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王宮に到着した私たちは、すぐにアレクセイ殿下の私室へと通された。
部屋の中は、どんよりとした空気に包まれていた。
カーテンは閉め切られ、薄暗い。
その部屋の隅で、アレクセイ殿下が頭を抱えて座り込んでいた。
「……殿下?」
私が声をかけると、殿下はビクッとして顔を上げた。
「おお、ユーメリアか……! 待っていたぞ!」
その顔を見て、私は驚いた。
目の下にクマがあり、頬がこけている。
あのキラキラしていた第一王子の面影はない。
「まあ、随分とやつれましたわね。……何か呪いでも受けました?」
「呪いではない……。心労だ」
殿下はよろよろと立ち上がり、私にすがりつこうとした。
しかし、その前に黒い壁(ギルバート様)が立ちはだかった。
「気安く触れるな。……俺の『下僕(ポチ)』に何の用だ」
ギルバート様が冷たく言い放つ。
「げ、下僕……? ユーメリアが?」
殿下は私の燕尾服姿を見て、目を丸くした。
「なんだその格好は。男装? 新しい趣味か?」
「ええ、そうです。今の私は公爵令嬢ではありません。魔王ギルバート様に仕える忠実な犬、ポチです。ワン!」
私はキリッとして答えた。
「……そうか。お前は相変わらずだな」
殿下は乾いた笑い声を漏らし、ソファにドサリと座り込んだ。
「座ってくれ。……相談があるんだ」
私とギルバート様は対面のソファに座った。
「それで、切羽詰まった用件とはなんだ? 国政に関わる重大事か?」
ギルバート様が尋ねると、殿下は深刻な顔で頷いた。
「ああ、重大事だ。……俺の人生に関わる」
「ほう」
「マリアのことだ」
「マリア?」
私は身を乗り出した。
「あの子がどうかしたの? もしかして、私の『悪役修行』のせいで体調を崩したとか?」
「いや、逆だ。……元気すぎるんだ」
殿下は遠い目をした。
「最近、マリアの様子がおかしい。以前のような、守ってあげたくなる可憐さがないんだ。……やたらと『強くなりたい』と口走り、俺が優しくしようとすると『甘やかさないでください!』と拒否する」
「あら、自立心が芽生えたのね。素晴らしいじゃない」
「それだけならいい。だが、昨日は『私を叱ってください! もっと厳しく!』とせがまれた。俺が戸惑っていると、『ユーメリア師匠ならもっと罵倒してくれます!』と比較されたんだ……」
「ぶっ」
私は吹き出しそうになった。
マリア、あなた私の教えを忠実に守りすぎよ。
しかも方向性がM(マゾ)の方にズレている気がするわ。
「俺は……俺は、か弱いマリアを守りたかったんだ。だが、今の彼女は俺より強くなりそうだ。……どう接すればいいのか分からん」
殿下は頭を抱えた。
「これは……『破局の危機』というやつか?」
「違いますわ殿下! それは『倦怠期』ならぬ『成長痛』です!」
私は立ち上がり、力説した。
「マリアは今、サナギから蝶になろうとしているのです! あなたに相応しい女性になるために、必死にもがいているのです! それを受け止められないなんて、男の器が小さいわ!」
「器が小さい……だと?」
「ええ! 彼女の変化を楽しめないなんて、退屈な男ね! もっとこう、彼女の強さを引き出して、『おお、今日の君は猛獣のようだね』と褒めるくらいの度量を見せなさいよ!」
私が捲し立てると、殿下は呆然と私を見つめた。
そして、ふっと笑った。
「……ははっ」
「何がおかしいの?」
「いや……やはりお前は面白いな」
殿下は穏やかな目で私を見た。
その目には、以前のような軽蔑や嫌悪感はない。
むしろ、熱っぽい何かが宿っている。
「ユーメリア。……お前と婚約破棄をした時、俺は清々したと思っていた。お前の奇行や、芝居がかった言動に疲れていたからな」
「知っていますわ。最高の破棄イベントでしたもの」
「だが……マリアと付き合ってみて、分かったことがある」
殿下は立ち上がり、私に一歩近づいた。
「俺は……『退屈』が嫌いなのかもしれない」
「はい?」
「お前といた時間は、確かに騒がしくて疲れたが……退屈することはなかった。毎日が予想外で、驚きの連続だった。……それが、俺にとっての『日常』になっていたんだな」
殿下は私の手を取ろうとした。
しかし、またしてもギルバート様が手で払いのけた。
パシッ!
