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「……えー、ゴホン。本日、この神聖なる玉座の間において、私は宣言する」
王宮の最奥、きらびやかな装飾が施された大広間に、国王の威厳ある声が響き渡った。
並み居る貴族たちが息を呑んで見守る中、その中心に立っているのは、泥のついたエプロンを脱ぎ捨て、最高級のシルクドレスに身を包んだアルカである。
「先の婚約破棄は、一部の不届きな者たち……具体的には、先ほど地下牢へ放り込まれた元宰相らによる策謀であったと判明した。よって、第一王子ジュリアンと、アルカ・フォン・ベルム嬢の婚約破棄を、公式に『完全撤回』するものとする!」
会場から、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
……が、当のアルカは、拍手など耳に入っていない様子で、自分の爪の先をじっと見つめていた。
「……ねえ、ジュリアン殿下。この儀式、あと何分くらいかかりますの? さっきから、調理場に置いたままの『スノーマンモスの熟成骨髄パテ』の温度が気になって仕方ないんですけれど」
「アルカ、静かにしろ。一生に一度の、感動的な復縁の瞬間だろうが」
ジュリアンが小声で、しかし必死な形相で嗜めた。
「復縁よりも、鮮度の維持ですわ。……あ、お父様。そんなに号泣しないで。化粧が剥げて、せっかくの威厳が台無しよ」
「アルカぁぁ! よくぞ、よくぞ戻ってきてくれた! これでもう、我が家が『食い意地の張った娘を出した家』として、変な目で見られることもなくなる……!」
公爵がハンカチを噛み締めながら咽び泣く横で、かつての「宿敵」であったリディアが、誇らしげに一歩前に出た。
「お父様、安心なさいな。アルカ様は今や、この国の『胃袋の救世主』ですわ。……あ、陛下。私の任命式も忘れないでくださいましね!」
「わかっているとも、リディア嬢。……リディア・男爵令嬢を、今日から王宮専属の『筆頭パン職人・兼・炭水化物管理官』に任命する。彼女の焼くバゲットは、王国の防衛力向上に寄与すると認められた」
「光栄ですわ! ……これで心置きなく、毎日十キロの生地を叩きつけられますわね、アルカ様!」
リディアが筋骨逞しくなった腕を誇示するようにガッツポーズを決めると、会場の貴族たちが少しだけ引いた。
「そしてレオンハルト王子。君にはロセウス王国との『スパイス恒久平和条約』の調印を任せたい。君は我が国に滞在し、アルカ嬢の補佐……もとい、スパイス供給源として尽力してほしい」
「仰せのままに、国王陛下! 私は既に、離宮の厨房に住むための寝袋を購入済みです。師匠のそばなら、どんな辺境でもパラダイスですよ!」
「……あの、レオンハルト殿下。あなたは一応、隣国の王子ですよね?」
ジュリアンのツッコミを無視して、今度はガラン卿が巨体を震わせた。
「陛下! 私の称号については!?」
「ああ、ガラン卿。君には『王宮調理機動隊・初代隊長』の称号を授ける。君の拳は、今後、敵を討つためではなく、硬いナッツを砕き、肉を叩き、氷を砕くために使ってくれたまえ」
「はっ! 我が筋肉、今後はアルカ殿の……いや、王国のメニュー開発のために捧げます!!」
ガラン卿がその場で服を脱ぎ捨てようとしたため、衛兵たちが慌てて彼を取り押さえるという一幕もあった。
「……ふふ。賑やかでいいじゃない、カイン」
アルカが横に控える侍従に微笑みかけた。
「左様でございますね、お嬢様。……ところで、お嬢様の称号は『王太子妃候補』ではなく、『国家最高美食統治官』に決まったようでございます」
「美食統治官……。いい響きね。王宮の予算、全部使い切ってやるわ」
カインが差し出した羊皮紙には、アルカの新しい権限がズラリと並んでいた。
儀式の最後、ジュリアンが再びアルカの前に立ち、優雅に頭を下げた。
「……アルカ。改めて、言わせてもらいたい。私は、君のことが……」
「殿下。告白なら、今夜の『マンモスとトリュフのフルコース』を食べ終わってからにしてください。空腹の状態での愛の言葉なんて、塩を忘れたスープのように味気ないですわ」
「……君というやつは、本当に最後まで……!」
ジュリアンは溜息をつき、しかし、その顔には幸せそうな、そして何かを諦めたような笑顔が浮かんでいた。
「わかった。では、最高の晩餐を用意して待っていろ。私は、君の作った毒……もとい、ご馳走を、一生かけて完食してみせるからな」
「望むところですわ、ジュリアン殿下。私のフルコース、途中でギブアップしても許しませんからね」
王宮の窓から、オレンジ色の夕陽が差し込む。
それは、悪役令嬢として追放された日々への終わりを告げ、美味しくて、騒がしくて、そしてちょっぴり狂った、新しい時代の始まりを照らしていた。
「さあ、皆さん! お喋りはここまでですわ! 今夜の晩餐は、私が仕留めた『幻の巨大トナカイ』のカルパッチョから始めますわよ! 準備はいいかしら!?」
「「「おおおおおっ!!」」」
主従も、王子も、騎士も、元ヒロインも。全員が一つになった咆哮が、王宮の屋根を震わせた。
