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「アルカ様! 動かないでくださいまし! 今、ウエストをあと三センチ絞りますわよ!」
「……リディア様、やめてちょうだい。そんなに絞ったら、披露宴の『マンモスの丸焼き・トリプル仕立て』を完食できなくなってしまうわ」
王宮の一室。今日は第一王子ジュリアンと、公爵令嬢アルカの婚礼の儀当日である。
純白のウェディングドレスに身を包んだアルカは、鏡に映る自分の姿よりも、テーブルの上に置かれた本日の献立表を熱心にチェックしていた。
「お嬢様、ご安心を。披露宴のドレスは、隠しギミックでウエストが最大十センチまで拡張する『大食漢(グルメ)仕様』に改造済みでございます」
「流石ね、カイン。私の胃袋の膨張率を完璧に計算しているわ」
カインが恭しく差し出したのは、ブーケ……ではなく、銀色に輝く最高級の「マイ包丁」だった。
「……アルカ、準備はいいか。国中の貴族と、何より腹を空かせた民衆が、君の登場を待っているぞ」
部屋に入ってきたジュリアンは、正装に身を包み、かつてないほど凛々しい姿だった。
「殿下。……その格好、なかなか美味しそうですね。まるで、焼きたてのメレンゲを纏った極上スイーツのようだわ」
「……褒め言葉として受け取っておこう。だが、今日は君が主役だ。包丁は一旦カインに預けて、私の手を取ってくれないか」
「ええ、喜んで。……あ、殿下。誓いのキスの時間は、なるべく短縮してくださいね。その後に控えている『金目鯛の瞬間燻製』が、余熱で硬くなってしまいますもの」
「……善処するよ」
二人が大聖堂の扉を開けると、そこにはかつてないほどの歓声が響き渡った。
だが、参列者たちの視線は、新郎新婦の美しさと同じくらい……いや、それ以上に、聖堂の四隅に設置された「ライブキッチン」に注がれていた。
「うおおおおおっ! 新郎新婦入場ッ! 愛の力で、この巨大クロマグロを一刀両断にしてくれるわ!!」
ガラン卿が、タキシードを筋肉の膨張で弾き飛ばしながら、巨大なマグロを空中に放り投げた。
「師匠! 結婚のお祝いに、ロセウス王国から空輸した『虹色のペッパー』を全席に振り撒いておきました! さあ、香りの祝福を受け取ってください!」
レオンハルトが、教会の高い天井からスパイスの粉を雪のように降らせる。
「皆様! 本日限定、アルカ様監修の『永遠の絆を誓う超加水バゲット』ですわよ! 噛みしめるほどに、お二人の粘り強い愛を感じてくださいまし!」
リディアが、山のようなパンを参列者の口へ次々と放り込んでいく。
「……ジュリアン殿下。私、今までで一番幸せだわ」
アルカが、バージンロードを歩きながらジュリアンの耳元で囁いた。
「……そうか。私の愛が、ようやく君に届いたのだな」
「いいえ。この会場に満ちている、数百種類の食材が奏でる『旨味のハーモニー』が、私の脳を最高の幸福感で満たしているのよ。……ああ、早く食べたいわ」
「……君は、本当に、一ミリもブレないな」
ジュリアンは苦笑いし、神父の前でアルカの手を強く握った。
儀式が終わり、誓いの言葉が交わされる。
「……病める時も、健やかなる時も。そして、どんなに不味い食材に直面した時も。私は、貴女の料理を生涯完食し続けることを誓います」
ジュリアンの誓いに、アルカもまた、これまでにない真剣な眼差しで応えた。
「……私も。王国の全ての食材を愛し、殿下の胃袋を生涯、飽きさせることなく支配し続けることを誓いますわ」
キスを交わした瞬間、聖堂の屋根を突き破らんばかりの拍手が巻き起こった。
それと同時に、待機していた百人の料理人たちが一斉に火を入れ、王都全体が「暴力的なまでに美味そうな匂い」に包まれた。
数年後。
王宮のテラスからは、今日も美味しそうな煙が立ち上っている。
「……ねえ、殿下。今日の夕食、何かしら? なんだか、異国の不思議なスパイスの匂いがするわ」
リディアが、少し逞しくなった腕で窓を開けた。彼女の隣には、すっかり王宮に馴染んだレオンハルトと、日々筋肉を調理に捧げるガラン卿の姿がある。
「ああ。アルカが今朝、隣国の国境近くで捕獲してきたという『幻の飛竜(ワイバーン)』のローストらしい。……カイン、準備はどうだ?」
「万全でございます、殿下。……お嬢様、いえ、王太子妃殿下は既に、厨房で飛竜を解体しながら『この翼の筋肉、唐揚げにしたら最高だわ!』と叫んでいらっしゃいます」
カインの報告に、一同は顔を見合わせて笑った。
かつて悪役令嬢として追放された少女は、今や、一国の食文化を根底から変え、人々の胃袋を幸福で満たす「食の独裁者」となった。
彼女の行くところ、常に美味しい匂いと、少しばかりの騒動、そして最高の笑顔が溢れている。
「……さあ、行こうか。冷めないうちに、彼女の『愛』を完食しに」
ジュリアンが先頭に立ち、笑い声の絶えない厨房へと歩き出す。
王宮の煙突から流れる、香ばしい肉の匂い。
それは、世界で一番幸せな「悪役令嬢」が、今日も元気にフライパンを振っている、平和な日常の証であった。
