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「……ここが入り口?」
王都の城壁から少し離れた、枯れた井戸の底。
私は眉をひそめて、目の前の鉄扉を見上げた。
「そうだ。王宮の地下水道管理用ゲート、通称『裏口(バックドア)』だ」
ギルバートが懐から複雑な形状の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
ガチャン、と重々しい音が響き、扉がゆっくりと開いた。
「うわぁ……暗いですねぇ。お化け出そうですぅ」
モカが私の背中に隠れる。
その拍子に、彼女が持っていたランタンが私の頭にコツンと当たった。
「痛っ。モカ、貴女は私の後ろじゃなくて、ランバートの後ろに隠れなさい。彼なら盾(ミートシールド)として優秀よ」
「えっ、余が先頭!? 怖いのは嫌だぞ!」
「時給分の働きはしてください。さあ、行くわよ」
私たちは暗闇の中へと足を踏み入れた。
中は意外にも広かった。
石造りの通路は整然としており、足元には綺麗な水が流れている。
下水道というよりは、古代遺跡のような雰囲気だ。
「臭くない……」
「当然だ。私が設計した『完全循環型浄化システム』が稼働している。汚水はスライムを用いたバイオ処理で分解され、無臭の聖水へと変わる」
ギルバートがドヤ顔で眼鏡を光らせる。
「さらに、この通路は侵入者を防ぐための迷宮構造になっている。正しいルートを知らなければ、一生ここを彷徨うことになるだろう」
「へぇ、すごい自信ですね。でも、その自信がフラグにならなきゃいいですけど」
私が皮肉を言った、その時だった。
『侵入者検知。侵入者検知』
無機質な声が通路に響き渡った。
「「え?」」
『排除モード起動。セキュリティ・ゴーレム、出撃』
ズズズズズ……!
通路の奥から、岩と鉄でできた巨大な人型――ゴーレムが三体、重い足音を立てて現れた。
「ちょっ、ギルバート! 正しいルートを知ってるんじゃないの!?」
「お、おかしいな……。私は正規の鍵を使ったはずだ。なぜ迎撃システムが作動する?」
ギルバートが焦って地図を確認する。
「ああっ! そういえば先月、『セキュリティ強化月間』でパスワードを変更したのを忘れていた!」
「この仕事中毒(ポンコツ)ーーーッ!!」
「グオオオオオ!!」
ゴーレムが拳を振り上げ、襲いかかってくる。
狭い通路だ。逃げ場はない。
「ひぃぃぃ! 来ないでぇぇ!」
パニックになったランバートが、腰に下げていた雑巾がけ用のバケツを投げつけた。
カコーン!
バケツはゴーレムの頭に見事にヒットしたが、ダメージはゼロだ。
逆にゴーレムを怒らせたらしい。目が赤く光った。
「余の攻撃が効かないだと!? やはり伝説の聖剣が必要だったか!」
「バケツで倒せるわけないでしょう! セイロンがいない今、魔法を使えるのは……ギルバート、貴方だけよ!」
「無理だ! 今の私は魔力の大半を『書類運搬用の身体強化』に使っている! 攻撃魔法を撃てば、反動で腰が砕ける!」
「使えないわね! こうなったら……モカ!」
「は、はひっ!?」
私は震えるモカの背中を、思い切りドンと押した。
「行ってきなさい! 貴女の『天然』は、古代兵器をも凌駕するわ!」
「えええ!? そんな無茶なぁ~!」
モカがタタタッと前に飛び出す(飛び出させられる)。
彼女は迫り来るゴーレムを見て、「きゃあっ」と悲鳴を上げ――そして、何もない平らな石畳で盛大に転んだ。
「あべしっ!」
ズシャァァァッ!
