偽りの勇者〜光を宿す闇、闇を抱く光〜

onisan03

文字の大きさ
7 / 11

第三部混沌の足音(第7章:王都の陰謀)

しおりを挟む


「世界の歪み」という、誰にも理解されない脅威の萌芽。その討伐という異質な戦果を手に、俺たちは王都アーガイルへと帰還した。

街路は、俺たちの名を呼ぶ民衆の歓声で埋め尽くされた。彼らは「神話の魔獣を討った英雄」と俺たちを称え、熱狂の渦は王宮にまで届いた。しかし、その熱とは裏腹に、王宮内に漂う空気はどこまでも冷たく、計算高いものだった。

魔王だった頃、俺はこの種の空気に飽き飽きしていた。人間の欲望、嫉妬、権力欲が渦巻く、粘ついた淀み。その中心にいる人物も、俺にはすぐに分かった。

宰相ダリウス。狐のように細い目をした、老獪な男だ。彼は国王の前で俺たちの功績を誰よりも高く称賛しながら、その瞳の奥では、俺という存在を天秤にかけ、利用価値と危険性を冷静に値踏みしていた。

特に、隣国の騎士団長であるガウェインが、俺に絶対の忠誠を誓っているという事実が、彼の猜疑心を煽っているようだった。勇者の影響力が一国の軍事にまで及ぶ。それは、彼のような権力者にとっては看過できない脅威なのだ。

数日後、宰相ダリウスの主催で、俺たちのための祝賀夜会が催されることになった。その招待状を受け取った瞬間、俺はこれから始まる戦いが、剣と魔法によるものではないことを正確に理解した。魔物との戦いよりも、はるかに厄介で、不快な戦いが。

壮麗なシャンデリアが輝く夜会の広間は、着飾った貴族たちの虚栄心で満ち満ちていた。



「これは見事な罠だな」



俺はグラスを傾けながら、独り言を放った。

ダリウスの狙いは、俺たち勇者パーティーを分断し、孤立させ、その上で俺を失脚させること。実に古典的で、それゆえに効果的な謀略だ。

案の定、ダリウス自らがガウェインに近づき、親しげに肩を叩いた。



「ガウェイン殿、あなたに是非お会いしたいという軍務卿がおられる。フォートレスとの新たな軍事同盟について、重要な話があるとか。さあ、こちらへ」



ガウェインは「勇者殿、申し訳ない」と俺に一礼し、ダリウスに連れられて人混みの中へと消えていった。まず、俺の最も忠実な「盾」が引き剥がされた。

次に、ダリウス派の魔術ギルド長官がエルザに接触する。



「エルザ嬢、君ほどの才能を、一介の勇者の護衛だけで終わらせるのは実に惜しい。王立魔術院の次期筆頭魔術師の座を考えているのだが、どうかな?」



甘い言葉と、破格の地位の提示。アレクへの不信感を募らせているエルザは、明らかに心が揺れていた。復讐という目的と、魔術師としての栄達。その天秤が、ぐらついている。

リリアナは、そのどちらでもなかった。聖女である彼女にとって、虚飾と欲望が渦巻くこの場所は牢獄も同然だった。好奇と嫉妬の視線を一身に浴び、誰に話しかけることもできず、壁際で小さくなっている。ダリウスは、彼女が精神的に消耗し、パーティーの癒やし手として機能しなくなることを狙っているのだ。

そして、俺自身への罠も、すぐにやってきた。

絹のドレスを纏った、魅惑的な女が、まるで計算されたかのように俺の腕にぶつかってきた。



「申し訳ありません、勇者様」



上目遣いに謝罪するその女の瞳には、安い芝居がかった媚態が浮かんでいる。他国の息がかかったスパイ。その懐には、おそらく記憶結晶(メモリークリスタル)か、あるいは毒針でも仕込んでいるのだろう。

俺は女が持つグラスを優雅に受け取ると、彼女の耳元で、囁くように言った。



「北の連邦の差し金か。ダリウス宰相は、お前のような美しい女を『毒』として使うのがお好きなようだ。だが、気をつけろ。毒蛇は、時に自らの毒で死ぬこともある」



女の顔から、一瞬で血の気が引いた。俺が彼女の正体を完全に見抜いていることに気づいたのだ。



「宰相にはこう伝えろ。『勇者は罠にかかった』と。そして、今後はお前の情報を俺に流せ。ただし、俺が許可した情報だけをな。さもなくば…」



俺はそれ以上何も言わなかった。ただ、魔王ゼノンとして魂に刻まれた覇気を、ごくわずかに彼女に向ける。女は小さく悲鳴を上げ、逃げるように去っていった。

次に、俺はエルザの元へ向かった。



「随分と楽しそうじゃないか、復讐者殿」



俺の皮肉な言葉に、エルザはハッとした顔でギルド長官から離れた。



「…あなたには関係ありませんわ」



「そうか? だが、お前の復讐は、そんな地位や名誉で満たされるほど、安っぽいものだったか?」



俺の言葉は、彼女の心の最も柔らかな部分を的確に抉った。エルザは悔しげに唇を噛み、



「あなたに私の何が分かるというのです!」



と吐き捨てて、その場を離れた。だが、その足取りに迷いがないことを、俺は見逃さなかった。

最後に、壁際で青ざめているリリアナの腕を、俺は無造作に掴んだ。



「おい、行くぞ」



「え…? どこへ…」



「こういう場所は性に合わん。少し付き合え」



俺は戸惑うリリアナを半ば強引に引きずるようにして、喧騒から離れた月明かりのバルコニーへと連れ出した。

冷たい夜風が、火照った頬に心地よい。



「…あの…アレク様…」



「お前は、お前であればいい」



俺は、リリアナの言葉を遮って言った。



「聖女だとか、癒やし手だとか、そんなものは知らん。他人の視線に合わせて自分をすり減らすな。無意味だ」



それは、勇者アレクからは絶対に出ることのない、あまりに魔王的な価値観に基づいた言葉だった。リリアナは驚いたように目を見開いた。彼女は俺の冷酷さの中に、時折見えるこの奇妙な優しさ(あるいは、それに似た何か)に、ますます混乱していくことだろう。だが、それでよかった。

夜会からの帰り道、ガウェインは何の成果もない軍事協議にうんざりし、エルザは何かを振り切るように前だけを見つめ、リリアナは俺と距離を置きながらも、その表情から怯えの色が少しだけ薄れていた。

俺は一人、静かに夜空の月を見上げていた。

魔物よりも、人間の方がよほど醜く、厄介で、そして弱い。

だから俺は――かつて、その全てを力で支配し、愚かな争いを終わらせようとしたのだ。

魔王軍との戦いの裏で、人間社会の陰謀という、もう一つの戦線が静かに開かれた。そして、その戦いにおいては、俺は勇者ではなく、魔王の知識こそを武器とするだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

恋い焦がれて

さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。 最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。 必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。 だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。 そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。 さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。 ※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です ※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません) ※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。 https://twitter.com/SATORYO_HOME

処理中です...