婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの

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「……はあ。あの日、殿下を追い返した後のスッキリ感と言ったら。朝の搾りたてミルクのように濃厚で、かつ爽やかでしたわね」


酒場『荒くれ馬の蹄亭』での一夜から数日。
私の「王子への一刀両断」は、尾ひれはひれがついて王都中に広まっていました。


今や私は「王子の鼻をへし折ったガヤ令嬢」として、一部の市民から英雄視される始末。
そんな私の元に、今度は王宮からの「公式な使者」がやってきました。


「エリー・オルブライト殿。……いえ、エリー殿。ウィルフレッド殿下より、貴殿の『ファッションセンスの更生』を目的とした親書を預かって参りました」


現れたのは、これまた堅苦しい、歩く百科事典のような老貴族。
差し出された親書には、殿下の直筆でこう書かれていました。


『お前の今の格好は平民以下だ。せめてこのデザイン画のようなドレスを着て、私の前に跪け。センスのなさは罪だと思え』


私はその手紙と、同封されたデザイン画をじっくりと……それはもう、顕微鏡で細菌を観察するような目で見つめました。


「……判定、入ります。カイン様、ストップウォッチの準備はよろしいかしら?」


壁際で報告書を書いていたカイン様が、無言で時計を取り出しました。
「……準備はできている。始めろ」


「ありがとうございます。……では、参りますわよ! 三分間ノンストップ、殿下の『地獄のセンス・フルコース』実況、スタートですわ!」


私は手紙を高く掲げ、一気に言葉の弾丸を装填しました。


「まずこのデザイン画! 殿下、これのどこがドレスですの!? フリルが多すぎて、もはや歩くキャベツか、あるいは波打つホイップクリームの化け物ですわ! 肩口に付けられた金色の羽の飾り。これでは夜会で踊るたびに隣の客の目を突く、物理的な凶器ではありませんか! 機能性点、マイナス一億点ですわ!」


「……三十秒経過」


「続いてこの配色! 赤と黄色と紫を同時に使うなんて、殿下の脳内は年中無休のお祭り騒ぎですの? 色彩の暴力です! 信号機の方がまだ統一感がありますわよ! このドレスで街を歩けば、牛も驚いて道を空けるに違いありませんわ。そしてこの手紙の文章! 『センスのなさは罪』? その言葉、そっくりそのまま熨斗をつけて、殿下の寝室の鏡に貼り付けて差し上げたいですわね! 自分の姿を直視してから仰いなさいな!」


「……一分経過」


「さらに殿下の性格について! 婚約破棄をした相手に、なぜか自分好みの服を着せようとするその執着心。愛情ではなく、ただの『着せ替え人形(ドール)』への所有欲ですわ! 気持ち悪さが限界突破して、私の肌には今、真冬の寒風にさらされたような鳥肌が立っておりますわよ! 殿下、あなたのプライドは高いかもしれませんが、その知性は地下通路のネズミより低い位置にあることを自覚なさい!」


「……二分経過」


「マリア様への接し方もそうですわ! 彼女のドジを『可愛い』で片付けるのは、ただの教育放棄です! 彼女がいつか物理的に国を滅ぼした時、あなたは『ああ、今日もマリアは天真爛漫だね』と笑いながら滅亡するおつもり? その楽観主義、いっそ宗教でも開いたらいかが? 教典はもちろん、あの支離滅裂な国家予算案で決まりですわね!」


私は息も切らさず、最後の一分間、殿下の歩き方、笑い方、そして「自分を格好いいと信じて疑わないその脳構造」までを、細胞レベルで罵倒し続けました。


「――以上! 判定、殿下の存在自体が『世界のツッコミ待ち案件』として認定されましたわ! お疲れ様でした!」


「……三分、丁度だ。見事な時間配分だな」


カイン様が淡々と時計を止めました。
一方、使者の老貴族は、私のあまりの迫力に、魂が抜けたような顔で立ち尽くしていました。


「……お、お嬢様……いえ、エリー殿……。その、お言葉、全てそのまま殿下に……?」


「ええ、一言一句漏らさずお伝えになって? あ、もし殿下が泣き出したら、その涙の塩分濃度も測って報告してくださると助かりますわ。……さて、カイン様。喉が渇きましたわ」


カイン様は、あらかじめ用意していたのか、温かいハーブティーを私の前に差し出しました。


「……お疲れ様。貴殿の言葉には、不思議な清涼感があるな」


「あら、カイン様まで私の毒に毒されましたの? 騎士様がそんなに柔らかい表情をなさると、職務怠慢でツッコミを入れたくなりますわよ」


カイン様はカップを口に運び、ふっと視線を逸らしました。


「……怠慢ではない。ただ、貴殿といると……。……いや、何でもない。次の監察任務の資料だ。読んでおけ」


「まあ。最後まで仰らないのが、カイン様の奥ゆかしい(というか煮え切らない)ところですわね。……でも、いいですわ。その『続き』、いつか私の実況で引き出して差し上げますから」


私は騎士様から渡された書類を手に、いたずらっぽく微笑みました。
王宮の混乱とは裏腹に、私の心は、かつてないほど自由に、そして鮮やかに躍動していたのでした。
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