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「……ふう。やっと片付きましたね」
王城の裏手にある静かな庭園。
激動の「廃嫡騒動」から一ヶ月。
ようやく城内の混乱が収束し、私とギルバート様は久しぶりに穏やかなティータイムを過ごしていた。
「ああ。君の指揮のおかげだ。在庫管理も人員配置も、驚くほどスムーズに回っている」
ギルバート様が紅茶を一口飲み、ほうっと息をつく。
秋の木漏れ日が、彼の銀髪をキラキラと照らしている。
改めて見ると、この人、無駄に顔が良い。
仕事中は「頼れる同僚」として認識しているが、こうしてオフモードになると、その「騎士団長としての色気」が攻撃力を持って迫ってくるから困る。
「……カロリーナ」
「はい?」
「仕事も一段落したことだし……そろそろ、『あの件』について回答をもらえないだろうか」
「あの件?」
私はとぼけて首を傾げたが、心拍数はすでに上昇を開始していた。
ギルバート様はカップを置き、居住まいを正した。
その表情は、エドワード殿下の軍勢と対峙した時よりも真剣で、そして少しだけ緊張していた。
「隣国へ向かう馬車の中で、俺が言ったことだ。『恒久的なパートナーシップ契約』……つまり、結婚の申し込みについてだ」
「……あ」
逃げられない。
私は観念して、ソーサーをテーブルに置いた。
「……覚えておいででしたか」
「忘れるわけがないだろう。君が『保留』にしてから、俺はずっとキャンセル待ちの列に並んでいるんだぞ」
彼は苦笑し、懐から一枚の書類を取り出した。
「え?」
「君の流儀(スタイル)に合わせて、作成してみた」
差し出されたのは、なんと**『婚姻に関する合意契約書(案)』**だった。
「……ギルバート様。これは……」
「口で愛を囁くよりも、君にはこっちの方が響くと思ってな」
私は震える手で書類を受け取り、目を通した。
『甲(ギルバート)は乙(カロリーナ)に対し、以下の条項を遵守することを誓う』
**第一条:業務の不可侵**
甲は乙のキャリアを尊重し、乙が望む限り、その業務遂行を妨げない。むしろ、乙が過労で倒れぬよう、物理的・精神的なサポート(肩揉み、夜食作り、愚痴聞き等)を全力で行う。
**第二条:情報の共有**
甲は乙に対し、隠し事をしない。特に、飲み会の帰宅時間、へそくりの場所、異性からのアプローチについては、即時報告(ホウレンソウ)を徹底する。
**第三条:感情の保証**
甲は乙を、生涯にわたり最優先事項(トップ・プライオリティ)として扱う。乙がどれだけ理屈っぽくても、可愛げがなくても、その「効率厨」な部分も含めて愛し続けることを保証する。
「……」
読み進めるうちに、視界が滲んで文字が読めなくなってきた。
なんて……なんて馬鹿な契約書だろう。
私の性格、私の仕事への執着、そして私の面倒くさい部分を、全て理解した上で、全てを受け入れると書いてある。
「……非効率です」
私は声を絞り出した。
「こんな契約、貴方にとって不利(デメリット)しかありませんよ。私は可愛くないし、すぐに仕事の話をするし、ロマンチックな雰囲気も作れません」
「それがいいんだ」
ギルバート様は、テーブル越しに私の手を握った。
「俺は、守られるだけのお姫様なんていらない。俺が欲しいのは、背中を預けられる『戦友』であり、共に人生というプロジェクトを運営してくれる『パートナー』だ」
彼は私の目を真っ直ぐに見た。
「カロリーナ。俺の隣にいてくれ。君の淹れる紅茶を飲みながら、君とあーだこーだと議論をして、一緒に年を取りたいんだ」
「……っ」
私の「論理的思考回路(ロジック)」が、完全に停止した。
計算できない。
この感情の質量は、どんな数式でも表せない。
