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翌日。
王城、大会議室。
国の重要事項を決定する『御前会議』が開かれていた。
円卓を囲むのは、国王陛下をはじめ、各省庁の大臣、騎士団長、そして高位貴族たち。
空気は張り詰めている。
咳払い一つ許されない厳粛な場だ。
その円卓の、陛下の右隣。
宰相席に座るアイザック・ル・グランの背後に、私は直立不動で控えていた。
(……視線が痛いですね)
私はポーカーフェイスを維持しながら、周囲の視線を感じていた。
昨日の今日だ。
「宰相が国王に喧嘩を売った」「ナギー嬢を巡って国が割れかけた」「結局、宰相が愛の力で勝利した」という噂は、すでに尾ひれがついて城中に広まっていることだろう。
大臣たちが、チラチラと私とアイザック宰相を交互に見ている。
「ゴホン」
国王陛下が、わざとらしい咳払いをした。
「さて。本日の議題は『第一王子クラークの処遇』についてじゃが……その前に」
陛下はニヤニヤしながら、アイザック宰相を見た。
「アイザックよ。昨日の件、正式に議事録に残す必要がある。改めて問うぞ」
「……」
アイザック宰相が眉をひそめる。
「昨日の件とは?」
「とぼけるな。ナギー・ベルシュタインとの婚約についてじゃ。ここにいる者たち全員が証人となる。……彼女を娶(めと)ることに異存はないな?」
会場の注目が一斉に宰相に集まる。
私は心の中で祈った。
(閣下、ここはサラッと流してください。「はい、事務的に処理します」くらいで十分です。これ以上、恥の上塗りは……)
しかし。
アイザック宰相は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、眼鏡の位置を直し、会場を見渡してから、朗々とした声で宣言した。
「異存などあるはずがない」
彼は私の手を取り、強引に自分の隣に立たせた。
「ナギー・ベルシュタインは、私の婚約者となる。これは決定事項だ。異論を挟む者は、私が個人的に『論破』しに行くので覚悟しておくように」
「ひぃっ……」
大臣たちが震え上がる。
宰相の「論破」とは、精神が崩壊するまで詰められることを意味する。
「それに、彼女はただの婚約者ではない」
アイザック宰相は、私の手を握ったまま続けた。
熱っぽい視線が私に注がれる。
「彼女は、私の『心臓』の一部だ」
「……は?」
私が思わず声を漏らすと、彼は真顔で重ねてきた。
「彼女がいなければ、私の血液は循環を止め、思考回路は酸素不足で壊死(えし)するだろう。つまり、ナギーは私の生命維持装置(ライフライン)そのものだ」
「……」
シン……と会場が静まり返る。
比喩が重い。
そして、医学的に怖い。
私は顔を引きつらせながら小声で囁いた。
「閣下……。比喩表現がグロテスクです。心臓の一部とか、呪いのアイテムみたいに聞こえます」
「事実だ。君がいないと息苦しい」
「それはネクタイがきついだけでは?」
「君がいないと胸が痛む」
「不整脈です。病院へ行ってください」
私の冷静なツッコミも、今日の彼には通じないようだ。
彼は愛おしそうに私の手の甲に口づけを落とした。
公衆の面前で。
御前会議の最中に。
「キャーッ!」
どこからか(たぶんメイドの覗き穴から)悲鳴が上がった。
大臣たちも顔を赤くして目を逸らす。
「あ、アイザック……もうよい、わかった」
さすがの国王陛下も、あまりの熱量に気圧(けお)されたようだ。
「お前たちの愛が『重い』ことは十分理解した。もう座れ。胃もたれしそうじゃ」
「失礼しました。つい、事実を陳述してしまいました」
アイザック宰相は涼しい顔で着席した。
私はといえば、耳まで真っ赤になって俯くしかなかった。
