婚約破棄?夢見がちな悪役令嬢は「悲劇のヒロイン」を演じたい!

黒猫かの

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「結婚式は一週間後だ! 総員、死ぬ気で準備しろ!」

ギルバート邸は、戦場と化していた。

主(あるじ)であるギルバート様の一声で、国中の職人たちが屋敷に集結したのだ。

ドレス、装花、料理、引き出物。

通常なら半年かける準備を、たった七日で仕上げるという無謀なミッション(デスマーチ)。

しかし、私は優雅にお茶を飲んでいた。

「ふふふ……。素晴らしいわ。屋敷中が殺気立っている。これぞ『魔王の結婚式』に相応しい混沌(カオス)!」

「ユーメリア様、動かないでください! 採寸がズレます!」

「痛っ! マチ針を刺さないで!」

私は三人の針子に囲まれ、立ったままお茶をすするという器用な真似をしていた。

「あーあ。急な結婚なんて、まるで『デキちゃった結婚』みたいで外聞が悪いわね。……あ、これって『望まぬ妊娠をさせられた悪役令嬢』という設定に使えるかしら?」

「使いませんよ」

書類の束を抱えて通りがかったギルバート様が、即座にツッコミを入れた。

「そんな噂が立ったら、生まれてくる子供が可哀想だ」

「あら、あなたは『俺の遺伝子最強』とか言って気にしないタイプかと思ったのに」

「親バカになる予定だからな」

ギルバート様は涼しい顔で言い、職人たちに指示を飛ばした。

「おい、そのカーテンの色が違う! ユーメリアの瞳の色に合わせろと言っただろう!」

「ひぃっ! 申し訳ありません!」

「料理長! メインの肉料理は、彼女が昨日『ドラゴンが食べたい』と言っていたが、無理なら最高級の和牛で手を打て!」

「ド、ドラゴンは市場に出回っておりませんでして……!」

「相変わらず過保護ねぇ」

私は呆れつつも、このお祭り騒ぎを楽しんでいた。

しかし。

その喧騒を切り裂くように、玄関ホールから怒号が響いた。

「通せ! 私を誰だと思っている!」

「困ります殿下! 旦那様は取り込み中で……!」

「退け! ユーメリアに会わせろ!」

ドカドカと足音が近づいてくる。

この声、この駄々っ子のような響き。

「……また来たの?」

私はうんざり顔を作った(内心は『イベント発生!』と歓喜している)。

バン!

扉が開かれ、アレクセイ殿下が肩で息をして立っていた。

後ろには、困り果てたマリーや執事たちの姿がある。

「ユーメリア! 無事か!?」

「無事も何も、見ての通り衣装合わせの最中ですけど。……ノックくらいしてくださいな、元婚約者様」

私は呆れポーズをとった。

殿下は私を見て、それから私の後ろにいたギルバート様を睨みつけた。

「ギルバート! 貴様、ユーメリアを無理やり結婚させる気か!」

「……は?」

ギルバート様が眉をひそめる。

「聞き捨てならないな。無理やりとはどういう意味だ」

「とぼけるな! たった一週間で式を挙げるなど、まともじゃない! これはユーメリアの意志を無視した『略奪婚』だろう!」

殿下はビシッと指を差した。

「私が守る! ユーメリア、怖がらなくていい。今すぐこの男の手から解放してやる!」

「……」

私は瞬きをした。

この殿下、どこまでポジティブなのかしら。

昨日の今日で、まだ「自分こそがヒーロー」だと思っているの?

