え、追放してくれるんですか?じゃあ退職金代わりにその冷徹宰相をください

黒猫かの

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翌朝。

王都の北門には、一台のみすぼらしい荷馬車が停まっていた。

豪華な装飾も、ふかふかのクッションもない。

荷台には、最低限の生活用品と農具、そして二人の「元・貴族」が乗せられていた。

「ううっ……さようなら、僕の王都……。さようなら、フカフカのベッド……」

平民クラーク(元・第一王子)が、涙ながらに城壁を見上げている。

着ているのは、粗末な麻の服。

金髪はボサボサで、かつてのキラキラオーラは完全に消え失せていた。

「ねぇクラークぅ~。この馬車、お尻が痛いよぉ~」

隣で不満を漏らすのは、平民ミルキー(元・男爵令嬢)。

彼女もまた、地味なエプロンドレス姿だが、なぜか頭には花冠(枯れかけ)を乗せており、ブレないメンタルを見せつけている。

「我慢しろよミルキー。これはピクニックじゃないんだ。流刑(るけい)なんだぞ」

「ルケイ? 新しいスイーツの名前?」

「違うよ。……もう、スイーツは食べられないんだ」

二人がどんよりとした空気を醸し出していると、コツコツとヒールの音が近づいてきた。

「お見送りご苦労様です、お二人さん」

私が声をかけると、クラークが弾かれたように顔を上げた。

「ナ、ナギー!」

私と、その隣で日傘を持つアイザック宰相。

私たちは、彼らの最期の門出を見届けに来たのだ。

「見送りに来てくれたのか! やっぱり君は、まだ僕のことを……!」

「いいえ。最終確認です」

私は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、クラークに手渡した。

「これは?」

「『北方農業マニュアル(初心者編)』です。私が昨晩、徹夜で作成しました」

「マ、マニュアル……?」

「はい。ジャガイモの植え方から、牛の乳搾りのコツ、そして『食べられるキノコと死ぬキノコの見分け方』まで網羅してあります」

私は淡々と説明した。

「現地に着いたら、まず3ページ目を読んでください。『鍬(くわ)は武器ではありません』と書いてあります」

「……そんなことわかってるよ!」

「怪しいですね。貴方様のことですから、鍬を振り回して自分の足を耕す未来が見えます」

「うぐっ……」

「それと、ミルキーさん」

私はピンク頭の少女に向き直った。

「はぁ~い?」

「貴女にはこれを」

私が渡したのは、小さな布袋だ。

「わぁ! クッキー?」

「いいえ。『植物の種』です。ハーブや野菜の種が入っています」

「種ぇ? 植えるとドレスが生えてくるの?」

「生えません。ですが、育てれば食料になります。貴女のその『無駄にポジティブなエネルギー』を、植物の育成に向けてください。歌いかけながら水をやれば、多少は成長が早くなるかもしれません」

「わかったぁ! お花さんとお話しするね!」

ミルキーが無邪気に笑う。

その笑顔を見て、私はふと、肩の力が抜けるのを感じた。

(……まあ、この図太さがあれば、どこでも生きていけるでしょう)