(……この人、本当に昨日のアレで吹っ切れたんだわ)
「氷の宰相」改め、「愛の暴走機関車」。
新しいあだ名がつかないことを祈るばかりだ。
「さて、気を取り直して」
陛下が表情を引き締めた。
「本題じゃ。クラーク・ル・グラン第一王子、およびミルキー男爵令嬢の処遇について」
空気が一変する。
甘い雰囲気は消え、冷厳な裁判の場となった。
「ナギー。そちの意見を聞こう。全権委任者として、彼らにどのような罰を与えるべきと考える?」
私は眼鏡を押し上げ、私情を捨てて答えた。
「はい。感情論は排し、国益と再発防止の観点から提案させていただきます」
私は用意していた書類を読み上げた。
「まず、クラーク殿下の罪状は『国庫浪費』『公務放棄』『重要物品(王璽)の毀損』。これらは王族としてあるまじき失態です」
「うむ」
「よって、極刑……と言いたいところですが、死刑にしても国庫は潤いません。労働力として活用するのが合理的です」
私はニッコリと笑った。
「提案します。クラーク殿下の『王位継承権の剥奪(廃嫡)』。および、辺境伯領での『無期限農業従事刑』を」
「農業……?」
大臣たちがざわめく。
「はい。殿下は『食べ物がどこから来るか』をご存じないようです。パンは木になると思っている節があります」
私は続けた。
「ですので、土を耕し、種を撒き、作物を育てる苦労を学んでいただきます。自給自足生活です。働かなければ餓死する環境に身を置けば、少しは更生するでしょう」
「なるほど。理に適っておるな」
陛下が頷く。
「次に、ミルキー男爵令嬢ですが」
「うむ」
「彼女の罪状は『王族への不敬(物理的攻撃含む)』『国政の混乱助長』『王城のピンク化未遂』です」
「ピンク化は重罪じゃな」
「彼女には、クラーク殿下と共に辺境へ同行していただきます。ただし、お客様としてではありません」
私は冷酷に告げた。
「『農家の嫁(見習い)』としてです」
「……なんと」
「彼女は『愛があれば何でもできる』と豪語しておられました。ならば、愛の力で荒地を開拓し、愛の力で害虫を駆除していただきましょう。素晴らしい実証実験になるかと」
会場から、感嘆のため息が漏れた。
処刑するでもなく、追放して野放しにするでもなく、一生をかけて罪を償わせる(生産活動に従事させる)。
最も厳しく、かつ国益になる処分だ。
「アイザック、どう思う?」
「異論ありません」
アイザック宰相が即答する。
「ナギーの案は常に完璧です。それに、あの二人は意外と相性がいい。二人だけで閉じた世界で生きていくのが、彼らにとっても、国民にとっても幸せでしょう」
「よし、決まりじゃ!」
陛下が木槌(ガベル)を叩いた。
「クラーク・ル・グランを廃嫡し、平民『クラーク』とする! ミルキーと共に北の最果て、開拓村『ノースエンド』へ送り込め! 出立は明日!」
「はっ!」
騎士団長が敬礼する。
これで決まった。
王子の時代は終わり、新たな時代が始まるのだ。
私はふと、窓の外を見た。
北の空。
そこは寒く、厳しい土地だ。
だが、あの二人なら……案外、バカ騒ぎしながら生きていくのかもしれない。
「……ナギー」
会議が終わり、退出する際。
アイザック宰相が私に囁いた。
「終わったな」
「はい。すべて片付きました」
「これで邪魔者はいなくなった」
彼は私の腰に手を回し、引き寄せた。
「これからは、私のことだけを考えていればいい」
「……閣下」
「なんだ」
「重いです」
「愛だと言え」
「はいはい、愛ですね。……胃もたれしそうなほどの」
私たちは軽口を叩き合いながら、会議室を出た。
背後で大臣たちが「ご馳走様です……」と呟いているのが聞こえたが、無視した。
二人の未来は、まだ始まったばかりだ。