胸の奥から溢れてくるのは、温かくて、切なくて、そしてどうしようもなく嬉しい気持ち。
「……ズルいです」
私は眼鏡を外し、涙を拭った。
「こんな完璧なプレゼンをされたら……『否決(ノー)』なんて言えないじゃないですか」
「じゃあ……!」
ギルバート様の顔が輝く。
私は深呼吸をして、いつものキリッとした表情を作った。
「ただし! 修正条項があります!」
「しゅ、修正?」
「はい。契約は双方向(インタラクティブ)であるべきです。私ばかりが得をするのは不公平です」
私はバッグからペンを取り出し、契約書の余白にさらさらと書き込んだ。
**『追記:乙(カロリーナ)もまた、甲(ギルバート)を生涯愛し、その胃袋と健康を管理し、彼の帰る場所となることを誓う』**
「……これで、対等(イーブン)ですね」
私は書き加えた契約書を彼に突きつけた。
ギルバート様はそれを読み、目を丸くし……そして、破顔した。
「ああ……完璧だ。これ以上の契約書はない」
彼は立ち上がり、私の前に跪いた。
そして、ポケットから小さな箱を取り出した。
中には、シンプルだが洗練されたデザインの、ダイヤモンドの指輪。
「カロリーナ・バーンスタイン。……俺と、契約してくれますか?」
私は彼を見下ろし、涙ながらに、しかし満面の笑みで答えた。
「――喜んで。……ただし、覚悟してくださいね?」
「え?」
私はニヤリと悪戯っぽく笑った。
「私の管理下に入るということは、もう二度と『夜ふかし』も『野菜残し』も許されないということです。……一生、私の尻に敷かれる覚悟はよろしくて?」
ギルバート様は一瞬呆気にとられ、それから今日一番の幸せそうな笑顔で答えた。
「望むところだ!」
私の指に、ひんやりとした指輪がはめられる。
それは、どんな契約書よりも重く、そして確かな『約束』の証だった。
風が吹き抜け、庭園の花々が私たちを祝福するように揺れた。
こうして、元・悪役令嬢と騎士団長の、長きにわたる契約交渉は、ついに『合意(クロージング)』を迎えたのである。
王城の裏手にある静かな庭園。
激動の「廃嫡騒動」から一ヶ月。
ようやく城内の混乱が収束し、私とギルバート様は久しぶりに穏やかなティータイムを過ごしていた。
「ああ。君の指揮のおかげだ。在庫管理も人員配置も、驚くほどスムーズに回っている」
ギルバート様が紅茶を一口飲み、ほうっと息をつく。
秋の木漏れ日が、彼の銀髪をキラキラと照らしている。
改めて見ると、この人、無駄に顔が良い。
仕事中は「頼れる同僚」として認識しているが、こうしてオフモードになると、その「騎士団長としての色気」が攻撃力を持って迫ってくるから困る。
「……カロリーナ」
「はい?」
「仕事も一段落したことだし……そろそろ、『あの件』について回答をもらえないだろうか」
「あの件?」
私はとぼけて首を傾げたが、心拍数はすでに上昇を開始していた。
ギルバート様はカップを置き、居住まいを正した。
その表情は、エドワード殿下の軍勢と対峙した時よりも真剣で、そして少しだけ緊張していた。
「隣国へ向かう馬車の中で、俺が言ったことだ。『恒久的なパートナーシップ契約』……つまり、結婚の申し込みについてだ」
「……あ」
逃げられない。
私は観念して、ソーサーをテーブルに置いた。
「……覚えておいででしたか」
「忘れるわけがないだろう。君が『保留』にしてから、俺はずっとキャンセル待ちの列に並んでいるんだぞ」
彼は苦笑し、懐から一枚の書類を取り出した。
「え?」
「君の流儀(スタイル)に合わせて、作成してみた」
差し出されたのは、なんと**『婚姻に関する合意契約書(案)』**だった。
「……ギルバート様。これは……」
「口で愛を囁くよりも、君にはこっちの方が響くと思ってな」
私は震える手で書類を受け取り、目を通した。
