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「くっ……くそぅ……!」
ミミが寝息を立てている横で、ギルバート王子はわなわなと震えていた。
武力(騎士団)は敗走した。
権威(異端審問)は論破された。
最終兵器(ミミ)は自爆して寝た。
もはや彼に残された手札は、一枚もないように思えた。
だが、追い詰められた彼は、狂気じみた目で懐から最後の「武器」を取り出した。
ドサァッ!!
テーブルの上に、分厚い紙の束が叩きつけられる。
「見ろシューク! これを見るんだ!」
「……何ですか、その汚い紙束は」
「汚いだと!? これは我が国の重要書類だ! 外交文書、予算案、法改正案……お前がいなくなってから溜まりに溜まった、未処理案件の山だ!」
ギルバートは血走った目で叫んだ。
「お前には、これを片付ける義務がある! なぜなら、これらの大半は『お前がいた頃から進行していた案件』だからだ!」
「……はあ」
「途中で投げ出すのは無責任だろう! さあ、今すぐここで決裁しろ! サインをしろ! そうすれば、今日のところは帰ってやってもいい!」
彼は「どうだ、これなら断れまい」という顔をしている。
私の「真面目さ」と「責任感」につけ込んだ、卑劣な人質作戦だ。
隣でヴォルフが不快そうに眉をひそめる。
「シューク。燃やすか? 俺の着火スキルなら一瞬で灰にできるぞ」
「いいえ、ヴォルフさん」
私はスッと手を上げた。
「売られた喧嘩です。買いましょう」
「買うのか!? こんなゴミを?」
「ええ。ただし、私のやり方で」
私は懐から、一本のペンを取り出した。
愛用の万年筆。インクの色は、鮮烈な「赤」。
「見せていただきましょうか、その『重要書類』とやらを」
私は書類の束を引き寄せ、一番上の一枚を手に取った。
ギルバートがニヤリと笑う。
「ふん、やはりお前は仕事人間だ。さあ、大人しくサインを……」
シュッ!
鋭い音が空気を切り裂いた。
「……あ?」
ギルバートが瞬きをする間に、私は次々とページをめくり、ペンを走らせていく。
シュッシュッ! カリカリカリッ!
高速で動く私の右手は、もはや残像しか見えないだろう。
「な、何をしている……?」
「採点です」
「は?」
私は一分足らずで全ての書類に目を通し、バサァッ! とテーブルに突き返した。
そこには、真っ赤なインクで無数の『×』と『修正線』が引かれていた。
「な、なんだこれはぁぁぁ!?」
「すべて確認しました。結論から言います」
私は冷ややかに告げた。
「全ボツです。やり直し」
「ぜ、全ボツだと!?」
「一枚目。隣国への親書ですが、『友好』のスペルが間違っています。これでは『有効期限切れ』という意味になります。戦争を誘発する気ですか?」
「ひっ」
「二枚目。予算案。計算が合いません。一桁間違っています。小学生からやり直してください」
「ぐっ」
「三枚目。法改正案。前例踏襲ばかりで中身がありません。読むだけで時間の無駄です。紙資源の無駄遣いなので、裏紙として再利用することを推奨します」
私は次々と不備を指摘していく。
「四枚目。これはただの落書きですね。『ギル様かっこいい』と書いてありますが、公文書偽造にあたります」
「そ、それはミミが……!」
「五枚目。コーヒーの染みがついています。不潔です。論外」
私はペンをパチンと閉じた。
「以上です。こんなゴミ屑にサインなどできません。私の名前が汚れます」
「そ、そんな……」
ギルバートは真っ赤に添削された書類を呆然と見つめた。
「こ、これは、文官たちが必死に作った……」
「必死? いいえ、手抜きです」
私は断言した。
「私がいた頃は、私が最終チェックをする前提で、彼らは思考停止していたのでしょう。そして私がいなくなった今も、『どうせ誰かがなんとかしてくれる』という甘えが抜けきっていない」