「……話が長いぞ、殿下」
ギルバート様の声が低くなる。
「要点はなんだ。マリア嬢との関係修復の助言が欲しいなら、ユーメリアではなく恋愛カウンセラーを雇え」
「いや、違う。……俺が言いたいのは」
殿下はギルバート様を睨み返し、それから私を真っ直ぐに見た。
「ユーメリア。……俺と、やり直さないか?」
「…………は?」
時が止まった。
私だけでなく、ギルバート様も、部屋の空気も、全てが凍りついた。
「や、やり直すって……復縁?」
「そうだ。婚約破棄を撤回する」
殿下は真顔で言った。
「やはり、俺の隣に立つべきはお前だ。マリアには悪いが、彼女は優しすぎる……いや、今は変な方向に強くなっているが、本質的に俺とは合わない気がする」
「……」
「お前のその『面白さ』こそが、王族の重圧に晒される俺を癒やしてくれる唯一の刺激だと気づいたんだ。……戻ってこい、ユーメリア」
殿下は手を差し出した。
私は瞬きを繰り返した。
これは……どういう展開?
元婚約者が、「やっぱりお前がいい」と戻ってくる。
これは乙女ゲームや小説でよくある『復縁ルート』?
それとも『元サヤ』?
普通なら、「今さら何を! ふざけないで!」と激怒するか、「嬉しい……待っていました!」と涙するか、どちらかだろう。
だが、私の脳内コンピューターが弾き出した解答は、違った。
「……分かったわ!」
私はポンと手を打った。
「これは『コメディ』ね!」
「……は?」
殿下がキョトンとする。
「そうでしょう? 自分で振っておいて、『やっぱお前が面白いから戻れ』なんて、三流の脚本家でも書かないようなご都合主義展開! つまり、殿下は私を笑わせようとして冗談を言っているのね!?」
「い、いや、本気だが……」
「面白いわ! 最高に笑えるジョークよ! あーっはっはっは!」
私は腹を抱えて笑い出した。
「傑作だわ! 『失礼な理由での復縁要請』選手権があったら優勝よ! お腹痛い!」
「ゆ、ユーメリア……?」
「ダメよ殿下、もっと真面目にやってくれないと。そんな『お前はおもちゃとして優秀だ』みたいな口説き文句で、公爵令嬢が落ちるわけないじゃない!」
私は涙を拭いながら言った。
殿下の顔が引きつる。
「おもちゃ扱いなどしていない! 俺は本心から……」
「黙れ」
ドスの利いた声が、殿下の言葉を遮った。
室内の温度が、氷点下まで下がった気がした。
見ると、ギルバート様が立ち上がっていた。
全身から、黒い瘴気(オーラ)が立ち上っている。
本気の、殺気だ。
「……ギ、ギルバート?」
「アレクセイ殿下」
ギルバート様は、殿下を静かに見下ろした。
その目は、ゴミを見るような、あるいは死体を見るような目だった。
「今、なんと仰いました?」
「……ふ、復縁を……」
「ユーメリアは、俺の婚約者だ。……俺の、女だ」
ギルバート様が一歩踏み出す。
床の絨毯が、彼の圧力で凹んだように見えた。
「それを……貴様が捨てておいて、今さら『面白いから返せ』だと?」
「……っ」
「ふざけるな」
ゴゴゴゴ……と音が聞こえてきそうな迫力だ。
「俺はな。こいつの面白さを愛しているのではない。……こいつの全てを、その魂の在り方を愛しているんだ」
「えっ」
私は驚いてギルバート様を見た。
「貴様のような、中途半端な気持ちでこいつに触れようとするな。……次にその汚い手を伸ばしたら、王族だろうが何だろうが、その腕をへし折るぞ」
「ひぃっ……!」
殿下が後ずさり、ソファに倒れ込んだ。
「分かったら失せろ。……いや、ここは貴様の部屋か。なら俺たちが帰る」
ギルバート様は私の腕を掴んだ。
「行くぞ、ポチ」
「あ、はい! ワン!」
私は反射的に返事をしてしまった。
ギルバート様は私を引きずるようにして、部屋の出口へと向かう。
「待て! 話はまだ……!」
殿下が呼び止めるが、ギルバート様は振り返りもしない。
「話すことなど何もない。……ユーメリアは渡さん。絶対にな」
バタン!