こうして、婚約破棄という名の「前菜」は終わりを告げ、いよいよ「メインディッシュ」という名の新生活が、その蓋を開けたのである。
王宮の最奥、きらびやかな装飾が施された大広間に、国王の威厳ある声が響き渡った。
並み居る貴族たちが息を呑んで見守る中、その中心に立っているのは、泥のついたエプロンを脱ぎ捨て、最高級のシルクドレスに身を包んだアルカである。
「先の婚約破棄は、一部の不届きな者たち……具体的には、先ほど地下牢へ放り込まれた元宰相らによる策謀であったと判明した。よって、第一王子ジュリアンと、アルカ・フォン・ベルム嬢の婚約破棄を、公式に『完全撤回』するものとする!」
会場から、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
……が、当のアルカは、拍手など耳に入っていない様子で、自分の爪の先をじっと見つめていた。
「……ねえ、ジュリアン殿下。この儀式、あと何分くらいかかりますの? さっきから、調理場に置いたままの『スノーマンモスの熟成骨髄パテ』の温度が気になって仕方ないんですけれど」
「アルカ、静かにしろ。一生に一度の、感動的な復縁の瞬間だろうが」
ジュリアンが小声で、しかし必死な形相で嗜めた。
「復縁よりも、鮮度の維持ですわ。……あ、お父様。そんなに号泣しないで。化粧が剥げて、せっかくの威厳が台無しよ」
「アルカぁぁ! よくぞ、よくぞ戻ってきてくれた! これでもう、我が家が『食い意地の張った娘を出した家』として、変な目で見られることもなくなる……!」
公爵がハンカチを噛み締めながら咽び泣く横で、かつての「宿敵」であったリディアが、誇らしげに一歩前に出た。
「お父様、安心なさいな。アルカ様は今や、この国の『胃袋の救世主』ですわ。……あ、陛下。私の任命式も忘れないでくださいましね!」
「わかっているとも、リディア嬢。……リディア・男爵令嬢を、今日から王宮専属の『筆頭パン職人・兼・炭水化物管理官』に任命する。彼女の焼くバゲットは、王国の防衛力向上に寄与すると認められた」
「光栄ですわ! ……これで心置きなく、毎日十キロの生地を叩きつけられますわね、アルカ様!」
リディアが筋骨逞しくなった腕を誇示するようにガッツポーズを決めると、会場の貴族たちが少しだけ引いた。
「そしてレオンハルト王子。君にはロセウス王国との『スパイス恒久平和条約』の調印を任せたい。君は我が国に滞在し、アルカ嬢の補佐……もとい、スパイス供給源として尽力してほしい」
「仰せのままに、国王陛下! 私は既に、離宮の厨房に住むための寝袋を購入済みです。師匠のそばなら、どんな辺境でもパラダイスですよ!」
「……あの、レオンハルト殿下。あなたは一応、隣国の王子ですよね?」
ジュリアンのツッコミを無視して、今度はガラン卿が巨体を震わせた。
「陛下! 私の称号については!?」
「ああ、ガラン卿。君には『王宮調理機動隊・初代隊長』の称号を授ける。君の拳は、今後、敵を討つためではなく、硬いナッツを砕き、肉を叩き、氷を砕くために使ってくれたまえ」
「はっ! 我が筋肉、今後はアルカ殿の……いや、王国のメニュー開発のために捧げます!!」
ガラン卿がその場で服を脱ぎ捨てようとしたため、衛兵たちが慌てて彼を取り押さえるという一幕もあった。
「……ふふ。賑やかでいいじゃない、カイン」
アルカが横に控える侍従に微笑みかけた。
「左様でございますね、お嬢様。……ところで、お嬢様の称号は『王太子妃候補』ではなく、『国家最高美食統治官』に決まったようでございます」
「美食統治官……。いい響きね。王宮の予算、全部使い切ってやるわ」
カインが差し出した羊皮紙には、アルカの新しい権限がズラリと並んでいた。
儀式の最後、ジュリアンが再びアルカの前に立ち、優雅に頭を下げた。
「……アルカ。改めて、言わせてもらいたい。私は、君のことが……」
「殿下。告白なら、今夜の『マンモスとトリュフのフルコース』を食べ終わってからにしてください。空腹の状態での愛の言葉なんて、塩を忘れたスープのように味気ないですわ」
「……君というやつは、本当に最後まで……!」
ジュリアンは溜息をつき、しかし、その顔には幸せそうな、そして何かを諦めたような笑顔が浮かんでいた。
「わかった。では、最高の晩餐を用意して待っていろ。私は、君の作った毒……もとい、ご馳走を、一生かけて完食してみせるからな」
「望むところですわ、ジュリアン殿下。私のフルコース、途中でギブアップしても許しませんからね」
王宮の窓から、オレンジ色の夕陽が差し込む。
それは、悪役令嬢として追放された日々への終わりを告げ、美味しくて、騒がしくて、そしてちょっぴり狂った、新しい時代の始まりを照らしていた。
「さあ、皆さん! お喋りはここまでですわ! 今夜の晩餐は、私が仕留めた『幻の巨大トナカイ』のカルパッチョから始めますわよ! 準備はいいかしら!?」
「「「おおおおおっ!!」」」
主従も、王子も、騎士も、元ヒロインも。全員が一つになった咆哮が、王宮の屋根を震わせた。
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