悪役令嬢は、その婚約破棄(ボーナス)を待っていた!

黒猫かの

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「――結婚式の予算見積もりですが、ここの『白い鳩を百羽飛ばす』演出、カットでお願いします」

「えっ? で、ですが、これは愛と平和の象徴で……」

「鳩は飛び立つ時に糞を落とすリスクがあります。参列者の衣装(クリーニング代)への被害確率を計算しましたか? 平和どころか、損害賠償請求の嵐になりますよ」

「は、はあ……承知しました……」

王宮の一室。

私は今、ウエディングプランナーとの打ち合わせという名の「コスト削減バトル」の真っ最中だった。

ギルバート殿下との婚約発表から数日。

王宮はお祝いムード一色だが、私は浮かれることなく、式典にかかる莫大な費用の精査に追われていた。

「次に、ウエディングケーキの高さですが、三メートルは過剰です。耐震構造的に不安ですし、上の方なんて誰も食べません。一メートルに縮小、浮いた分は参列者への引き出物(カタログギフト)のグレードアップに回します」

「か、かしこまりました! なんと合理的な花嫁様だ……!」

プランナーが感動(と疲労)で涙ぐんでいる横で、私は満足げに頷いた。

よし、これで予算の三割は圧縮できた。

ギルバート殿下は「一生に一度だから好きなだけ使っていい」と言ってくれたが、それは経営者として甘い。

結婚式とは、二人の門出を祝う場であると同時に、最初の大規模共同プロジェクトなのだ。

ここで黒字を出してこそ、オルコット家の娘であり、宰相夫人の名に恥じないというもの。

「ふふふ、完璧ね」

私が優雅に紅茶を飲もうとした、その時だった。

バンッ!!

部屋のドアが乱暴に開かれた。

「大変です、メメリア様!」

飛び込んできたのは、いつもの護衛騎士だ。

だが、その表情はいつになく切迫……いや、困惑していた。

「どうしました? また殿下が過労で倒れましたか? それとも、どこかの大臣が反乱を?」

「いえ、その……もっと厄介な、『侵入者』が現れまして……」

「侵入者? 警備兵は何をしているのです?」

「それが……その……『我々はメメリアの本当の婚約者だ!』とか『悪の宰相に洗脳された彼女を救いに来た正義の使徒だ!』などと叫んでおりまして……あまりに話が通じないので、現場が混乱しており……」

そのセリフを聞いた瞬間、私の手からティーカップが滑り落ちそうになった。

(……まさか)

嫌な予感しかしない。

あの「関税300%」の脅しに屈して帰ったはずの、あの馬鹿たちが?

「……通してちょうだい。私が処理(駆除)します」

「はっ! こちらへ!」

私は立ち上がり、騎士の後について中庭へと向かった。

中庭には、すでに人だかりができていた。

その中心で、ボロボロの服を着た男女が、何かを叫びながら衛兵たちと揉み合っている。

「離せ! 僕はオランヌ王国の王太子だぞ! 未来の国王だぞ!」

「そうですぅ! 私なんて、未来の国母になる予定のミナちゃんですよぉ! 無礼者ぉ!」

……間違いない。

エリオット殿下と、ミナ嬢だ。

前回会った時よりも服が薄汚れているし、エリオット殿下に至っては靴が片方ない。

どうやら、帰国する旅費もなく、野宿しながらここまで戻ってきたらしい。

(……ゴキブリ並みの生命力ね)

私は呆れを通り越して感心しながら、群衆をかき分けて前に出た。

「騒々しいですね。ここは神聖な王宮ですよ」

私の声を聞きつけ、二人がバッと振り返る。

「メメリア!」

「メメリア様ぁ!」

二人は私を見るなり、パァッと顔を輝かせた。

まるで、砂漠でオアシス(ATM)を見つけた遭難者のような目つきだ。

「よかった、無事だったんだな! あの悪魔のような宰相に、地下牢に閉じ込められているんじゃないかと心配していたんだ!」

エリオット殿下が駆け寄ろうとするが、衛兵に槍で阻まれる。

「……地下牢? 私が?」

「そうだろ!? 先日、僕たちを追い返した時の君は、目が死んでいた! あれはきっと、宰相に『家族を殺す』と脅されて、無理やり言わされていたに違いない!」

「は?」

「わかりますぅ! だって、あんな条件の悪い国で働くなんて、正気じゃありえませんもん! メメリア様は本当は、私たちと一緒に帰りたいんですよね!?」

ミナ嬢も同調して叫ぶ。

私はこめかみを押さえた。

(……ポジティブシンキングにも程があるわ。どういう脳内変換(コンバージョン)を行えば、あに罵倒が『助けてのサイン』になるのよ)

彼らの世界では、私は「悲劇のヒロイン」で、彼らはそれを救う「王子様」という設定になっているらしい。

現実が見えていない人間ほど、始末に負えないものはない。

「……訂正させていただきます。私は脅されてもいませんし、監禁もされていません。むしろ、ここは天国(パラダイス)です」

私は努めて冷静に言った。

「定時退社、残業代全額支給、福利厚生完備。そして何より、上司(婚約者)が有能でイケメン。あなたたちの国に戻るメリットが、ミジンコほども見つかりません」

「嘘だっ!」

エリオット殿下が叫んだ。

「君は、僕のことをまだ愛しているはずだ! だって、僕の借金の計算をしてくれていただろう! あれは愛がなければできない作業だ!」

「あれは『業務』です。そして『債権回収』の準備です」

「強がるなよ! ……わかった、金か? 金がないのが不安なのか? 大丈夫だ、僕が王になれば、国庫の金を自由にできる! そうしたら君に、新しい計算機を買ってやるぞ!」