扉が叩きつけられるように閉められた。
廊下に出た私たちは、無言で歩き出した。
ギルバート様の足取りが速い。
私は小走りでついていく。
「……あの、ギルバート様?」
「……」
「怒っています?」
「……当たり前だ」
彼は足を止めず、前を向いたまま言った。
「あんな……ふざけた理由で、お前を奪おうとするなど……」
彼の握る手に、力がこもる。
痛いほどだ。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「……でも、断ったじゃない」
私は彼の背中に向かって言った。
「私、戻る気なんてないわよ。……だって、あんな『退屈しのぎ』の相手なんて御免だもの」
「……そうか」
「私が必要としているのは、もっとこう……私の人生(シナリオ)を本気で狂わせてくれるような、強引で、独占欲が強くて、でも時々甘い……そんな魔王様だけよ」
私が言うと、ギルバート様がピタリと足を止めた。
そして、ゆっくりと振り返った。
「……お前、本当に口が上手くなったな」
「あら、本心ですけど?」
「……くくっ」
彼は少しだけ表情を緩め、私の額を小突いた。
「いいだろう。……その魔王様が、これからたっぷり可愛がってやる」
「え、お仕置きの続き!?」
「違う。……結婚式の準備だ」
「へ?」
「こうなったら、既成事実を作るしかない。……式を早めるぞ」
「はえっ!? 早めるって、いつ!?」
「来週だ」
「来週ぅぅぅ!?」
私は廊下で叫んだ。
「無理よ! ドレスも招待状も間に合わないわ!」
「俺がなんとかする。……お前はただ、俺の妻になる覚悟だけ決めておけ」
ギルバート様は私の手を引き、さらに速度を上げて歩き出した。
「待って! 心の準備が! あと悪役令嬢としての引退セレモニーが!」
「そんなものはいらん!」
こうして。
王子の乱心は、結果として私たちの結婚を急加速させることになった。
復縁どころか、永遠の愛を誓う日が、もう目の前まで迫っていたのである。
だが、もちろん、すんなりと式が挙げられるはずもない。
だって、私の周りにはまだ、解決すべき火種(主に王子とマリア)が残っているのだから……。
部屋の中は、どんよりとした空気に包まれていた。
カーテンは閉め切られ、薄暗い。
その部屋の隅で、アレクセイ殿下が頭を抱えて座り込んでいた。
「……殿下?」
私が声をかけると、殿下はビクッとして顔を上げた。
「おお、ユーメリアか……! 待っていたぞ!」
その顔を見て、私は驚いた。
目の下にクマがあり、頬がこけている。
あのキラキラしていた第一王子の面影はない。
「まあ、随分とやつれましたわね。……何か呪いでも受けました?」
「呪いではない……。心労だ」
殿下はよろよろと立ち上がり、私にすがりつこうとした。
しかし、その前に黒い壁(ギルバート様)が立ちはだかった。
「気安く触れるな。……俺の『下僕(ポチ)』に何の用だ」
ギルバート様が冷たく言い放つ。
「げ、下僕……? ユーメリアが?」
殿下は私の燕尾服姿を見て、目を丸くした。
「なんだその格好は。男装? 新しい趣味か?」
「ええ、そうです。今の私は公爵令嬢ではありません。魔王ギルバート様に仕える忠実な犬、ポチです。ワン!」
私はキリッとして答えた。
「……そうか。お前は相変わらずだな」
殿下は乾いた笑い声を漏らし、ソファにドサリと座り込んだ。
「座ってくれ。……相談があるんだ」
私とギルバート様は対面のソファに座った。
「それで、切羽詰まった用件とはなんだ? 国政に関わる重大事か?」
ギルバート様が尋ねると、殿下は深刻な顔で頷いた。
「ああ、重大事だ。……俺の人生に関わる」
「ほう」
「マリアのことだ」
「マリア?」
