ミルキー嬢も泣き出した。

阿鼻叫喚(あびきょうかん)の会議室。

大臣たちは「よくぞ言ってくれた!」という顔で、隠れてガッツポーズをしている。

私は彼らを見下ろし、最後のトドメを刺した。

「殿下。これが『現実』です」

私はコツコツとヒールを鳴らし、王子の耳元で囁いた。

「貴方様が捨てたのは、ただの婚約者ではありません。貴方様の財布の紐を管理し、生活基盤を支えていた『守護者』だったのです」

「……っ!」

「守護者がいなくなった今、貴方様は荒野に放り出された赤子同然。……せいぜい、自力で生き延びてみてください」

王子が私を見上げる。

その目には、初めて見る『恐怖』の色が宿っていた。

自分の無力さと、私の存在の大きさを、骨の髄まで理解した瞬間だったろう。

「さあ、皆さん! 茶番は終わりです!」

私はパンと手を叩き、元の席に戻った。

「次は『王立騎士団の宴会費用』の削減について審議します! 飲み代は自腹! 以上!」

「は、はいぃぃっ!」

会議は続く。

私の独壇場(オンステージ)は、まだ始まったばかりだ。

隣に立つアイザック宰相が、ポツリと漏らした。

「……惚れ直したぞ、ナギー」

「お静かに。私語は慎んでください、副官殿」

「ふっ、手厳しいな」

私たちは視線を交わし、ニヤリと笑った。

窓の外では、明日からの生活に絶望した王子とミルキーの泣き声が、いつまでも響いていたという。
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