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夜会での大騒動から数時間後。
場所は王城の奥にある、国王陛下の私室へと移っていた。
重苦しい空気の中、部屋の中央には縄で縛られた元王太子ジュリアンと、意識を取り戻して泣きじゃくるリリナが正座させられている。
「……さて。これより、愚か者たちの処分を決定する」
国王陛下が重々しく告げた。
その隣には、私と(服を着た)クロード様が証人として立っている。
「まず、リリナ・マルス男爵令嬢」
「は、はいぃぃっ!」
「其方は王太子をたぶらかし、国政を混乱させた。さらに、ベルンシュタイン家への不当な嫌がらせや、営業妨害の教唆……罪は重い」
「そ、そんなぁ! リリナはただ、愛に生きただけで……!」
「黙れ。愛があれば法を犯していいという法はない」
陛下は冷たく切り捨てた。
「マルス男爵家は取り潰しとする。其方は……北の修道院へ入り、一生をかけて罪を償え。あそこの畑仕事は厳しいぞ。その細腕で耐えられるかな?」
「い、嫌ぁぁぁ! 泥だらけなんて嫌ぁぁ! ネイルが剥げちゃうぅぅ!」
リリナは泣き叫びながら、衛兵たちに引きずられていった。
その声が廊下の向こうへ消えていくと、陛下は深くため息をつき、ジュリアンへと向き直った。
「次は、お前だ」
「ち、父上……! どうかご慈悲を! 僕は騙されていたんです!」
ジュリアンが床に頭をこすりつけて命乞いをする。
見苦しい。
あまりにも脊柱起立筋(プライド)がなさすぎる。
「言い訳は見苦しいぞ、ジュリアン。……お前を廃嫡し、王籍を剥奪する。これは決定事項だ」
「そ、そんな……! では、僕はどうやって生きていけば……!」
「知らん。平民として野垂れ死ぬもよし、どこかの貴族に飼われるもよし……と言いたいところだが」
陛下はチラリと私を見た。
「マーヤ嬢。先ほど、何か提案があったな?」
「はい、陛下」
私は一歩前に進み出た。
手には、先ほど急いで作成した羊皮紙がある。
「殿下……いえ、ジュリアン様には、私への多額の借金がございます。これを踏み倒して野垂れ死ぬなど、許されることではありません」
私はジュリアンの前にしゃがみ込み、羊皮紙を突きつけた。
「そこで、この『労働契約書』にサインをしていただきます」
「ろ、労働……?」
「ええ。勤務地は『喫茶・マッスル』。職種は雑用係兼、サンドバッグ……じゃなくて、トレーニングパートナー。期間は借金完済まで(約二百年)。もちろん、住み込みで三食付きですわ」
「さ、三食付き……?」
ジュリアンの目が少し輝いた。
王籍を剥奪されて路頭に迷うよりはマシだと思ったのだろう。
甘い。
あまりにも甘い。
うちのまかない飯は、全てプロテイン配合の超高タンパク食だというのに。
「ただし! 逃亡した場合は、即座にクロード公爵が『処刑』しに参りますので、そのつもりで」
「……承知した。地の果てまで追いかける」
後ろでクロード様がドスを利かせた声で補足すると、ジュリアンは「ヒィッ!」と震え上がった。
「や、やります! やらせてください! 皿洗いでも何でもしますから、命だけは助けてぇぇ!」
「契約成立ですね。ここに拇印を」
ペタリ。
ジュリアンが震える指で血判(朱肉がなかったので鼻血で代用)を押した。
これで、彼は正式に私の店の「所有物」となった。
「ふふふ……楽しみですわね、新人くん。まずはそのヒョロヒョロの手足を、薪割りで太くしてあげますわ」
私が悪魔のような笑みを向けると、ジュリアンは絶望の表情で崩れ落ちた。
こうして、かつての王太子は没落し、一人の労働者として生まれ変わることになった。
ざまぁ、完了である。
◇
全ての処分が決まり、私たちが国王の私室を出た頃には、夜会も終わり、城は静寂に包まれていた。
「……終わったな」
月明かりが差し込む廊下で、クロード様がポツリと呟いた。
「ええ。長い一日でしたわ」
私は大きく伸びをした。
ドレスの背中が突っ張る感じが心地よい。
「本当に、助かりましたクロード様。貴方がいなければ、ここまで鮮やかに決着はつきませんでしたわ」
「……礼を言うのは私の方だ。君のおかげで、国にとっても膿を出し切ることができた」
彼は立ち止まり、バルコニーの手すりに寄りかかった。
夜風が彼の黒髪を揺らす。
タキシードの上着は脱ぎ捨ててしまったので、今はベスト姿だ。
その逞しい腕組み姿に、私はまたしてもときめいてしまう。
「それに……楽しかった」
「え?」
「夜会でのパフォーマンスだ。……あんなに大勢の前で筋肉を披露し、称賛されたのは初めてだ。悪くない気分だった」
彼は少し照れくさそうに頬を掻いた。
「君の言う通りだ。筋肉は、人を笑顔にする力があるのかもしれん」
「でしょう? 分かっていただけて嬉しいですわ」
私は彼の隣に並び、同じように月を見上げた。
二人の間に、穏やかな沈黙が流れる。
戦いの後の、心地よい疲労感と充足感。
しかし。
私にはまだ、やり残したことが一つだけあった。
(そういえば……この人、私のことを『愛している』と勘違いしたままなのよね?)
