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「ふふふ……これよ。これこそが私が求めていた『聖域(サンクチュアリ)』……!」
夜の帳が下りた頃。
常闇の城の東棟にある『翡翠の間』で、私は感動に打ち震えていた。
ここは、今日から私に割り当てられた個室だ。
広さは約二十畳。
窓からは月明かりに照らされた中庭が見え、床には足首まで埋まるフカフカの絨毯。
そして部屋の中央には、天蓋付きのシングルベッドが鎮座している。
シルベスターの部屋にあるキングサイズに比べれば小さいが、私一人で寝るには十分すぎる広さだ。
「マリー、セバスチャン。感謝するわ。完璧なベッドメイクね」
私は控えていた二人の従者に礼を言った。
「もったいないお言葉でございます、お嬢様」
「カモミール様がぐっすり眠れるよう、枕の角度をミリ単位で調整しておきました!」
「ええ、期待しているわ。……あの『猛獣』と同じベッドで寝るのは、精神衛生上よろしくないもの」
私は昨夜と今朝の出来事を思い出し、身震いした。
確かにシルベスターの体温は心地よかったし、彼も紳士的(寝ている間は)だった。
だが、やはり成人男女が同衾するのは問題がある。
それに、私はあくまで『安眠コンサルタント』。
業務時間外のプライベートは確保されるべきだ。
「それではお嬢様、ごゆっくりお休みくださいませ」
「何かあればベルでお呼びください」
二人が退出し、部屋には静寂が訪れた。
私はシルクのネグリジェに着替え(ジャージは洗濯中だ)、慎重にベッドへ潜り込んだ。
「……んんっ、最高」
清潔なリネンの香り。適度な反発力。
手足を大の字に伸ばしても、誰かの筋肉にぶつかることはない。
「これぞ独身貴族の特権。おやすみなさい、世界……」
私は目を閉じ、意識を手放そうとした。
その時だった。
ガチャリ。
鍵をかけたはずのドアノブが回り、扉が開いた。
「……カモミール、起きているか?」
聞き覚えのある、重低音ボイス。
私はカッと目を見開いた。
入り口に立っていたのは、枕を小脇に抱え、パジャマ姿になったシルベスター・ナイトメア公爵その人だった。
「……こんばんは、閣下。何か緊急の御用でしょうか? 魔獣の大群が押し寄せたとか、城が燃えているとか」
私はベッドから上半身を起こし、冷ややかに尋ねた。
シルベスターは首を横に振った。
「いや、もっと重大な問題だ」
「なんでしょう?」
「眠れない」
彼は真顔で言った。
「……は?」
「お前がいないと、ベッドが広すぎて落ち着かないんだ。それに、枕の高さが合わない気がする」
「気のせいです。貴方の枕は最高級品です」
「いや、違う。俺の求めているのは羽毛の柔らかさではなく、お前の二の腕の弾力だ」
「セクハラ発言として記録しましたよ」
私はジト目で彼を睨んだ。
シルベスターは悪びれる様子もなく、ズカズカと部屋に入ってきた。
「おい、入ってこないでください。ここは私の個室です」
「知っている。だから来た」
「不法侵入です」
「俺の城だ。俺がどこに入ろうと自由だ」
暴論だ。
彼は私のベッドの横まで来ると、持っていた枕をポンと置いた。
「ちょっと詰めてくれ」
「……はい?」
「ここで寝る」
「お断りします!!」
私は叫んで、ふとんを体に巻きつけた。
「契約書を読み返してください! 『業務内容は安眠誘導』とは書きましたが、『同衾』とは書いてありません! 昨夜は緊急避難的措置だったんです!」
「だが、『安眠誘導に必要な範囲』での接触は許可されているはずだ」
「添い寝は範囲外です! 手を繋ぐくらいなら妥協しますが、同じベッドは駄目です!」
「手を繋ぐだけでは足りない」
シルベスターは駄々っ子のような顔をした。
「試したんだ。さっき、お前の使い古しのハンカチを握りしめて寝てみたが、効果は十分の一だった」
「私のハンカチを勝手に持ち出さないでください! 変態!」
