悪役令嬢は、婚約破棄に舞い踊る!

猫宮かろん

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「は……廃嫡……?」


ギルバート王子は、幽霊のような顔で立ち尽くしていた。


伝令兵の言葉が、脳内で反響しているらしい。


「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ! 父上が僕を見捨てるはずがない!」


彼は狂ったように叫び、伝令兵の襟首を掴んだ。


「間違いだと言え! 僕は第一王子だぞ! 次期国王だぞ! 僕がいなければ、誰がこの国を継ぐと言うんだ!」


「そ、それが……」


伝令兵は視線を泳がせ、言いづらそうに答えた。


「第二王子のエドワード様が、留学先から緊急帰国されました。『兄上が馬鹿すぎて国が滅びそうだから、僕がやる』と……」


「エドワードだと!? あんなガリ勉の眼鏡野郎に何ができる!」


「すでに財務局と連携し、殿下が散財された予算の穴埋め計画を立案済みだそうです。文官たちも『やっと話が通じる上が来た』と泣いて喜んでおりまして……」


「ぐ、うぅ……!」


ギルバートの手から力が抜ける。


有能な弟の存在。それは彼が一番恐れていた現実だった。


「詰みですね、殿下」


私は静かに告げた。


「いえ、もう殿下ではありませんね。『元・殿下』とお呼びすべきでしょうか?」


「黙れ! お前のせいだ! お前が僕を支えないから……!」


「他責思考もそこまでいくと立派です」


私が呆れていると、隣で沈黙を守っていたヴォルフが、ゆっくりと立ち上がった。


「……茶番は終わりだ」


その一言で、場の空気がピリリと引き締まる。


ヴォルフはギルバートを見下ろし、冷徹な皇帝の顔で宣告した。


「ギルバート・フォン・グランツ。貴様の没落は、貴様の父王が決めたことだけではない。……この俺が、貴様の国に『最後通牒』を突きつけたからだ」


「な……なんだと?」


「貴様らが国境を越え、我が国の領土に侵入した時点で、俺は貴様の国の王に親書を送った」


ヴォルフは懐から、一通の書類を取り出し、テーブルに叩きつけた。


「内容はシンプルだ。『貴国の王子が軍を率いて侵略行為を行った。これを宣戦布告と見なし、我が帝国軍は全力で貴国を焦土にする準備がある』とな」


「ひっ……!?」


「ただし、『即座に王子を廃嫡し、身柄を引き渡すなら、戦争は回避してやる』とも書き添えておいた」


ギルバートは口をパクパクさせた。


「お、お前……! 僕の首と引き換えに、戦争を止めたと言うのか!?」


「そうだ。貴様の父王は賢明だったな。即座に『馬鹿息子を差し上げますので、どうかご慈悲を』と返信が来たぞ」


「父上ぇぇぇッ!!」


ギルバートの絶叫がこだまする。


売られたのだ。国を守るために、実の父親に。


「当然の判断でしょう」


私は冷ややかに補足した。


「あなた一人を守るために国が滅ぶか、あなたを切り捨てて国が助かるか。天秤にかけるまでもありません。コストパフォーマンスが悪すぎます」


「そ、そんな……僕は……僕は……」


「さらに」


ヴォルフは追撃の手を緩めない。


「貴様には、我が国に対する莫大な賠償金が請求される」


「ば、賠償金……?」


「一つ、不法入国および軍事侵攻の慰謝料。二つ、我が国の迎賓館を破壊した修繕費。三つ、我が愛するシュークに対するストーカー行為および精神的苦痛への賠償」


ヴォルフは指を折りながら、恐ろしい金額を提示した。


「締めて、三十億ゴールドだ」


「さ、さ、三十億ゥゥゥッ!?」


ギルバートの目が飛び出した。


それは小国の国家予算に匹敵する金額だ。


「貴様の国が払うのではない。廃嫡された『貴様個人』が払うのだ。父王との取り決めにな」


「む、無理だ! そんな金、一生かかっても払えない!」


