え、追放してくれるんですか?じゃあ退職金代わりにその冷徹宰相をください

黒猫かの

文字の大きさ
23 / 28

23

しおりを挟む
翌日。

王城、大会議室。

国の重要事項を決定する『御前会議』が開かれていた。

円卓を囲むのは、国王陛下をはじめ、各省庁の大臣、騎士団長、そして高位貴族たち。

空気は張り詰めている。

咳払い一つ許されない厳粛な場だ。

その円卓の、陛下の右隣。

宰相席に座るアイザック・ル・グランの背後に、私は直立不動で控えていた。

(……視線が痛いですね)

私はポーカーフェイスを維持しながら、周囲の視線を感じていた。

昨日の今日だ。

「宰相が国王に喧嘩を売った」「ナギー嬢を巡って国が割れかけた」「結局、宰相が愛の力で勝利した」という噂は、すでに尾ひれがついて城中に広まっていることだろう。

大臣たちが、チラチラと私とアイザック宰相を交互に見ている。

「ゴホン」

国王陛下が、わざとらしい咳払いをした。

「さて。本日の議題は『第一王子クラークの処遇』についてじゃが……その前に」

陛下はニヤニヤしながら、アイザック宰相を見た。

「アイザックよ。昨日の件、正式に議事録に残す必要がある。改めて問うぞ」

「……」

アイザック宰相が眉をひそめる。

「昨日の件とは?」

「とぼけるな。ナギー・ベルシュタインとの婚約についてじゃ。ここにいる者たち全員が証人となる。……彼女を娶(めと)ることに異存はないな?」

会場の注目が一斉に宰相に集まる。

私は心の中で祈った。

(閣下、ここはサラッと流してください。「はい、事務的に処理します」くらいで十分です。これ以上、恥の上塗りは……)

しかし。

アイザック宰相は、ゆっくりと立ち上がった。

そして、眼鏡の位置を直し、会場を見渡してから、朗々とした声で宣言した。

「異存などあるはずがない」

彼は私の手を取り、強引に自分の隣に立たせた。

「ナギー・ベルシュタインは、私の婚約者となる。これは決定事項だ。異論を挟む者は、私が個人的に『論破』しに行くので覚悟しておくように」

「ひぃっ……」

大臣たちが震え上がる。

宰相の「論破」とは、精神が崩壊するまで詰められることを意味する。

「それに、彼女はただの婚約者ではない」

アイザック宰相は、私の手を握ったまま続けた。

熱っぽい視線が私に注がれる。

「彼女は、私の『心臓』の一部だ」

「……は?」

私が思わず声を漏らすと、彼は真顔で重ねてきた。

「彼女がいなければ、私の血液は循環を止め、思考回路は酸素不足で壊死(えし)するだろう。つまり、ナギーは私の生命維持装置(ライフライン)そのものだ」

「……」

シン……と会場が静まり返る。

比喩が重い。

そして、医学的に怖い。

私は顔を引きつらせながら小声で囁いた。

「閣下……。比喩表現がグロテスクです。心臓の一部とか、呪いのアイテムみたいに聞こえます」

「事実だ。君がいないと息苦しい」

「それはネクタイがきついだけでは?」

「君がいないと胸が痛む」

「不整脈です。病院へ行ってください」

私の冷静なツッコミも、今日の彼には通じないようだ。

彼は愛おしそうに私の手の甲に口づけを落とした。

公衆の面前で。

御前会議の最中に。

「キャーッ!」

どこからか(たぶんメイドの覗き穴から)悲鳴が上がった。

大臣たちも顔を赤くして目を逸らす。

「あ、アイザック……もうよい、わかった」

さすがの国王陛下も、あまりの熱量に気圧(けお)されたようだ。

「お前たちの愛が『重い』ことは十分理解した。もう座れ。胃もたれしそうじゃ」

「失礼しました。つい、事実を陳述してしまいました」

アイザック宰相は涼しい顔で着席した。

私はといえば、耳まで真っ赤になって俯くしかなかった。

(……この人、本当に昨日のアレで吹っ切れたんだわ)

