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王都アヴァロンにある大聖堂。
ステンドグラスから七色の光が降り注ぐ中、パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る。
今日は、アルカディア王国第一王子ギルバート殿下と、私、メメリア・オルコットの結婚式だ。
「……ふぅ」
控え室で、私は鏡に映る花嫁姿を確認した。
純白のシルクで作られたウエディングドレスは、王室の伝統と私の「動きやすさ重視」という要望を折衷した特注品だ。
レースの一枚一枚が職人の手作業であり、その原価を計算すると目眩がするほどだが、今日ばかりは「必要経費」として計上済みである。
「お嬢様、お時間です」
セバスが扉を開ける。
その横には、正装した父、オルコット公爵が立っていた。
「……悪くない仕上がりだ、メメリア」
父は私の姿を見て、満足げに頷いた。
「このドレス、そしてこの式典……我が公爵家の資金力と品格を国内外に示す、絶好のプレゼンテーションだ。失敗するなよ?」
「もちろんです、お父様。参列者のリストは確認済み。ご祝儀の回収予測も、目標値を一二〇%上回る見込みです」
「うむ。それでこそ我が娘だ」
私たちは、涙の代わりに「収支報告」のような会話を交わし、バージンロードへと向かった。
重厚な扉が開く。
その瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が湧き上がった。
長いバージンロードの先には、祭壇が待っている。
そして、その中心に立っているのは――。
(……悔しいけれど、やっぱり最高値(ハイエンド)ね)
白の礼服に身を包んだギルバート殿下。
その姿は、この世の全ての光を集めたように輝いていた。
緊張した面持ちで私を待つその表情は、普段の冷徹な宰相ではなく、ただ愛する人を待つ一人の青年のものだ。
私は父のエスコートで、一歩ずつ進んでいく。
右側には、涙ぐむ王宮の文官たち(私が業務改善で残業を減らした恩恵を受けている)。
左側には、あの日、検問所やパン屋で出会った人々も招待されている。
(参列者数、五〇〇名。欠席率ゼロ。……完璧だわ)
私は笑顔で手を振りながら、頭の中で高速計算を行っていた。
この拍手一つ一つが、私たちの政権への支持率(アセット)となる。
祭壇にたどり着く。
父からギルバート殿下へ、私の手が渡される。
「……綺麗だ、メメリア」
殿下が小声で囁く。
「あなたこそ。今日のビジュアルは、王宮の観光収入を倍増させるレベルですよ」
「ふっ……。こんな時まで商魂たくましいな」
殿下は苦笑し、私の手をギュッと握りしめた。
その手は温かく、少しだけ汗ばんでいて、彼の緊張が伝わってくる。
司祭がおもむろに口を開いた。
「ギルバート・フォン・アルカディア。汝、この者を妻とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓うか?」
「誓います」
殿下の迷いのない声が響く。
「メメリア・オルコット。汝、この者を夫とし……」
司祭の言葉を聞きながら、私は脳内でその契約内容(誓いの言葉)を変換していた。
『病める時も』→ 医療費のリスク管理。
『貧しき時も』→ 財政破綻時の危機管理(リスクヘッジ)。
『命ある限り』→ 終身契約および自動更新。
(……随分と重い契約内容だけど、相手が彼なら悪くない条件ね)
私は殿下の瞳を見つめ、はっきりと答えた。
「誓います。……黒字経営をお約束します」
「えっ?」
司祭が聞き返そうとしたが、私は構わず続けた。
そして、指輪の交換。
殿下の指にはめられたプラチナリングと、私の指に輝くリング。
それは、私たちが互いの人生の「共同経営者」となった証だ。
「では、誓いの口づけを」
殿下がベールを上げる。
至近距離で見つめ合う私たち。
「……覚悟はいいか? もう逃がさないぞ」
「逃げませんよ。……早く捺印(キス)して、契約を完了させてください」
殿下は優しく微笑み、私の唇を塞いだ。
大歓声。
ファンファーレ。
舞い散る花びら。
世界が祝福に包まれた、最高にロマンチックな瞬間。