「そろそろ時間だ」

アイザック宰相が冷たく告げた。

「行け、クラーク。二度とこの都の土を踏むな」

「……叔父上」

クラークはアイザック宰相を見つめ、それから私を見た。

その瞳には、今まで見たことのない、どこか吹っ切れたような色が宿っていた。

「……ありがとう、ナギー。そして叔父上」

彼は深く頭を下げた。

「行ってきます。……もう、迷惑はかけないよ」

「期待せずに待っています」

馬車が動き出す。

ガタゴトと音を立てて、北へと続く街道を進んでいく。

クラークとミルキーは、荷台から小さく手を振っていた。

私たちは、その姿が見えなくなるまで、無言で見送った。

「……せいせいしたな」

アイザック宰相がポツリと言った。

「ええ。これで完全に、過去との決別です」

「寂しいか?」

「まさか。明日からの平和な日常が楽しみで仕方ありません」

私は空を見上げた。

雲ひとつない青空。

彼らの前途が、少しでもマシなものであることを、ほんの少しだけ祈ってやった。

***

数週間後。

北の最果て、開拓村ノースエンド。

そこは、一年の半分が雪に閉ざされる極寒の地……のはずだった。

「うおおおおおおッ!!」

畑から、野太い叫び声が響いていた。

「耕すぞぉぉぉ! 大地の恵みぃぃぃ!」

「クラーク様ぁ! すごぉぉい!」

泥だらけの畑で、クラークが鍬を振るっていた。

その姿は、王都にいた頃とは別人のようだった。

ヒョロヒョロだった腕には筋肉がつき、顔は日焼けして精悍(せいかん)になり、目はギラギラと輝いている。

「見てくれミルキー! このジャガイモ! 僕の顔よりデカいぞ!」

「キャーッ! かわいい! 名前つけよ! ポテ太くんにするぅ!」

「よし、ポテ太を茹でて食おう!」

「はーい! 私、塩茹でするね!」

二人は、掘りたてのジャガイモを囲んでキャッキャと笑い合っていた。

そう。

意外なことに、彼らはこの土地に「適応」していたのだ。

クラークにとって、王都での生活はストレスの塊だった。

難しい書類、複雑な人間関係、理解できない政治。

それらから解放され、「体を動かせば飯が食える」「種を撒けば芽が出る」という単純明快な農業ライフは、彼の単細胞な脳みそに驚くほどフィットしたのだ。

「……楽しい」

クラークは、茹でたジャガイモを齧りながら呟いた。

「マカロンより……美味いかもしれない」

「うん! 土の味がするね!」

「それは洗いが足りないからだよミルキー。でも、美味い!」

彼らは気づいてしまった。

自分たちが求めていたのは「権力」や「贅沢」ではなく、「何も考えずに汗を流し、飯を食って寝る」という動物的な生活だったことを。

「ねえクラーク様ぁ。村長さんがね、『お前らバカだけど体力はあるな』って褒めてくれたよぉ」

「そうか! 褒められたか! 王城では怒られてばかりだったのに!」

クラークは感動して涙ぐんだ。

「ここは天国だ……! 難しい漢字も、計算もない! あるのは筋肉とジャガイモだけだ!」

「私ねぇ、牛さんとお話しできるようになったの! 『モー』って言ったら『モー』って返してくれたぁ!」

「すごいぞミルキー! 外交官の才能があるかもしれない!」

二人は手を取り合い、夕日に向かって叫んだ。

「農業、バンザーイ!」

***

その頃、王都の宰相官邸。

「……という報告が来ています」

私は一枚の報告書を読み上げ、パタンと閉じた。

「現地の監視員によると、『元王子は「畑のカリスマ」と呼ばれ、元令嬢は「家畜と会話する聖女(?)」として村に馴染んでいる』とのことです」

「……は?」

執務机の向かいで、アイザック宰相がペンを止めて固まった。

「なんだそれは。ギャグか?」

「いえ、事実のようです。添付されている似顔絵をご覧ください」

私は、監視員が描いたスケッチを差し出した。

そこには、満面の笑みで巨大なカボチャを抱えるマッチョなクラークと、牛の背中に乗ってピースサインをするミルキーが描かれていた。

「……幸せそうだな」

アイザック宰相が、呆れたように、しかしどこか安堵したように息を吐いた。

「王城にいた頃より、よほど生き生きとしている」

「ええ。適材適所とは、まさにこのことです」

私はクスリと笑った。

「彼らは『王族』という枠組みには収まらない規格外(バカ)でした。ですが、大自然の中なら、その規格外さが強みになるようです」

「皮肉なものだな。私がどれほど教育しても育たなかった芽が、泥の中で勝手に開花するとは」

アイザック宰相はスケッチを脇に置き、再び書類に向かった。

「まあいい。彼らが幸せなら、我々も心置きなく仕事に専念できるというものだ」

「はい。二度と『戻りたい』なんて手紙が来ないことを祈ります」

「来るわけがない。向こうの方が楽しそうじゃないか」

「確かに」

私たちは顔を見合わせ、苦笑した。

窓の外には、平和な王都の街並みが広がっている。

北の空の下で、泥まみれになって笑う二人の姿を想像し、私は心の中で小さくエールを送った。

(頑張ってください、ポテト王子。……貴方には、王冠よりも麦わら帽子の方が、ずっとお似合いですよ)

こうして、王国の懸念事項であった「バカ王子問題」は、予想外のハッピーエンド(?)を迎えて完全に解決したのである。

さて。

残る問題は、私の目の前に座る、この「愛が重すぎる上司」との関係だけだ。

「……ナギー」

「はい、閣下」

「仕事が終わったら、ドレスの試着に行くぞ」

「……まだ結婚式まで半年ありますよ?」

「準備は早いに越したことはない。それに、君のウェディングドレス姿を、一秒でも早く私の網膜に焼き付けたい」

「……はいはい。残業代として請求しますからね」

私の新しい「戦い」は、まだまだ続きそうだった。
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