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「……なるほど。事態は想像以上に深刻のようですね」
私は国王からの召喚状をデスクに放り投げ、冷めた紅茶を一口啜った。
場所は常闇の城、執務室。
窓の外は快晴だが、室内の空気は澱んでいる。
その原因は、私の向かいで凶悪なオーラを放ちながら、召喚状を睨みつけているシルベスターだ。
「『国家反逆罪』……。よくもまあ、俺たちの安眠を守る正当防衛を、そんな大層な言葉で飾ったものだ」
「まあ、王子を空へ射出し、勅命書を燃やし、物流を止めましたからね。客観的に見れば立派な反逆です」
私は淡々と事実を列挙した。
「だが、気に食わん」
シルベスターが指先で机を叩く。
「俺たちが静かに寝ているだけなのに、向こうから勝手に手を出してきたのは奴らだ。被害者は俺たちだぞ」
「おっしゃる通りです。……ですが、気になるのはここです」
私は召喚状の端に押された、双頭の鷲の紋章を指差した。
「これは隣国、『ガルディア帝国』の国章です」
「……帝国? なぜ他国が口を出してくる?」
「おそらく、私の実家……スリープ公爵家の物流停止が響いているのでしょう」
私は地図を広げた。
「我が国の物流が止まれば、帝国への輸出も止まります。特に、帝国貴族が愛用している『最高級ワイン』や『香辛料』のルートは、私が構築したものですから」
「つまり、ワインが飲めなくてイライラした帝国の皇帝が、我が国の王に圧力をかけたわけか」
「短絡的ですが、貴族の思考回路なんてそんなものです。……自分たちの快適な生活が脅かされると、すぐに戦争だの反逆だのと騒ぎ立てる」
私はため息をついた。
「面倒ですね。いっそ、このまま無視して鎖国でもしましょうか?」
「それもいいな。この城に結界を張れば、百年は誰も入れない」
シルベスターが乗り気になる。
しかし、私はすぐに首を横に振った。
「いえ、ダメです。鎖国したら、私の愛用している『南国産の最高級コットン』が手に入らなくなります」
「……それは由々しき事態だ」
「それに、新作のスイーツも、安眠アロマの原材料も輸入できなくなります。自給自足では、質の高い睡眠ライフは維持できません」
「……撤回だ。鎖国はなしだ」
シルベスターは真顔で頷いた。
私たちの行動原理は、常に『QOS(クオリティ・オブ・スリープ)』の向上にある。
そのためなら、国交問題すらも些細な障害に過ぎない。
「行きましょう、王都へ」
私は立ち上がり、宣言した。
「売られた喧嘩は買います。そして、倍額の請求書をつけて送り返してやります」
「ああ。俺たちの安眠を邪魔した代償、骨の髄まで払わせてやる」
シルベスターも立ち上がり、獰猛な笑みを浮かべた。
「セバスチャン! 出立の準備を!」
「はっ! すでに『例の馬車』を用意してあります!」
「例の馬車?」
私が首を傾げると、シルベスターが得意げに胸を張った。
「見れば分かる。俺とお前のための、最強の移動要塞だ」
***
一時間後。
城の正面ゲートに用意されていたのは、馬車と呼ぶにはあまりにも巨大で、異様な物体だった。
「……なんですか、これは」
私は口をあんぐりと開けた。
全体は漆黒の装甲で覆われ、車輪の代わりになにやら魔導装置が浮遊している。
大きさは一般的な馬車の三倍。
牽引するのは馬ではなく、シルベスターが使役する『夢魔(ナイトメア)ホース』という、炎のたてがみを持つ黒馬が八頭。
「名付けて『安眠特急ナイトメア号』だ」
シルベスターが愛おしそうにボディを撫でる。
「内部には、先日導入した『決して壊れないベッド』を完備。防音、防振、空調完備。さらに、簡易キッチンと風呂までついている」
「……キャンピングカーですね」
「なんだそれは?」
「いえ、こちらの世界の話です。……しかし、これなら移動中も快適に眠れそうですね」
「だろう? さあ、乗れ。王都まではノンストップだ」
彼は私をエスコートし、車内へと招き入れた。
中は広々としており、高級ホテルのスイートルームそのものだった。
床にはふかふかの絨毯、窓には遮光カーテン。
そして中央には、ダブルサイズの天蓋付きベッドが鎮座している。
「素晴らしい……。これなら熟睡できます」
「よし、出発だ!」
シルベスターが合図を送ると、夢魔たちが嘶きを上げた。
ヒヒィィィン!!
