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「ウーロンは渡さん! 渡さんぞぉぉぉ!!」
ブォンッ!!
ペコー公爵が振るう巨大ウォーハンマーが、空を切る音を立てて私の頭上数センチを通過した。
風圧で前髪が舞い上がる。
命の危険を感じるレベルの「愛情表現」だ。
「お父様! 落ち着いて! そのハンマー、当たったら死にますわよ!?」
「安心しろウーロン! パパはミリ単位で力を制御している! 当たるのはそこの眼鏡(ギルバート)とバカ王子(ランバート)だけだ!」
「なおさらダメです!」
私はハリセンを構えて叫ぶが、父の暴走モードは止まらない。
背後では、王妃様が杖から魔力弾を連射しているが、父が着ている漆黒の鎧――『ラブリー・ウーロン・アーマー(特注品)』が全ての魔法を弾き返していた。
「無駄だエリザベス! この鎧は、娘への愛(と金)でコーティングされている! 魔法など効かん!」
「なんて趣味の悪い鎧なの! 胸に娘の似顔絵を描くなんて、美的センスを疑うわ!」
「うるさい! これは俺の宝だ!」
最強の矛(王妃)と最強の盾(親バカ)。
怪獣大戦争のような光景に、私たち一般人(?)は物陰に隠れて震えるしかない。
「どうするんだウーロン……。このままでは温室が崩壊するぞ」
ギルバートが瓦礫の陰で計算式を呟く。
「公爵のスタミナは無尽蔵だ。あと三時間は暴れ続けるだろう。その間に温室の支柱が折れ、我々は生き埋めだ」
「三時間も暴れるの!? 元気すぎるでしょ!」
「ウーロン様ぁ、私、お腹空きましたぁ」
モカが呑気にクッキーを食べている。この状況で食欲があるのがすごい。
「……仕方ないわね」
私は決心した。
力で勝てないなら、頭を使うしかない。
私は懐から、先ほど王妃様と結んだばかりの『事業計画書』を取り出し、さらに白紙の羊皮紙を一枚追加した。
「ギルバート、ちょっと耳を貸して」
「なんだ?」
「お父様の弱点は二つ。『私への愛情』と『商人としての損得勘定』よ。これを同時に突くわ」
私はギルバートに策を耳打ちする。
彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情で頷いた。
「……分かった。賭けだが、乗ろう」
「よし。行くわよ!」
私は隠れ場所から飛び出した。
「お父様ーーーッ!! ストップ!!」
私の叫び声に、父のハンマーがピタリと止まる。
「おお、ウーロン! やっとこっちへ来る気になったか! さあ、パパの胸(似顔絵入り)に飛び込んでおいで!」
父が両手を広げる。
私はその胸には飛び込まず、逆に仁王立ちして指を突きつけた。
「お父様。貴方は今、人生最大の『損失』を出そうとしていますわよ」
「損失? 何を言っている?」
「この温室を見てください! ここにある『天使の溜息』……これは、一本の葉が金貨百枚に相当する超高級商材です! それを貴方は今、ハンマーの風圧で散らしているのです!」
「なっ……!?」
父が慌てて周囲を見る。
確かに、彼の暴れっぷりで貴重な葉が数枚、ハラハラと落ちていた。
「き、金貨百枚……!?」
「ええ。そして、私がここで王妃様と立ち上げようとしている『アンチエイジング事業』。この市場規模は、試算によれば国家予算の三倍です」
「こ、国家予算の三倍……!!」
父の目の色が、親バカから商人のそれへと変わる。
食いついた。
「もしお父様が私を無理やり連れ帰れば、この事業は破綻します。私は鳥籠の中でふて腐れ、二度と口を利かないでしょう。そしてペコー公爵家は、莫大な利益と、娘の笑顔の両方を失うのです」
「むぐぐ……」
父が呻く。
「娘の笑顔」と「莫大な利益」。
この二つを天秤にかけられ、心が揺らいでいるのだ。
そこで、私は畳み掛ける。
「ですが! もしお父様が私の事業(および自由)を認めてくださるなら!」
私はバッと羊皮紙を広げた。
「ペコー公爵家に、この事業の『独占物流権』と『男性向け滋養強壮ライン』の販売権を譲渡します!」