第8話でのプロポーズ騒動。
あれ以来、ドタバタしていて訂正するタイミングを完全に逃していた。
彼は今も、私が彼自身に惚れていると思っているはずだ。
いや、実際惚れてはいるのだが、それはあくまで「筋肉」に対してであり……。
(でも……)
横目で彼の横顔を盗み見る。
整った鼻筋。
長い睫毛。
そして、私を守るために何度も剣を振るってくれた、その不器用な優しさ。
(筋肉だけ、かしら?)
私の胸の奥が、トクンと鳴った。
プロテインを飲んだ後の満足感とは違う、もっと甘酸っぱくて、温かい感覚。
「……マーヤ」
不意に、彼が私を呼んだ。
「はい?」
「この騒動が落ち着いたら……君に、伝えたいことがある」
彼は私の方に向き直った。
そのアイスブルーの瞳が、月光よりも強く、熱く私を射抜く。
「店に戻ったら、時間をくれないか。……今度は、プロテイン抜きで」
「えっ……」
心臓が跳ね上がった。
これは、もしや。
いや、間違いなく「アレ」だ。
「は、はい。……お待ちしております」
私は扇で真っ赤になった顔を隠しながら、小さく頷くことしかできなかった。
最強の悪役令嬢も、最強の騎士団長の直球ストレート(告白予告)には、ガードが追いつかなかったようだ。
「さあ、帰ろう。……我々の『楽園』へ」
クロード様が差し出した大きな手に、私はそっと自分の手を重ねた。
その手のひらは、岩のように硬くて、そしてとても温かかった。
場所は王城の奥にある、国王陛下の私室へと移っていた。
重苦しい空気の中、部屋の中央には縄で縛られた元王太子ジュリアンと、意識を取り戻して泣きじゃくるリリナが正座させられている。
「……さて。これより、愚か者たちの処分を決定する」
国王陛下が重々しく告げた。
その隣には、私と(服を着た)クロード様が証人として立っている。
「まず、リリナ・マルス男爵令嬢」
「は、はいぃぃっ!」
「其方は王太子をたぶらかし、国政を混乱させた。さらに、ベルンシュタイン家への不当な嫌がらせや、営業妨害の教唆……罪は重い」
「そ、そんなぁ! リリナはただ、愛に生きただけで……!」
「黙れ。愛があれば法を犯していいという法はない」
陛下は冷たく切り捨てた。
「マルス男爵家は取り潰しとする。其方は……北の修道院へ入り、一生をかけて罪を償え。あそこの畑仕事は厳しいぞ。その細腕で耐えられるかな?」
「い、嫌ぁぁぁ! 泥だらけなんて嫌ぁぁ! ネイルが剥げちゃうぅぅ!」
リリナは泣き叫びながら、衛兵たちに引きずられていった。
その声が廊下の向こうへ消えていくと、陛下は深くため息をつき、ジュリアンへと向き直った。
「次は、お前だ」
「ち、父上……! どうかご慈悲を! 僕は騙されていたんです!」
ジュリアンが床に頭をこすりつけて命乞いをする。
見苦しい。
あまりにも脊柱起立筋(プライド)がなさすぎる。
「言い訳は見苦しいぞ、ジュリアン。……お前を廃嫡し、王籍を剥奪する。これは決定事項だ」
「そ、そんな……! では、僕はどうやって生きていけば……!」
「知らん。平民として野垂れ死ぬもよし、どこかの貴族に飼われるもよし……と言いたいところだが」
陛下はチラリと私を見た。
「マーヤ嬢。先ほど、何か提案があったな?」
「はい、陛下」
私は一歩前に進み出た。
手には、先ほど急いで作成した羊皮紙がある。
「殿下……いえ、ジュリアン様には、私への多額の借金がございます。これを踏み倒して野垂れ死ぬなど、許されることではありません」
私はジュリアンの前にしゃがみ込み、羊皮紙を突きつけた。
「そこで、この『労働契約書』にサインをしていただきます」
「ろ、労働……?」
「ええ。勤務地は『喫茶・マッスル』。職種は雑用係兼、サンドバッグ……じゃなくて、トレーニングパートナー。期間は借金完済まで(約二百年)。もちろん、住み込みで三食付きですわ」
「さ、三食付き……?」
