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透明なストーカー……もとい、透明な護衛(自称)の騒動から一夜明けた。
ベルシュタイン公爵邸の朝は、本来であれば小鳥のさえずりと共に穏やかに始まるはずだった。
しかし、その日の夜明けは、太陽が二つ同時に昇ったかのような異常な眩しさに包まれていた。
「……ま、マリー。起きてちょうだい。外が大変なことになっているわ。天変地異かしら、それとも世界が終わる予兆なの?」
ローゼンは顔を覆っていた遮光カーテンの隙間から漏れ出す、鋭い「光」に目を細めた。
公爵令嬢の寝室に差し込む光は、通常であれば柔らかな黄金色だが、今窓の外で荒れ狂っているのは、目が潰れるような人工的な純白の輝きだった。
「お嬢様、おはようございます。……いえ、おはようと言っていいのか判断に迷う光度ですね。現在、庭の温度が急上昇し、苔たちが光合成の限界を迎えて白旗を上げております」
マリーがサングラスを二重に装着し、手探りでローゼンのもとへ歩み寄ってきた。
「……何が起きているの? まさか、またあのバカ殿下が……」
「ご明察です。殿下は昨日、『透明な隣人』を却下された際、お嬢様の言葉をこう解釈されたようです。『自分が見えないのは寂しい、もっと私を照らしてほしい』と」
ローゼンは震える手で窓を数センチだけ開け、下を見下ろした。
そこには、昨日のレオタード姿を捨て、全身を鏡のように磨き上げられた白銀の鎧で包んだアルフレッドが立っていた。
しかも、ただの鎧ではない。
アルフレッドは自らの魔力を全開にし、体中から「光子放出(フォトンダンプ)」と名付けられた謎の魔法を垂れ流していた。
彼はまるで、地上に降り立った第二の太陽、あるいは歩く超高輝度サーチライトのようだった。
「……ローゼン! おはよう、私の最愛の女神! 見てくれ、今の私は隠れてなどいない! むしろ世界で一番、君を照らすのに相応しい存在になったぞ!」
アルフレッドが顔を上げると、その瞳からもレーザーのような光が放たれ、公爵邸の壁をじりじりと焦がした。
「殿下ああああ! 眩しいですわ! 今すぐその出力を下げてください! あと、うちの外壁を焼かないで!」
「な、なんだって……!? これでもまだ足りないのか!? 君の美しさと対等に並び立つには、この程度の輝度では不十分だと思っていたが……! わかった、もっとだ! もっと魔力を燃やして、夜を昼に変えてみせよう!」
「逆です! 多すぎますと言っているのですわ!」
ローゼンは半泣きで窓を閉め切った。
しかし、アルフレッドの発光はカーテンの隙間を突き抜け、部屋の中をディスコのフロアのような異常な明るさで満たし続けた。
「お嬢様、落ち着いてください。現在、屋敷の周囲には、この『人型発光体』を一目見ようと、近隣の住民たちが集まり始めております。……中には『奇跡が起きた』と拝み始める老人も出始めました」
「……ただの迷惑な王子なのに! マリー、どうすればあのライトを消せるかしら」
「物理的に布で覆うのが一番ですが、あの熱量では近づく前にこちらが蒸し焼きになります。……仕方がありません。レオナルド様からお預かりしていた『消火用の魔道具』を試してみましょう」
マリーが取り出したのは、水を噴射するのではなく「周囲の魔力を強制的に吸い取る」という、対・アルフレッド用に開発された特注の吸引機だった。
マリーは窓を少し開け、吸引機のノズルをアルフレッドに向けた。
「殿下、失礼いたします。愛のオーバーフローを回収させていただきます」
スイッチを入れた瞬間、ゴゴゴ……という轟音と共に、アルフレッドが放っていた光の粒子が掃除機のように吸い込まれていく。
