貴様のような悪女とは婚約破棄だ!と言われたので、全力で帰ります。

黒猫かの

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結婚式から、早五年。
北の辺境伯領は、今日も今日とて平和で、そして騒がしかった。

「せいっ!!」

ドゴォォォォォンッ!!

「若様ァ! ナイス破壊音ですぞォォ!」
「見ろ! 岩が粉々だ! 五歳にしてこの威力……末恐ろしい!」

裏庭の畑から、爆発音と歓声が聞こえてくる。
私はテラスでお茶を飲みながら、その光景を温かい目で見守っていた。

土煙の中から現れたのは、小さな男の子。
銀色の髪に、アイスブルーの瞳。
夫であるアレクセイ様に瓜二つの美少年だが、その手には子供用の『魔導鍬(マジック・ホー)・ミニ』が握られている。

長男のシリウス、五歳。
見た目は天使だが、中身は父親譲りの怪力と、母親譲りの破壊衝動(耕作意欲)を受け継いだ、辺境のサラブレッドだ。

「ママー! 見て! 岩、どかしたよ!」

シリウスが満面の笑みで駆けてくる。
泥だらけの顔。
でも、その目はキラキラと輝いている。

「えらいわ、シリウス。……いい腰の入り方だったわよ」

私がハンカチで彼の顔を拭いてあげると、シリウスは「へへっ」と照れ笑いをした。
その笑顔は、不器用なアレクセイ様によく似ている。

「あー! おにいちゃまだけズルい!」

そこへ、もう一人、小さな影がトテトテと歩いてきた。
ピンク色のフリフリドレスを着た、金髪の女の子。
長女のルナ、三歳だ。

見た目は私に似て可憐なお人形さんのようだが、その性格は――。

「ルナも! ルナもやるの! ……そこをどきなさい、下郎ども!」

「ははーっ! お嬢様のお通りだァ!」
「道を空けろォ! 踏まれるぞォ!」

強面の使用人たちが、三歳児の命令に平伏している。
どうやら彼女は、私の『眼力(メヂカラ)』と『女王様の気質』を色濃く受け継いでしまったらしい。
将来が楽しみで少し怖い。

「……賑やかだな」

背後から、低い声がした。
アレクセイ様だ。
五年経っても変わらない、いや、父親になって少し渋みを増した私の旦那様。

彼は私の隣に座り、子供たちが元気に(物理的に)遊ぶ姿を眺めた。

「ああ、平和だ」

「そうですね。……毎日、壁か岩が壊れる音がしますけど」

「修理費が嵩むな。……まあ、元気な証拠だ」

アレクセイ様は笑い、私の腰に手を回した。
その手つきは、新婚の頃と変わらず甘やかで、優しい。

「カトレア。……君も、変わらないな」

「そうですか? ……また少し、ふくよかになった気がしますけど」

私は自分のお腹をさすった。
三度の飯と、十時と三時のおやつ。
そして夜食。
辺境の美味しい空気と水。
これらのおかげで、私は順調に『幸せ太り』を更新し続けている。
ドレスのサイズは……まあ、マダム・ポンパドールが「布の限界に挑むのが私の仕事ですわ!」と燃えているので大丈夫だろう。

「その柔らかさがいい。……抱き心地が最高だ」

アレクセイ様が、人目も憚らず私の頬にキスをする。

「きゃっ、子供たちが見ていますよ」

「構わん。両親が仲睦まじいのは良い教育だ」

彼は悪びれもせず、さらに強く抱きしめてくる。
この過保護で溺愛なところも、相変わらずだ。

ふと、私は遠い昔のことを思い出した。
王都での日々。
痩せて、ピリピリして、いつも誰かの顔色を窺っていた自分。
「悪女」と呼ばれ、婚約破棄を突きつけられ、絶望していたあの日。

もし、あの時。
ジェラルド殿下が婚約破棄をしてくれなかったら。
私が「御意」と叫んで走らなかったら。
アレクセイ様が迎えに来てくれなかったら。

今のこの、騒がしくて愛おしい毎日はなかったのだ。

「……アレクセイ様」

「ん?」

「私、今、すごく幸せです」

私がしみじみと言うと、彼は少し驚いた顔をし、それから優しく微笑んだ。

「知っている。……君が食べる時の顔を見ればな」

「もう、食い気ばかりじゃありませんよ」

「嘘をつけ。さっきも『今日の夕飯はドラゴンのテールスープがいい』と呟いていただろう」

「き、聞こえてました?」

「筒抜けだ」

私たちは顔を見合わせて笑った。

「パパ―! ママー! ご飯まだー!?」

畑の方から、シリウスの大声が響く。
ルナも「お腹空いたのー!」と叫んでいる。
やはり、私の遺伝子は強かったようだ。
この子たちの胃袋もまた、宇宙なのだろう。

「おっと、怪獣たちが腹を空かせたようだ」

アレクセイ様が立ち上がり、私に手を差し伸べた。

「行こうか、カトレア。……今日のメインディッシュは、君のリクエスト通りだ」

「はい!」

私は彼の手を取り、立ち上がった。
その時、ふと王都の方角――南の空を見上げた。

噂によれば、ジェラルド元王太子とミナ様は、離宮での謹慎生活を経て、今は平民として慎ましく暮らしているらしい。
二人が幸せかどうかは知らないし、興味もない。

ただ、私は感謝している。
あの理不尽な婚約破棄があったからこそ、私はこの『氷の閣下』と出会い、最強の家族を手に入れたのだから。

「カトレア?」

「いえ、なんでもありません。……さあ、帰りましょう」

私は前を向いた。
そこには、愛する夫と、可愛い子供たち。
そして、美味しい匂いが漂う我が家がある。

私は空に向かって、心の中で小さく呟いた。

(婚約破棄、ありがとうございました!)

そして、アレクセイ様の腕に抱きつき、元気よく叫んだ。

「夕ご飯の時間ですわ! 全軍、食堂へ突撃ーッ!!」

「「「御意ィィィィィッ!!!」」」

子供たちと、使用人たちの声が重なる。
北の辺境に、今日も幸せな雄叫びが響き渡った。

私の『勘違い』から始まった辺境スローライフは、これからも美味しく、楽しく、そして騒がしく続いていく。
お皿が空になるその時まで、ずっと。
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