『甲(ギルバート)は乙(カロリーナ)に対し、以下の条項を遵守することを誓う』
**第一条:業務の不可侵**
甲は乙のキャリアを尊重し、乙が望む限り、その業務遂行を妨げない。むしろ、乙が過労で倒れぬよう、物理的・精神的なサポート(肩揉み、夜食作り、愚痴聞き等)を全力で行う。
**第二条:情報の共有**
甲は乙に対し、隠し事をしない。特に、飲み会の帰宅時間、へそくりの場所、異性からのアプローチについては、即時報告(ホウレンソウ)を徹底する。
**第三条:感情の保証**
甲は乙を、生涯にわたり最優先事項(トップ・プライオリティ)として扱う。乙がどれだけ理屈っぽくても、可愛げがなくても、その「効率厨」な部分も含めて愛し続けることを保証する。
「……」
読み進めるうちに、視界が滲んで文字が読めなくなってきた。
なんて……なんて馬鹿な契約書だろう。
私の性格、私の仕事への執着、そして私の面倒くさい部分を、全て理解した上で、全てを受け入れると書いてある。
「……非効率です」
私は声を絞り出した。
「こんな契約、貴方にとって不利(デメリット)しかありませんよ。私は可愛くないし、すぐに仕事の話をするし、ロマンチックな雰囲気も作れません」
「それがいいんだ」
ギルバート様は、テーブル越しに私の手を握った。
「俺は、守られるだけのお姫様なんていらない。俺が欲しいのは、背中を預けられる『戦友』であり、共に人生というプロジェクトを運営してくれる『パートナー』だ」
彼は私の目を真っ直ぐに見た。
「カロリーナ。俺の隣にいてくれ。君の淹れる紅茶を飲みながら、君とあーだこーだと議論をして、一緒に年を取りたいんだ」
「……っ」
私の「論理的思考回路(ロジック)」が、完全に停止した。
計算できない。
この感情の質量は、どんな数式でも表せない。
胸の奥から溢れてくるのは、温かくて、切なくて、そしてどうしようもなく嬉しい気持ち。
「……ズルいです」
私は眼鏡を外し、涙を拭った。
「こんな完璧なプレゼンをされたら……『否決(ノー)』なんて言えないじゃないですか」
「じゃあ……!」
ギルバート様の顔が輝く。
私は深呼吸をして、いつものキリッとした表情を作った。
「ただし! 修正条項があります!」
「しゅ、修正?」
「はい。契約は双方向(インタラクティブ)であるべきです。私ばかりが得をするのは不公平です」
私はバッグからペンを取り出し、契約書の余白にさらさらと書き込んだ。
**『追記:乙(カロリーナ)もまた、甲(ギルバート)を生涯愛し、その胃袋と健康を管理し、彼の帰る場所となることを誓う』**
「……これで、対等(イーブン)ですね」
私は書き加えた契約書を彼に突きつけた。
ギルバート様はそれを読み、目を丸くし……そして、破顔した。
「ああ……完璧だ。これ以上の契約書はない」
彼は立ち上がり、私の前に跪いた。
そして、ポケットから小さな箱を取り出した。
中には、シンプルだが洗練されたデザインの、ダイヤモンドの指輪。
「カロリーナ・バーンスタイン。……俺と、契約してくれますか?」
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「――喜んで。……ただし、覚悟してくださいね?」
「え?」
私はニヤリと悪戯っぽく笑った。
「私の管理下に入るということは、もう二度と『夜ふかし』も『野菜残し』も許されないということです。……一生、私の尻に敷かれる覚悟はよろしくて?」
ギルバート様は一瞬呆気にとられ、それから今日一番の幸せそうな笑顔で答えた。
「望むところだ!」
私の指に、ひんやりとした指輪がはめられる。
それは、どんな契約書よりも重く、そして確かな『約束』の証だった。
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