「カモミール。俺を見殺しにする気か?」
彼は急に真剣な表情になり、ベッドの縁に腰掛けた。
その瞳が、月明かりを受けて切なげに揺れる。
「俺は……三十年間、まともに眠れなかった。常に頭の中で鐘が鳴り響き、魔力が体を焼き焦がすような感覚……。それが、お前のそばにいる時だけ消えるんだ」
「……っ」
「この静寂を手放したくない。頼む、カモミール。俺の安眠のために、その身を貸してくれ」
卑怯だ。
そんな捨てられた子犬(大型犬サイズ)のような目で見られたら、強く拒絶できない。
私は元来、困っている人を放っておけない性格なのだ(だから王子の仕事も手伝ってしまった)。
「……はぁ」
私は深い、深いため息をついた。
「分かりました。……百歩譲って、添い寝は許可します」
「本当か!」
シルベスターの顔がパァァァッと輝いた。
「ただし! 条件があります!」
私はベッドの上に予備の枕を二つ並べ、中央に『境界線』を作った。
「この『枕の壁』を越えないこと。これより向こうが貴方の陣地、こっちが私の陣地です」
「……狭くないか?」
「我慢してください。それと、抱きつくのは禁止です。背中合わせで寝ます」
「抱き枕の意味がないではないか」
「私は抱き枕じゃありません! コンサルタントです!」
「……チッ。分かった」
シルベスターは不満そうに舌打ちをしたが、しぶしぶ承諾した。
彼はベッドに入り込み、器用に体を小さくして(と言ってもデカイが)横になった。
私も背中を向け、壁際ギリギリに身を寄せる。
狭い。
シングルベッドに大男と二人。
物理的な距離はどうしても近くなる。
背後から、彼の体温が伝わってくる。
ドクン、ドクンという力強い鼓動のリズムまでもが、マットレスを通して響いてくるようだ。
「……おやすみ、カモミール」
耳元で囁かれる低音ボイス。
ゾクリと背筋が震えた。
「……おやすみなさい。越境したら罰金ですからね」
私は枕を抱きしめ、目を閉じた。
(……まあ、背中合わせなら顔も見えないし、これなら何とか……)
そう思ったのも束の間だった。
十分後。
「……ぐー……すー……」
早くもシルベスターの寝息が聞こえ始めた。
やはり私のそばだと即座に眠れるらしい。
その事実に、少しだけ優越感を感じていた時だった。
ガシッ。
「……ひゃっ!?」
背後から、太い腕が伸びてきた。
それは『枕の壁』を軽々と乗り越え、私の腰に巻きついた。
「ちょ、ちょっと! 閣下! 壁! 壁がありますよ!」
私は小声で抗議した。
しかし、シルベスターは完全に夢の中だ。
「……むにゃ……枕……逃げるな……」
彼は無意識に私を引き寄せた。
抵抗する間もなく、私の背中は彼の広い胸板に密着させられた。
いわゆる『バックハグ』の状態だ。
「ううっ……重い……暑い……!」
彼の体は湯たんぽのように温かい。
北国の夜は冷えるので、正直に言えば……悔しいけれど、心地よい。
「……カモミール……」
寝言で名前を呼ばれた。
そして、彼の顔が私の首筋に埋められる。
フサフサの髪がくすぐったい。
「……んぐっ……」
私は身動きが取れなくなった。
こうなると、もうテコでも動かないのは経験済みだ。
(……契約違反よ。明日の朝、追加料金を請求してやるわ)
私は諦めの境地に達した。
枕の壁は陥落した。
私のプライバシーも崩壊した。
けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
アレック王子の時は、隣に寝ていても常に不安だった。
いつか捨てられるのではないか、私の価値は仕事だけなのではないか、と。
でも、この『魔王』の腕の中は、妙に安心感がある。
彼は私を必要としている。
たとえそれが『睡眠導入剤』としてだとしても、誰かにこれほど強く求められるのは初めての経験だった。
「……仕方ないわね、今夜だけよ」
私はそっと、腰に回された彼の手の上に、自分の手を重ねた。