王城、大会議室。
国の重要事項を決定する『御前会議』が開かれていた。
円卓を囲むのは、国王陛下をはじめ、各省庁の大臣、騎士団長、そして高位貴族たち。
空気は張り詰めている。
咳払い一つ許されない厳粛な場だ。
その円卓の、陛下の右隣。
宰相席に座るアイザック・ル・グランの背後に、私は直立不動で控えていた。
(……視線が痛いですね)
私はポーカーフェイスを維持しながら、周囲の視線を感じていた。
昨日の今日だ。
「宰相が国王に喧嘩を売った」「ナギー嬢を巡って国が割れかけた」「結局、宰相が愛の力で勝利した」という噂は、すでに尾ひれがついて城中に広まっていることだろう。
大臣たちが、チラチラと私とアイザック宰相を交互に見ている。
「ゴホン」
国王陛下が、わざとらしい咳払いをした。
「さて。本日の議題は『第一王子クラークの処遇』についてじゃが……その前に」
陛下はニヤニヤしながら、アイザック宰相を見た。
「アイザックよ。昨日の件、正式に議事録に残す必要がある。改めて問うぞ」
「……」
アイザック宰相が眉をひそめる。
「昨日の件とは?」
「とぼけるな。ナギー・ベルシュタインとの婚約についてじゃ。ここにいる者たち全員が証人となる。……彼女を娶(めと)ることに異存はないな?」
会場の注目が一斉に宰相に集まる。
私は心の中で祈った。
(閣下、ここはサラッと流してください。「はい、事務的に処理します」くらいで十分です。これ以上、恥の上塗りは……)
しかし。
アイザック宰相は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、眼鏡の位置を直し、会場を見渡してから、朗々とした声で宣言した。
「異存などあるはずがない」
彼は私の手を取り、強引に自分の隣に立たせた。
「ナギー・ベルシュタインは、私の婚約者となる。これは決定事項だ。異論を挟む者は、私が個人的に『論破』しに行くので覚悟しておくように」
「ひぃっ……」
大臣たちが震え上がる。
宰相の「論破」とは、精神が崩壊するまで詰められることを意味する。
「それに、彼女はただの婚約者ではない」
アイザック宰相は、私の手を握ったまま続けた。
熱っぽい視線が私に注がれる。
「彼女は、私の『心臓』の一部だ」
「……は?」
私が思わず声を漏らすと、彼は真顔で重ねてきた。
「彼女がいなければ、私の血液は循環を止め、思考回路は酸素不足で壊死(えし)するだろう。つまり、ナギーは私の生命維持装置(ライフライン)そのものだ」
「……」
シン……と会場が静まり返る。
比喩が重い。
そして、医学的に怖い。
私は顔を引きつらせながら小声で囁いた。
「閣下……。比喩表現がグロテスクです。心臓の一部とか、呪いのアイテムみたいに聞こえます」
「事実だ。君がいないと息苦しい」
「それはネクタイがきついだけでは?」
「君がいないと胸が痛む」
「不整脈です。病院へ行ってください」
私の冷静なツッコミも、今日の彼には通じないようだ。
彼は愛おしそうに私の手の甲に口づけを落とした。
公衆の面前で。
御前会議の最中に。
「キャーッ!」
どこからか(たぶんメイドの覗き穴から)悲鳴が上がった。
大臣たちも顔を赤くして目を逸らす。
「あ、アイザック……もうよい、わかった」
さすがの国王陛下も、あまりの熱量に気圧(けお)されたようだ。
「お前たちの愛が『重い』ことは十分理解した。もう座れ。胃もたれしそうじゃ」
「失礼しました。つい、事実を陳述してしまいました」
アイザック宰相は涼しい顔で着席した。
私はといえば、耳まで真っ赤になって俯くしかなかった。
(……この人、本当に昨日のアレで吹っ切れたんだわ)
「氷の宰相」改め、「愛の暴走機関車」。