「国庫の金は国民のものです。横領予告ですか? 国際警察に通報しますよ?」

会話が成立しない。

平行線どころか、次元がねじれている。

そこへ、新たな登場人物が現れた。

「……私の庭で、何をしている」

氷点下の声と共に、ギルバート殿下が現れた。

いつもの宰相服を完璧に着こなし、背後には精鋭騎士団を従えている。

その迫力に、野次馬たちがサッと道を空ける。

「ギ、ギルバート……!」

エリオット殿下がビクリと震えた。

ギルバート殿下は、ゴミを見るような目で二人を見下ろし、そして私を見て優しく微笑んだ。

「すまない、メメリア。消毒が甘かったようだ。……今すぐ『焼却処分』するか?」

「いえ、環境汚染になりますので『リサイクル(強制労働)』か『国外追放』で十分かと」

私たちが物騒な相談をしていると、エリオット殿下が震える足で一歩前に出た。

「き、貴様っ! よくもメメリアをたぶらかしたな! 彼女は僕の婚約者だ! 返してもらうぞ!」

「ほう? 『返せ』とは面白い」

ギルバート殿下は冷笑を浮かべ、私の肩を抱き寄せた。

「彼女はすでに、私と『終身雇用契約(婚約)』を結んでいる。違約金は国家予算三年分だが……払えるのか?」

「こ、国家予算三年分……!?」

金額の大きさに、エリオット殿下の目が泳ぐ。

「そ、そんな契約、無効だ! 彼女は洗脳されているんだ! 僕が……僕が目を覚まさせてやる!」

エリオット殿下は、腰に差していた剣(あの行商人から買った錆びた剣)を抜こうとした。

しかし、錆び付いていて抜けない。

「ぬ、ぬぬぬ……!」

ガチャガチャと鞘を揺らす姿は、滑稽以外の何物でもない。

「……あーあ。見てられませんね」

ミナ嬢が呆れたように呟き、そして――突然、猫なで声を出した。

「あのぉ~、宰相様ぁ?」

ミナ嬢が、上目遣いでギルバート殿下に近づいていく。

「こんな暴力的な人の相手なんてやめてぇ、私とお話ししませんかぁ? 私、メメリア様より若いですしぃ、お料理(パンにジャムを塗る程度)も得意ですよぉ?」

(……ターゲット変更? 早いわね)

私は目を丸くした。

エリオット殿下に見切りをつけ、より優良な物件(ギルバート)に乗り換えようというのか。

その嗅覚だけは、野生動物並みに鋭い。

ミナ嬢はギルバート殿下の腕に絡みつこうとする。

「私ならぁ、宰相様の疲れを癒してあげられますぅ。……ね?」

ウインクを飛ばすミナ嬢。

しかし、ギルバート殿下の反応は冷淡だった。

彼は一歩下がり、ミナ嬢の手を避けると、汚いものを見るように袖を払った。

「……近寄るな。香水の匂いがきつい。私の『最愛の人』の鼻が曲がる」

「えっ?」

「それに、君のスペック(能力)は? 計算はできるか? 統計学は? 経済学の博士号は持っているか?」

「え、えと……お花の名前ならたくさん知ってますぅ……」

「論外だ。私の隣に立てるのは、知性と美貌、そして実務能力を兼ね備えたメメリアだけだ。君のような『装飾品』には興味がない」

バッサリ。

完全なる拒絶。

ミナ嬢はショックで固まり、エリオット殿下は抜けない剣を抱えて立ち尽くす。

勝負ありだ。

私はギルバート殿下の横顔を見上げ、小さくガッツポーズをした。

(ナイスです、旦那様! 私の教育の成果が出ていますね!)

しかし、この二人がこの程度で諦めるタマではないことを、私はまだ過小評価していた。

エリオット殿下が、血走った目で叫んだ。

「く、くそぉぉ! わかった! こうなったら力尽くでも……! おいミナ! 『あれ』を使うぞ!」

「えっ? ここでですかぁ? でもぉ……」

「やるんだ! メメリアを取り戻して、借金を返済させるために!」

二人が何やら怪しいポーズを取り始めた。

「……何をする気でしょう?」

「さあな。だが、警戒はしておけ」

ギルバート殿下が私を背に守る。

次の瞬間、彼らが取り出したのは、武器でも魔法でもなく――『土下座』だった。

「頼むメメリアぁぁぁ!! 金貸してくれぇぇぇ!!」

「お腹空いたぁぁぁ!! ご飯食べさせてぇぇぇ!!」

地面に頭を擦り付け、なりふり構わず泣き叫ぶ二人。

王宮の庭に、情けない声が響き渡る。

「……」

「……」

私とギルバート殿下は顔を見合わせ、同時に深いため息をついた。

「……どうする? メメリア」

「そうですね……」

私は計算機を取り出し、冷徹に弾き出した。

「とりあえず、彼らを『王宮の皿洗い』として雇用しましょう。時給は最低賃金、住み込み(馬小屋)。給与から借金を天引きします」

「……慈悲深いな、君は」

「いいえ。労働力は無駄にしません。きっちり元を取るまで、こき使ってあげますわ」

私はニッコリと、悪役令嬢らしい極上の笑みを浮かべた。

「ようこそ、我が国へ。ここからは地獄の……いいえ、更生プログラムの始まりですよ?」

震える二人の背中に、私の宣告が重くのしかかった。
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