「……ぬ、ぬおおお!? なんだ、私の愛が……私の輝きが奪われていく! 待て、ローゼン! 私はまだ、君の影を一つ残らず消し去っていないんだ!」
アルフレッドがジタバタと抵抗するが、マリーの容赦ない吸引に、次第に光は弱まり、数分後には「少しテカっているだけの鎧姿の男」へと戻った。
「……はあ、はあ……。酷いよローゼン。私の『光り輝く隣人』作戦を、そんな実務的な機械で終わらせるなんて……」
庭で膝をつくアルフレッドに対し、ローゼンは窓から身を乗り出して叫んだ。
「殿下! いい加減にしてください! 昨日は隠れ、今日は光り……あなたはいつになったら、普通の人間として門から入ってくるのですか!」
「……門から? 普通に……?」
アルフレッドは、再び「普通」という概念の壁にぶつかった。
「……そうか。私はまた、形式にこだわりすぎていたのかもしれない。君の言う通りだ、ローゼン。真の隣人とは、演出された姿ではなく、ただそこに在るだけの存在……」
アルフレッドは立ち上がり、ゆっくりと公爵邸の正門へと歩いていった。
「待っていてくれ、ローゼン。私は今から、人生で初めての『普通のご挨拶』を君に届けるために、門の外からやり直してくる!」
彼はそう言い残し、清々しい表情で去っていった。
「……ねえ、マリー。今の『普通』という言葉、信じていいのかしら」
「お嬢様。これまでの経験から言わせていただきますと、殿下の言う『普通の挨拶』とは、おそらく軍隊のパレードを引き連れてくるか、あるいは全裸で跪くかの二択だと思われます」
「どちらも嫌ですわよ!!」
ローゼンの不安は的中する。
一時間後、ベルシュタイン公爵邸の門の前には、アルフレッドが手配した「普通の挨拶を盛り上げるための、千人の合唱団」が集結し、ローゼンの名を讃える讃美歌を爆音で歌い始めたのである。
光の次は音。
アルフレッドの愛は、もはや物理現象を総なめにする勢いで、ローゼンの平穏を破壊し続けていた。
ベルシュタイン公爵邸の朝は、本来であれば小鳥のさえずりと共に穏やかに始まるはずだった。
しかし、その日の夜明けは、太陽が二つ同時に昇ったかのような異常な眩しさに包まれていた。
「……ま、マリー。起きてちょうだい。外が大変なことになっているわ。天変地異かしら、それとも世界が終わる予兆なの?」
ローゼンは顔を覆っていた遮光カーテンの隙間から漏れ出す、鋭い「光」に目を細めた。
公爵令嬢の寝室に差し込む光は、通常であれば柔らかな黄金色だが、今窓の外で荒れ狂っているのは、目が潰れるような人工的な純白の輝きだった。
「お嬢様、おはようございます。……いえ、おはようと言っていいのか判断に迷う光度ですね。現在、庭の温度が急上昇し、苔たちが光合成の限界を迎えて白旗を上げております」
マリーがサングラスを二重に装着し、手探りでローゼンのもとへ歩み寄ってきた。
「……何が起きているの? まさか、またあのバカ殿下が……」
「ご明察です。殿下は昨日、『透明な隣人』を却下された際、お嬢様の言葉をこう解釈されたようです。『自分が見えないのは寂しい、もっと私を照らしてほしい』と」
ローゼンは震える手で窓を数センチだけ開け、下を見下ろした。
そこには、昨日のレオタード姿を捨て、全身を鏡のように磨き上げられた白銀の鎧で包んだアルフレッドが立っていた。
しかも、ただの鎧ではない。
アルフレッドは自らの魔力を全開にし、体中から「光子放出(フォトンダンプ)」と名付けられた謎の魔法を垂れ流していた。
彼はまるで、地上に降り立った第二の太陽、あるいは歩く超高輝度サーチライトのようだった。
「……ローゼン! おはよう、私の最愛の女神! 見てくれ、今の私は隠れてなどいない! むしろ世界で一番、君を照らすのに相応しい存在になったぞ!」
