え、追放してくれるんですか?じゃあ退職金代わりにその冷徹宰相をください

黒猫かの

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「……女王、ですか?」

私は眉をひそめ、国王陛下の提案を脳内で反芻(はんすう)した。

『ナギー・ベルシュタインを王女として迎え入れ、次期女王として即位させる』

常人なら感涙に咽(むせ)び泣き、平伏して受けるような栄誉だろう。

だが、私の思考回路は、その「名誉」の裏にある「実務」を瞬時に弾き出した。

『業務内容:国家統治全般、外交、祭祀(さいし)』
『勤務時間:二十四時間三百六十五日(死ぬまで)』
『責任:国家の存亡』
『休日:なし』
『定年:なし(崩御するまで)』

(……ブラックだ)

私は戦慄した。

これは名誉職ではない。

『終身刑』に近い超絶ブラック労働だ。

クラーク王子の尻拭いどころではない。

国民全員の尻拭いをさせられる未来が確定している。

「謹んで辞退申し上げます」

私は即答した。

「なぜじゃ!? 女王ぞ? 国のトップぞ?」

「トップということは、責任もトップです。私は『宰相補佐官』という、責任は上司(アイザック閣下)に丸投げしつつ、実権だけ振るえるナンバー2のポジションが気に入っております」

「ぶっちゃけたな」

国王陛下が目を丸くする。

「それに陛下。私は『定時退社』と『有給休暇』を愛しています。女王になれば、それが叶わなくなるでしょう?」

「う、うむ……まあ、王に休みはないからのう」

「論外です。ワーク・ライフ・バランスの崩壊した職場には興味がありません」

私はバッサリと切り捨てた。

よし、これでこの話は終わりだ。

そう思ってアイザック宰相の方を見た。

彼はきっと、「そうだ、ナギーは渡さん」と援護射撃をしてくれるはず……。

「……」

しかし、アイザック宰相は無言だった。

彼は俯き、机に置かれた手を固く握りしめていた。

顔色が悪い。

眼鏡の奥の瞳が、小刻みに揺れている。

(……閣下?)

「おい、大臣たちよ。そちたちはどう思う?」

陛下が、周囲で様子をうかがっていた大臣たちに声をかけた。

すると。

「賛成です! ナギー様なら国を豊かにしてくれる!」
「あの手腕があれば、我々の給料も上がるはず!」
「王子よりよっぽどマシだ! ナギー女王万歳!」

大臣たちが、ここぞとばかりに歓声を上げ始めた。

彼らは先ほどの「予算仕分け」で私の能力を目の当たりにしている。

自分たちが無能でも、トップが優秀なら楽ができると考えたのだろう。

「ほれ見ろ、満場一致じゃ」

陛下がニヤリと笑う。

「民意(大臣意)もそちを求めておる。ナギーよ、これは『王命』として命じてもよいのだぞ?」

「王命……」

その言葉が出た瞬間、場の空気が重くなった。

王命は絶対。

拒否権はない。

もし私が拒めば、今度は実家やアイザック宰相に累が及ぶかもしれない。

(……まずいですね)

私が打開策を検索しようとした、その時だった。

バンッ!!!!

雷が落ちたような轟音が、謁見の間に響き渡った。

全員がビクリと肩を震わせる。

音の発生源は、アイザック宰相だった。

彼が、黒檀(こくたん)のテーブルを拳で叩き割らんばかりの勢いで殴りつけたのだ。

「……か、閣下?」

私が恐る恐る声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。

その表情を見て、私は息を呑んだ。

いつもの「氷の宰相」の仮面は、そこにはなかった。

あるのは、余裕を失い、焦燥と怒りを露わにした、一人の男の顔だった。

「ふざけるな……」

低く、地を這うような声。

「アイザック?」

陛下が眉をひそめる。

アイザック宰相は、血走った目で国王を睨みつけた。

「陛下。私の話を……聞いていましたか?」

「ん?」

「ナギーは! 私の! 部下だと! 言ったはずです!」

彼は叫んだ。

普段、声を荒らげることなどない彼が、声を裏返らせて叫んでいる。

「国家の利益? 王位継承? 知ったことですか! 彼女を見つけたのは私だ! 彼女の価値を最初に見抜いたのも、彼女の淹れる茶の適温を知っているのも、彼女が計算に没頭すると瞬きを忘れる癖を知っているのも……すべて私だ!」