彼女の体が地面を滑る。
まるでカーリングのストーンのように、一直線にゴーレムの足元へ。
そして、彼女が履いていた厚底ブーツの踵が、偶然にも壁にある『緊急停止ボタン(極小サイズ)』に激突した。
ポチッ。
『システム・ダウン。通常モードへ移行します』
プスン……。
ゴーレムたちの目が消灯し、その場に崩れ落ちた。
完全に停止している。
「……嘘でしょ」
ギルバートが口をあんぐりと開けている。
「あの停止ボタンは、メンテナンス業者が誤作動を防ぐために隠した、針の穴を通すような位置にあるんだぞ……? それを、転んだ拍子に……?」
「言ったでしょう? 彼女は『最終兵器』だって」
私はドヤ顔で胸を張った。
自分の手柄ではないが、彼女を投入した私の采配(無茶振り)の勝利だ。
「うぅ……膝擦りむいちゃいましたぁ」
「よくやったわモカ! ボーナスとして絆創膏をあげる!」
私たちは停止したゴーレムの脇を抜け、さらに奥へと進んだ。
◇ ◇ ◇
一時間後。
私たちは『北の離宮』の地下エリアまで到達していた。
頭上のマンホールから、微かに外の光が漏れている。
「ここを出れば、目的の地下倉庫への入り口がある中庭だ」
ギルバートが小声で言う。
「だが、警戒しろ。地上には『奴ら』がいるかもしれない」
「奴ら?」
「君の父上、ペコー公爵の私兵団だ。情報によれば、彼らは王都中のマンホールを見張っているらしい」
「どんだけ過保護なのよ……」
私は呆れつつ、セバスチャンに合図を送った。
セバスチャンが慎重にマンホールの蓋を持ち上げる。
隙間から外を覗く。
そこは、人気のない中庭――のはずだった。
「…………」
セバスチャンが静かに蓋を閉めた。
その顔色が、心なしか青い。
「どうしたの?」
「……お嬢様。状況報告です。中庭に、武装した騎士団が約五十名展開しております」
「五十名!? 王宮騎士団?」
「いえ。鎧の胸に『ラブリー・ウーロン』という刺繍が入った、公爵家の精鋭部隊です」
「ネーミングセンス!!」
私は頭を抱えた。
お父様、何を考えているの。娘の名前を部隊名にするなんて、公開処刑もいいところだわ。
「しかも、彼らの装備……あれは最新鋭の『魔導探知機』です。特定の魔力波長、つまりお嬢様の魔力を感知するレーダーかと」
「私を探すためだけにそこまで……!?」
「ど、どうするのだウーロン。このままでは出られんぞ」
ランバートが怯える。
確かに、ここを出た瞬間に「お嬢様発見! 捕獲せよ!」と囲まれる未来しか見えない。
「……強行突破は無理ね。なら、陽動(おとり)を使うしかないわ」
私はチラリとランバートを見た。
「ひっ」
「ランバート、貴方、王太子としての威厳を見せる時が来たわよ」
「嫌な予感しかしないぞ!?」
「簡単よ。あそこから飛び出して、『余は王太子だ! 頭が高い!』って叫ぶの。彼らが驚いて注目している隙に、私たちが倉庫へ潜入するわ」
「そ、そんなことで上手くいくか!? 今の余は、ただの薄汚い雑用係だぞ!?」
「大丈夫。貴方の顔だけは無駄に良いから、よく見ればバレるはずよ。さあ、行って!」
「鬼ーッ! 悪魔ーッ!」
私は躊躇なくランバートの背中を蹴り上げた。
マンホールの蓋が開き、哀れな元王太子が地上へと射出される。
「うわぁぁぁぁ!!」
ドスンッ!
地上から、驚きの声が聞こえてきた。
『なっ、何者だ!? 不審者か!?』
『いや、待て! あの顔……まさか、行方不明のランバート殿下か!?』
『なぜあんなボロボロの格好で……?』
「い、いかにも! 余は王太子ランバートである! そこをどけ! ここは余の散歩コースだ!」
ランバートの震える声。
しかし、効果はあったようだ。
騎士たちの足音が、一斉に彼の方へと集まっていく。
『殿下!? こんな所でお一人で何を!?』
『ウーロン様はどうなされたのですか!?』
『確保しろ! 旦那様に報告だ! 殿下を捕まえればウーロン様の居場所もわかるはずだ!』
「ひぃぃ! なんで追いかけてくるんだー!!」
ランバートが逃走を開始したようだ。
遠ざかる足音と悲鳴。
南無三。貴方の犠牲は忘れないわ(たぶん)。
「今よ!」
私はマンホールから飛び出した。
ギルバートとモカが続く。
中庭はもぬけの殻だ。