「!!」
「お父様、最近疲れが取れにくいでしょう? 腰も痛むでしょう? このお茶を飲めば、二十代の頃のバイタリティが戻りますわよ。……あそこのセイロンを見てください」
私はイケメン化しているセイロンを指差す。
「あんな風に、フサフサのツヤツヤになれます」
父が自分の薄くなりかけた頭髪を無意識に撫でた。
効果は抜群だ。
「ど、独占物流権……それに、フサフサ……」
父のハンマーが、カランと音を立てて地面に落ちた。
勝った。
私は心の中でガッツポーズをした。
だが、父はまだ最後の抵抗を見せた。
「だ、だがなウーロン! 金や髪の問題ではない! パパが心配なのは、お前の身の安全だ! こんな胡散臭い眼鏡男(ギルバート)や、浮気者のバカ王子(ランバート)と一緒にいて、お前が幸せになれるのか!?」
父の鋭い視線が、ギルバートに突き刺さる。
ギルバートがビクリと肩を震わせた。
相手は「鬼の公爵」だ。宰相といえど、私的な場では若造に過ぎない。
しかし、ギルバートは一歩前に出た。
震える手で眼鏡を直し、真っ直ぐに父を見据える。
「……公爵閣下」
「なんだ眼鏡! 貴様に娘はやらんぞ!」
「娘さんを……いえ、ウーロンを私にくださいとは言いません」
「ああん?」
「彼女は誰のものでもありません。彼女は、彼女自身のものです」
ギルバートの声が、静かに温室に響く。
「彼女の才能、計算高さ、そして淹れる茶の味わい……それは、鳥籠に閉じ込めておいていいものではない。世界に出てこそ輝くものです」
「……偉そうな口を」
「私は、彼女の翼を折るつもりはありません。ですが、彼女が飛び回るための『風』になりたいと思っています。彼女が自由に飛び、疲れた時に羽を休める場所を、私が作ります」
ギルバートが私の方を向き、少し照れ臭そうに、でも力強く言った。
「彼女の危機管理は私がします。彼女の健康管理も(茶と引き換えに)私がします。そして何より……彼女の稼ぐ利益を、私が国家権力を使って守り抜きます」
「……最後、ちょっと権力乱用じゃなかったか?」
父が呆れたように呟く。
だが、その表情からは、先ほどまでの殺気は消えていた。
「ふん……。口だけなら何とでも言える」
父は落ちていたハンマーを拾い上げ、ギルバートの目の前に突きつけた。
「いいだろう。今回は見逃してやる。ただし!」
父の目が怪しく光る。
「条件がある! 一つ、毎日パパに手紙を書くこと! 二つ、週に一度は茶葉(フサフサ用)を送ること! そして三つ!」
父は私とギルバートを指差した。
「絶対に、間違いを起こさないこと! 結婚するまでは清い交際を心がけろ! もしウーロンを泣かせたら、この国ごと消し飛ばしてやるからな!!」
「……善処します」
ギルバートが冷や汗を流しながら敬礼する。
「よし! 交渉成立だ!」
私は高らかに宣言した。
「これにて、『天使の溜息』プロジェクト、正式始動よ!」
「わーい! パチパチパチ!」
モカが拍手し、王妃様も「やれやれ、騒がしい商談だったわね」と扇を閉じる。
こうして、地下温室での三つ巴の戦いは、全員が得をする(Win-Win-Win)形で幕を閉じたのである。
……かに思えた。
「さて、そうと決まれば早速収穫じゃ!」
セイロンが若返った体で軽快に動き、茶葉を摘み取っていく。
王妃様も、父も、それぞれの取り分を確保するために動き出した。
私はその様子を眺めながら、ホッと息をついた。
「終わった……。長かった……」
「ああ。これでようやく、書類仕事に戻れる」
ギルバートが隣で肩を落とす。
「戻るの? せっかく自由になったのに?」
「馬鹿を言うな。私がいない間に、またランバート殿下のせいで国が傾いているかもしれん。……それに」
ギルバートが私を見る。
「君との『専属契約』も、正式な書類にしないとな」
「……ふふ、そうね。きっちり請求させてもらうわよ」
私たちが笑い合った、その時。
「あ、あのぉ……」
茶葉を摘んでいたモカが、不思議そうな声を上げた。