大きな手だ。
剣を振るい、領地を守ってきた手。
「おやすみなさい、甘えん坊の魔王様」
私はあくびを一つした。
彼の寝息につられるように、私にも強烈な睡魔が襲ってきた。
結局、私は彼の体温に包まれたまま、泥のように深い眠りに落ちていった。
翌朝。
「キャーッ! お嬢様がいらっしゃらないわ!」
翡翠の間に入ってきたマリーの悲鳴で、私は目を覚ますことにならなかった。
なぜなら私は、自分の部屋ではなく、いつの間にかシルベスターによって『空輸』され、彼の執務室のソファの上で目覚めることになったからだ。
「……おはよう。よく眠れたか?」
目の前には、スッキリとした顔で書類仕事をするシルベスター。
「……おはようございます。一つ質問しても?」
「なんだ?」
「なぜ私はここで寝ているのですか?」
「朝起きたら、お前を置いて仕事に行くのが名残惜しくてな。抱っこして連れてきた」
「……」
私は無言で懐から請求書を取り出した。
「拉致監禁、および契約違反の『越境行為』。しめて金貨三百枚になります」
「安いな。払おう」
シルベスターは即座に財布を取り出した。
ダメだ、この男。
金に糸目をつけないタイプのストーカーだ。
「……はぁ。もういいです。仕事します」
私は諦めてソファから起き上がった。
こうして、『添い寝は業務範囲外』という私の主張は、魔王公爵の圧倒的な財力と睡眠欲の前に、なし崩し的に却下されていくのであった。
だが、そんな私たちの奇妙な蜜月(?)に、ついに邪魔が入ろうとしていた。
「……ん?」
ふと窓の外を見ると、城門の方角から土煙が上がっているのが見えた。
「客か?」
シルベスターも手を止めて窓を見る。
その土煙の先頭には、派手な装飾の馬車が走っていた。
王家の紋章が入った馬車だ。
「……げっ」
私は思わず声を漏らした。
間違いない。
あの無駄に煌びやかで、空気抵抗を考えていない馬鹿げたデザイン。
「……アレック王子だわ」
安眠の地、常闇の城に、最悪の騒音源が接近していた。
夜の帳が下りた頃。
常闇の城の東棟にある『翡翠の間』で、私は感動に打ち震えていた。
ここは、今日から私に割り当てられた個室だ。
広さは約二十畳。
窓からは月明かりに照らされた中庭が見え、床には足首まで埋まるフカフカの絨毯。
そして部屋の中央には、天蓋付きのシングルベッドが鎮座している。
シルベスターの部屋にあるキングサイズに比べれば小さいが、私一人で寝るには十分すぎる広さだ。
「マリー、セバスチャン。感謝するわ。完璧なベッドメイクね」
私は控えていた二人の従者に礼を言った。
「もったいないお言葉でございます、お嬢様」
「カモミール様がぐっすり眠れるよう、枕の角度をミリ単位で調整しておきました!」
「ええ、期待しているわ。……あの『猛獣』と同じベッドで寝るのは、精神衛生上よろしくないもの」
私は昨夜と今朝の出来事を思い出し、身震いした。
確かにシルベスターの体温は心地よかったし、彼も紳士的(寝ている間は)だった。
だが、やはり成人男女が同衾するのは問題がある。
それに、私はあくまで『安眠コンサルタント』。
業務時間外のプライベートは確保されるべきだ。
「それではお嬢様、ごゆっくりお休みくださいませ」
「何かあればベルでお呼びください」
二人が退出し、部屋には静寂が訪れた。
私はシルクのネグリジェに着替え(ジャージは洗濯中だ)、慎重にベッドへ潜り込んだ。
「……んんっ、最高」
清潔なリネンの香り。適度な反発力。
手足を大の字に伸ばしても、誰かの筋肉にぶつかることはない。
「これぞ独身貴族の特権。おやすみなさい、世界……」
私は目を閉じ、意識を手放そうとした。
その時だった。
ガチャリ。
鍵をかけたはずのドアノブが回り、扉が開いた。
「……カモミール、起きているか?」
聞き覚えのある、重低音ボイス。
私はカッと目を見開いた。
入り口に立っていたのは、枕を小脇に抱え、パジャマ姿になったシルベスター・ナイトメア公爵その人だった。