ズズズ……ッ。
巨体が音もなく滑り出す。
浮遊魔法のおかげで、振動は皆無だ。
「行ってらっしゃいませ、閣下! カモミール様!」
「王都の奴らに目にもの見せてやってください!」
城の使用人たちが総出で見送ってくれる。
彼らにとって、私たちはただの領主ではなく、『残業をなくし、安眠をもたらした救世主』なのだ。
「行ってきます。お土産は『王都限定・熟睡プリン』でいいかしら?」
私が窓から手を振ると、大歓声が上がった。
こうして、私たちは『安眠特急』に乗り込み、王都への進撃を開始した。
道中、私はシルベスターの膝の上で(指定席だ)、王都の最新情報を整理していた。
「……情報屋によると、王都は現在、食糧難と暴動で機能麻痺状態。王家への支持率は過去最低を記録しています」
「ざまぁみろだな」
シルベスターは私の髪を弄りながら、つまらなそうに言う。
「さらに、アレック殿下は馬糞溜めから生還した後、ミナ様に監禁……いえ、『看病』されているとのこと」
「あのピンク色の女か。懲りないな」
「そして、今回の召喚状を主導したのは、宰相フランツ侯爵。彼は私の元上司ですが、極めて合理的な『仕事の鬼』です」
「お前の上司か。……嫌な予感がするな」
「ええ。おそらく、私を処刑したいのではなく、『業務に戻したい』というのが本音でしょう。国を回すために」
「お前を社畜に戻す気か? ……殺すか」
シルベスターの目が赤く光る。
「早まらないでください。殺すと仕事がこっちに回ってきます」
「チッ……」
「交渉の余地はあります。向こうが困っているのは物流と実務。こちらが求めているのは安眠と自由。……win-winの落とし所を見つけましょう」
「難しそうだな。俺は『奴らが全員爆睡する魔法』をかけるのが一番早いと思うが」
「それは最終手段です」
そんな物騒な会話をしているうちに、窓の外の景色が変わってきた。
緑豊かな辺境の森から、徐々に整備された街道へ。
そして、遠くに見えてきたのは、高い城壁に囲まれた王都の姿だった。
だが。
「……暗いですね」
私は窓の外を見て眉をひそめた。
かつては『光の都』と呼ばれた王都が、今はどんよりとした灰色の雲に覆われている。
街の活気はなく、煙突からの煙もまばらだ。
「俺たちの呪い(物流停止)が効いているな」
「ええ。効果覿面すぎて、少し引くレベルです」
馬車が正門に近づくと、門番たちが慌てふためくのが見えた。
「と、止まれぇぇぇ! な、なんだその黒い怪物は!」
「身分を明かせ! ここは王都だぞ!」
門番たちが槍を構えるが、夢魔たちの迫力に腰が引けている。
シルベスターは、窓を少しだけ開けた。
そして、あくび混じりに告げた。
「……通れ」
たった一言。
だが、そこに含まれた『魔王の威圧』は、門番たちの意識を刈り取るのに十分だった。
「ひぃっ……!?」
「あ、開門! 開門だぁぁぁ!」
ギギギギ……ッ!
