女王蜂

宮成 亜枇

文字の大きさ
33 / 77

33

しおりを挟む
 荻原達とほぼ強引に別れた水無瀬は自宅に戻り、ワインセラーからボトルを抜き出し、驚く両親には目もくれず自室であおっていた。

 まだ、苛立ちが納まらない。ムシャクシャした気分を何とかしたくて酒に頼ったというのに、気が晴れるどころか、酔いさえも回ってこない。深いため息と共に思い出されるのは、あの顔。
 初めて会った時はただ、綺麗だと思った。しかし、話をしてみたいと思い呼び止めた姿は、予想と全く違う言葉と態度を見せつけた。
 それは、アルファを毛嫌いしていると荻原から情報を得たことで納得しているが。
 解せない。
 それほどまでにアルファを嫌っているくせに何故、あの店にいるのか。
 それを荻原は知っているのに何故、辞めさせないのか。
 思えば思うほど、気分は悪くなる。せっかくのワインも、酷くまずく舌に絡む。
「あー……、もうっ!!」
 結局、苛立ちが極地まで達した水無瀬は、残っていたワインをテーブルに叩きつけた。

 ……代々続くグループ。
国内で『水無瀬』の名を知らないものは、おそらくいないと言われるほどの。その跡取りではあるが興味はない。元々、そう言う立場に向いていない。だが。
「秀様。旦那様と奥様がお呼びです。お話がある、と」
 否応なしでも、血筋が思いを拒否させる。
 両親の話など聞かなくてもわかっている。見合い話。紆余曲折があったとは言え、鷲尾には子供がいる。そして、長男。彼自身も今の活動にめどがつけば、本来の仕事に戻り、家を継ぐ。……つまりは、そう言うこと。
 今は鷲尾と共に動き、それを口実にしているが。このままではいつかは、皆瀬自身もグループを牽引していかなければならない。
 それが嫌だから。
最近は日本に戻っても極力ホテルに宿泊していた。なのに今日は、気がついたら家に足が向き、敷居をまたいでいた。

 縁談は何度も断っている。写真を見たことはあったが、張り付いた笑顔を見ただけで吐き気がした。水無瀬には姉がいて、彼女はすでに結婚し、家を出ている。相手は、グループの傘下にあたる商社の社長。アルファの中でも優秀な部類に入り、両親もその人物を気にいっている。それならば、継ぐのは彼でいい。見合いなんて時間の無駄にしかならない。 
「……行かない」
「ですがっ、秀様」
「疲れてるんだよっ。そう言う話は後にしてくれっ!」
 らしくなく、ぶっきらぼうに待機している執事に吐き捨てる。
「畏まりました。ですが。お話を先延ばしにされては、秀様が不利になられるだけですよ」
 水無瀬の言葉を受け、忠告し、執事は去っていく。そんなことは、わかっている。わかっているが。
「くそ……っ」
 スーツのまま、ベッドに身を投げ、目を閉じる。
 瞼の裏に現れるのは、一つの影。ビジョンは少しずつ、クリアーになる。

 佇む姿。相反する言葉と態度。それらは次第に渦に飲まれ……、見えたのは。抱き上げられたまま、欲と、色にまみれ。気怠そうに見つめる、瞳。
 どんなに振り払おうとしても、べっとりと。脳裏にこびりつき、離れない。
 そうして、気づく。浮かぶ姿に対して、身体が非常に素直な反応を示していることに。始めは、何度も振り払おうとしたが、無理だと判断した。そう言えば、記憶にはないが『ラット』を起こしたと鷲尾から聞いている。……だからなのか。
 ふっ、と。小さく苦笑した水無瀬は起き上がり。纏っていたスーツを投げ捨て、ぬるくなったワインを再び煽り。ベッドに戻り、緩く立ち上がる物に手を伸ばす。確か、可愛らしい手だった。実際は己のものだが、そうイメージするだけで、触られているように感じるのだから、不思議だ。
「くっ……」
 遊び、と言ってしまっては失礼に当たるが、女を抱いたことはゼロではない。確かにその時も快楽を得ることはできたが、今は、それ以上。
 シーツにくるまれた彼を抱き寄せ、唇を奪い、啼かせ、繋がりたい。そのすべてが妄想。しかし。
「うっ、あ……っ」
 扱く手は、段々と加速し。一気に水無瀬を昂ぶらせる。
「うぁ、ああ……っ!!」
 声と共に、白濁がシーツに飛ぶ。残されたのは、荒く、整わない呼吸音。
 確かに、吐きだした。なのに、欲の塊はまだ萎えることを知らない。
「マジか……」
 水無瀬は唖然とする。しかしまた、彼の姿が脳裏に蘇り、理性で抑えることができなくなる。

 これもすべて、あのフェロモンのせいなのか。
 そう考えつつも、欲望に逆らうことはできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...