全員、ランバートを追いかけて行ってしまったらしい。
「よし、北側の茂みの裏に入り口があるはずだ!」
ギルバートの先導で、私たちは中庭を走る。
目指すは、古びた石碑の裏に隠された秘密の階段。
「あった……! ここだ!」
ギルバートが石碑を操作すると、地面がゴゴゴと音を立ててスライドし、下へと続く暗い階段が現れた。
「急げ! 奴らが戻ってくる前に!」
私たちは滑り込むように階段を駆け下りた。
背後で石の扉が閉まる。
暗闇と静寂が戻ってきた。
「はぁ、はぁ……セーフ……」
「ランバート様、大丈夫でしょうかぁ……?」
「大丈夫よ。彼は王族だから、捕まっても殺されはしないわ。せいぜい、お父様に尋問攻めにされて泣かされるくらいよ」
私は軽く手を振り、階段の先を見つめた。
空気の質が変わった。
ひんやりとして、乾燥した空気。
そして微かに漂う、芳醇な茶葉の香り。
「……間違いない。この先だ」
ギルバートが眼鏡を押し上げる。
「『天使の溜息』が眠る、王家の最深部倉庫だ」
ついにたどり着いた。
私の借金返済の鍵であり、ギルバートの命綱であり、そして私の紅茶マニアとしての夢の結晶。
だが、私たちはまだ知らなかった。
その倉庫には、茶葉を守るための『最後の番人』がいることを。
そしてその番人が、私の想像を絶する人物であることを。
「……ねえ、なんか奥から話し声が聞こえない?」
私が耳を澄ますと、暗闇の奥から、呑気な声が聞こえてきた。
『あー、茶がうめぇ。やっぱここにはいい茶葉があるのぅ』
「……この声、まさか」
聞き覚えがありすぎる。
いや、ありすぎて信じたくない。
私たちが恐る恐る奥へ進むと、そこには。
山積みの木箱の上で、優雅にお茶を啜っている薄汚い老人の姿があった。
「……セイロン!?」
「おや? オーナーではないか。遅かったのぅ」
プーアルの店で留守番をしているはずの『爆炎の賢者』セイロンが、なぜか先回りして寛いでいたのである。
「なんで貴方がここにいるのよ!!」
「いやぁ、転移魔法でひとっ飛びじゃよ。店の茶葉が切れたから、補充しに来たんじゃ」
「補充って、ここ王宮の隠し倉庫よ!? 不法侵入よ!」
「細かいことは気にするな。……それよりオーナー、悪い知らせがある」
セイロンがニヤリと笑った。
「お目当ての『天使の溜息』じゃが……最後の一箱、今ワシが飲んでしもうたわ」
「「「はぁぁぁぁぁぁ!?」」」
絶望の叫びが、地下倉庫に響き渡る。
私の夢が。一攫千金のチャンスが。
ジジイの胃袋に消えた!?
王都の城壁から少し離れた、枯れた井戸の底。
私は眉をひそめて、目の前の鉄扉を見上げた。
「そうだ。王宮の地下水道管理用ゲート、通称『裏口(バックドア)』だ」
ギルバートが懐から複雑な形状の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
ガチャン、と重々しい音が響き、扉がゆっくりと開いた。
「うわぁ……暗いですねぇ。お化け出そうですぅ」
モカが私の背中に隠れる。
その拍子に、彼女が持っていたランタンが私の頭にコツンと当たった。
「痛っ。モカ、貴女は私の後ろじゃなくて、ランバートの後ろに隠れなさい。彼なら盾(ミートシールド)として優秀よ」
「えっ、余が先頭!? 怖いのは嫌だぞ!」
「時給分の働きはしてください。さあ、行くわよ」
私たちは暗闇の中へと足を踏み入れた。
中は意外にも広かった。
石造りの通路は整然としており、足元には綺麗な水が流れている。
下水道というよりは、古代遺跡のような雰囲気だ。
「臭くない……」
「当然だ。私が設計した『完全循環型浄化システム』が稼働している。汚水はスライムを用いたバイオ処理で分解され、無臭の聖水へと変わる」
ギルバートがドヤ顔で眼鏡を光らせる。
「さらに、この通路は侵入者を防ぐための迷宮構造になっている。正しいルートを知らなければ、一生ここを彷徨うことになるだろう」
「へぇ、すごい自信ですね。でも、その自信がフラグにならなきゃいいですけど」
私が皮肉を言った、その時だった。
『侵入者検知。侵入者検知』
無機質な声が通路に響き渡った。
「「え?」」
『排除モード起動。セキュリティ・ゴーレム、出撃』
ズズズズズ……!