……しかし。
唇が離れた瞬間、私は殿下の胸元に顔を寄せ、誰にも聞こえない声で囁いた。
「……さて、殿下。これで式典の第一部は終了ですね」
「……ん?」
殿下は余韻に浸っていた表情を崩し、きょとんとした。
私は懐中時計(ドレスの隠しポケットに入れていた)をチラリと確認した。
「現在の時刻は一一時三〇分。予定より二分遅れ(ディレイ)です。この後の披露宴への移動時間を短縮しないと、スープが冷めるリスクがあります」
「……」
「それと、さっきの聖歌隊。人数が当初の見積もりより二人多かったです。追加料金が発生していないか、後で明細をチェックしないと。この結婚式の『費用対効果(コストパフォーマンス)』を最大化するためには、ここからの引き締めが重要ですわ」
私が早口でまくし立てると、殿下は目をパチクリさせた後、肩を震わせ始めた。
そして、祭壇の上だというのに、吹き出してしまった。
「ぷっ……くくっ、ははははは!!」
「で、殿下? 笑い事ではありませんよ!」
「いや、すまない……! 最高だ、君は!」
殿下はお腹を抱えて笑い、そして私の腰を強く抱き寄せた。
「誓いのキスの直後に、コストパフォーマンスの話をする花嫁なんて、世界中探しても君だけだ!」
「当然です。私はあなたの『敏腕経営者』ですから」
「ああ、頼もしい限りだ。……愛しているよ、私の守銭奴な天使」
殿下は私の額に、もう一度キスを落とした。
「さあ、行こうか! 君の計算通りに、最高の未来(くろじ)へ!」
教会の扉が開く。
眩しい陽光と、鳴り止まない鐘の音。
私たちは腕を組み、未来へと続く道を歩き出した。
遠い祖国の厨房で皿を洗っているであろう元婚約者のことや、これから待ち受けるであろう外交問題や財政難など、今の私には恐るるに足りない。
なぜなら。
私の隣には、最高のパートナーと、最強の計算機があるのだから。
「殿下、歩く速度が速いです! ドレスの磨耗率が上がります!」
「いいじゃないか! 新しいのを買ってやる!」
「無駄遣いは却下です!」
私たちの賑やかな声は、青空高く吸い込まれていった。
悪役令嬢メメリアの、波乱万丈かつ計算高い新婚生活は、まだ始まったばかりである。
ステンドグラスから七色の光が降り注ぐ中、パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る。
今日は、アルカディア王国第一王子ギルバート殿下と、私、メメリア・オルコットの結婚式だ。
「……ふぅ」
控え室で、私は鏡に映る花嫁姿を確認した。
純白のシルクで作られたウエディングドレスは、王室の伝統と私の「動きやすさ重視」という要望を折衷した特注品だ。
レースの一枚一枚が職人の手作業であり、その原価を計算すると目眩がするほどだが、今日ばかりは「必要経費」として計上済みである。
「お嬢様、お時間です」
セバスが扉を開ける。
その横には、正装した父、オルコット公爵が立っていた。
「……悪くない仕上がりだ、メメリア」
父は私の姿を見て、満足げに頷いた。
「このドレス、そしてこの式典……我が公爵家の資金力と品格を国内外に示す、絶好のプレゼンテーションだ。失敗するなよ?」
「もちろんです、お父様。参列者のリストは確認済み。ご祝儀の回収予測も、目標値を一二〇%上回る見込みです」
「うむ。それでこそ我が娘だ」
私たちは、涙の代わりに「収支報告」のような会話を交わし、バージンロードへと向かった。
重厚な扉が開く。
その瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が湧き上がった。
長いバージンロードの先には、祭壇が待っている。
そして、その中心に立っているのは――。
(……悔しいけれど、やっぱり最高値(ハイエンド)ね)
白の礼服に身を包んだギルバート殿下。
その姿は、この世の全ての光を集めたように輝いていた。
緊張した面持ちで私を待つその表情は、普段の冷徹な宰相ではなく、ただ愛する人を待つ一人の青年のものだ。
私は父のエスコートで、一歩ずつ進んでいく。
右側には、涙ぐむ王宮の文官たち(私が業務改善で残業を減らした恩恵を受けている)。
左側には、あの日、検問所やパン屋で出会った人々も招待されている。