巨大な鉄の門が、悲鳴を上げて開いていく。
「……顔パスですね」
「俺の顔を知らぬモグリはいまい」
私たちは悠々と王都へ侵入した。
大通りを進む黒い馬車。
道行く人々は、口を開けてそれを見上げ、そして中にいる人物に気づくと、ざわめきが波紋のように広がっていった。
『あれは……ナイトメア公爵の紋章!?』
『じゃあ、隣に乗っているのは……』
『悪役令嬢カモミール!?』
『帰ってきたのか! 魔王を引き連れて!』
恐怖、好奇心、そして微かな期待。
市民たちの視線を浴びながら、私たちは王城の正門へと乗り付けた。
「到着だ」
馬車が止まる。
シルベスターが先に降り、私に手を差し伸べた。
「さあ、降りろ。俺の女王陛下」
「……女王じゃありません。ただのクレーマーです」
私は彼の手を取り、地面に降り立った。
目の前に聳える王城。
かつて私が馬車馬のように働かされ、そして捨てられた場所。
(……ただいま。そして、さようなら)
私は心の中で呟いた。
今、ここに戻ってきたのは、過去を取り戻すためではない。
未来(安眠)を勝ち取るためだ。
「……出迎えなしか?」
シルベスターが不機嫌そうに城を見上げた時だった。
カツ、カツ、カツ……。
城の入り口から、一人の男が歩いてきた。
銀縁の眼鏡。冷徹な瞳。隙のない身だしなみ。
宰相フランツだ。
彼は私たちの前で立ち止まると、眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、静かに言った。
「……お待ちしておりました、カモミール様。そしてナイトメア公爵」
彼の背後には、数百人の近衛騎士が武器を構えて展開している。
完全な包囲網だ。
「随分と仰々しい歓迎ですね、宰相閣下」
私は扇子を開き、口元で笑った。
「お茶の一杯も出さずに、いきなり武器を向けるのが王家の流儀ですか?」
「状況が状況ですので。……国家反逆の容疑者に対し、礼儀を尽くす必要はありません」
宰相の声は氷のように冷たい。
「単刀直入に申し上げます。カモミール様、直ちに武装解除し、王城の業務に復帰してください。さもなくば……」
彼は合図を送ろうと手を上げた。
「……さもなくば、なんだ?」
シルベスターが一歩前に出た。
ドオオオオオォォォ……ッ!
彼から溢れ出した魔力が、黒い嵐となって広場を吹き荒れた。
騎士たちの鎧がガシャガシャと震え、数人がその場で失神する。
「俺のパートナーを働かせようなどと……。その口、二度と利けなくしてやろうか?」
一触即発。
魔王と国家権力の衝突。
王都の中心で、史上最大の『夫婦喧嘩(対国家)』が始まろうとしていた。
私は国王からの召喚状をデスクに放り投げ、冷めた紅茶を一口啜った。
場所は常闇の城、執務室。
窓の外は快晴だが、室内の空気は澱んでいる。
その原因は、私の向かいで凶悪なオーラを放ちながら、召喚状を睨みつけているシルベスターだ。
「『国家反逆罪』……。よくもまあ、俺たちの安眠を守る正当防衛を、そんな大層な言葉で飾ったものだ」
「まあ、王子を空へ射出し、勅命書を燃やし、物流を止めましたからね。客観的に見れば立派な反逆です」
私は淡々と事実を列挙した。
「だが、気に食わん」
シルベスターが指先で机を叩く。
「俺たちが静かに寝ているだけなのに、向こうから勝手に手を出してきたのは奴らだ。被害者は俺たちだぞ」
「おっしゃる通りです。……ですが、気になるのはここです」
私は召喚状の端に押された、双頭の鷲の紋章を指差した。
「これは隣国、『ガルディア帝国』の国章です」
「……帝国? なぜ他国が口を出してくる?」
「おそらく、私の実家……スリープ公爵家の物流停止が響いているのでしょう」
私は地図を広げた。
「我が国の物流が止まれば、帝国への輸出も止まります。特に、帝国貴族が愛用している『最高級ワイン』や『香辛料』のルートは、私が構築したものですから」
「つまり、ワインが飲めなくてイライラした帝国の皇帝が、我が国の王に圧力をかけたわけか」
「短絡的ですが、貴族の思考回路なんてそんなものです。……自分たちの快適な生活が脅かされると、すぐに戦争だの反逆だのと騒ぎ立てる」
