悪役令嬢は、その婚約破棄(ボーナス)を待っていた!

黒猫かの

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王宮で一番高い塔の屋上テラス。

そこは、王都アヴァロンの煌めく夜景を一望できる、最高のロケーションだった。

星空の下、キャンドルが揺らめき、冷やしたシャンパンが用意されている。

「……素晴らしい眺めだ」

ギルバート殿下は夜景を見渡し、満足げに微笑んだ。

「君が場所を指定した時は驚いたが……こんな素敵な場所を知っていたとはな」

今日の殿下は、ラフだが品のあるシルクのシャツ姿。夜風に金髪が揺れ、絵画のような美しさだ。

対する私は、勝負服であるパンツスーツ(ただし生地は最高級)に身を包み、手にはシャンパングラス……ではなく、指示棒(ポインター)を握りしめていた。

「景色を楽しんでいただけて何よりです。ですが殿下、本日のメインイベントは夜景鑑賞ではありません」

私はテラスの中央に設置したイーゼル(画架)にかかっていた布を、バサァッ!と勢いよく取り払った。

そこ現れたのは、夜景には似つかわしくない、巨大な『グラフと数値が書かれたパネル』だった。

「……なんだ、それは?」

殿下が目を丸くする。

「『ギルバート・フォン・アルカディア氏における人生経営改善計画書』です」

私はビシッとパネルを指し示した。

「……経営改善?」

「ええ。殿下、先日のプロポーズ、確かに受け取りました。条件面でも合意しました。ですが……一つだけ、納得がいかない点があります」

私は殿下の前に進み出た。

「あの契約では、私が一方的に『守られる側(被扶養者)』になっています。殿下が私を愛し、私がそれを受ける。……これでは、対等なビジネスパートナーとは言えません!」

「メメリア、君は……」

「私は、ただぶら下がるだけの妻になるつもりはありません。オルコット家の娘として、そしてあなたの右腕として、能動的(アクティブ)にあなたの人生に関与したいのです!」

私は指示棒を振りかざし、熱弁を振るった。

「見てください、このグラフを! これは現在の殿下の『幸福度指数(ハピネス・インデックス)』の推移予測です!」

赤い折れ線グラフが右肩上がりに描かれている。

「結婚当初は高い数値を維持しますが、公務のストレス、加齢による体力低下、マンネリ化などの要因により、数年後には『損益分岐点』を割り込むリスクがあります!」

「……随分とシビアな予測だな」

「リスクヘッジは経営の基本です! そこで、私が提案する『メメリア・メソッド』を導入します!」

私はパネルをめくった。

【施策1:徹底的な健康管理(ヘルスケア)】
【施策2:公務の効率化による家族時間の創出(ワークライフバランス)】
【施策3:定期的かつサプライズを含む愛情表現の供給(モチベーションアップ)】

「私があなたの妻になる以上、ただ大人しく家で待っているだけの存在にはなりません。あなたの食事、睡眠、スケジュール、そしてメンタル……全てを私が管理(マネジメント)します!」

私は殿下に一歩詰め寄った。

「あなたが疲れている時は、私が最高の休息を提供します。あなたが迷っている時は、私が最強の参謀として道を示します。あなたが孤独を感じる時は……私が、誰よりも騒がしく側にいて、寂しさなんて計算する暇もないくらいにしてあげます!」

息を切らして言い切る私。

殿下はポカンとして、言葉を失っている。

私は深呼吸をして、最後に一番伝えたかった言葉を口にした。

「つまり、何を言いたいかというと……」

私は指示棒を置き、殿下の両手を強く握りしめた。

「あなたの人生、私が絶対に『黒字経営』してみせます!」

夜空に響く、私の宣言。

「絶対に赤字(ふこう)にはさせません! 毎日が『最高益更新』になるように、私が全身全霊であなたをプロデュースします! ……ですから!」

私は真っ直ぐに殿下の瞳を見つめた。

「私に、あなたの人生の『経営権』をください! これが、私からの逆プロポーズです!」

言い切った。

出し切った。

もはや、これ以上のプレゼンは不可能だ。

沈黙が流れる。

夜風の音だけが聞こえる。

(……や、やりすぎたかしら? 流石にムードがなさすぎた?)

不安になってきた私の前で、殿下の肩が震え始めた。

「……っ、くっ……」

殿下は下を向き、そして――。

「あはははははは!!」

堪えきれないように、大爆笑した。

今まで見たどの笑顔よりも明るく、楽しそうな笑い声。

「くくっ、ははっ! 『黒字経営』か! 愛の告白でそんな言葉を聞くのは、人類史上、私が初めてだろうな!」

「わ、笑わないでください! 私は真剣に……!」

「わかっている、わかっているよ」

殿下は笑い涙を指で拭い、私を愛おしそうに見つめた。

「……最高だ、メメリア。君は本当に、私の予想を遥かに超えてくる」

殿下は私の手を引き寄せ、そのまま強く抱きしめた。

「君に任せよう。私の人生も、心も、全て君の管理下(と)に置く」

「……本当ですか? 返品不可ですよ?」

「望むところだ。……赤字にさせないと言ったな? なら、私も約束しよう」

殿下は私の耳元で囁いた。

「私は君という『最高責任者(CEO)』に、一生かけて『愛』という配当金を払い続けよう。……無制限にな」

「……っ」

その言葉に、胸が熱くなった。

配当金。

なんて甘美な響きだろう。

私は殿下の背中に腕を回し、ギュッとしがみついた。

「……期待していますよ、筆頭株主様」

私たちは星空の下、キスをした。

それは、これまでのどんな契約よりも重く、そして確かな口づけだった。

「さて、メメリア」

唇を離した殿下が、悪戯っぽく笑った。

「経営権の委譲は成立した。……早速だが、最初の『経営会議』を行わないか?」

「会議? こんな時間に?」

「ああ。……場所は、私の寝室で。議題は『次世代の後継者育成計画』についてだが……どうだ?」

殿下の意味深な視線に、私はカッと顔を赤らめた。

「……き、企画書がまだ未提出です! 時期尚早(早すぎ)です!」

「プレゼンなら、ベッドの中でゆっくり聞こう」

「きゃっ!? ちょ、殿下! お姫様抱っこはやめてください! 重量オーバーです!」

「軽いものだ。……さあ、夜はこれからだぞ、私の可愛い経営者殿」

殿下は軽々と私を抱き上げ、塔の階段を降り始めた。

「あーん! もう! 明日のスケジュールに響きますよぉ!」

私の抗議の声は、夜風に溶けて消えていった。

私の計算機でも弾き出せない、甘くて情熱的な夜が、これから始まろうとしていた。

そして、いよいよ物語は最終局面へ。

私たちの結婚式という名の「一大事業(ビッグプロジェクト)」が、幕を開ける。
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