通路の奥から、岩と鉄でできた巨大な人型――ゴーレムが三体、重い足音を立てて現れた。
「ちょっ、ギルバート! 正しいルートを知ってるんじゃないの!?」
「お、おかしいな……。私は正規の鍵を使ったはずだ。なぜ迎撃システムが作動する?」
ギルバートが焦って地図を確認する。
「ああっ! そういえば先月、『セキュリティ強化月間』でパスワードを変更したのを忘れていた!」
「この仕事中毒(ポンコツ)ーーーッ!!」
「グオオオオオ!!」
ゴーレムが拳を振り上げ、襲いかかってくる。
狭い通路だ。逃げ場はない。
「ひぃぃぃ! 来ないでぇぇ!」
パニックになったランバートが、腰に下げていた雑巾がけ用のバケツを投げつけた。
カコーン!
バケツはゴーレムの頭に見事にヒットしたが、ダメージはゼロだ。
逆にゴーレムを怒らせたらしい。目が赤く光った。
「余の攻撃が効かないだと!? やはり伝説の聖剣が必要だったか!」
「バケツで倒せるわけないでしょう! セイロンがいない今、魔法を使えるのは……ギルバート、貴方だけよ!」
「無理だ! 今の私は魔力の大半を『書類運搬用の身体強化』に使っている! 攻撃魔法を撃てば、反動で腰が砕ける!」
「使えないわね! こうなったら……モカ!」
「は、はひっ!?」
私は震えるモカの背中を、思い切りドンと押した。
「行ってきなさい! 貴女の『天然』は、古代兵器をも凌駕するわ!」
「えええ!? そんな無茶なぁ~!」
モカがタタタッと前に飛び出す(飛び出させられる)。
彼女は迫り来るゴーレムを見て、「きゃあっ」と悲鳴を上げ――そして、何もない平らな石畳で盛大に転んだ。
「あべしっ!」
ズシャァァァッ!
彼女の体が地面を滑る。
まるでカーリングのストーンのように、一直線にゴーレムの足元へ。
そして、彼女が履いていた厚底ブーツの踵が、偶然にも壁にある『緊急停止ボタン(極小サイズ)』に激突した。
ポチッ。
『システム・ダウン。通常モードへ移行します』
プスン……。
ゴーレムたちの目が消灯し、その場に崩れ落ちた。
完全に停止している。
「……嘘でしょ」
ギルバートが口をあんぐりと開けている。
「あの停止ボタンは、メンテナンス業者が誤作動を防ぐために隠した、針の穴を通すような位置にあるんだぞ……? それを、転んだ拍子に……?」
「言ったでしょう? 彼女は『最終兵器』だって」
私はドヤ顔で胸を張った。
自分の手柄ではないが、彼女を投入した私の采配(無茶振り)の勝利だ。
「うぅ……膝擦りむいちゃいましたぁ」
「よくやったわモカ! ボーナスとして絆創膏をあげる!」
私たちは停止したゴーレムの脇を抜け、さらに奥へと進んだ。
◇ ◇ ◇
一時間後。
私たちは『北の離宮』の地下エリアまで到達していた。
頭上のマンホールから、微かに外の光が漏れている。
「ここを出れば、目的の地下倉庫への入り口がある中庭だ」
ギルバートが小声で言う。
「だが、警戒しろ。地上には『奴ら』がいるかもしれない」
「奴ら?」
「君の父上、ペコー公爵の私兵団だ。情報によれば、彼らは王都中のマンホールを見張っているらしい」
「どんだけ過保護なのよ……」
私は呆れつつ、セバスチャンに合図を送った。
セバスチャンが慎重にマンホールの蓋を持ち上げる。
隙間から外を覗く。
そこは、人気のない中庭――のはずだった。
「…………」
セバスチャンが静かに蓋を閉めた。
その顔色が、心なしか青い。
「どうしたの?」
「……お嬢様。状況報告です。中庭に、武装した騎士団が約五十名展開しております」
「五十名!? 王宮騎士団?」
「いえ。鎧の胸に『ラブリー・ウーロン』という刺繍が入った、公爵家の精鋭部隊です」
「ネーミングセンス!!」
私は頭を抱えた。
お父様、何を考えているの。娘の名前を部隊名にするなんて、公開処刑もいいところだわ。
「しかも、彼らの装備……あれは最新鋭の『魔導探知機』です。特定の魔力波長、つまりお嬢様の魔力を感知するレーダーかと」
「私を探すためだけにそこまで……!?」
「ど、どうするのだウーロン。このままでは出られんぞ」
ランバートが怯える。
確かに、ここを出た瞬間に「お嬢様発見! 捕獲せよ!」と囲まれる未来しか見えない。
「……強行突破は無理ね。なら、陽動(おとり)を使うしかないわ」
私はチラリとランバートを見た。
「ひっ」
「ランバート、貴方、王太子としての威厳を見せる時が来たわよ」
「嫌な予感しかしないぞ!?」
「簡単よ。あそこから飛び出して、『余は王太子だ! 頭が高い!』って叫ぶの。彼らが驚いて注目している隙に、私たちが倉庫へ潜入するわ」
「そ、そんなことで上手くいくか!? 今の余は、ただの薄汚い雑用係だぞ!?」
「大丈夫。貴方の顔だけは無駄に良いから、よく見ればバレるはずよ。さあ、行って!」
「鬼ーッ! 悪魔ーッ!」
私は躊躇なくランバートの背中を蹴り上げた。
マンホールの蓋が開き、哀れな元王太子が地上へと射出される。
「うわぁぁぁぁ!!」
ドスンッ!