「この木……なんか、根元にスイッチがありますよぉ?」
「「え?」」
「『自爆装置』って書いてありますぅ」
「押すなよ!? 絶対に押すなよ!?」
私の制止も虚しく、モカの指は吸い込まれるようにその赤いボタンへ。
ポチッ。
『緊急事態発生。機密保持のため、地下エリアを封鎖・爆破します。爆発まで、あと三十秒』
「「「ギャァァァァァァァ!!!」」」
「モカァァァァ!! 貴女って子はァァァ!!」
「ごめんなさぁぁぁい!!」
感動の和解から一転、私たちは崩壊する地下温室からの脱出レースを強いられることになった。
「走れ! お父様、その鎧を脱いで! 重いわよ!」
「嫌だ! これはウーロンとの絆だ!」
「王妃様、ヒールを脱いで!」
「裸足なんて無理よ!」
「全員ワシにつかまれ! 転移魔法で飛ぶぞ!」
セイロンが叫ぶ。
「いかん、人数が多すぎる! 魔力が足りん!」
「ギルバート! 貴方の魔力を!」
「空だ! さっきの説得で使い果たした!」
「役立たず!」
その時、私が取り出したのは、懐に隠し持っていた『天使の溜息(濃縮エキス)』の小瓶だった。
セイロンがこっそり作っていた試作品だ。
「ギルバート、飲みなさい!!」
私は無理やり彼の口に小瓶を突っ込んだ。
「んぐっ!?」
カッ!!!!
ギルバートの全身が光り輝く。
若返り効果で、彼の疲労が消滅し、魔力がオーバーフローする。
「……力が、みなぎる……!」
ギルバートが私をお姫様抱っこし、さらに片手でランバートを掴み、背中に王妃様を背負った(怪力)。
「行くぞ! セイロン、ゲートを開け!」
「承知!」
ドッカァァァァァン!!!
背後で爆炎が上がる中、私たちは光のゲートへと飛び込んだ。
こうして、私たちは命からがら王宮を脱出。
手元に残ったのは、少しの茶葉と、父との契約書、そして――。
「……あれ? ここ、どこ?」
転移した先は、王都でも、プーアルの街でもなく。
見渡す限りの大海原が広がる、南の島だった。
「……セイロン?」
「すまん。座標がズレたかもしれん。テヘッ☆」
イケメン顔でウインクするセイロン。
私は静かにハリセンを構えた。
ブォンッ!!
ペコー公爵が振るう巨大ウォーハンマーが、空を切る音を立てて私の頭上数センチを通過した。
風圧で前髪が舞い上がる。
命の危険を感じるレベルの「愛情表現」だ。
「お父様! 落ち着いて! そのハンマー、当たったら死にますわよ!?」
「安心しろウーロン! パパはミリ単位で力を制御している! 当たるのはそこの眼鏡(ギルバート)とバカ王子(ランバート)だけだ!」
「なおさらダメです!」
私はハリセンを構えて叫ぶが、父の暴走モードは止まらない。
背後では、王妃様が杖から魔力弾を連射しているが、父が着ている漆黒の鎧――『ラブリー・ウーロン・アーマー(特注品)』が全ての魔法を弾き返していた。
「無駄だエリザベス! この鎧は、娘への愛(と金)でコーティングされている! 魔法など効かん!」
「なんて趣味の悪い鎧なの! 胸に娘の似顔絵を描くなんて、美的センスを疑うわ!」
「うるさい! これは俺の宝だ!」
最強の矛(王妃)と最強の盾(親バカ)。
怪獣大戦争のような光景に、私たち一般人(?)は物陰に隠れて震えるしかない。
「どうするんだウーロン……。このままでは温室が崩壊するぞ」
ギルバートが瓦礫の陰で計算式を呟く。
「公爵のスタミナは無尽蔵だ。あと三時間は暴れ続けるだろう。その間に温室の支柱が折れ、我々は生き埋めだ」
「三時間も暴れるの!? 元気すぎるでしょ!」
「ウーロン様ぁ、私、お腹空きましたぁ」
モカが呑気にクッキーを食べている。この状況で食欲があるのがすごい。
「……仕方ないわね」
私は決心した。
力で勝てないなら、頭を使うしかない。
私は懐から、先ほど王妃様と結んだばかりの『事業計画書』を取り出し、さらに白紙の羊皮紙を一枚追加した。
「ギルバート、ちょっと耳を貸して」
「なんだ?」
「お父様の弱点は二つ。『私への愛情』と『商人としての損得勘定』よ。これを同時に突くわ」