私はため息をついた。
「面倒ですね。いっそ、このまま無視して鎖国でもしましょうか?」
「それもいいな。この城に結界を張れば、百年は誰も入れない」
シルベスターが乗り気になる。
しかし、私はすぐに首を横に振った。
「いえ、ダメです。鎖国したら、私の愛用している『南国産の最高級コットン』が手に入らなくなります」
「……それは由々しき事態だ」
「それに、新作のスイーツも、安眠アロマの原材料も輸入できなくなります。自給自足では、質の高い睡眠ライフは維持できません」
「……撤回だ。鎖国はなしだ」
シルベスターは真顔で頷いた。
私たちの行動原理は、常に『QOS(クオリティ・オブ・スリープ)』の向上にある。
そのためなら、国交問題すらも些細な障害に過ぎない。
「行きましょう、王都へ」
私は立ち上がり、宣言した。
「売られた喧嘩は買います。そして、倍額の請求書をつけて送り返してやります」
「ああ。俺たちの安眠を邪魔した代償、骨の髄まで払わせてやる」
シルベスターも立ち上がり、獰猛な笑みを浮かべた。
「セバスチャン! 出立の準備を!」
「はっ! すでに『例の馬車』を用意してあります!」
「例の馬車?」
私が首を傾げると、シルベスターが得意げに胸を張った。
「見れば分かる。俺とお前のための、最強の移動要塞だ」
***
一時間後。
城の正面ゲートに用意されていたのは、馬車と呼ぶにはあまりにも巨大で、異様な物体だった。
「……なんですか、これは」
私は口をあんぐりと開けた。
全体は漆黒の装甲で覆われ、車輪の代わりになにやら魔導装置が浮遊している。
大きさは一般的な馬車の三倍。
牽引するのは馬ではなく、シルベスターが使役する『夢魔(ナイトメア)ホース』という、炎のたてがみを持つ黒馬が八頭。
「名付けて『安眠特急ナイトメア号』だ」
シルベスターが愛おしそうにボディを撫でる。
「内部には、先日導入した『決して壊れないベッド』を完備。防音、防振、空調完備。さらに、簡易キッチンと風呂までついている」
「……キャンピングカーですね」
「なんだそれは?」
「いえ、こちらの世界の話です。……しかし、これなら移動中も快適に眠れそうですね」
「だろう? さあ、乗れ。王都まではノンストップだ」
彼は私をエスコートし、車内へと招き入れた。
中は広々としており、高級ホテルのスイートルームそのものだった。
床にはふかふかの絨毯、窓には遮光カーテン。
そして中央には、ダブルサイズの天蓋付きベッドが鎮座している。
「素晴らしい……。これなら熟睡できます」
「よし、出発だ!」
シルベスターが合図を送ると、夢魔たちが嘶きを上げた。
ヒヒィィィン!!
ズズズ……ッ。
巨体が音もなく滑り出す。
浮遊魔法のおかげで、振動は皆無だ。
「行ってらっしゃいませ、閣下! カモミール様!」
「王都の奴らに目にもの見せてやってください!」
城の使用人たちが総出で見送ってくれる。
彼らにとって、私たちはただの領主ではなく、『残業をなくし、安眠をもたらした救世主』なのだ。
「行ってきます。お土産は『王都限定・熟睡プリン』でいいかしら?」
私が窓から手を振ると、大歓声が上がった。
こうして、私たちは『安眠特急』に乗り込み、王都への進撃を開始した。
道中、私はシルベスターの膝の上で(指定席だ)、王都の最新情報を整理していた。
「……情報屋によると、王都は現在、食糧難と暴動で機能麻痺状態。王家への支持率は過去最低を記録しています」
「ざまぁみろだな」
シルベスターは私の髪を弄りながら、つまらなそうに言う。
「さらに、アレック殿下は馬糞溜めから生還した後、ミナ様に監禁……いえ、『看病』されているとのこと」
「あのピンク色の女か。懲りないな」
「そして、今回の召喚状を主導したのは、宰相フランツ侯爵。彼は私の元上司ですが、極めて合理的な『仕事の鬼』です」
「お前の上司か。……嫌な予感がするな」
「ええ。おそらく、私を処刑したいのではなく、『業務に戻したい』というのが本音でしょう。国を回すために」
「お前を社畜に戻す気か? ……殺すか」