「あの、殿下」

私が口を開こうとすると、ギルバート様が前に出た。

「……下がっていろ、ユーメリア」

「え?」

「害虫駆除だ」

ギルバート様は、今まで見たこともないほど冷たい笑顔を浮かべていた。

「アレクセイ殿下。……俺の屋敷で、俺の妻(予定)に対し、『略奪』だの『解放』だの……よくもまあ、ぬけぬけと」

「ふん! 事実だろう! ユーメリアは混乱しているだけだ! 彼女の本当の望みは、私と共に……」

「黙れ」

ギルバート様が、腰の剣に手をかけた。

チャリ……。

金属音が響く。

「ひっ」

殿下が後ずさる。

「き、貴様! 王族に剣を向ける気か! 反逆罪だぞ!」

「構わん。……お前がユーメリアを侮辱し続けるなら、俺はこの国を敵に回してでも、お前を斬る」

「なっ……!?」

本気だ。

この人、本気で国を滅ぼしかねない目をしている。

「キャーッ! 素敵ー!」

私は針子たちを振り切って、二人の間に割って入った。

「待ってギルバート! ここで斬っちゃダメよ!」

「どけユーメリア。そいつは生かしておくと有害だ」

「ダメよ! 血飛沫が飛んだら、私の純白のウェディングドレスが汚れるじゃない!(まだ着てないけど)」

「……そこか」

「それに! 見て殿下! 二人のイケメンが私を取り合って剣を抜く……! これぞ乙女ゲームのクライマックス『決闘イベント』よ!」

私は頬を紅潮させ、その場でくるりと回った。

「さあ、争って! 私のために争わないで(棒読み)! どちらが勝っても、私は『勝者の戦利品』として涙を流す準備ができているわ!」

「……ユーメリア?」

殿下が引きつった顔をする。

「お前……本気で言っているのか? 俺が死んでもいいと?」

「ええ! 『かつて愛した男の死体』を乗り越えて幸せになるのも、また一興ですわ!」

「お前という奴は……!」

殿下は絶句した。

ギルバート様は呆れつつも、剣から手を離した。

「……聞いたか殿下。こいつはこういう女だ。お前の『可哀想なヒロイン』の枠には収まらん」

「ぐっ……」

「それに、略奪婚だと? 笑わせるな」

ギルバート様は私の腰を抱き寄せ、見せつけるようにキスをした。

チュッ。

「んっ!?」

不意打ちだ。

しかも職人たちの前で!

「見ろ。こいつは抵抗などしていない。……むしろ、俺に愛されることを望んでいる」

「……!」

私は顔がカァッと熱くなった。

否定したい。

「嫌がってるのよ!」と言いたい。

でも、腰に回された手の温もりが心地よくて、声が出ない。

「……嘘だ」

殿下は、目の前の光景(イチャつき)を見せつけられ、フラフラとよろめいた。

「嘘だ……ユーメリアが、あんな幸せそうな顔をするなんて……」

「幸せそうに見えるか? なら、それが答えだ」

ギルバート様はトドメを刺した。

「帰れ。そして二度と、俺たちの前に現れるな」

勝負あり。

殿下は完全に敗北し、肩を落として踵(きびす)を返そうとした。

その時だった。

「……お待ちください、アレクセイ様!」

凛とした声が響いた。

玄関の方から、一人の少女が走ってきた。

「マ、マリア!?」

殿下が驚く。

そこには、エプロン姿で息を切らせたマリアが立っていた。

手には、なぜかフライパンを握りしめている。

「マリア……どうしてここに?」

「追いかけてきたんです! アレクセイ様が、またユーメリア様のところに行ったと聞いて!」

マリアは殿下の前に立ちはだかった。

その瞳は、以前のようなオドオドしたものではなく、強い光を宿していた。

「……マリア、どいてくれ。俺は今、傷心なんだ」

「いいえ、どきません!」

マリアはフライパンを掲げた。

「アレクセイ様! いい加減にしてください!」

「え?」

「いつまで過去を見ているんですか! ユーメリア様はもう、師匠……じゃなくて、公爵様のものです! あなたの隣にいるのは、私じゃないんですか!?」

「マ、マリア……?」

「私が頼りないからですか? 私が『悪役令嬢』みたいに強くないから、面白くないんですか!?」

マリアの目から涙が溢れる。

「だったら……だったら私、もっと頑張りますから! もっと強くなって、あなたを尻に敷くくらいの悪女になりますから! ……だから、私を見てくださいよぉ!」

マリアは泣きながら、殿下の胸に飛び込んだ(フライパンを持ったまま)。

ドンッ!

「ぐふっ!?」

殿下が物理的な衝撃を受けてよろめく。

「……マリア」

殿下は、胸に顔を埋めて泣くマリアを見て、呆然とした。

そして、ゆっくりと彼女の背中に手を回した。

「……痛いな。お前のタックル、結構効いたぞ」

「ううぅ……ごめんなさいぃ……」

「……はは。そうか。お前、そんなに力強かったのか」

殿下は苦笑いし、マリアを抱きしめた。

「悪かった。……俺が馬鹿だったよ。青い鳥は、すぐ近くにいたんだな」

「アレクセイ様ぁ……!」

二人は抱き合い、背景に花が飛び交うような空間を作り出した。

「……解決したようだな」

ギルバート様が冷ややかに呟く。

私はポカーンとしていた。

「……ちょっと」

私は扇子で二入を指した。

「私の見せ場(修羅場)は!? なんで最後、マリアがおいしいところを持っていくのよ!」

「いいじゃないか。これで邪魔者が消える」

「よくないわ! 私はもっと泥沼の三角関係を楽しみたかったのに!」

「……お前は俺だけ見ていればいい」

ギルバート様は私の顎を掴み、本日二度目のキスを落とした。

「んぐっ!?」

「……これで文句はないな?」

「……あるわよ! 人前でやらないでって言ってるでしょ!」

私が真っ赤になって抗議すると、職人たちが「ヒューヒュー!」と口笛を吹いた。

こうして。

王子の乱入騒動は、マリアの「フライパン・アタック(愛の告白)」によって幕を閉じた。

私の元婚約者は、ようやく本当の意味で「過去の人」となり、いよいよ私の結婚式――物語のエンディングへと向かう準備が整ったのである。

……まあ、私が大人しくハッピーエンドを受け入れるかは、別問題だけどね!
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