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寄木細工の呪い箱編
15.守り
亨は見たことを御門と東雲に話して聞かせた。
「呪いを守っていると思っていたのは、秋子さんのお祖母さんだと思います」
亨の言葉に御門は頷いた。
「常に自分の傍に置き、毎年母親の命日に供養をしていたって言ってたな――無意識に呪いを封じていたんだろう」
「呪いの対象は自分の子供達か――自分の子供を呪わなければならないなんて辛いねえ」
東雲が珍しく険しい顔で言った。愛妻家で子煩悩な東雲にとっては聞くのも辛い話なのだろう。
「貴子の供養をやめたことでお祖母さんの守りの力が弱くなり、呪いが動き出したんです」
亨はそう言ってふらつく体を起こそうとして、バランスを崩して御門に抱き留められた。3日間の断食と儀式で体力が削られているのがわかる。
「棚橋君は体を休めなさい。私はもう少しこの件を調べ直そう」
東雲は立ち上がると、御門に亨を部屋に運ぶように言って、自身はリビングに戻り着替えを済ませて御門を待った。
亨を部屋に運び寝かしつけてきた御門は、スーツに着替えた東雲を見ると嫌そうに目を細めたが、無言でキッチンに行くと換気扇の下でタバコを咥えた。
その様子を見て東雲は目を丸くした後、笑いを堪える気などまるでないといった様子で表情を崩している。
「リビングがタバコ臭くなるってとーるちゃんが嫌がるんだよ……自分だって吸うくせに」
気まずそうに御門が言うと、東雲はまるで息子を見るような目で御門を見つめた。
「やめろ。そんな顔すんな気持ち悪い」
「御門君も人を気遣える大人になったんだなぁと思うと僕は嬉しいよ」
東雲は御門の傍に来ると、御門の頭を子供をあやすような手つきで撫で、御門に鬱陶しそうに振り払われた。
「しかし――」
御門は煙を換気扇に向かって吐き出しながら、「呪うなら相手の男だろうに」と小さく呟いた。
東雲は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出て飲みながら、御門に「若いねぇ」と笑いかけた。
「女ってのはそんなもんだよ。浮気された妻が浮気した旦那でなく、浮気相手を恨むように、惚れた男を恨むって事は自分を否定するのに等しいのさ」
説得力のある言い方に、御門はこいつは経験があるのではないかと怪しんだ。
東雲は「僕は奥さん一筋だけどね」と笑って水を飲むと、苦しそうに顔をしかめた。
直後、流し台に向かって真っ黒な水を吐き出した。
――かなりやられてんなぁ……
御門は東雲の背中を眺めながら煙をゆっくりと吐き出した。
「平気な顔してとーるちゃんよりやられてんじゃん。死ぬなら喰ってやるから安心しろよ」
「かなり強い呪いだったからね。棚橋君が使い物にならなくなったら御門君泣いちゃうでしょ」
黒い水を吐き切るとすっきりしたのか、いつもの柔和な表情に戻ると、東雲はスーツのポケットからハンカチを取り出して口元を拭った。
「なにせまだ一度も喰ってないんだからね」
挑発するような東雲の言葉を無視して、御門は最後の一口を吸うと、タバコを灰皿に押し付けて火を消した。
「呪いの対象は貴子の子供達だ。柏木のばあちゃんが防いだせいで他の弟妹達が無事だったのなら次はその子供達だ。今はここにあるから大丈夫だろうけど――8年もの間呪いが大人しくしてるとは思えねえ。――おっさんはとっとと帰って被害が出てないか調べてくれ」
そう言うと、御門は東雲を見もせず、自室へと戻って行った。
東雲は御門の後ろ姿を見ながら溜息をつくと、リビングに置いていた荷物を持つと部屋を後にした。
「柏木秋子の親類ですが、正太郎の孫が3年前に登山に行った先でマムシに咬まれて亡くなっていました」
如月警部補は手元の報告書を読み上げた。
正太郎は成長して4人の子供と9人の孫に恵まれていた。子供たちは皆定年を迎えており、孫達は全て30代以上だ。
「――正太郎は酷い子だから蛇に咬まれて――か」
東雲は報告を聞いて呟いた。みち子は戦時中に亡くなっている。残るは高次郎とさちだ。
高次郎も既に亡くなっているが、子供たち5人は辛うじて存命で、孫も12人と大所帯だ。さちは音楽家として成功し、ヨーロッパで結婚したが子供に恵まれず養子を迎えたが、自動車事故で昨年死亡したと報告書には書かれていた。死亡状況の詳細は不明だが、恐らく指は無事ではなかっただろう。
「高次郎の一番下の孫が2年前に勤務先の建築現場で足場から踏み外し、安全帯で首を吊る形で亡くなっています」
如月の報告に東雲は頭を抱えた。
正二郎は蛇に、高次郎は首を、さちは指を――それぞれの血脈で呪いは成就されているのに、呪いは尚留まり続けている。
明確な呪いではなく、思念が留まり呪いとなった場合、成就してもその場に留まる事は多々ある。
しかし、そういった呪いは時が経つにつれ薄れ、消えていくものだ。
だが、貴子の呪いは消るどころか拡がろうとしている。
まるで全ての血脈を絶えさせたいかのように。
東雲は喉に手をやると、あの時の禍々しい思念を思い出した
思念に隠れて亨に入り込もうとした呪いを、東雲は代わりに受け止めていた。
胃の中に仕込んだ呪符により、体を乗っ取られる事はなかったが、御門がいなければ喰われていたかもしれない。それほどの強さの呪いだった。
「せめて付喪神になってくれていればなぁ――」
東雲は溜息交じりに呟いた。
