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第十二話 西への旅立ち

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「これから陛下に調査結果を報告し、エストリールに入国する旨を伝えてくる。あなたは一度、自宅に戻った方がいい」

「嫌です」

魔導士団のローブを羽織りかけたアロイス様は目を見開き、こちらを振り返った。ここまで彼の言うことを、何でも素直に聞いてきた私が、突然反抗したのに驚いた様子だ。

「御令嬢、これは観光ではない。あなたを危険な目に遭わせる訳には行かない」

「ですが、が一緒に行きたいと言っているのです」

敢えて、わざとらしくお腹をさすりながら、訴えた。
……一拍の間が空く。


「馬鹿な……!? その子が!?」


最強の魔導士が鳩に豆鉄砲を喰らった顔、というのを、私は生まれて初めて見た。

「それは、夢でお告げがあったとか、その類の話か?」

「いえ、たった今、本人から直接聞きました」

「だったら……私にも、話をさせてくれるか?」

彼が差し出した右手に、私の左手を載せる。アロイス様はしばらく目を閉じたまま、沈黙した。目蓋を開いた彼の口から、驚嘆の声が漏れる。

「間違いない、本当だ……交霊の儀を使わなくても、声が届く」

「私、この子の望みを叶えたいんです。お願いですから、一緒に連れて行ってください」

しばらく頭を抱えていたアロイス様は、何かを吹っ切ったように答えた。

「分かった……この子なら、ちょっとやそっとの事で、どうにかなったりは、しないだろう。ただし、危険と思われる場所には、絶対に近付かないこと。それだけは守ってほしい」

よかった、これで彼を一人送り出さずに済む。そう思っているとアロイス様が言葉を続けた。

「だが、あなたが同行するとなると、国王陛下以外にも、許可を得ねばならない人がいる」

言われてハッと気付く。そうだ、私の両親にも、西へ越境することを知らせなければ。だが……許してくれるだろうか?



***



「家を出て少ししか経ってないのに、何だか久しぶりだわ……」

二日振りのローデント邸。私が馬車から顔を出し、帰宅を告げると、門番はすんなり門扉を開けてくれた。

馬車を正面玄関に横付け、アロイス様のエスコートで表に出る。私の顔を見た守衛の一人が急いで中の者に話をすると、さほど間を空けず、両親が揃って玄関から出てきた。

「ユリエル、お帰りなさい! もう帰ってきていいの? さあ、早くこちらへ」
「団長殿、娘は……いや、まずは中へどうぞ」

素直に喜ぶ母と、多少の戸惑いを見せる父。そんな二人に迎えられ、私達は屋敷に足を踏み入れた。




私を送り出した日と同じ応接室で、四人、お茶を飲む。私の好きなベルガモットの香りがする。

「団長殿、娘の処遇は、どのようになったのでしょうか……?」

ためらいがちに父が尋ねた。

「まだ調査の協力を願っている最中です。本日は、それとは別のお願いがあり、やって参りました」

アロイス様が答えながら目配せをしたのを見て、私は両親に言った。

「お父様、お母様、これから私達は、西の隣国エストリールに向かいます」

「何ですって!」

いち早く声を上げたのは、お母様だった。

「西はダメよ、西は……あああ……」

立ち上がりかけたが、眩暈を起こしたように、再びソファに座り込む。父が肩に手を添え、母を支えた。

「あの日、あの日ね、私は一人で教会に行って、祈っていたの。あなたが身籠ったのも、婚約破棄も、全てが間違いでありますようにって……」

ふらつく頭を手で支えながら、お母様は話を続ける。

「祈りを終えて帰る時、エストリールの民族服を着た商人が、妙な薬の瓶を渡してきて、それをあなたに飲ませるように言われて……怪しいと思って拒絶したら、そこから意識が無くなって……私は、私は……」

「催眠効果のある呪いです。あの時に解いておいたので、ご安心を」

アロイス様が答えた。

「逆流星が流れた時、陛下や宰相と相談し、まず、魔法の素養がある者が多い貴族に、呪いがかからぬよう、精霊の加護を授けたのですが……お二人は会場にいなかったので、間に合いませんでした。申し訳ありません」

「いや、こちらこそ妻を救っていただき、感謝します。ですが、娘を西に行かせるのは……」

「もちろん、ご両親が心配するのは分かります。ただ、本人が……」

「お父様、お母様、私、絶対に西に行きます! この子の父親かもしれない人がいるの。いずれ修道院に入る身だけど、この子の身元だけはハッキリさせておきたいんです」

それを聞くなり、母が身を起こした。

「何を言ってるの!? あなたを修道院になんか、絶対入れるものですか!

その子はうちで大切に育てます。後継は甥に決まってしまったから、跡は継がせられないけれど……将来も生活に困らないように、きちんと取り計らうわ。恥も外聞もあるものですか。娘の子、私達の孫、ローデントの血を受け継いだ、その事実に間違いはないもの」

お母様の隣で、静かに頷くお父様。
目頭が熱くなってきた。両親は無償の愛で、私を子供ごと受け入れてくれたのだ。それだけで嬉しい。だけど……

「お母様、ありがとう……でも、私は西へ行きます。これは私にとって、みそぎなのです。そうしなければ、私は一歩も前に進めません。どうしても知りたいのです。この子の父親が誰なのか」

両親はしばらくの無言の後、言葉を発した。

「わかった……」

「でも、決して無理したらダメよ。辛くなったら、いつでも帰ってくるのよ」

普段は口答えなどしない、大人しい私の決意の固さに、両親は折れてくれた。感謝と申し訳なさで、胸が一杯になる。

話を終え、館を出て馬車に乗り込む。見送る両親に

「きっと、無事に戻るから……」

それだけを告げて、私達は侯爵邸を去った。
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