「……こんばんは、閣下。何か緊急の御用でしょうか? 魔獣の大群が押し寄せたとか、城が燃えているとか」
私はベッドから上半身を起こし、冷ややかに尋ねた。
シルベスターは首を横に振った。
「いや、もっと重大な問題だ」
「なんでしょう?」
「眠れない」
彼は真顔で言った。
「……は?」
「お前がいないと、ベッドが広すぎて落ち着かないんだ。それに、枕の高さが合わない気がする」
「気のせいです。貴方の枕は最高級品です」
「いや、違う。俺の求めているのは羽毛の柔らかさではなく、お前の二の腕の弾力だ」
「セクハラ発言として記録しましたよ」
私はジト目で彼を睨んだ。
シルベスターは悪びれる様子もなく、ズカズカと部屋に入ってきた。
「おい、入ってこないでください。ここは私の個室です」
「知っている。だから来た」
「不法侵入です」
「俺の城だ。俺がどこに入ろうと自由だ」
暴論だ。
彼は私のベッドの横まで来ると、持っていた枕をポンと置いた。
「ちょっと詰めてくれ」
「……はい?」
「ここで寝る」
「お断りします!!」
私は叫んで、ふとんを体に巻きつけた。
「契約書を読み返してください! 『業務内容は安眠誘導』とは書きましたが、『同衾』とは書いてありません! 昨夜は緊急避難的措置だったんです!」
「だが、『安眠誘導に必要な範囲』での接触は許可されているはずだ」
「添い寝は範囲外です! 手を繋ぐくらいなら妥協しますが、同じベッドは駄目です!」
「手を繋ぐだけでは足りない」
シルベスターは駄々っ子のような顔をした。
「試したんだ。さっき、お前の使い古しのハンカチを握りしめて寝てみたが、効果は十分の一だった」
「私のハンカチを勝手に持ち出さないでください! 変態!」
「カモミール。俺を見殺しにする気か?」
彼は急に真剣な表情になり、ベッドの縁に腰掛けた。
その瞳が、月明かりを受けて切なげに揺れる。
「俺は……三十年間、まともに眠れなかった。常に頭の中で鐘が鳴り響き、魔力が体を焼き焦がすような感覚……。それが、お前のそばにいる時だけ消えるんだ」
「……っ」
「この静寂を手放したくない。頼む、カモミール。俺の安眠のために、その身を貸してくれ」
卑怯だ。
そんな捨てられた子犬(大型犬サイズ)のような目で見られたら、強く拒絶できない。
私は元来、困っている人を放っておけない性格なのだ(だから王子の仕事も手伝ってしまった)。
「……はぁ」
私は深い、深いため息をついた。
「分かりました。……百歩譲って、添い寝は許可します」
「本当か!」
シルベスターの顔がパァァァッと輝いた。
「ただし! 条件があります!」
私はベッドの上に予備の枕を二つ並べ、中央に『境界線』を作った。
「この『枕の壁』を越えないこと。これより向こうが貴方の陣地、こっちが私の陣地です」
「……狭くないか?」
「我慢してください。それと、抱きつくのは禁止です。背中合わせで寝ます」
「抱き枕の意味がないではないか」
「私は抱き枕じゃありません! コンサルタントです!」
「……チッ。分かった」
シルベスターは不満そうに舌打ちをしたが、しぶしぶ承諾した。
彼はベッドに入り込み、器用に体を小さくして(と言ってもデカイが)横になった。
私も背中を向け、壁際ギリギリに身を寄せる。
狭い。
シングルベッドに大男と二人。
物理的な距離はどうしても近くなる。
背後から、彼の体温が伝わってくる。
ドクン、ドクンという力強い鼓動のリズムまでもが、マットレスを通して響いてくるようだ。
「……おやすみ、カモミール」
耳元で囁かれる低音ボイス。
ゾクリと背筋が震えた。
「……おやすみなさい。越境したら罰金ですからね」
私は枕を抱きしめ、目を閉じた。
(……まあ、背中合わせなら顔も見えないし、これなら何とか……)
そう思ったのも束の間だった。
十分後。
「……ぐー……すー……」