シルベスターの目が赤く光る。
「早まらないでください。殺すと仕事がこっちに回ってきます」
「チッ……」
「交渉の余地はあります。向こうが困っているのは物流と実務。こちらが求めているのは安眠と自由。……win-winの落とし所を見つけましょう」
「難しそうだな。俺は『奴らが全員爆睡する魔法』をかけるのが一番早いと思うが」
「それは最終手段です」
そんな物騒な会話をしているうちに、窓の外の景色が変わってきた。
緑豊かな辺境の森から、徐々に整備された街道へ。
そして、遠くに見えてきたのは、高い城壁に囲まれた王都の姿だった。
だが。
「……暗いですね」
私は窓の外を見て眉をひそめた。
かつては『光の都』と呼ばれた王都が、今はどんよりとした灰色の雲に覆われている。
街の活気はなく、煙突からの煙もまばらだ。
「俺たちの呪い(物流停止)が効いているな」
「ええ。効果覿面すぎて、少し引くレベルです」
馬車が正門に近づくと、門番たちが慌てふためくのが見えた。
「と、止まれぇぇぇ! な、なんだその黒い怪物は!」
「身分を明かせ! ここは王都だぞ!」
門番たちが槍を構えるが、夢魔たちの迫力に腰が引けている。
シルベスターは、窓を少しだけ開けた。
そして、あくび混じりに告げた。
「……通れ」
たった一言。
だが、そこに含まれた『魔王の威圧』は、門番たちの意識を刈り取るのに十分だった。
「ひぃっ……!?」
「あ、開門! 開門だぁぁぁ!」
ギギギギ……ッ!
巨大な鉄の門が、悲鳴を上げて開いていく。
「……顔パスですね」
「俺の顔を知らぬモグリはいまい」
私たちは悠々と王都へ侵入した。
大通りを進む黒い馬車。
道行く人々は、口を開けてそれを見上げ、そして中にいる人物に気づくと、ざわめきが波紋のように広がっていった。
『あれは……ナイトメア公爵の紋章!?』
『じゃあ、隣に乗っているのは……』
『悪役令嬢カモミール!?』
『帰ってきたのか! 魔王を引き連れて!』
恐怖、好奇心、そして微かな期待。
市民たちの視線を浴びながら、私たちは王城の正門へと乗り付けた。
「到着だ」
馬車が止まる。
シルベスターが先に降り、私に手を差し伸べた。
「さあ、降りろ。俺の女王陛下」
「……女王じゃありません。ただのクレーマーです」
私は彼の手を取り、地面に降り立った。
目の前に聳える王城。
かつて私が馬車馬のように働かされ、そして捨てられた場所。
(……ただいま。そして、さようなら)
私は心の中で呟いた。
今、ここに戻ってきたのは、過去を取り戻すためではない。
未来(安眠)を勝ち取るためだ。
「……出迎えなしか?」
シルベスターが不機嫌そうに城を見上げた時だった。
カツ、カツ、カツ……。
城の入り口から、一人の男が歩いてきた。
銀縁の眼鏡。冷徹な瞳。隙のない身だしなみ。
宰相フランツだ。
彼は私たちの前で立ち止まると、眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、静かに言った。
「……お待ちしておりました、カモミール様。そしてナイトメア公爵」
彼の背後には、数百人の近衛騎士が武器を構えて展開している。
完全な包囲網だ。
「随分と仰々しい歓迎ですね、宰相閣下」
私は扇子を開き、口元で笑った。
「お茶の一杯も出さずに、いきなり武器を向けるのが王家の流儀ですか?」
「状況が状況ですので。……国家反逆の容疑者に対し、礼儀を尽くす必要はありません」
宰相の声は氷のように冷たい。
「単刀直入に申し上げます。カモミール様、直ちに武装解除し、王城の業務に復帰してください。さもなくば……」
彼は合図を送ろうと手を上げた。
「……さもなくば、なんだ?」
シルベスターが一歩前に出た。
ドオオオオオォォォ……ッ!
彼から溢れ出した魔力が、黒い嵐となって広場を吹き荒れた。
騎士たちの鎧がガシャガシャと震え、数人がその場で失神する。
「俺のパートナーを働かせようなどと……。その口、二度と利けなくしてやろうか?」
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