ジュリアンの目が少し輝いた。
王籍を剥奪されて路頭に迷うよりはマシだと思ったのだろう。
甘い。
あまりにも甘い。
うちのまかない飯は、全てプロテイン配合の超高タンパク食だというのに。
「ただし! 逃亡した場合は、即座にクロード公爵が『処刑』しに参りますので、そのつもりで」
「……承知した。地の果てまで追いかける」
後ろでクロード様がドスを利かせた声で補足すると、ジュリアンは「ヒィッ!」と震え上がった。
「や、やります! やらせてください! 皿洗いでも何でもしますから、命だけは助けてぇぇ!」
「契約成立ですね。ここに拇印を」
ペタリ。
ジュリアンが震える指で血判(朱肉がなかったので鼻血で代用)を押した。
これで、彼は正式に私の店の「所有物」となった。
「ふふふ……楽しみですわね、新人くん。まずはそのヒョロヒョロの手足を、薪割りで太くしてあげますわ」
私が悪魔のような笑みを向けると、ジュリアンは絶望の表情で崩れ落ちた。
こうして、かつての王太子は没落し、一人の労働者として生まれ変わることになった。
ざまぁ、完了である。
◇
全ての処分が決まり、私たちが国王の私室を出た頃には、夜会も終わり、城は静寂に包まれていた。
「……終わったな」
月明かりが差し込む廊下で、クロード様がポツリと呟いた。
「ええ。長い一日でしたわ」
私は大きく伸びをした。
ドレスの背中が突っ張る感じが心地よい。
「本当に、助かりましたクロード様。貴方がいなければ、ここまで鮮やかに決着はつきませんでしたわ」
「……礼を言うのは私の方だ。君のおかげで、国にとっても膿を出し切ることができた」
彼は立ち止まり、バルコニーの手すりに寄りかかった。
夜風が彼の黒髪を揺らす。
タキシードの上着は脱ぎ捨ててしまったので、今はベスト姿だ。
その逞しい腕組み姿に、私はまたしてもときめいてしまう。
「それに……楽しかった」
「え?」
「夜会でのパフォーマンスだ。……あんなに大勢の前で筋肉を披露し、称賛されたのは初めてだ。悪くない気分だった」
彼は少し照れくさそうに頬を掻いた。
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二人の間に、穏やかな沈黙が流れる。
戦いの後の、心地よい疲労感と充足感。
しかし。
私にはまだ、やり残したことが一つだけあった。
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第8話でのプロポーズ騒動。
あれ以来、ドタバタしていて訂正するタイミングを完全に逃していた。
彼は今も、私が彼自身に惚れていると思っているはずだ。
いや、実際惚れてはいるのだが、それはあくまで「筋肉」に対してであり……。
(でも……)
横目で彼の横顔を盗み見る。
整った鼻筋。
長い睫毛。
そして、私を守るために何度も剣を振るってくれた、その不器用な優しさ。
(筋肉だけ、かしら?)
私の胸の奥が、トクンと鳴った。
プロテインを飲んだ後の満足感とは違う、もっと甘酸っぱくて、温かい感覚。
「……マーヤ」
不意に、彼が私を呼んだ。
「はい?」
「この騒動が落ち着いたら……君に、伝えたいことがある」
彼は私の方に向き直った。
そのアイスブルーの瞳が、月光よりも強く、熱く私を射抜く。
「店に戻ったら、時間をくれないか。……今度は、プロテイン抜きで」
「えっ……」
心臓が跳ね上がった。
これは、もしや。
いや、間違いなく「アレ」だ。
「は、はい。……お待ちしております」
私は扇で真っ赤になった顔を隠しながら、小さく頷くことしかできなかった。
最強の悪役令嬢も、最強の騎士団長の直球ストレート(告白予告)には、ガードが追いつかなかったようだ。
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