「なら、体で払ってもらおうか」


ヴォルフはニヤリと、悪魔のような笑みを浮かべた。


「我が帝国の北の果てに、極寒の鉱山がある。そこで一生、ツルハシを振るうがいい。死ぬまでな」


「い、嫌だぁぁぁ! 寒いのは嫌だ! 労働は嫌だぁぁぁ!」


ギルバートはその場にうずくまり、子供のように泣き叫んだ。


かつての煌びやかな王子の面影は、もはや欠片もない。


そこにいるのは、ただの借金まみれの罪人だ。


「ふわぁ……よく寝ましたぁ」


その時、瓦礫の山からミミがむくりと起き上がった。


「あれぇ? なんか空気が重いですぅ。おやつはまだですかぁ?」


彼女は状況を全く理解していない。


ギルバートが縋るようにミミを見る。


「ミ、ミミ……! 僕にはもう何もない……金も、地位も、未来も……! でも、君だけはついてきてくれるよね? 真実の愛を誓った仲だもの!」


「え?」


ミミはきょとんとして、首を傾げた。


「お金ないんですか?」


「な、ないけど……」


「王子様じゃないんですか?」


「う、うん……」


「じゃあ、さようなら☆」


ミミは一瞬で真顔になり、スタスタと歩き出した。


「えっ?」


「ミミ、貧乏は嫌いですぅ。ドレスも買えないし、美味しいケーキも食べられないなんて、無理ですぅ」


「ちょ、待って! 愛は!? 僕たちの愛は!?」


「愛でドレスは買えませんからねっ! あ、そこの筋肉のお兄さん!」


ミミはヴォルフに向かって、媚びるような上目遣いをした。


「お兄さん、皇帝様なんですよねぇ? ミミのこと、お嫁さんにしてくれませんかぁ? シュークお姉様より可愛く甘えちゃいますよぉ?」


その変わり身の早さに、私は感心を通り越して戦慄した。


ある意味、この子が一番の「悪役」かもしれない。


ヴォルフは、汚物を見るような目でミミを見下ろした。


「……失せろ」


「はい?」


「俺の視界に入るな。シュークの爪の垢でも煎じて飲んでから出直してこい」


ヴォルフの殺気に、ミミは「ひぃっ」と悲鳴を上げて後ずさる。


「さあ、連れて行け!」


ヴォルフが手を振ると、待機していた祖国の騎士たち――ギルバートの元部下たちが、一斉に動いた。


「ギルバート様、失礼いたします」


「確保ォ!」


彼らは躊躇なく、かつての主君を取り押さえた。


「は、離せ! 貴様ら、僕を誰だと……!」


「罪人です」


騎士の一人が冷たく言い放った。


「あんたを連れて帰れば、俺たちの未払い給料が支払われるんだよ! 大人しくしろ!」


「ひどい! 裏切り者ぉぉぉ!」


ギルバートはズルズルと引きずられていく。


ミミも「あ、私は関係ないですぅ!」と逃げようとしたが、


「お前もだ、聖女サマ。神殿への返済が残ってるぞ!」


と一緒に捕縛された。


「うわぁぁぁん! お姉様ぁ! 助けてぇぇぇ!」


二人の絶叫が遠ざかっていく。


廊下の向こうへ消えていくその姿を、私は静かに見送った。


「……終わりましたね」


「ああ。あっけない幕切れだったな」


ヴォルフが私の肩を抱く。


ざまぁみろ、と笑うかと思ったが、不思議とそんな気分ではなかった。


ただ、肩の荷が下りたような、憑き物が落ちたような、静かな安堵感だけがあった。


「これで、本当に自由ですね」


「そうだな。もう邪魔する奴はいない」


ヴォルフは優しく微笑み、私の手を取った。


「帰ろう、シューク。俺たちの家に」


「ええ。……お腹が空きました。今日は奮発して、特上の肉を焼きましょうか」


「賛成だ!」


私たちは手を繋ぎ、迎賓館を後にした。


背後で繰り広げられた断罪劇など、もう過去のこと。


私の目の前には、輝かしい未来と、頼もしい筋肉があるのだから。
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