地上から、驚きの声が聞こえてきた。
『なっ、何者だ!? 不審者か!?』
『いや、待て! あの顔……まさか、行方不明のランバート殿下か!?』
『なぜあんなボロボロの格好で……?』
「い、いかにも! 余は王太子ランバートである! そこをどけ! ここは余の散歩コースだ!」
ランバートの震える声。
しかし、効果はあったようだ。
騎士たちの足音が、一斉に彼の方へと集まっていく。
『殿下!? こんな所でお一人で何を!?』
『ウーロン様はどうなされたのですか!?』
『確保しろ! 旦那様に報告だ! 殿下を捕まえればウーロン様の居場所もわかるはずだ!』
「ひぃぃ! なんで追いかけてくるんだー!!」
ランバートが逃走を開始したようだ。
遠ざかる足音と悲鳴。
南無三。貴方の犠牲は忘れないわ(たぶん)。
「今よ!」
私はマンホールから飛び出した。
ギルバートとモカが続く。
中庭はもぬけの殻だ。
全員、ランバートを追いかけて行ってしまったらしい。
「よし、北側の茂みの裏に入り口があるはずだ!」
ギルバートの先導で、私たちは中庭を走る。
目指すは、古びた石碑の裏に隠された秘密の階段。
「あった……! ここだ!」
ギルバートが石碑を操作すると、地面がゴゴゴと音を立ててスライドし、下へと続く暗い階段が現れた。
「急げ! 奴らが戻ってくる前に!」
私たちは滑り込むように階段を駆け下りた。
背後で石の扉が閉まる。
暗闇と静寂が戻ってきた。
「はぁ、はぁ……セーフ……」
「ランバート様、大丈夫でしょうかぁ……?」
「大丈夫よ。彼は王族だから、捕まっても殺されはしないわ。せいぜい、お父様に尋問攻めにされて泣かされるくらいよ」
私は軽く手を振り、階段の先を見つめた。
空気の質が変わった。
ひんやりとして、乾燥した空気。
そして微かに漂う、芳醇な茶葉の香り。
「……間違いない。この先だ」
ギルバートが眼鏡を押し上げる。
「『天使の溜息』が眠る、王家の最深部倉庫だ」
ついにたどり着いた。
私の借金返済の鍵であり、ギルバートの命綱であり、そして私の紅茶マニアとしての夢の結晶。
だが、私たちはまだ知らなかった。
その倉庫には、茶葉を守るための『最後の番人』がいることを。
そしてその番人が、私の想像を絶する人物であることを。
「……ねえ、なんか奥から話し声が聞こえない?」
私が耳を澄ますと、暗闇の奥から、呑気な声が聞こえてきた。
『あー、茶がうめぇ。やっぱここにはいい茶葉があるのぅ』
「……この声、まさか」
聞き覚えがありすぎる。
いや、ありすぎて信じたくない。
私たちが恐る恐る奥へ進むと、そこには。
山積みの木箱の上で、優雅にお茶を啜っている薄汚い老人の姿があった。
「……セイロン!?」
「おや? オーナーではないか。遅かったのぅ」
プーアルの店で留守番をしているはずの『爆炎の賢者』セイロンが、なぜか先回りして寛いでいたのである。
「なんで貴方がここにいるのよ!!」
「いやぁ、転移魔法でひとっ飛びじゃよ。店の茶葉が切れたから、補充しに来たんじゃ」
「補充って、ここ王宮の隠し倉庫よ!? 不法侵入よ!」
「細かいことは気にするな。……それよりオーナー、悪い知らせがある」
セイロンがニヤリと笑った。
「お目当ての『天使の溜息』じゃが……最後の一箱、今ワシが飲んでしもうたわ」
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