私はギルバートに策を耳打ちする。
彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情で頷いた。
「……分かった。賭けだが、乗ろう」
「よし。行くわよ!」
私は隠れ場所から飛び出した。
「お父様ーーーッ!! ストップ!!」
私の叫び声に、父のハンマーがピタリと止まる。
「おお、ウーロン! やっとこっちへ来る気になったか! さあ、パパの胸(似顔絵入り)に飛び込んでおいで!」
父が両手を広げる。
私はその胸には飛び込まず、逆に仁王立ちして指を突きつけた。
「お父様。貴方は今、人生最大の『損失』を出そうとしていますわよ」
「損失? 何を言っている?」
「この温室を見てください! ここにある『天使の溜息』……これは、一本の葉が金貨百枚に相当する超高級商材です! それを貴方は今、ハンマーの風圧で散らしているのです!」
「なっ……!?」
父が慌てて周囲を見る。
確かに、彼の暴れっぷりで貴重な葉が数枚、ハラハラと落ちていた。
「き、金貨百枚……!?」
「ええ。そして、私がここで王妃様と立ち上げようとしている『アンチエイジング事業』。この市場規模は、試算によれば国家予算の三倍です」
「こ、国家予算の三倍……!!」
父の目の色が、親バカから商人のそれへと変わる。
食いついた。
「もしお父様が私を無理やり連れ帰れば、この事業は破綻します。私は鳥籠の中でふて腐れ、二度と口を利かないでしょう。そしてペコー公爵家は、莫大な利益と、娘の笑顔の両方を失うのです」
「むぐぐ……」
父が呻く。
「娘の笑顔」と「莫大な利益」。
この二つを天秤にかけられ、心が揺らいでいるのだ。
そこで、私は畳み掛ける。
「ですが! もしお父様が私の事業(および自由)を認めてくださるなら!」
私はバッと羊皮紙を広げた。
「ペコー公爵家に、この事業の『独占物流権』と『男性向け滋養強壮ライン』の販売権を譲渡します!」
「!!」
「お父様、最近疲れが取れにくいでしょう? 腰も痛むでしょう? このお茶を飲めば、二十代の頃のバイタリティが戻りますわよ。……あそこのセイロンを見てください」
私はイケメン化しているセイロンを指差す。
「あんな風に、フサフサのツヤツヤになれます」
父が自分の薄くなりかけた頭髪を無意識に撫でた。
効果は抜群だ。
「ど、独占物流権……それに、フサフサ……」
父のハンマーが、カランと音を立てて地面に落ちた。
勝った。
私は心の中でガッツポーズをした。
だが、父はまだ最後の抵抗を見せた。
「だ、だがなウーロン! 金や髪の問題ではない! パパが心配なのは、お前の身の安全だ! こんな胡散臭い眼鏡男(ギルバート)や、浮気者のバカ王子(ランバート)と一緒にいて、お前が幸せになれるのか!?」
父の鋭い視線が、ギルバートに突き刺さる。
ギルバートがビクリと肩を震わせた。
相手は「鬼の公爵」だ。宰相といえど、私的な場では若造に過ぎない。
しかし、ギルバートは一歩前に出た。
震える手で眼鏡を直し、真っ直ぐに父を見据える。
「……公爵閣下」
「なんだ眼鏡! 貴様に娘はやらんぞ!」
「娘さんを……いえ、ウーロンを私にくださいとは言いません」
「ああん?」
「彼女は誰のものでもありません。彼女は、彼女自身のものです」
ギルバートの声が、静かに温室に響く。
「彼女の才能、計算高さ、そして淹れる茶の味わい……それは、鳥籠に閉じ込めておいていいものではない。世界に出てこそ輝くものです」
「……偉そうな口を」
「私は、彼女の翼を折るつもりはありません。ですが、彼女が飛び回るための『風』になりたいと思っています。彼女が自由に飛び、疲れた時に羽を休める場所を、私が作ります」
ギルバートが私の方を向き、少し照れ臭そうに、でも力強く言った。
「彼女の危機管理は私がします。彼女の健康管理も(茶と引き換えに)私がします。そして何より……彼女の稼ぐ利益を、私が国家権力を使って守り抜きます」
「……最後、ちょっと権力乱用じゃなかったか?」
