悪役令嬢の華麗な退場!

猫宮かろん

文字の大きさ
15 / 23

15

しおりを挟む
「吐きなさい! 今すぐ吐きなさい! 私の夢! 私の金貨一万枚(予定)を返しなさい!!」

「ぐえええっ!? 揺らすなオーナー! 出る! 胃から逆流する!」

王宮の最深部地下倉庫。
私は木箱の上に座るセイロンの襟首を掴み、シェイカーのように激しく揺さぶっていた。
淑女にあるまじき形相だが知ったことではない。こいつは私の人生設計を飲み干したのだ。

「貴方ねぇ! 自分が何を飲んだか分かってるの!? それは『天使の溜息』! 最後の一箱なのよ!?」

「知らんわい! そこにあったから飲んだだけじゃ! ……っぷぁ。しかし、さすがは伝説の茶。体が熱いのぅ」

セイロンが顔を赤くして、ふうふうと息を吐く。

「熱い? 当然よ! 私の怒りの炎で焼き尽くしてやるわ!」

「いや、違う……なんか、体の芯からカッカするんじゃ。皮膚が……ピリピリして……」

その時だった。
セイロンの体が、カッと眩い光に包まれた。

「うわっ、眩しっ!?」
「な、なんですかぁ!?」

私とモカが目を覆う。
光は倉庫全体を照らすほど強く輝き、そして数秒後――シュン、と収束した。

「……ふぅ。暑かった」

光が消えた後に座っていたのは、薄汚い老人……ではなかった。

艶やかな銀髪を無造作にかき上げ、彫刻のように整った顔立ちをした、二十代半ばの超絶美青年。
肌は陶器のように白く、瞳はアメジストのように輝いている。
着ている服はボロボロのローブだが、それが逆にワイルドな色気を醸し出していた。

「……え?」

私は瞬きをした。
モカがポカンと口を開けている。
そして、カフェイン切れで死にかけていたギルバートだけが、興味なさそうに眼鏡を拭いている。

「……誰?」

私が恐る恐る尋ねると、美青年はニヒルな笑みを浮かべて、あの聞き覚えのある「しゃがれ声(ジジイ声)」で答えた。

「何を言っておるオーナー。ワシじゃよ、セイロンじゃよ」

「声と顔が合ってない!!」

私は思わずツッコミを入れた。
間違いない。中身はあのジジイだ。
だが、外見だけが全盛期の姿に戻っている。

「これが……『天使の溜息』の効果……」

ギルバートが眼鏡をかけ直し、冷静に分析する。

「細胞の活性化と若返り。伝説は本当だったようだな。……見たまえ、肌年齢が五十年は巻き戻っている」

「す、すごぉい! セイロンさん、イケメンですねぇ! 王子様みたい!」

モカが目を輝かせて拍手する。
確かに顔はいい。顔だけは。
だが、中身が「泥茶好きの偏屈ジジイ」であることを私は知っている。騙されてはいけない。

「若返ったのは分かったわ。……で? 茶葉は?」

私は冷ややかに美青年(ジジイ)を見上げた。

「私の茶葉は、その無駄にキラキラした顔面を作る養分になって消えたの?」

「そ、そう睨むなオーナー。……実はな、飲んだのは『乾燥茶葉の最後』であって、『根源』ではないんじゃ」

「根源?」

セイロンが木箱から降り(その動きも無駄にスタイリッシュだ)、倉庫の奥にある巨大な鉄扉を指差した。

「この奥から、強い植物の気配がする。恐らく、茶葉の加工品ではなく、生きている『原木』が眠っておるはずじゃ」

「原木……!!」

私の脳内で、計算式が再構築される。
茶葉一箱なら「売り切り」で終わりだが、原木があれば「養殖」ができる。
つまり、若返りの茶を量産し、世界中の富裕層から無限に搾り取れる(サブスクリプション)ということだ。

「でかしたわセイロン! 貴方のその顔面、許してあげる!」

「おお、やっと褒められたわい。……しかし、問題はこの扉じゃ」

セイロンが扉をコンコンと叩く。

「強力な封印魔法が掛かっておる。ワシの全盛期の魔力を持ってしても、解錠には三日はかかるのぅ」

「三日もかけてたら、お父様に見つかるわ! ギルバート、なんとかならないの!?」

私はギルバートを振り返る。
彼はふらふらと扉に近づき、表面に刻まれた複雑な紋様を指でなぞった。

「……これは、王家の生体認証式だ」

「生体認証?」

「王家の血を引く者の魔力波長か、あるいは特定のDNA配列を持つ者でなければ開かない。……つまり」

ギルバートが虚ろな目で天井を仰いだ。

「ランバート殿下が必要だ」

「「あ」」

私とモカが同時に声を上げる。
ランバート殿下。
つい先ほど、私たちが地上で囮として射出し、今ごろお父様の私兵団に追い回されているであろう、あの彼だ。

「……詰んだわね」

私は頭を抱えた。
回収してくる? 無理だ。地上は今ごろ「ラブリー・ウーロン部隊」によって完全に包囲されているはず。そこへ飛び込むのは自殺行為だ。

「うぅ……ランバート様ぁ……ごめんなさいぃ……」

モカが申し訳なさそうに縮こまる。
その時だった。

ズズズズズ……!