早くもシルベスターの寝息が聞こえ始めた。
やはり私のそばだと即座に眠れるらしい。
その事実に、少しだけ優越感を感じていた時だった。
ガシッ。
「……ひゃっ!?」
背後から、太い腕が伸びてきた。
それは『枕の壁』を軽々と乗り越え、私の腰に巻きついた。
「ちょ、ちょっと! 閣下! 壁! 壁がありますよ!」
私は小声で抗議した。
しかし、シルベスターは完全に夢の中だ。
「……むにゃ……枕……逃げるな……」
彼は無意識に私を引き寄せた。
抵抗する間もなく、私の背中は彼の広い胸板に密着させられた。
いわゆる『バックハグ』の状態だ。
「ううっ……重い……暑い……!」
彼の体は湯たんぽのように温かい。
北国の夜は冷えるので、正直に言えば……悔しいけれど、心地よい。
「……カモミール……」
寝言で名前を呼ばれた。
そして、彼の顔が私の首筋に埋められる。
フサフサの髪がくすぐったい。
「……んぐっ……」
私は身動きが取れなくなった。
こうなると、もうテコでも動かないのは経験済みだ。
(……契約違反よ。明日の朝、追加料金を請求してやるわ)
私は諦めの境地に達した。
枕の壁は陥落した。
私のプライバシーも崩壊した。
けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
アレック王子の時は、隣に寝ていても常に不安だった。
いつか捨てられるのではないか、私の価値は仕事だけなのではないか、と。
でも、この『魔王』の腕の中は、妙に安心感がある。
彼は私を必要としている。
たとえそれが『睡眠導入剤』としてだとしても、誰かにこれほど強く求められるのは初めての経験だった。
「……仕方ないわね、今夜だけよ」
私はそっと、腰に回された彼の手の上に、自分の手を重ねた。
大きな手だ。
剣を振るい、領地を守ってきた手。
「おやすみなさい、甘えん坊の魔王様」
私はあくびを一つした。
彼の寝息につられるように、私にも強烈な睡魔が襲ってきた。
結局、私は彼の体温に包まれたまま、泥のように深い眠りに落ちていった。
翌朝。
「キャーッ! お嬢様がいらっしゃらないわ!」
翡翠の間に入ってきたマリーの悲鳴で、私は目を覚ますことにならなかった。
なぜなら私は、自分の部屋ではなく、いつの間にかシルベスターによって『空輸』され、彼の執務室のソファの上で目覚めることになったからだ。
「……おはよう。よく眠れたか?」
目の前には、スッキリとした顔で書類仕事をするシルベスター。
「……おはようございます。一つ質問しても?」
「なんだ?」
「なぜ私はここで寝ているのですか?」
「朝起きたら、お前を置いて仕事に行くのが名残惜しくてな。抱っこして連れてきた」
「……」
私は無言で懐から請求書を取り出した。
「拉致監禁、および契約違反の『越境行為』。しめて金貨三百枚になります」
「安いな。払おう」
シルベスターは即座に財布を取り出した。
ダメだ、この男。
金に糸目をつけないタイプのストーカーだ。
「……はぁ。もういいです。仕事します」
私は諦めてソファから起き上がった。
こうして、『添い寝は業務範囲外』という私の主張は、魔王公爵の圧倒的な財力と睡眠欲の前に、なし崩し的に却下されていくのであった。
だが、そんな私たちの奇妙な蜜月(?)に、ついに邪魔が入ろうとしていた。
「……ん?」
ふと窓の外を見ると、城門の方角から土煙が上がっているのが見えた。
「客か?」
シルベスターも手を止めて窓を見る。
その土煙の先頭には、派手な装飾の馬車が走っていた。
王家の紋章が入った馬車だ。
「……げっ」
私は思わず声を漏らした。
間違いない。
あの無駄に煌びやかで、空気抵抗を考えていない馬鹿げたデザイン。
「……アレック王子だわ」
安眠の地、常闇の城に、最悪の騒音源が接近していた。
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