「……リディア様、やめてちょうだい。そんなに絞ったら、披露宴の『マンモスの丸焼き・トリプル仕立て』を完食できなくなってしまうわ」
王宮の一室。今日は第一王子ジュリアンと、公爵令嬢アルカの婚礼の儀当日である。
純白のウェディングドレスに身を包んだアルカは、鏡に映る自分の姿よりも、テーブルの上に置かれた本日の献立表を熱心にチェックしていた。
「お嬢様、ご安心を。披露宴のドレスは、隠しギミックでウエストが最大十センチまで拡張する『大食漢(グルメ)仕様』に改造済みでございます」
「流石ね、カイン。私の胃袋の膨張率を完璧に計算しているわ」
カインが恭しく差し出したのは、ブーケ……ではなく、銀色に輝く最高級の「マイ包丁」だった。
「……アルカ、準備はいいか。国中の貴族と、何より腹を空かせた民衆が、君の登場を待っているぞ」
部屋に入ってきたジュリアンは、正装に身を包み、かつてないほど凛々しい姿だった。
「殿下。……その格好、なかなか美味しそうですね。まるで、焼きたてのメレンゲを纏った極上スイーツのようだわ」
「……褒め言葉として受け取っておこう。だが、今日は君が主役だ。包丁は一旦カインに預けて、私の手を取ってくれないか」
「ええ、喜んで。……あ、殿下。誓いのキスの時間は、なるべく短縮してくださいね。その後に控えている『金目鯛の瞬間燻製』が、余熱で硬くなってしまいますもの」
「……善処するよ」
二人が大聖堂の扉を開けると、そこにはかつてないほどの歓声が響き渡った。
だが、参列者たちの視線は、新郎新婦の美しさと同じくらい……いや、それ以上に、聖堂の四隅に設置された「ライブキッチン」に注がれていた。
「うおおおおおっ! 新郎新婦入場ッ! 愛の力で、この巨大クロマグロを一刀両断にしてくれるわ!!」
ガラン卿が、タキシードを筋肉の膨張で弾き飛ばしながら、巨大なマグロを空中に放り投げた。
「師匠! 結婚のお祝いに、ロセウス王国から空輸した『虹色のペッパー』を全席に振り撒いておきました! さあ、香りの祝福を受け取ってください!」
レオンハルトが、教会の高い天井からスパイスの粉を雪のように降らせる。
「皆様! 本日限定、アルカ様監修の『永遠の絆を誓う超加水バゲット』ですわよ! 噛みしめるほどに、お二人の粘り強い愛を感じてくださいまし!」
リディアが、山のようなパンを参列者の口へ次々と放り込んでいく。
「……ジュリアン殿下。私、今までで一番幸せだわ」
アルカが、バージンロードを歩きながらジュリアンの耳元で囁いた。
「……そうか。私の愛が、ようやく君に届いたのだな」
「いいえ。この会場に満ちている、数百種類の食材が奏でる『旨味のハーモニー』が、私の脳を最高の幸福感で満たしているのよ。……ああ、早く食べたいわ」
「……君は、本当に、一ミリもブレないな」
ジュリアンは苦笑いし、神父の前でアルカの手を強く握った。
儀式が終わり、誓いの言葉が交わされる。
「……病める時も、健やかなる時も。そして、どんなに不味い食材に直面した時も。私は、貴女の料理を生涯完食し続けることを誓います」
ジュリアンの誓いに、アルカもまた、これまでにない真剣な眼差しで応えた。
「……私も。王国の全ての食材を愛し、殿下の胃袋を生涯、飽きさせることなく支配し続けることを誓いますわ」
キスを交わした瞬間、聖堂の屋根を突き破らんばかりの拍手が巻き起こった。
それと同時に、待機していた百人の料理人たちが一斉に火を入れ、王都全体が「暴力的なまでに美味そうな匂い」に包まれた。
数年後。
王宮のテラスからは、今日も美味しそうな煙が立ち上っている。
「……ねえ、殿下。今日の夕食、何かしら? なんだか、異国の不思議なスパイスの匂いがするわ」
リディアが、少し逞しくなった腕で窓を開けた。彼女の隣には、すっかり王宮に馴染んだレオンハルトと、日々筋肉を調理に捧げるガラン卿の姿がある。
「ああ。アルカが今朝、隣国の国境近くで捕獲してきたという『幻の飛竜(ワイバーン)』のローストらしい。……カイン、準備はどうだ?」
「万全でございます、殿下。……お嬢様、いえ、王太子妃殿下は既に、厨房で飛竜を解体しながら『この翼の筋肉、唐揚げにしたら最高だわ!』と叫んでいらっしゃいます」
カインの報告に、一同は顔を見合わせて笑った。
かつて悪役令嬢として追放された少女は、今や、一国の食文化を根底から変え、人々の胃袋を幸福で満たす「食の独裁者」となった。
彼女の行くところ、常に美味しい匂いと、少しばかりの騒動、そして最高の笑顔が溢れている。
「……さあ、行こうか。冷めないうちに、彼女の『愛』を完食しに」
ジュリアンが先頭に立ち、笑い声の絶えない厨房へと歩き出す。
王宮の煙突から流れる、香ばしい肉の匂い。
それは、世界で一番幸せな「悪役令嬢」が、今日も元気にフライパンを振っている、平和な日常の証であった。
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