私は身を乗り出した。
「あの子がどうかしたの? もしかして、私の『悪役修行』のせいで体調を崩したとか?」
「いや、逆だ。……元気すぎるんだ」
殿下は遠い目をした。
「最近、マリアの様子がおかしい。以前のような、守ってあげたくなる可憐さがないんだ。……やたらと『強くなりたい』と口走り、俺が優しくしようとすると『甘やかさないでください!』と拒否する」
「あら、自立心が芽生えたのね。素晴らしいじゃない」
「それだけならいい。だが、昨日は『私を叱ってください! もっと厳しく!』とせがまれた。俺が戸惑っていると、『ユーメリア師匠ならもっと罵倒してくれます!』と比較されたんだ……」
「ぶっ」
私は吹き出しそうになった。
マリア、あなた私の教えを忠実に守りすぎよ。
しかも方向性がM(マゾ)の方にズレている気がするわ。
「俺は……俺は、か弱いマリアを守りたかったんだ。だが、今の彼女は俺より強くなりそうだ。……どう接すればいいのか分からん」
殿下は頭を抱えた。
「これは……『破局の危機』というやつか?」
「違いますわ殿下! それは『倦怠期』ならぬ『成長痛』です!」
私は立ち上がり、力説した。
「マリアは今、サナギから蝶になろうとしているのです! あなたに相応しい女性になるために、必死にもがいているのです! それを受け止められないなんて、男の器が小さいわ!」
「器が小さい……だと?」
「ええ! 彼女の変化を楽しめないなんて、退屈な男ね! もっとこう、彼女の強さを引き出して、『おお、今日の君は猛獣のようだね』と褒めるくらいの度量を見せなさいよ!」
私が捲し立てると、殿下は呆然と私を見つめた。
そして、ふっと笑った。
「……ははっ」
「何がおかしいの?」
「いや……やはりお前は面白いな」
殿下は穏やかな目で私を見た。
その目には、以前のような軽蔑や嫌悪感はない。
むしろ、熱っぽい何かが宿っている。
「ユーメリア。……お前と婚約破棄をした時、俺は清々したと思っていた。お前の奇行や、芝居がかった言動に疲れていたからな」
「知っていますわ。最高の破棄イベントでしたもの」
「だが……マリアと付き合ってみて、分かったことがある」
殿下は立ち上がり、私に一歩近づいた。
「俺は……『退屈』が嫌いなのかもしれない」
「はい?」
「お前といた時間は、確かに騒がしくて疲れたが……退屈することはなかった。毎日が予想外で、驚きの連続だった。……それが、俺にとっての『日常』になっていたんだな」
殿下は私の手を取ろうとした。
しかし、またしてもギルバート様が手で払いのけた。
パシッ!
「……話が長いぞ、殿下」
ギルバート様の声が低くなる。
「要点はなんだ。マリア嬢との関係修復の助言が欲しいなら、ユーメリアではなく恋愛カウンセラーを雇え」
「いや、違う。……俺が言いたいのは」
殿下はギルバート様を睨み返し、それから私を真っ直ぐに見た。
「ユーメリア。……俺と、やり直さないか?」
「…………は?」
時が止まった。
私だけでなく、ギルバート様も、部屋の空気も、全てが凍りついた。
「や、やり直すって……復縁?」
「そうだ。婚約破棄を撤回する」
殿下は真顔で言った。
「やはり、俺の隣に立つべきはお前だ。マリアには悪いが、彼女は優しすぎる……いや、今は変な方向に強くなっているが、本質的に俺とは合わない気がする」
「……」
「お前のその『面白さ』こそが、王族の重圧に晒される俺を癒やしてくれる唯一の刺激だと気づいたんだ。……戻ってこい、ユーメリア」
殿下は手を差し出した。
私は瞬きを繰り返した。
これは……どういう展開?
元婚約者が、「やっぱりお前がいい」と戻ってくる。
これは乙女ゲームや小説でよくある『復縁ルート』?
それとも『元サヤ』?