新しいあだ名がつかないことを祈るばかりだ。
「さて、気を取り直して」
陛下が表情を引き締めた。
「本題じゃ。クラーク・ル・グラン第一王子、およびミルキー男爵令嬢の処遇について」
空気が一変する。
甘い雰囲気は消え、冷厳な裁判の場となった。
「ナギー。そちの意見を聞こう。全権委任者として、彼らにどのような罰を与えるべきと考える?」
私は眼鏡を押し上げ、私情を捨てて答えた。
「はい。感情論は排し、国益と再発防止の観点から提案させていただきます」
私は用意していた書類を読み上げた。
「まず、クラーク殿下の罪状は『国庫浪費』『公務放棄』『重要物品(王璽)の毀損』。これらは王族としてあるまじき失態です」
「うむ」
「よって、極刑……と言いたいところですが、死刑にしても国庫は潤いません。労働力として活用するのが合理的です」
私はニッコリと笑った。
「提案します。クラーク殿下の『王位継承権の剥奪(廃嫡)』。および、辺境伯領での『無期限農業従事刑』を」
「農業……?」
大臣たちがざわめく。
「はい。殿下は『食べ物がどこから来るか』をご存じないようです。パンは木になると思っている節があります」
私は続けた。
「ですので、土を耕し、種を撒き、作物を育てる苦労を学んでいただきます。自給自足生活です。働かなければ餓死する環境に身を置けば、少しは更生するでしょう」
「なるほど。理に適っておるな」
陛下が頷く。
「次に、ミルキー男爵令嬢ですが」
「うむ」
「彼女の罪状は『王族への不敬(物理的攻撃含む)』『国政の混乱助長』『王城のピンク化未遂』です」
「ピンク化は重罪じゃな」
「彼女には、クラーク殿下と共に辺境へ同行していただきます。ただし、お客様としてではありません」
私は冷酷に告げた。
「『農家の嫁(見習い)』としてです」
「……なんと」
「彼女は『愛があれば何でもできる』と豪語しておられました。ならば、愛の力で荒地を開拓し、愛の力で害虫を駆除していただきましょう。素晴らしい実証実験になるかと」
会場から、感嘆のため息が漏れた。
処刑するでもなく、追放して野放しにするでもなく、一生をかけて罪を償わせる(生産活動に従事させる)。
最も厳しく、かつ国益になる処分だ。
「アイザック、どう思う?」
「異論ありません」
アイザック宰相が即答する。
「ナギーの案は常に完璧です。それに、あの二人は意外と相性がいい。二人だけで閉じた世界で生きていくのが、彼らにとっても、国民にとっても幸せでしょう」
「よし、決まりじゃ!」
陛下が木槌(ガベル)を叩いた。
「クラーク・ル・グランを廃嫡し、平民『クラーク』とする! ミルキーと共に北の最果て、開拓村『ノースエンド』へ送り込め! 出立は明日!」
「はっ!」
騎士団長が敬礼する。
これで決まった。
王子の時代は終わり、新たな時代が始まるのだ。
私はふと、窓の外を見た。
北の空。
そこは寒く、厳しい土地だ。
だが、あの二人なら……案外、バカ騒ぎしながら生きていくのかもしれない。
「……ナギー」
会議が終わり、退出する際。
アイザック宰相が私に囁いた。
「終わったな」
「はい。すべて片付きました」
「これで邪魔者はいなくなった」
彼は私の腰に手を回し、引き寄せた。
「これからは、私のことだけを考えていればいい」
「……閣下」
「なんだ」
「重いです」
「愛だと言え」
「はいはい、愛ですね。……胃もたれしそうなほどの」
私たちは軽口を叩き合いながら、会議室を出た。
背後で大臣たちが「ご馳走様です……」と呟いているのが聞こえたが、無視した。
二人の未来は、まだ始まったばかりだ。
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