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第2部歴史の修正者(第5章:魔将軍たちの慟哭)
しおりを挟むガウェイン・ロックハートという「死ぬべきだった男」が仲間に加わったことで、俺たちの旅は奇妙な安定を得た。彼の存在は、崩壊しかけていたパーティーの歪なバランスを辛うじて保つ楔(くさび)となった。ガウェインは俺の言葉を絶対のものとして受け入れ、その忠誠心は揺らぐことがない。リリアナは彼の誠実な人柄に安らぎを見出し、エルザも歴戦の騎士である彼の経験と知識には敬意を払っていた。
だが、それは表面上のことに過ぎない。エルザの俺に対する疑念は、ガウェインという狂信的な信奉者が現れたことで、むしろ警戒へと変わった。リリアナは、俺とガウェインの間に流れる、どこか歪んだ主従関係のような空気に、言葉にできない違和感を覚えていた。
ガウェインがもたらしたフォートレス軍の情報により、魔王軍の次の拠点が判明した。東方にそびえる「黒鉄の山脈」。火山活動によって形成された、天然の要害だ。
そして、その地を守護する将の名を、俺は誰よりもよく知っていた。
「獣将ガラン」
魔王ゼノンに最初に忠誠を誓った、最も古くからの腹心。力による世界の平定という俺の理想に共鳴し、その巨大な戦斧一つで数多の戦場を駆け抜けてきた、魔王軍最強の武人。彼との間には、単なる主従を超えた、奇妙な信頼関係のようなものがあった。
黒鉄の山脈に築かれた砦は、まさにかつての俺が設計した通り、難攻不落を誇っていた。しかし、俺はその砦の隠された抜け道も、防衛網の唯一の穴も知っている。俺たちは最小限の戦闘で砦の心臓部、溶岩が流れる灼熱の広間へと到達した。
そこに、その男はいた。
巨大なミスリル製の戦斧を肩に担ぎ、獅子の如き鬣(たてがみ)を揺らす筋骨隆々の獣人。獣将ガラン。その威圧感は、ホブゴブリンなどとは比較にもならない。
「…よくぞ来た、勇者一行。そして、フォートレスの裏切り者か」
ガランの低い声が、広間に響き渡る。その視線は俺たちを通り越し、まるで背後に何かを探すように揺れていた。
「問おう、勇者。我が主、魔王ゼノン様はどこにおられる。あの方からの神託が、もう幾月も途絶えている。一体、何があった」
彼の問いは、悲痛な響きを帯びていた。
俺は聖剣を抜き放ち、冷たく告げた。
「お前の主は、もういない」
ガランの金色の瞳が、怒りと悲しみに見開かれた。
「…貴様が、殺したと申すか」
「そうだ」
「嘘をつけッ!!」
ガランが咆哮と共に突進してくる。大地が揺れ、灼熱の空気がさらに熱を帯びた。ガウェインが俺を庇うように前に出ようとするが、俺は左手でそれを制した。
「下がるんだ、ガウェイン。こいつは、俺の獲物だ」
俺は一人、前へ出た。ガランの振り下ろす巨大な戦斧を、最小限の動きでいなす。キィン、と甲高い金属音が響き、俺の腕が痺れた。凄まじいパワーだ。
「小賢しい!」
ガランの剛斧が、嵐のように俺に襲いかかる。だが、その全ての攻撃は、俺の身体を掠めることすらなかった。俺には分かるのだ。彼が次にどの角度で斧を振り、どのタイミングで踏み込み、いつ呼吸をするのかまで、全てが手に取るように。
「なぜだ…!」
ガランの顔に、焦りと驚愕が浮かぶ。
「なぜ貴様のような若造に、長年磨き上げた俺の剛斧が見切れる! その動き、その太刀筋…まるで…!」
まるで、かつて何度も手合わせをした、我が主の動きそのものではないか。
ガランの動揺が、その斧筋をさらに鈍らせる。
「終わりだ、ガラン」
俺は、彼の必殺の一撃―――戦斧を高速回転させ、巨大な竜巻を巻き起こす「デッドリーサイクロン」―――を紙一重で潜り抜けた。そして、がら空きになった彼の左脇腹、ただ一点だけ存在する鎧の繋ぎ目へと、聖剣の切っ先を寸分の狂いもなく突き立てた。
そこは、かつて俺が彼との模擬戦の中で指摘した、唯一の弱点。
俺とガラン、二人しか知り得ないはずの、絶対的な死角だった。
ゴウッ、とガランの口から大量の血が噴き出した。巨大な戦斧が手から滑り落ち、けたたましい音を立てて床に転がる。巨体が、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
「…貴様…いったい、何者だ…?」
虫の息で、ガランが最後の問いを投げかける。
俺は何も答えず、ただ静かに血に濡れた聖剣を抜き、彼を見下ろした。その瞳には、かつての腹心を自らの手で葬ることへの、自分でも気づかぬほどの微かな痛みの色が浮かんでいた。
ガランは、俺のその瞳を見て、何かを悟ったように大きく目を見開いた。絶望、驚愕、そして、ほんの少しの歓喜にも似た光が、その金色の瞳をよぎる。
「―――ああ…そうか…。そこに、おられたのですね…」
それは、慟哭にも似た呟きだった。
「…我が、主よ…」
そう言って、獣将ガランは穏やかな顔で息を引き取った。
戦場に、静寂が訪れる。
ガウェインは、俺の圧倒的な強さに、ただ畏敬の念を深めていた。
しかし、エルザは俺とガランの間に流れた奇妙な空気と、俺が一瞬見せた哀しげな表情を見逃さなかった。彼女の疑念は、もはや確信へと変わりつつあった。
そして、リリアナは、ガランの最期の言葉を、その明瞭すぎる耳で確かに聞き取っていた。
『我が、主よ』。
彼女は蒼白な顔で俺を見上げた。あり得ないはずの仮説が、彼女の心の中で、恐ろしい輪郭を結び始めていた。
俺は、自らの過去の象徴であった男の亡骸に背を向けた。
勝利の味はどこにもなく、ただ胸の中に、灼熱の溶岩よりも冷たい虚しさが吹き抜けていくだけだった。
歴史をまた一つ、大きく塗り替えてしまった。その先に待つのが破滅でないことだけを、今は祈るしかなかった。
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