(参列者数、五〇〇名。欠席率ゼロ。……完璧だわ)
私は笑顔で手を振りながら、頭の中で高速計算を行っていた。
この拍手一つ一つが、私たちの政権への支持率(アセット)となる。
祭壇にたどり着く。
父からギルバート殿下へ、私の手が渡される。
「……綺麗だ、メメリア」
殿下が小声で囁く。
「あなたこそ。今日のビジュアルは、王宮の観光収入を倍増させるレベルですよ」
「ふっ……。こんな時まで商魂たくましいな」
殿下は苦笑し、私の手をギュッと握りしめた。
その手は温かく、少しだけ汗ばんでいて、彼の緊張が伝わってくる。
司祭がおもむろに口を開いた。
「ギルバート・フォン・アルカディア。汝、この者を妻とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓うか?」
「誓います」
殿下の迷いのない声が響く。
「メメリア・オルコット。汝、この者を夫とし……」
司祭の言葉を聞きながら、私は脳内でその契約内容(誓いの言葉)を変換していた。
『病める時も』→ 医療費のリスク管理。
『貧しき時も』→ 財政破綻時の危機管理(リスクヘッジ)。
『命ある限り』→ 終身契約および自動更新。
(……随分と重い契約内容だけど、相手が彼なら悪くない条件ね)
私は殿下の瞳を見つめ、はっきりと答えた。
「誓います。……黒字経営をお約束します」
「えっ?」
司祭が聞き返そうとしたが、私は構わず続けた。
そして、指輪の交換。
殿下の指にはめられたプラチナリングと、私の指に輝くリング。
それは、私たちが互いの人生の「共同経営者」となった証だ。
「では、誓いの口づけを」
殿下がベールを上げる。
至近距離で見つめ合う私たち。
「……覚悟はいいか? もう逃がさないぞ」
「逃げませんよ。……早く捺印(キス)して、契約を完了させてください」
殿下は優しく微笑み、私の唇を塞いだ。
大歓声。
ファンファーレ。
舞い散る花びら。
世界が祝福に包まれた、最高にロマンチックな瞬間。
……しかし。
唇が離れた瞬間、私は殿下の胸元に顔を寄せ、誰にも聞こえない声で囁いた。
「……さて、殿下。これで式典の第一部は終了ですね」
「……ん?」
殿下は余韻に浸っていた表情を崩し、きょとんとした。
私は懐中時計(ドレスの隠しポケットに入れていた)をチラリと確認した。
「現在の時刻は一一時三〇分。予定より二分遅れ(ディレイ)です。この後の披露宴への移動時間を短縮しないと、スープが冷めるリスクがあります」
「……」
「それと、さっきの聖歌隊。人数が当初の見積もりより二人多かったです。追加料金が発生していないか、後で明細をチェックしないと。この結婚式の『費用対効果(コストパフォーマンス)』を最大化するためには、ここからの引き締めが重要ですわ」
私が早口でまくし立てると、殿下は目をパチクリさせた後、肩を震わせ始めた。
そして、祭壇の上だというのに、吹き出してしまった。
「ぷっ……くくっ、ははははは!!」
「で、殿下? 笑い事ではありませんよ!」
「いや、すまない……! 最高だ、君は!」
殿下はお腹を抱えて笑い、そして私の腰を強く抱き寄せた。
「誓いのキスの直後に、コストパフォーマンスの話をする花嫁なんて、世界中探しても君だけだ!」
「当然です。私はあなたの『敏腕経営者』ですから」
「ああ、頼もしい限りだ。……愛しているよ、私の守銭奴な天使」
殿下は私の額に、もう一度キスを落とした。
「さあ、行こうか! 君の計算通りに、最高の未来(くろじ)へ!」
教会の扉が開く。
眩しい陽光と、鳴り止まない鐘の音。
私たちは腕を組み、未来へと続く道を歩き出した。
遠い祖国の厨房で皿を洗っているであろう元婚約者のことや、これから待ち受けるであろう外交問題や財政難など、今の私には恐るるに足りない。
なぜなら。
私の隣には、最高のパートナーと、最強の計算機があるのだから。
「殿下、歩く速度が速いです! ドレスの磨耗率が上がります!」
「いいじゃないか! 新しいのを買ってやる!」
「無駄遣いは却下です!」
私たちの賑やかな声は、青空高く吸い込まれていった。
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