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「さあギルバート、遠慮はいりませんわ! 今日の私は公爵令嬢モードではなく、太っ腹な『現場監督』モードですもの。好きなだけ注文なさい!」
エヴァレット領でも指折りの活気を誇る宿場町。
その中心にある老舗の宿屋『黄金の穂亭』の食堂で、アマリは威勢よくメニュー表を叩いた。
目の前では、近衛騎士団長のギルバートが、いつもの銀色の甲冑を少し緩めて座っている。
「……現場監督モードというのがよく分からんが、お前がそこまで言うなら付き合おう。だが、頼みすぎではないか? まだ二人しかいないんだぞ」
ギルバートが視線を向けた先には、すでに並び始めている料理の数々。
牛の赤身ステーキ(三人前)、地鶏の香草焼き(羽丸ごと)、そして山盛りの蒸し野菜。
どれもこれも、およそ令嬢が夕食に選ぶラインナップではない。
「何を言っていますの。さっきの代官退治、実質的に動いたのは私ですけれど、あなたが後ろに控えていてくれたおかげで、雑魚どもが怯えて手間が省けましたわ。これはその『威嚇料』ですわよ」
「威嚇料……。俺はただ立っていただけなんだがな」
「その『ただ立っているだけ』が難しいのですわ! あなたのその、氷のような冷徹な視線! あれはプロテイン三キロ分の価値がありますわよ!」
アマリはそう言うと、豪快にステーキを切り分け、自分の口へと放り込んだ。
もぐもぐと幸せそうに咀嚼する姿は、断罪された悲劇のヒロインとは程遠い。
「んんーっ! この赤身の弾力! 噛めば噛むほど、私の筋繊維が修復されていくのが分かりますわ!」
「……お前、飯を食う時まで筋肉の話をするな。少しは味わったらどうだ」
「味わっていますわよ! この肉汁は、大地の慈悲! そしてこの鶏肉の脂は、明日の肌のツヤを約束する魔法の聖水ですわ!」
ギルバートは呆れたように首を振ったが、差し出されたステーキを一口食べると、その表情がわずかに和らいだ。
彼は本来、宮廷の凝った料理よりも、こうした素材の味を活かした素朴な食事を好む性質だ。
「……確かに、美味いな。王都の高級店より、こっちの方が肌に合う」
「でしょう!? ギルバート、あなたももっと食べないと、その立派な甲冑を支える体力が持ちませんわよ。ほら、この地鶏も食べなさい!」
「おい、自分で自分の皿に盛れ。……いや、もう乗っているな」
アマリは次から次へと、ギルバートの皿に肉を積み上げていく。
その様子は、まるで育ち盛りの弟を世話する姉か、あるいは厳しい特訓の後のコーチのようだ。
「……なあ、アマリ」
ふと、ギルバートが食事の手を止めて、真剣な眼差しを向けた。
「なんですの? もしかして、野菜も食べろと説教かしら?」
「違う。……お前、本当にライオネル殿下のことは、もう吹っ切れたのか?」
食堂の騒がしさが、一瞬だけ遠のいたような気がした。
アマリは手に持っていたフォークを置き、不思議そうに首を傾げた。
「吹っ切れるも何も、最初からあの方への感情は『義務』でしかありませんでしたわ。……あ、でも、感謝はしていますのよ?」
「感謝?」
「ええ。彼が婚約破棄してくださったおかげで、私はこうして、あなたと一緒に美味しいお肉を食べられているんですもの。あの方と結婚していたら、今頃は薄いスープを啜りながら『僕って素敵だよね』という自慢話に相槌を打つ地獄の時間を過ごしていましたわ」
アマリは心底楽しそうに笑った。
その屈託のない笑顔に、ギルバートは毒気を抜かれたような顔になり、視線を斜め下に落とした。
「……そうか。なら、余計な心配だったな」
「あら、心配してくださったの? ギルバート、意外と過保護ですわね。もしかして、私に惚れて……」
「――食べていろ。冷めるぞ」
ギルバートは、アマリの冗談を遮るように、大きな肉の塊を彼女の口に押し込んだ。
「むぐっ!?」とアマリが目を白黒させる。
その顔は少しだけ赤くなっているようにも見えたが、それはきっと、熱々のステーキのせいだろう。
「……お返しだ。お前も喋っていないで、体力をつけろ」
「もう、手荒ですわね! ですが、この肉は絶品ですわ! 許します!」
二人の笑い声が、宿屋の活気に溶け込んでいく。
外では夜風が静かに吹いていたが、食堂の中だけは、まるで真夏の太陽が昇っているかのような熱量に満ちていた。
「よし! 食後は、宿の裏手で腹ごなしの組み手ですわよ、ギルバート!」
「……寝ろ。頼むから、今日はもう寝てくれ」