「呪いを守っていると思っていたのは、秋子さんのお祖母さんだと思います」
亨の言葉に御門は頷いた。
「常に自分の傍に置き、毎年母親の命日に供養をしていたって言ってたな――無意識に呪いを封じていたんだろう」
「呪いの対象は自分の子供達か――自分の子供を呪わなければならないなんて辛いねえ」
東雲が珍しく険しい顔で言った。愛妻家で子煩悩な東雲にとっては聞くのも辛い話なのだろう。
「貴子の供養をやめたことでお祖母さんの守りの力が弱くなり、呪いが動き出したんです」
亨はそう言ってふらつく体を起こそうとして、バランスを崩して御門に抱き留められた。3日間の断食と儀式で体力が削られているのがわかる。
「棚橋君は体を休めなさい。私はもう少しこの件を調べ直そう」
東雲は立ち上がると、御門に亨を部屋に運ぶように言って、自身はリビングに戻り着替えを済ませて御門を待った。
亨を部屋に運び寝かしつけてきた御門は、スーツに着替えた東雲を見ると嫌そうに目を細めたが、無言でキッチンに行くと換気扇の下でタバコを咥えた。
その様子を見て東雲は目を丸くした後、笑いを堪える気などまるでないといった様子で表情を崩している。
「リビングがタバコ臭くなるってとーるちゃんが嫌がるんだよ……自分だって吸うくせに」
気まずそうに御門が言うと、東雲はまるで息子を見るような目で御門を見つめた。
「やめろ。そんな顔すんな気持ち悪い」
「御門君も人を気遣える大人になったんだなぁと思うと僕は嬉しいよ」
東雲は御門の傍に来ると、御門の頭を子供をあやすような手つきで撫で、御門に鬱陶しそうに振り払われた。
「しかし――」
御門は煙を換気扇に向かって吐き出しながら、「呪うなら相手の男だろうに」と小さく呟いた。
東雲は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出て飲みながら、御門に「若いねぇ」と笑いかけた。
「女ってのはそんなもんだよ。浮気された妻が浮気した旦那でなく、浮気相手を恨むように、惚れた男を恨むって事は自分を否定するのに等しいのさ」
説得力のある言い方に、御門はこいつは経験があるのではないかと怪しんだ。
東雲は「僕は奥さん一筋だけどね」と笑って水を飲むと、苦しそうに顔をしかめた。
直後、流し台に向かって真っ黒な水を吐き出した。
――かなりやられてんなぁ……
御門は東雲の背中を眺めながら煙をゆっくりと吐き出した。
「平気な顔してとーるちゃんよりやられてんじゃん。死ぬなら喰ってやるから安心しろよ」
「かなり強い呪いだったからね。棚橋君が使い物にならなくなったら御門君泣いちゃうでしょ」
黒い水を吐き切るとすっきりしたのか、いつもの柔和な表情に戻ると、東雲はスーツのポケットからハンカチを取り出して口元を拭った。
「なにせまだ一度も喰ってないんだからね」
挑発するような東雲の言葉を無視して、御門は最後の一口を吸うと、タバコを灰皿に押し付けて火を消した。
「呪いの対象は貴子の子供達だ。柏木のばあちゃんが防いだせいで他の弟妹達が無事だったのなら次はその子供達だ。今はここにあるから大丈夫だろうけど――8年もの間呪いが大人しくしてるとは思えねえ。――おっさんはとっとと帰って被害が出てないか調べてくれ」
そう言うと、御門は東雲を見もせず、自室へと戻って行った。
東雲は御門の後ろ姿を見ながら溜息をつくと、リビングに置いていた荷物を持つと部屋を後にした。
「柏木秋子の親類ですが、正太郎の孫が3年前に登山に行った先でマムシに咬まれて亡くなっていました」
如月警部補は手元の報告書を読み上げた。
正太郎は成長して4人の子供と9人の孫に恵まれていた。子供たちは皆定年を迎えており、孫達は全て30代以上だ。
「――正太郎は酷い子だから蛇に咬まれて――か」
東雲は報告を聞いて呟いた。みち子は戦時中に亡くなっている。残るは高次郎とさちだ。
高次郎も既に亡くなっているが、子供たち5人は辛うじて存命で、孫も12人と大所帯だ。さちは音楽家として成功し、ヨーロッパで結婚したが子供に恵まれず養子を迎えたが、自動車事故で昨年死亡したと報告書には書かれていた。死亡状況の詳細は不明だが、恐らく指は無事ではなかっただろう。
「高次郎の一番下の孫が2年前に勤務先の建築現場で足場から踏み外し、安全帯で首を吊る形で亡くなっています」
如月の報告に東雲は頭を抱えた。
正二郎は蛇に、高次郎は首を、さちは指を――それぞれの血脈で呪いは成就されているのに、呪いは尚留まり続けている。
明確な呪いではなく、思念が留まり呪いとなった場合、成就してもその場に留まる事は多々ある。
しかし、そういった呪いは時が経つにつれ薄れ、消えていくものだ。
だが、貴子の呪いは消るどころか拡がろうとしている。
まるで全ての血脈を絶えさせたいかのように。
東雲は喉に手をやると、あの時の禍々しい思念を思い出した
思念に隠れて亨に入り込もうとした呪いを、東雲は代わりに受け止めていた。
胃の中に仕込んだ呪符により、体を乗っ取られる事はなかったが、御門がいなければ喰われていたかもしれない。それほどの強さの呪いだった。
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東雲は溜息交じりに呟いた。
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