アルフレッドが顔を上げると、その瞳からもレーザーのような光が放たれ、公爵邸の壁をじりじりと焦がした。
「殿下ああああ! 眩しいですわ! 今すぐその出力を下げてください! あと、うちの外壁を焼かないで!」
「な、なんだって……!? これでもまだ足りないのか!? 君の美しさと対等に並び立つには、この程度の輝度では不十分だと思っていたが……! わかった、もっとだ! もっと魔力を燃やして、夜を昼に変えてみせよう!」
「逆です! 多すぎますと言っているのですわ!」
ローゼンは半泣きで窓を閉め切った。
しかし、アルフレッドの発光はカーテンの隙間を突き抜け、部屋の中をディスコのフロアのような異常な明るさで満たし続けた。
「お嬢様、落ち着いてください。現在、屋敷の周囲には、この『人型発光体』を一目見ようと、近隣の住民たちが集まり始めております。……中には『奇跡が起きた』と拝み始める老人も出始めました」
「……ただの迷惑な王子なのに! マリー、どうすればあのライトを消せるかしら」
「物理的に布で覆うのが一番ですが、あの熱量では近づく前にこちらが蒸し焼きになります。……仕方がありません。レオナルド様からお預かりしていた『消火用の魔道具』を試してみましょう」
マリーが取り出したのは、水を噴射するのではなく「周囲の魔力を強制的に吸い取る」という、対・アルフレッド用に開発された特注の吸引機だった。
マリーは窓を少し開け、吸引機のノズルをアルフレッドに向けた。
「殿下、失礼いたします。愛のオーバーフローを回収させていただきます」
スイッチを入れた瞬間、ゴゴゴ……という轟音と共に、アルフレッドが放っていた光の粒子が掃除機のように吸い込まれていく。
「……ぬ、ぬおおお!? なんだ、私の愛が……私の輝きが奪われていく! 待て、ローゼン! 私はまだ、君の影を一つ残らず消し去っていないんだ!」
アルフレッドがジタバタと抵抗するが、マリーの容赦ない吸引に、次第に光は弱まり、数分後には「少しテカっているだけの鎧姿の男」へと戻った。
「……はあ、はあ……。酷いよローゼン。私の『光り輝く隣人』作戦を、そんな実務的な機械で終わらせるなんて……」
庭で膝をつくアルフレッドに対し、ローゼンは窓から身を乗り出して叫んだ。
「殿下! いい加減にしてください! 昨日は隠れ、今日は光り……あなたはいつになったら、普通の人間として門から入ってくるのですか!」
「……門から? 普通に……?」
アルフレッドは、再び「普通」という概念の壁にぶつかった。
「……そうか。私はまた、形式にこだわりすぎていたのかもしれない。君の言う通りだ、ローゼン。真の隣人とは、演出された姿ではなく、ただそこに在るだけの存在……」
アルフレッドは立ち上がり、ゆっくりと公爵邸の正門へと歩いていった。
「待っていてくれ、ローゼン。私は今から、人生で初めての『普通のご挨拶』を君に届けるために、門の外からやり直してくる!」
彼はそう言い残し、清々しい表情で去っていった。
「……ねえ、マリー。今の『普通』という言葉、信じていいのかしら」
「お嬢様。これまでの経験から言わせていただきますと、殿下の言う『普通の挨拶』とは、おそらく軍隊のパレードを引き連れてくるか、あるいは全裸で跪くかの二択だと思われます」
「どちらも嫌ですわよ!!」
ローゼンの不安は的中する。
一時間後、ベルシュタイン公爵邸の門の前には、アルフレッドが手配した「普通の挨拶を盛り上げるための、千人の合唱団」が集結し、ローゼンの名を讃える讃美歌を爆音で歌い始めたのである。
光の次は音。
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