え、追放してくれるんですか?じゃあ退職金代わりにその冷徹宰相をください

黒猫かの

文字の大きさ
27 / 28

27

しおりを挟む
「……重い。肩凝りが限界突破しそうです」

王都の大聖堂。

その花嫁控室で、私は鏡の中の自分を睨みつけていた。

純白のウェディングドレス。

最高級のシルクとレースをふんだんに使い、繊細な刺繍が施されたそれは、確かに美しい。

アイザック宰相が「君に一番似合うものを」と特注しただけあって、サイズもデザインも完璧だ。

だが。

「……防御力が高すぎます。このコルセットの締め付け、拷問器具ですか?」

私はウエストをさすった。

呼吸をするたびに肋骨が軋む。

さらに、トレーン(裾)の長さは私が「ゼロにしろ」と言ったにもかかわらず、ロバート氏が泣き落としでねじ込んだ結果、三メートルもある。

「これでは緊急時の退避行動に支障が出ます。敵襲があったら一巻の終わりですね」

「本日、敵襲の予定はありませんよ、ナギー様」

担当の侍女が苦笑しながら、ヴェールを整えてくれる。

「それに、今日は世界で一番幸せな日なんですから。眉間の皺を伸ばしてください」

「善処します。……ですが、スケジュールの遅れが気になって」

私は壁の時計を見た。

挙式開始まで、あと十分。

しかし、廊下の向こうから、ただならぬ気配……具体的には、スタッフたちの怒号と足音が聞こえてくるのだ。

「花がない!? フラワーシャワー用の花びらが届いてないってどういうことだ!」

「聖歌隊のマイク(魔導拡声器)がハウリングしてる! 鼓膜が破れるぞ!」

「おい、鳩は!? 飛ばす予定の白鳩が、カラスと喧嘩して逃げた!?」

……カオスだ。

私の「トラブル感知センサー」が、警報レベル最大で鳴り響いている。

「……行きます」

私は立ち上がった。

「えっ? ナギー様? まだ入場時間では……」

「待っていられません。現場が崩壊しています。最高責任者(花嫁)として、指揮を執らねば」

私はドレスの裾をガシッと掴み上げ、太ももに隠していた予備の通信用インカム(魔導耳飾り)を装着した。

「ナギー、行きます! 現場の制圧を開始する!」

私は控室を飛び出した。

「ちょ、花嫁様ーっ!?」

侍女の悲鳴を背に、私は廊下を疾走した。

重いドレス?

気合でカバーだ。

ヒールの音を轟かせ、私は舞台裏のバックヤードに乱入した。

「状況報告!」

私の声に、パニック状態だったスタッフたちが凍りついた。

「な、ナギー様!? 花嫁姿で何を!?」

プランナーのロバート氏が、泡を吹いて倒れそうになっている。

私は彼を無視して、的確に指示を飛ばした。

「フラワーシャワーの花がない? 問題ありません。中庭に咲いているバラを今すぐ摘みなさい! 剪定(せんてい)時期ですので一石二鳥です! 棘は抜くこと! 所要時間五分!」

「は、はいっ!」

「マイクの不調? 原因は魔力干渉です。機材を再起動するより、地声の大きい近衛兵を十名、聖歌隊の後ろに配置してください! 『人力アンプ』として機能させます!」

「りょ、了解!」

「白鳩が逃げた? 代わりの鳥……はいりません! 代わりに、余興用の白い風船を飛ばしてください! 動物愛護の観点からも、その方がクレームが来ません!」

「御意!」

私の指示が飛ぶたびに、現場の混乱が魔法のように収束していく。

スタッフたちの目に光が戻り、組織だった動きが復活する。

「よし、この調子です! 残り三分で完全復旧させなさい!」

私が腕組みをして仁王立ちしていると、背後から拍手の音が聞こえた。

パチ、パチ、パチ……。

「……見事だ」

振り返ると、そこには純白のタキシードを着た新郎、アイザック宰相が立っていた。

いつもの眼鏡をかけ、優雅に微笑んでいる。

「か、閣下! 新郎は祭壇の前で待機しているはずでは?」

「君が来ないから迎えに来たんだ。……まさか、バックヤードで現場監督をしているとはな」

彼は私の手を取り、面白そうに笑った。

「ウェディングドレスで陣頭指揮を執る花嫁なんて、歴史上君だけだろう」

「……お恥ずかしい限りです。職業病が暴発しました」

私が赤くなると、彼は首を横に振った。

「いいや。最高に美しいぞ」

「へ?」

「困難に立ち向かい、周囲を統率する君の姿は、どんな宝石よりも輝いている。……やはり、私の目に狂いはなかった」

彼は私の頬を撫で、インカムを優しく外した。

「だが、ここからは私の出番だ。残りの仕事は部下に任せて、君は『幸せな花嫁』の役だけに集中してくれ」

「……できるでしょうか。祭壇の絨毯がズレていたら気になってしまいそうです」

「その時は、私が直してやる。さあ、行こう」

彼の腕にエスコートされ、私たちは表舞台へと向かった。

パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る。

大聖堂の巨大な扉が、ギギーッと開かれた。

その瞬間。

まばゆい光と、数百人の参列者の視線が私たちに注がれた。

「……!」

息を呑むほどの光景。

ステンドグラスから降り注ぐ七色の光。

そして、私たちを祝福する温かい拍手の波。

「……綺麗ですね」

私が呟くと、アイザック宰相は私の耳元で囁いた。

「君の方が綺麗だ」

「……はいはい。そういう台詞は式次第(プログラム)に入っていませんよ」

「アドリブだ」

私たちはバージンロードを歩き出した。

一歩、一歩。

ゆっくりと。

私は歩きながらも、やはり視線があちこちに飛んでしまった。

(あ、三列目の大臣のネクタイが曲がっている)