普通なら、「今さら何を! ふざけないで!」と激怒するか、「嬉しい……待っていました!」と涙するか、どちらかだろう。
だが、私の脳内コンピューターが弾き出した解答は、違った。
「……分かったわ!」
私はポンと手を打った。
「これは『コメディ』ね!」
「……は?」
殿下がキョトンとする。
「そうでしょう? 自分で振っておいて、『やっぱお前が面白いから戻れ』なんて、三流の脚本家でも書かないようなご都合主義展開! つまり、殿下は私を笑わせようとして冗談を言っているのね!?」
「い、いや、本気だが……」
「面白いわ! 最高に笑えるジョークよ! あーっはっはっは!」
私は腹を抱えて笑い出した。
「傑作だわ! 『失礼な理由での復縁要請』選手権があったら優勝よ! お腹痛い!」
「ゆ、ユーメリア……?」
「ダメよ殿下、もっと真面目にやってくれないと。そんな『お前はおもちゃとして優秀だ』みたいな口説き文句で、公爵令嬢が落ちるわけないじゃない!」
私は涙を拭いながら言った。
殿下の顔が引きつる。
「おもちゃ扱いなどしていない! 俺は本心から……」
「黙れ」
ドスの利いた声が、殿下の言葉を遮った。
室内の温度が、氷点下まで下がった気がした。
見ると、ギルバート様が立ち上がっていた。
全身から、黒い瘴気(オーラ)が立ち上っている。
本気の、殺気だ。
「……ギ、ギルバート?」
「アレクセイ殿下」
ギルバート様は、殿下を静かに見下ろした。
その目は、ゴミを見るような、あるいは死体を見るような目だった。
「今、なんと仰いました?」
「……ふ、復縁を……」
「ユーメリアは、俺の婚約者だ。……俺の、女だ」
ギルバート様が一歩踏み出す。
床の絨毯が、彼の圧力で凹んだように見えた。
「それを……貴様が捨てておいて、今さら『面白いから返せ』だと?」
「……っ」
「ふざけるな」
ゴゴゴゴ……と音が聞こえてきそうな迫力だ。
「俺はな。こいつの面白さを愛しているのではない。……こいつの全てを、その魂の在り方を愛しているんだ」
「えっ」
私は驚いてギルバート様を見た。
「貴様のような、中途半端な気持ちでこいつに触れようとするな。……次にその汚い手を伸ばしたら、王族だろうが何だろうが、その腕をへし折るぞ」
「ひぃっ……!」
殿下が後ずさり、ソファに倒れ込んだ。
「分かったら失せろ。……いや、ここは貴様の部屋か。なら俺たちが帰る」
ギルバート様は私の腕を掴んだ。
「行くぞ、ポチ」
「あ、はい! ワン!」
私は反射的に返事をしてしまった。
ギルバート様は私を引きずるようにして、部屋の出口へと向かう。
「待て! 話はまだ……!」
殿下が呼び止めるが、ギルバート様は振り返りもしない。
「話すことなど何もない。……ユーメリアは渡さん。絶対にな」
バタン!
扉が叩きつけられるように閉められた。
廊下に出た私たちは、無言で歩き出した。
ギルバート様の足取りが速い。
私は小走りでついていく。
「……あの、ギルバート様?」
「……」
「怒っています?」
「……当たり前だ」
彼は足を止めず、前を向いたまま言った。
「あんな……ふざけた理由で、お前を奪おうとするなど……」
彼の握る手に、力がこもる。
痛いほどだ。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「……でも、断ったじゃない」
私は彼の背中に向かって言った。
「私、戻る気なんてないわよ。……だって、あんな『退屈しのぎ』の相手なんて御免だもの」
「……そうか」
「私が必要としているのは、もっとこう……私の人生(シナリオ)を本気で狂わせてくれるような、強引で、独占欲が強くて、でも時々甘い……そんな魔王様だけよ」
私が言うと、ギルバート様がピタリと足を止めた。
そして、ゆっくりと振り返った。
「……お前、本当に口が上手くなったな」
「あら、本心ですけど?」
「……くくっ」
彼は少しだけ表情を緩め、私の額を小突いた。
「いいだろう。……その魔王様が、これからたっぷり可愛がってやる」
「え、お仕置きの続き!?」
「違う。……結婚式の準備だ」
「へ?」
「こうなったら、既成事実を作るしかない。……式を早めるぞ」
「はえっ!? 早めるって、いつ!?」
「来週だ」
「来週ぅぅぅ!?」
私は廊下で叫んだ。
「無理よ! ドレスも招待状も間に合わないわ!」
「俺がなんとかする。……お前はただ、俺の妻になる覚悟だけ決めておけ」
ギルバート様は私の手を引き、さらに速度を上げて歩き出した。
「待って! 心の準備が! あと悪役令嬢としての引退セレモニーが!」
「そんなものはいらん!」
こうして。
王子の乱心は、結果として私たちの結婚を急加速させることになった。
復縁どころか、永遠の愛を誓う日が、もう目の前まで迫っていたのである。
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