「……ッ!」
「その甘えの頂点にいるのが、あなたです、殿下」
私は書類の山を、指先でピンと弾いた。
紙束が崩れ落ち、床に散らばる。
「自分の尻も拭けない男に、国を治める資格はありません。……持って帰って、ご自分で書き直しなさい」
「あ……あぁ……」
ギルバートは膝から崩れ落ち、散らばった書類をかき集めようとした。
だが、指が震えて上手く掴めない。
「ちくしょう……ちくしょう……! なんでだ……なんで僕の思い通りにならないんだ……!」
彼は子供のように泣きじゃくった。
その姿を見て、ヴォルフが感心したように口笛を吹く。
「すげえな、シューク」
「何がですか?」
「剣も魔法も使わずに、ペン一本で相手の精神を破壊するとは。……お前、戦場に出たら最強の指揮官になれるぞ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
私はふぅ、と息を吐いた。
胸がすっとした。
今まで言いたくても言えなかった「ダメ出し」を、完膚なきまでに叩きつけてやったのだ。
これぞ、元・社畜の意地。
「さあ、殿下。採点は終わりました」
私は冷ややかに見下ろした。
「赤点は追試が必要です。……もっとも、その追試を受ける場所は、もう王城には残っていないかもしれませんが」
「え……?」
ギルバートが顔を上げた時、会議室の扉が激しく叩かれた。
「失礼します! 緊急連絡です!」
飛び込んできたのは、ヴォルテアの伝令兵ではなく、ギルバートが連れてきた祖国の騎士だった。
彼は青ざめた顔で、主君に告げた。
「で、殿下! 本国より早馬です! こ、国王陛下が……!」
「父上がどうした!?」
「国王陛下が、殿下の廃嫡を決定なさいました! ただちに帰国し、幽閉処分を受けるようにと!」
「……は?」
ギルバートの手から、真っ赤な書類がひらりと落ちた。
私の「全ボツ」宣言の直後に、人生そのものに「ボツ」を出された瞬間だった。
ミミが寝息を立てている横で、ギルバート王子はわなわなと震えていた。
武力(騎士団)は敗走した。
権威(異端審問)は論破された。
最終兵器(ミミ)は自爆して寝た。
もはや彼に残された手札は、一枚もないように思えた。
だが、追い詰められた彼は、狂気じみた目で懐から最後の「武器」を取り出した。
ドサァッ!!
テーブルの上に、分厚い紙の束が叩きつけられる。
「見ろシューク! これを見るんだ!」
「……何ですか、その汚い紙束は」
「汚いだと!? これは我が国の重要書類だ! 外交文書、予算案、法改正案……お前がいなくなってから溜まりに溜まった、未処理案件の山だ!」
ギルバートは血走った目で叫んだ。
「お前には、これを片付ける義務がある! なぜなら、これらの大半は『お前がいた頃から進行していた案件』だからだ!」
「……はあ」
「途中で投げ出すのは無責任だろう! さあ、今すぐここで決裁しろ! サインをしろ! そうすれば、今日のところは帰ってやってもいい!」
彼は「どうだ、これなら断れまい」という顔をしている。
私の「真面目さ」と「責任感」につけ込んだ、卑劣な人質作戦だ。
隣でヴォルフが不快そうに眉をひそめる。
「シューク。燃やすか? 俺の着火スキルなら一瞬で灰にできるぞ」
「いいえ、ヴォルフさん」
私はスッと手を上げた。
「売られた喧嘩です。買いましょう」
「買うのか!? こんなゴミを?」
「ええ。ただし、私のやり方で」
私は懐から、一本のペンを取り出した。
愛用の万年筆。インクの色は、鮮烈な「赤」。
「見せていただきましょうか、その『重要書類』とやらを」
私は書類の束を引き寄せ、一番上の一枚を手に取った。
ギルバートがニヤリと笑う。
「ふん、やはりお前は仕事人間だ。さあ、大人しくサインを……」
シュッ!
