付喪神狩

やまだごんた

文字の大きさ
14 / 46
寄木細工の呪い箱編

14.根源

 生まれた子供は夫の両親に取り上げられ、乳をやる僅かな間だけが我が子と会える時間だった。
 子が乳離れすると、夫がまた寝室にやってきて行為を強いられる。
 これらを繰り返しながら、貴子たかこは12年かけて5人の子供を産む事となった。
 
 唯一の救いは夫の両親が高齢になるにつれ、子供の面倒は辛いと、貴子の手に子供たちが返ってきたことだったが、祖父母に甘やかされて育てられた子供たちは、貴子を母親と認めず、女中のような扱いだった。
 夫の両親や弟妹達がするように命令口調で話し、気に入らない事があると度々貴子に暴力を振るった。貴子の心は次第に擦り切れ、長男のいたずらで蠟が塗られた階段から転がり落ちた時、僅かに残っていた子供達への愛情も消え失せてしまった。
 結婚から15年間、この地獄のような環境を絶えることができたのは、みのるへの想いだけだった。
 實は大学を卒業して、貴子を迎えるために一生懸命働いているに違いない。きっと今頃行方の分からなくなった貴子を探しているに違いない。
 毎日言い聞かせては、貴子は實が迎えに来るまでの辛抱だとボロ雑巾のようになりながら働いていた。
 やがて夫の父が倒れると、介護が貴子の仕事となった。
 寝たきりとなった夫の父はやがて痴呆を発症し、貴子は昼も夜も休まる事なく、介護に追われていた。
 奇しくも時代は太平洋戦争が開戦された頃だった。連日勝利のニュースが新聞やラジオを賑わしていた。
 そんな折、目にした新聞に見覚えのある懐かしい顔を見つけた。實だった。
 
 若くして政治家に転身した實は、若い頃の精悍な面持ちを保ったまま、立派な青年になっていた。
 貴子は新聞記事を食い入るように一文字ひと文字読み拾い、絶望した。
 實は大学を卒業するとすぐに華族の娘と結婚して、婿入りを果たしていたのだ。
 最後の希望が失われ、貴子の心は完全に壊れた。
 
 廃人のように目は虚ろとなり、誰とも目を合わせず言葉を発さず過ごすようになった。初めは貴子に苛立った家族や子供たちが貴子を叱りつけ、暴力を振るったが、貴子は何の反応も示さず、ただされるがままになっていた。
 夜は自室で寄木細工よせぎざいくの箱を大事に抱えてはずっと何かを呟いていた。
 貴子が初めに産んだ娘は、唯一貴子を案じていた。

 ある晩、貴子の様子を見に行くと、貴子は寄木細工の箱に向かって嬉しそうに話しかけていた。
 電球すら使わせて貰えず、蠟燭の灯りだけの薄暗い部屋で、貴子は箱に向かってずっと家人を呪う言葉を吐きかけていた。
「お父さんは寝ながら腐ればいい。お母さんは裏の井戸で溺れればいい。あの人は足を引きちぎられてしまえばいい。正太郎は酷い子だから蛇に噛まれてしまえばいい。みち子は意地悪だから――」
 薄暗い部屋の中で蠟燭の灯りに照らされて自分以外の家族の名前を出し、何度も何度も呪文のように繰り返される恐怖に、娘は耐えきれずにその場を急いで離れた。
 祖父が亡くなったのはそれから二か月後の事だった。廃人のようになっても、壊れた機械のように貴子は介護をしていたので、誰も気が付かなかったが、祖父の背中には褥瘡じょくそうが広がり、皮膚の殆どは壊死していた。
 単なる偶然だと娘は、あの夜の事を思い出さないようにした。
 やがて、戦争はアメリカの参戦により形勢が大きく変わり、日本は次第に追い詰められる。
 やがて貴子の住む街にも焼夷弾が落とされる事となった。
 命からがら逃げ延びた娘は、空襲が過ぎた後防空壕から出ると、すぐに母を探した。
 防空壕に避難する時に手を引いて走ったのに、人に押されて手を離してしまった。
 母を探そうと戻ろうとしたが、娘を案じた従業員が娘を抱えて防空壕に連れ込んだせいで、母がどうなったのかわからなかった。
 近くの防空壕を周り、散々探したが見つからず、諦めて自宅に戻ると、娘の目に飛び込んできたのは父と祖母の悲惨な亡骸だった。
 逃げ遅れた父は家屋の下敷きで、下半身が吹き飛ばされても生きていたのか、悶絶した表情で目を見開いて絶命していた。
 姿が見えない祖母は、翌日井戸で見つかった。焼夷弾で体を焼かれ、死にもの狂いで井戸に飛び込んだのだろう。
 着ていた着物は燃え落ち、体の半分は黒く焼け焦げていた。
 自宅は半壊し、母の部屋があった場所は瓦礫の山と化していたが、母が大事にしていた寄木細工の箱は、倒壊を免れた壁に守られたように、瓦礫にも埋もれず無傷でそこにあった。
 娘はそれを大事に取り上げると、あの日の母の言葉を思い出した。
「正太郎は酷い子だから蛇に噛まれてしまえばいい。みち子は意地悪だから全身の骨を折って体が動かなくなればいい。高次郎はすぐに癇癪を起すから喉を切られて声が出なくなればいい。さちは我儘だから指を切られればいい」
 娘は半狂乱で弟達を探すと、次女のみち子が、真っ暗な防空壕の中で大人たちに踏みつけにされたのだろう、全身の骨を折って虫の息で発見された。
 発見から五日後、みち子は満足な治療も受けられないまま9歳の短い生涯を終えた。
 結局母は見つからなかった。
 娘はなぜか寄木細工の箱を手放してはいけないと思い、毎年母の手を離した日を母の命日と決め、供養する事にした。

 とおるは目を開けると、起き上がって頭の横にあった洗面器に口の中の水を吐き出した。
 口に含んでいただけだったのに、水は真っ赤な血の色に変色していた。
「これは――かなりキテんな」
 亨が吐き出した水を見て、御門みかどが楽しそうに笑った。
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛を知った私は、もう二度と跪きません

阿里
恋愛
泥だらけのドレス、冷え切った食事、終わりのない書類仕事。 家族のために尽くしてきたエカテリーナに返されたのは、あまりにも残酷な追放宣告だった。 「呪われた男にでも喰われてこい」 そう笑って送り出した彼らは知らなかった。辺境伯ゼノスが、誰よりも強く、美しく、そして執着心が強い男だということを。 彼の手によって「価値ある女」へと生まれ変わったエカテリーナ。 その輝きに目が眩み、後悔して這いつくばる元家族たち。 「エカテリーナ様、どうかお助けを!」 かつて私を虐げた人たちの悲鳴を聞きながら、私は最愛の夫の腕の中で、静かに微笑む。