地下倉庫の天井が、微かに震えた。
そして、遠くの方から何かが近づいてくる音がする。
足音ではない。もっとこう、地を這うような、あるいは転がり落ちてくるような音。

「……うわぁぁぁぁぁぁ!!」

そして、聞き覚えのある悲鳴。

ドッゴォォォォン!!!

倉庫の入り口――私たちが降りてきた階段の方から、凄まじい勢いで「何か」が転がってきた。
それはピンボールのように壁に反射し、床をバウンドし、そして私たちの目の前でスライディング土下座の姿勢で停止した。

「はぁ、はぁ、はぁ……! し、死ぬかと思った……!」

ボロボロの雑巾がけ服。泥だらけの顔。
ランバート殿下だった。

「ランバート!? 自力で逃げてきたの!?」

「逃げたのではない! 落とされたのだ!」

ランバートが涙目で叫ぶ。

「中庭で捕まりそうになった時、誰かがマンホールの蓋を開けっ放しにしていたせいで、そのまま地下水道へ真っ逆さまだ! そこから滑り台のようにここまで流されて……!」

「ナイス、開けっ放し(ずさんな管理)!」

私はガッツポーズをした。
誰の仕業か知らないが(たぶん私かモカだ)、結果オーライだ。

「よし、ランバート! 生きててよかったわ! さあ、仕事よ!」

「えっ、労いの言葉は!? 治療は!? というか、そこのイケメン誰!?」

ランバートがセイロンを指差して驚愕する。

「初めまして若造。ワシじゃよ」
「声がジジイ!? 何そのキメラみたいな存在!?」

「説明は後! ほら、この扉に手を当てて!」

私はランバートを引きずり、鉄扉の前に立たせた。
ランバートはおずおずと手を紋様に触れさせる。

「こ、こうか?」

ブゥン……。

扉が淡い光を放ち、紋様が回転を始めた。

『生体認証、確認。……第一王位継承者、ランバート・フォン・グラン・クリュ殿下』

機械音声が響く。

『アクセス権限、承認。……お帰りなさいませ、愚かなる子孫よ』

「最後の一言、余計じゃないか!?」

ガコンッ! プシュウウウ……。

重厚なロックが外れ、鉄扉がゆっくりと左右に開いていく。
その隙間から溢れ出したのは、むせ返るような濃密な緑の香り。
そして、キラキラと舞う光の粒子。

「……うわぁ」

モカが感嘆の声を漏らす。
扉の向こうに広がっていたのは、地下とは思えないほど広大な、神秘的な温室(ガーデン)だった。
天井には太陽を模した魔導照明が輝き、小川が流れ、色とりどりの花が咲き乱れている。

そして、その中央に鎮座する、一本の巨木。
葉の一枚一枚が水晶のように透き通り、虹色の光を放っている。

「あれが……『天使の溜息』の原木……」

ギルバートが震える声で呟く。
私は電卓を握りしめ、ゴクリと唾を飲んだ。

美しい。
そして何より、金になりそうだ。

「取り放題よ……!」

私が一歩、温室へ踏み出そうとした時。

「待ちなさい!!」

背後から、凛とした、しかしどこかヒステリックな声が響いた。

私たちはギクリとして振り返る。
開けっ放しの入り口(階段)に、一人の人物が立っていた。
豪奢なドレスを纏い、扇を手に仁王立ちする女性。
その背後には、武装したメイド部隊。

「お、王妃様……!?」
「母上!?」

そこにいたのは、ランバートの母であり、この国の王妃エリザベスだった。
そして、彼女の目は完全に据わっていた。

「私の大事な美容液(茶葉)を盗もうとする泥棒猫はどこのどいつかしら!?」

「……あ」

私は察した。
この茶葉、王妃様の「アンチエイジング用隠し財産」だったのだ。
だから秘密にされていたし、だから王様も手出しできなかったのだ。

「ウーロン……貴女ね? 私の息子をたぶらかし、あまつさえ私の若さを奪おうとするとは……!」

「ご、誤解です王妃様! 私はただ、ビジネスチャンスを……」

「問答無用! やっておしまい! 私の肌年齢を守るために!」

「「「イエス・ユア・マジェスティ!!」」」

武装メイドたちが、モップやハタキ(凶器)を構えて突撃してくる。

「逃げるわよ! 茶葉を毟(むし)り取ってから!!」

「強盗だこれ!?」

かくして、地下温室を舞台にした『伝説の茶葉争奪戦・嫁姑バトル(未婚)』が勃発した。
美しき若返りの樹の下で繰り広げられる、仁義なき戦い。

だが、私は諦めない。
目の前に「若返り」という商品があるのだ。
たとえ相手が王妃だろうと、お父様だろうと、神だろうと――全部まとめて「お客様(カモ)」にしてやるのが、ウーロン・ペコーの流儀なのだから!

「セイロン! 風魔法で茶葉を収穫して! モカ、転んで敵の足止めを! ランバート、母上の説得を! ギルバート、計算して!」

「指示が雑だぞオーナー!!」

美青年(ジジイ)の絶叫と共に、私たちは温室の中へと雪崩れ込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

攻略対象の王子様は放置されました

蛇娥リコ
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。  ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。  ……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?  やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。  しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。  そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。    自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

〘完結〛わたし悪役令嬢じゃありませんけど?

桜井ことり
恋愛
伯爵令嬢ソフィアは優しく穏やかな性格で婚約者である公爵家の次男ライネルと順風満帆のはず?だった。

処理中です...