(シャンデリアの電球が一つ切れかかっている)

(窓際の警備兵、あくびを噛み殺しましたね。後で減給です)

チェックポイントが多すぎる。

私が眉間に皺を寄せそうになると、隣のアイザック宰相がキュッと手を握ってきた。

「ナギー。前を見ろ」

「……あ」

「今は私だけを見ていればいい」

彼の言葉にハッとして、正面を見る。

祭壇の前に立つ神父様が、にこやかに待っている。

ああ、そうか。

これは業務じゃない。

私の、私たちの結婚式なんだ。

祭壇の前に到着する。

神父様が厳かに口を開いた。

「新郎アイザック・ル・グラン。汝は、この者を妻とし、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、共に歩むことを誓いますか?」

「誓います。……まあ、我が家に貧しき時が訪れることはないだろうが」

会場からドッと笑いが起きる。

さすが閣下、ユーモア(皮肉)も忘れない。

「新婦ナギー・ベルシュタイン。汝は、この者を夫とし……」

「誓います」

私は食い気味に答えた。

「ただし、残業は週三回まで。休日の緊急呼び出しは別料金とします」

再び爆笑。

神父様も肩を震わせている。

「……では、誓いのキスを」

アイザック宰相が、私のヴェールを上げた。

至近距離で見つめ合う。

彼の瞳に、私が映っている。

「……ナギー」

「……アイザック」

彼が顔を近づけてくる。

その時。

『ザザッ……こちら警備班。会場外に不審な馬車が接近中……』

私の耳に残っていた予備の小型インカムから、微かなノイズが聞こえた。

私は反射的に反応しそうになった。

「閣下、業務連絡が……!」

「無視しろ」

彼は私の言葉を遮り、強引に唇を塞いだ。

んっ……。

長い、長いキス。

業務連絡も、周囲の視線も、すべてが溶けて消えていくような、熱くて甘い口づけ。

会場の拍手が一層大きくなり、空からは(衛兵たちが摘んできた)色とりどりのバラの花びらが舞い降りてくる。

「……ぷはっ」

唇が離れると、アイザック宰相はニヤリと笑った。

「不審車両なら、裏で処理させておいた。君が出る幕じゃない」

「……いつの間に」

「君の夫になる男だぞ? それくらいのリスク管理はできている」

彼は私の腰を抱き寄せ、高らかに宣言した。

「これにて、契約完了だ! ナギーは今日から、私の妻だ!」

わぁぁぁぁぁ!!

歓声と指笛。

私は、この上なく幸せな気持ちで、隣の頼もしい夫を見上げた。

「……一生ついていきます、旦那様」

「ああ。覚悟しておけ」

私たちは、花びらの雨の中を退場した。

こうして。

私の「結婚式という名の業務」は、多少のトラブル(と私の暴走)はあったものの、無事に、そして最高に効率的かつ感動的に終了したのであった。

ちなみに、不審な馬車に乗っていたのは、脱走して祝いに来ようとしたクラーク元王子だったらしいが、すぐに捕獲されて畑に送り返されたそうだ。

めでたし、めでたし。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

殿下、私以外の誰かを愛してください。

八雲
恋愛
公爵令嬢ラブリーは、第一王子クロードを誰よりも愛していました。しかし、自分の愛が重すぎて殿下の負担になっている(と勘違いした)彼女は、愛する殿下を自由にするため、あえて「悪役令嬢」として振る舞い、円満に婚約破棄されるという前代未聞の計画を立てる。協力者として男爵令嬢ミリーを「ヒロイン役」に任命し、準備は整った。

謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。

婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。 普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

婚約破棄で、おひとり様になれるはずだったのに!?

パリパリかぷちーの
恋愛
主人公ルシアン・ヴァイオレットは、「悪役令嬢」として振る舞う孤独愛好家の公爵令嬢。念願だった第一王子アランとの婚約破棄を言い渡されると、内心では歓喜し、大都会の喧騒から逃れて森の奥の廃墟同然の別荘へと引きこもる。ルシアンの目的は、誰にも邪魔されない至高の静寂ライフを満喫することだった。 しかし、彼女の理想郷にはすでに先客がいた。それは、無口で無愛想だがハイスペックな謎の男、キース。実は彼は、王国の裏社会を統べる『影の英雄』と呼ばれる辺境伯であり、ルシアンの孤高の姿に心奪われた重度の隠れファンだった。

逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。

しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。 父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。 旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。 陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。 やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。 平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。 その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。 しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。

婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの
恋愛
「ミイーシヤ! 貴様との婚約を破棄する!」 王城の夜会で、バカ王子アレクセイから婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢ミイーシヤ。 周囲は彼女が泣き崩れると思ったが――彼女は「承知いたしました(ガッツポーズ)」と即答!

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

処理中です...