父が呆れたように呟く。
だが、その表情からは、先ほどまでの殺気は消えていた。
「ふん……。口だけなら何とでも言える」
父は落ちていたハンマーを拾い上げ、ギルバートの目の前に突きつけた。
「いいだろう。今回は見逃してやる。ただし!」
父の目が怪しく光る。
「条件がある! 一つ、毎日パパに手紙を書くこと! 二つ、週に一度は茶葉(フサフサ用)を送ること! そして三つ!」
父は私とギルバートを指差した。
「絶対に、間違いを起こさないこと! 結婚するまでは清い交際を心がけろ! もしウーロンを泣かせたら、この国ごと消し飛ばしてやるからな!!」
「……善処します」
ギルバートが冷や汗を流しながら敬礼する。
「よし! 交渉成立だ!」
私は高らかに宣言した。
「これにて、『天使の溜息』プロジェクト、正式始動よ!」
「わーい! パチパチパチ!」
モカが拍手し、王妃様も「やれやれ、騒がしい商談だったわね」と扇を閉じる。
こうして、地下温室での三つ巴の戦いは、全員が得をする(Win-Win-Win)形で幕を閉じたのである。
……かに思えた。
「さて、そうと決まれば早速収穫じゃ!」
セイロンが若返った体で軽快に動き、茶葉を摘み取っていく。
王妃様も、父も、それぞれの取り分を確保するために動き出した。
私はその様子を眺めながら、ホッと息をついた。
「終わった……。長かった……」
「ああ。これでようやく、書類仕事に戻れる」
ギルバートが隣で肩を落とす。
「戻るの? せっかく自由になったのに?」
「馬鹿を言うな。私がいない間に、またランバート殿下のせいで国が傾いているかもしれん。……それに」
ギルバートが私を見る。
「君との『専属契約』も、正式な書類にしないとな」
「……ふふ、そうね。きっちり請求させてもらうわよ」
私たちが笑い合った、その時。
「あ、あのぉ……」
茶葉を摘んでいたモカが、不思議そうな声を上げた。
「この木……なんか、根元にスイッチがありますよぉ?」
「「え?」」
「『自爆装置』って書いてありますぅ」
「押すなよ!? 絶対に押すなよ!?」
私の制止も虚しく、モカの指は吸い込まれるようにその赤いボタンへ。
ポチッ。
『緊急事態発生。機密保持のため、地下エリアを封鎖・爆破します。爆発まで、あと三十秒』
「「「ギャァァァァァァァ!!!」」」
「モカァァァァ!! 貴女って子はァァァ!!」
「ごめんなさぁぁぁい!!」
感動の和解から一転、私たちは崩壊する地下温室からの脱出レースを強いられることになった。
「走れ! お父様、その鎧を脱いで! 重いわよ!」
「嫌だ! これはウーロンとの絆だ!」
「王妃様、ヒールを脱いで!」
「裸足なんて無理よ!」
「全員ワシにつかまれ! 転移魔法で飛ぶぞ!」
セイロンが叫ぶ。
「いかん、人数が多すぎる! 魔力が足りん!」
「ギルバート! 貴方の魔力を!」
「空だ! さっきの説得で使い果たした!」
「役立たず!」
その時、私が取り出したのは、懐に隠し持っていた『天使の溜息(濃縮エキス)』の小瓶だった。
セイロンがこっそり作っていた試作品だ。
「ギルバート、飲みなさい!!」
私は無理やり彼の口に小瓶を突っ込んだ。
「んぐっ!?」
カッ!!!!
ギルバートの全身が光り輝く。
若返り効果で、彼の疲労が消滅し、魔力がオーバーフローする。
「……力が、みなぎる……!」
ギルバートが私をお姫様抱っこし、さらに片手でランバートを掴み、背中に王妃様を背負った(怪力)。
「行くぞ! セイロン、ゲートを開け!」
「承知!」
ドッカァァァァァン!!!
背後で爆炎が上がる中、私たちは光のゲートへと飛び込んだ。
こうして、私たちは命からがら王宮を脱出。
手元に残ったのは、少しの茶葉と、父との契約書、そして――。
「……あれ? ここ、どこ?」
転移した先は、王都でも、プーアルの街でもなく。
見渡す限りの大海原が広がる、南の島だった。
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