「氷の宰相」改め、「愛の暴走機関車」。

新しいあだ名がつかないことを祈るばかりだ。

「さて、気を取り直して」

陛下が表情を引き締めた。

「本題じゃ。クラーク・ル・グラン第一王子、およびミルキー男爵令嬢の処遇について」

空気が一変する。

甘い雰囲気は消え、冷厳な裁判の場となった。

「ナギー。そちの意見を聞こう。全権委任者として、彼らにどのような罰を与えるべきと考える?」

私は眼鏡を押し上げ、私情を捨てて答えた。

「はい。感情論は排し、国益と再発防止の観点から提案させていただきます」

私は用意していた書類を読み上げた。

「まず、クラーク殿下の罪状は『国庫浪費』『公務放棄』『重要物品(王璽)の毀損』。これらは王族としてあるまじき失態です」

「うむ」

「よって、極刑……と言いたいところですが、死刑にしても国庫は潤いません。労働力として活用するのが合理的です」

私はニッコリと笑った。

「提案します。クラーク殿下の『王位継承権の剥奪(廃嫡)』。および、辺境伯領での『無期限農業従事刑』を」

「農業……?」

大臣たちがざわめく。

「はい。殿下は『食べ物がどこから来るか』をご存じないようです。パンは木になると思っている節があります」

私は続けた。

「ですので、土を耕し、種を撒き、作物を育てる苦労を学んでいただきます。自給自足生活です。働かなければ餓死する環境に身を置けば、少しは更生するでしょう」

「なるほど。理に適っておるな」

陛下が頷く。

「次に、ミルキー男爵令嬢ですが」

「うむ」

「彼女の罪状は『王族への不敬(物理的攻撃含む)』『国政の混乱助長』『王城のピンク化未遂』です」

「ピンク化は重罪じゃな」

「彼女には、クラーク殿下と共に辺境へ同行していただきます。ただし、お客様としてではありません」

私は冷酷に告げた。

「『農家の嫁(見習い)』としてです」

「……なんと」

「彼女は『愛があれば何でもできる』と豪語しておられました。ならば、愛の力で荒地を開拓し、愛の力で害虫を駆除していただきましょう。素晴らしい実証実験になるかと」

会場から、感嘆のため息が漏れた。

処刑するでもなく、追放して野放しにするでもなく、一生をかけて罪を償わせる(生産活動に従事させる)。

最も厳しく、かつ国益になる処分だ。

「アイザック、どう思う?」

「異論ありません」

アイザック宰相が即答する。

「ナギーの案は常に完璧です。それに、あの二人は意外と相性がいい。二人だけで閉じた世界で生きていくのが、彼らにとっても、国民にとっても幸せでしょう」

「よし、決まりじゃ!」

陛下が木槌(ガベル)を叩いた。

「クラーク・ル・グランを廃嫡し、平民『クラーク』とする! ミルキーと共に北の最果て、開拓村『ノースエンド』へ送り込め! 出立は明日!」

「はっ!」

騎士団長が敬礼する。

これで決まった。

王子の時代は終わり、新たな時代が始まるのだ。

私はふと、窓の外を見た。

北の空。

そこは寒く、厳しい土地だ。

だが、あの二人なら……案外、バカ騒ぎしながら生きていくのかもしれない。

「……ナギー」

会議が終わり、退出する際。

アイザック宰相が私に囁いた。

「終わったな」

「はい。すべて片付きました」

「これで邪魔者はいなくなった」

彼は私の腰に手を回し、引き寄せた。

「これからは、私のことだけを考えていればいい」

「……閣下」

「なんだ」

「重いです」

「愛だと言え」

「はいはい、愛ですね。……胃もたれしそうなほどの」

私たちは軽口を叩き合いながら、会議室を出た。

背後で大臣たちが「ご馳走様です……」と呟いているのが聞こえたが、無視した。

二人の未来は、まだ始まったばかりだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

殿下、私以外の誰かを愛してください。

八雲
恋愛
公爵令嬢ラブリーは、第一王子クロードを誰よりも愛していました。しかし、自分の愛が重すぎて殿下の負担になっている(と勘違いした)彼女は、愛する殿下を自由にするため、あえて「悪役令嬢」として振る舞い、円満に婚約破棄されるという前代未聞の計画を立てる。協力者として男爵令嬢ミリーを「ヒロイン役」に任命し、準備は整った。

謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。

婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。 普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

婚約破棄で、おひとり様になれるはずだったのに!?

パリパリかぷちーの
恋愛
主人公ルシアン・ヴァイオレットは、「悪役令嬢」として振る舞う孤独愛好家の公爵令嬢。念願だった第一王子アランとの婚約破棄を言い渡されると、内心では歓喜し、大都会の喧騒から逃れて森の奥の廃墟同然の別荘へと引きこもる。ルシアンの目的は、誰にも邪魔されない至高の静寂ライフを満喫することだった。 しかし、彼女の理想郷にはすでに先客がいた。それは、無口で無愛想だがハイスペックな謎の男、キース。実は彼は、王国の裏社会を統べる『影の英雄』と呼ばれる辺境伯であり、ルシアンの孤高の姿に心奪われた重度の隠れファンだった。

逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。

しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。 父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。 旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。 陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。 やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。 平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。 その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。 しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。

婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの
恋愛
「ミイーシヤ! 貴様との婚約を破棄する!」 王城の夜会で、バカ王子アレクセイから婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢ミイーシヤ。 周囲は彼女が泣き崩れると思ったが――彼女は「承知いたしました(ガッツポーズ)」と即答!

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

処理中です...