「おお……」

大臣たちがドン引きしている。

宰相閣下、キャラが崩壊しています。

情報漏洩も甚だしいです。

だが、彼は止まらない。

「それを……横からかっさらうだと? ふざけるな! 女王になれば、彼女は『公人』になる。外交だ、式典だと連れ回され、私の執務室にいる時間がなくなる!」

彼はバンバンと机を叩いた。

「誰が私の書類を整理するんだ! 誰が私の阿吽(あうん)の呼吸に応えるんだ! 誰が……私の隣で笑うんだ!」

「アイザック、落ち着け。それは公私混同じゃ」

「公私混同上等だ!!」

アイザック宰相が吠えた。

「私は聖人君子ではない! ただの欲深い男だ! ナギーがいなくなるなら……私は宰相を辞める!」

「なっ!?」

会場が騒然となる。

「本気か!? お前が辞めたら行政が止まるぞ!」

「止まればいい! ナギーのいない世界など、滅んでしまえばいいんだ!」

暴論だ。

極論だ。

子供の駄々っ子のような理屈だ。

しかし、その言葉の裏にある凄まじい熱量に、私は胸を撃ち抜かれていた。

(……この人、本気だ)

計算高いはずの彼が、損得勘定を投げ捨てて、なりふり構わず私を求めている。

国よりも、地位よりも、私一人が欲しいと叫んでいる。

「……ふっ、くくく」

不意に、国王陛下が笑い出した。

「はーっはっは! 傑作じゃ! あの『鉄仮面』のアイザックが、ここまで取り乱すとは!」

陛下は膝を叩いて喜んだ。

「試した甲斐があったわい」

「……試した?」

アイザック宰相が、ハァハァと息を切らしながら陛下を見る。

「うむ。お前がナギーをどれほど想っておるか、ちと意地悪してみただけじゃ。……まさか『国が滅んでもいい』とまで言うとは思わなんだが」

陛下はニヤニヤと笑った。

「安心せい。ナギーを女王にする気など毛頭ない。そんなことをすれば、お前がクーデターを起こしかねんからな」

「……陛下」

アイザック宰相の全身から、殺気が立ち上る。

「……今の発言、ジョークにしては笑えませんが」

「まあ許せ。これで分かったじゃろう? お前にとってナギーが『代えの効かない存在』であることが」

陛下は私に向き直り、ウインクをした。

「ナギーよ。愛されておるのう」

「……ええ、重たいくらいに」

私は苦笑した。

顔が熱い。

公開告白も同然だ。

アイザック宰相は、しばらく呆然としていたが、やがて状況を理解し、ガクリと肩を落とした。

そして、耳まで真っ赤にして、眼鏡を手で覆った。

「……一生の不覚だ」

彼は呻(うめ)くように言った。

「あんな……恥ずかしいことを……」

「ええ、録音しておけばよかったです。『ナギーのいない世界など滅べばいい』でしたっけ? 詩的ですね」

私が茶化すと、彼はバッと顔を上げた。

「ナギー! 忘れるんだ! 今すぐ記憶を消去しろ!」

「無理です。私の脳内ハードディスクの『最重要フォルダ』に保存しました」

「くそっ……!」

彼は舌打ちをし、乱暴に私の手を取った。

「帰るぞ! もういい! これ以上ここにいると、私が社会的に死ぬ!」

「はいはい。逃亡ですね」

「戦略的撤退だ!」

彼は私を引きずるようにして、謁見の間を後にした。

背後で、国王陛下と大臣たちの爆笑が聞こえる。

廊下に出ても、彼の歩調は緩まない。

私の手首を掴む手は熱く、そして痛いほど強かった。

「……閣下」

私は走りながら声をかけた。

「痛いです。そんなに強く握らなくても、逃げませんよ」

彼はピタリと足を止めた。

そして、振り返り、私を強く抱きしめた。

「……逃がさん」

耳元で、震える声がした。

「王命だろうが何だろうが、君を連れて行かせはしない。君は私のものだ」

ギュウゥゥッ……。

肋骨がきしむほどの抱擁。

苦しいけれど、その痛みが心地よかった。

「……はい。知っています」

私は彼の背中に手を回し、ポンポンとあやした。

「私は貴方のものです。書類も、スケジュールも、そしてこの身も。……契約書にサインしましたからね」

「……ああ」

彼は私の肩に顔を埋め、深く息を吐いた。

「心臓が止まるかと思った……」

「私もです。閣下のキャラ崩壊を見て」

「うるさい」

彼は顔を上げ、少し拗ねたような、でも安堵に満ちた瞳で私を見た。

「帰ったら、罰として残業だ。私のメンタルケアに付き合ってもらう」

「どのようなケアで?」

「……膝枕と、甘い菓子と、君の笑顔だ」

「注文が多いですね。……まあ、特別手当(キス)が出るなら考えてあげます」

「強欲な部下だ」

「誰に似たんでしょうね」

私たちは顔を見合わせ、小さく笑った。

王城の廊下に差し込む夕日が、二人の影を長く伸ばしていた。

ラスボス(国王)の試練もクリアした。

もう、私たちの仲を引き裂ける者は、この国には誰もいないだろう。

……たぶん。
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