鋭い音が空気を切り裂いた。
「……あ?」
ギルバートが瞬きをする間に、私は次々とページをめくり、ペンを走らせていく。
シュッシュッ! カリカリカリッ!
高速で動く私の右手は、もはや残像しか見えないだろう。
「な、何をしている……?」
「採点です」
「は?」
私は一分足らずで全ての書類に目を通し、バサァッ! とテーブルに突き返した。
そこには、真っ赤なインクで無数の『×』と『修正線』が引かれていた。
「な、なんだこれはぁぁぁ!?」
「すべて確認しました。結論から言います」
私は冷ややかに告げた。
「全ボツです。やり直し」
「ぜ、全ボツだと!?」
「一枚目。隣国への親書ですが、『友好』のスペルが間違っています。これでは『有効期限切れ』という意味になります。戦争を誘発する気ですか?」
「ひっ」
「二枚目。予算案。計算が合いません。一桁間違っています。小学生からやり直してください」
「ぐっ」
「三枚目。法改正案。前例踏襲ばかりで中身がありません。読むだけで時間の無駄です。紙資源の無駄遣いなので、裏紙として再利用することを推奨します」
私は次々と不備を指摘していく。
「四枚目。これはただの落書きですね。『ギル様かっこいい』と書いてありますが、公文書偽造にあたります」
「そ、それはミミが……!」
「五枚目。コーヒーの染みがついています。不潔です。論外」
私はペンをパチンと閉じた。
「以上です。こんなゴミ屑にサインなどできません。私の名前が汚れます」
「そ、そんな……」
ギルバートは真っ赤に添削された書類を呆然と見つめた。
「こ、これは、文官たちが必死に作った……」
「必死? いいえ、手抜きです」
私は断言した。
「私がいた頃は、私が最終チェックをする前提で、彼らは思考停止していたのでしょう。そして私がいなくなった今も、『どうせ誰かがなんとかしてくれる』という甘えが抜けきっていない」
「……ッ!」
「その甘えの頂点にいるのが、あなたです、殿下」
私は書類の山を、指先でピンと弾いた。
紙束が崩れ落ち、床に散らばる。
「自分の尻も拭けない男に、国を治める資格はありません。……持って帰って、ご自分で書き直しなさい」
「あ……あぁ……」
ギルバートは膝から崩れ落ち、散らばった書類をかき集めようとした。
だが、指が震えて上手く掴めない。
「ちくしょう……ちくしょう……! なんでだ……なんで僕の思い通りにならないんだ……!」
彼は子供のように泣きじゃくった。
その姿を見て、ヴォルフが感心したように口笛を吹く。
「すげえな、シューク」
「何がですか?」
「剣も魔法も使わずに、ペン一本で相手の精神を破壊するとは。……お前、戦場に出たら最強の指揮官になれるぞ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
私はふぅ、と息を吐いた。
胸がすっとした。
今まで言いたくても言えなかった「ダメ出し」を、完膚なきまでに叩きつけてやったのだ。
これぞ、元・社畜の意地。
「さあ、殿下。採点は終わりました」
私は冷ややかに見下ろした。
「赤点は追試が必要です。……もっとも、その追試を受ける場所は、もう王城には残っていないかもしれませんが」
「え……?」
ギルバートが顔を上げた時、会議室の扉が激しく叩かれた。
「失礼します! 緊急連絡です!」
飛び込んできたのは、ヴォルテアの伝令兵ではなく、ギルバートが連れてきた祖国の騎士だった。
彼は青ざめた顔で、主君に告げた。
「で、殿下! 本国より早馬です! こ、国王陛下が……!」
「父上がどうした!?」
「国王陛下が、殿下の廃嫡を決定なさいました! ただちに帰国し、幽閉処分を受けるようにと!」
「……は?」
ギルバートの手から、真っ赤な書類がひらりと落ちた。
私の「全ボツ」宣言の直後に、人生そのものに「ボツ」を出された瞬間だった。
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あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。
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