「嫌ですわ! 摂取したカロリーは、すぐに消費するのが鉄則ですもの!」
氷の騎士の受難は、どうやら美味しい食事の後も続くようである。
エヴァレット領でも指折りの活気を誇る宿場町。
その中心にある老舗の宿屋『黄金の穂亭』の食堂で、アマリは威勢よくメニュー表を叩いた。
目の前では、近衛騎士団長のギルバートが、いつもの銀色の甲冑を少し緩めて座っている。
「……現場監督モードというのがよく分からんが、お前がそこまで言うなら付き合おう。だが、頼みすぎではないか? まだ二人しかいないんだぞ」
ギルバートが視線を向けた先には、すでに並び始めている料理の数々。
牛の赤身ステーキ(三人前)、地鶏の香草焼き(羽丸ごと)、そして山盛りの蒸し野菜。
どれもこれも、およそ令嬢が夕食に選ぶラインナップではない。
「何を言っていますの。さっきの代官退治、実質的に動いたのは私ですけれど、あなたが後ろに控えていてくれたおかげで、雑魚どもが怯えて手間が省けましたわ。これはその『威嚇料』ですわよ」
「威嚇料……。俺はただ立っていただけなんだがな」
「その『ただ立っているだけ』が難しいのですわ! あなたのその、氷のような冷徹な視線! あれはプロテイン三キロ分の価値がありますわよ!」
アマリはそう言うと、豪快にステーキを切り分け、自分の口へと放り込んだ。
もぐもぐと幸せそうに咀嚼する姿は、断罪された悲劇のヒロインとは程遠い。
「んんーっ! この赤身の弾力! 噛めば噛むほど、私の筋繊維が修復されていくのが分かりますわ!」
「……お前、飯を食う時まで筋肉の話をするな。少しは味わったらどうだ」
「味わっていますわよ! この肉汁は、大地の慈悲! そしてこの鶏肉の脂は、明日の肌のツヤを約束する魔法の聖水ですわ!」
ギルバートは呆れたように首を振ったが、差し出されたステーキを一口食べると、その表情がわずかに和らいだ。
彼は本来、宮廷の凝った料理よりも、こうした素材の味を活かした素朴な食事を好む性質だ。
「……確かに、美味いな。王都の高級店より、こっちの方が肌に合う」
「でしょう!? ギルバート、あなたももっと食べないと、その立派な甲冑を支える体力が持ちませんわよ。ほら、この地鶏も食べなさい!」
「おい、自分で自分の皿に盛れ。……いや、もう乗っているな」
アマリは次から次へと、ギルバートの皿に肉を積み上げていく。
その様子は、まるで育ち盛りの弟を世話する姉か、あるいは厳しい特訓の後のコーチのようだ。
「……なあ、アマリ」
ふと、ギルバートが食事の手を止めて、真剣な眼差しを向けた。
「なんですの? もしかして、野菜も食べろと説教かしら?」
「違う。……お前、本当にライオネル殿下のことは、もう吹っ切れたのか?」
食堂の騒がしさが、一瞬だけ遠のいたような気がした。
アマリは手に持っていたフォークを置き、不思議そうに首を傾げた。
「吹っ切れるも何も、最初からあの方への感情は『義務』でしかありませんでしたわ。……あ、でも、感謝はしていますのよ?」
「感謝?」
「ええ。彼が婚約破棄してくださったおかげで、私はこうして、あなたと一緒に美味しいお肉を食べられているんですもの。あの方と結婚していたら、今頃は薄いスープを啜りながら『僕って素敵だよね』という自慢話に相槌を打つ地獄の時間を過ごしていましたわ」
アマリは心底楽しそうに笑った。
その屈託のない笑顔に、ギルバートは毒気を抜かれたような顔になり、視線を斜め下に落とした。
「……そうか。なら、余計な心配だったな」
「あら、心配してくださったの? ギルバート、意外と過保護ですわね。もしかして、私に惚れて……」
「――食べていろ。冷めるぞ」
ギルバートは、アマリの冗談を遮るように、大きな肉の塊を彼女の口に押し込んだ。
「むぐっ!?」とアマリが目を白黒させる。
その顔は少しだけ赤くなっているようにも見えたが、それはきっと、熱々のステーキのせいだろう。
「……お返しだ。お前も喋っていないで、体力をつけろ」
「もう、手荒ですわね! ですが、この肉は絶品ですわ! 許します!」
二人の笑い声が、宿屋の活気に溶け込んでいく。
外では夜風が静かに吹いていたが、食堂の中だけは、まるで真夏の太陽が昇っているかのような熱量に満ちていた。
「よし! 食後は、宿の裏手で腹ごなしの組み手ですわよ、ギルバート!」
「……寝ろ。頼むから、今日はもう寝てくれ」
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