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20.自覚
「奥様。神殿からレースが届きました」
雪が降り積もり始めた頃、オスカーが持ってきたのは素晴らしい仕上がりのレースだった。
「習得したのね」
レオンのいない執務室で、マルグリットは少しだけ表情を明るくして、オスカーからレースを受け取った。
繊細な模様が編まれた美しいレースだ。
「これまでのものより糸が細い気がするわ」
マルグリットが言うと、オスカーも頷いた。
「神殿が少しでも利益をあげようと努力した結果でしょうか」
皮肉めいた言い方に、マルグリットは思わず吹き出した。
「レースを作る手間が省けた分、紡績に技術を避けるようになったのですね」
オスカーが言い直すと、マルグリットは微笑んで頷いた。
奥様が笑ってくださった――
オスカーの胸に安堵が広がった。
ここ数日、マルグリットの表情は目に見えて暗かったからだ。
「この細い糸で金糸や銀糸を作ったらどうかしら――見たこともないほど素晴らしいものが仕上がると思わない?」
「なるほど……職人に相談してみます」
「お願い。このレースはわたくしが買わせていただくわ――ヴァルデン初のレースですもの」
マルグリットが愛しげにレースを撫でるのを見て、オスカーは深々と一礼して部屋を出た。
その足は、屋敷の裏に設置された訓練所へと向かっていた。
「またここでしたか」
珍しくオスカーの苛立った声が訓練所に響いた。
冬籠りが始まって7日が経つが、レオニダスはほぼ毎日一日中ここで過ごしている。
「オスカーか。何かあったか」
「何か、ではありませんよ。いつまで逃げてるんです」
オスカーは上着を一枚脱ぐと、木剣を手に取り構えた。
「逃げてなど――」
オスカーの振りかざした剣を跳ね除けると、レオニダスはすぐに剣を構え直した。
「逃げてるでしょうが」
間髪を入れずに上下に振り分けて打ち込むオスカーの剣を、レオニダスは正確に受け止める。
兵を退いて長いというのに、相変わらずこの男の剣は重い。
だが、力ならレオニダスも負けていない。
オスカーは剣を弾き返され、体勢を崩した。
レオニダスがその隙を見逃すはずがなかった。オスカーの脇腹を目掛けて打ち込むが、そこにいるはずのオスカーがいない。
代わりに、何かに足を取られて派手に倒れ込むと、オスカーの憎たらしい顔がレオニダスを覗き込んだ。
「逃げてなければあんな見え透いた隙に引っかからないでしょうが」
憎たらしいのは顔だけではなかった。
「どうしたっていうんです。以前はあんなに番犬みたいに奥様に貼り付いてたってのに」
オスカーはロニから2人が寝室でもよそよそしいのではと報告を受けていた。
流石に寝室こそ分けていないが、確かにここ数日のレオニダスはマルグリットが眠りについてから寝室に行き、彼女が起きる前に部屋を出ていた。
レオニダスは怒られた子供のように、わかりやすく気落ちしている。
「俺が――俺のせいで――」
「私に言わないでください」
オスカーは眉根を寄せてレオニダスを睨んだ。
「心の内などいうものは、相手が誰であれ吐露した途端に軽くなるのです。私相手に軽くなってどうするんです」
オスカーの言葉は尤もだ。
だが――レオニダスは無骨で大きな手を合わせ、持て余すようにもじもじと指を動かしている。
「奥様をご覧になってください。あんなにやつれてしまわれて」
オスカーが言うと、レオニダスは弾かれるように顔を上げた。
「マルグリットが?」
エルンストやルイスからの報告を受ける時は、以前のように気丈に、そして慈しみ深く微笑んでいるではないか。
「まったく……やっぱり気付いてなかったんですね」
オスカーが呆れると、レオニダスは立ち上がって歩き出そうとしたが、その一歩が踏み込めずにいた。
「オスカー。俺は……マルグリットを愛してる」
「私に言ってどうするんですか」
「マルグリットは妻の務めとして俺を受け入れてくれているのではないのか?」
「ご本人に聞いたらどうですか?そうだと言われたら酒でも付き合って差し上げますよ」
オスカーが言い終わらないうちに、レオニダスは駆け出していた。
雪が降り積もり始めた頃、オスカーが持ってきたのは素晴らしい仕上がりのレースだった。
「習得したのね」
レオンのいない執務室で、マルグリットは少しだけ表情を明るくして、オスカーからレースを受け取った。
繊細な模様が編まれた美しいレースだ。
「これまでのものより糸が細い気がするわ」
マルグリットが言うと、オスカーも頷いた。
「神殿が少しでも利益をあげようと努力した結果でしょうか」
皮肉めいた言い方に、マルグリットは思わず吹き出した。
「レースを作る手間が省けた分、紡績に技術を避けるようになったのですね」
オスカーが言い直すと、マルグリットは微笑んで頷いた。
奥様が笑ってくださった――
オスカーの胸に安堵が広がった。
ここ数日、マルグリットの表情は目に見えて暗かったからだ。
「この細い糸で金糸や銀糸を作ったらどうかしら――見たこともないほど素晴らしいものが仕上がると思わない?」
「なるほど……職人に相談してみます」
「お願い。このレースはわたくしが買わせていただくわ――ヴァルデン初のレースですもの」
マルグリットが愛しげにレースを撫でるのを見て、オスカーは深々と一礼して部屋を出た。
その足は、屋敷の裏に設置された訓練所へと向かっていた。
「またここでしたか」
珍しくオスカーの苛立った声が訓練所に響いた。
冬籠りが始まって7日が経つが、レオニダスはほぼ毎日一日中ここで過ごしている。
「オスカーか。何かあったか」
「何か、ではありませんよ。いつまで逃げてるんです」
オスカーは上着を一枚脱ぐと、木剣を手に取り構えた。
「逃げてなど――」
オスカーの振りかざした剣を跳ね除けると、レオニダスはすぐに剣を構え直した。
「逃げてるでしょうが」
間髪を入れずに上下に振り分けて打ち込むオスカーの剣を、レオニダスは正確に受け止める。
兵を退いて長いというのに、相変わらずこの男の剣は重い。
だが、力ならレオニダスも負けていない。
オスカーは剣を弾き返され、体勢を崩した。
レオニダスがその隙を見逃すはずがなかった。オスカーの脇腹を目掛けて打ち込むが、そこにいるはずのオスカーがいない。
代わりに、何かに足を取られて派手に倒れ込むと、オスカーの憎たらしい顔がレオニダスを覗き込んだ。
「逃げてなければあんな見え透いた隙に引っかからないでしょうが」
憎たらしいのは顔だけではなかった。
「どうしたっていうんです。以前はあんなに番犬みたいに奥様に貼り付いてたってのに」
オスカーはロニから2人が寝室でもよそよそしいのではと報告を受けていた。
流石に寝室こそ分けていないが、確かにここ数日のレオニダスはマルグリットが眠りについてから寝室に行き、彼女が起きる前に部屋を出ていた。
レオニダスは怒られた子供のように、わかりやすく気落ちしている。
「俺が――俺のせいで――」
「私に言わないでください」
オスカーは眉根を寄せてレオニダスを睨んだ。
「心の内などいうものは、相手が誰であれ吐露した途端に軽くなるのです。私相手に軽くなってどうするんです」
オスカーの言葉は尤もだ。
だが――レオニダスは無骨で大きな手を合わせ、持て余すようにもじもじと指を動かしている。
「奥様をご覧になってください。あんなにやつれてしまわれて」
オスカーが言うと、レオニダスは弾かれるように顔を上げた。
「マルグリットが?」
エルンストやルイスからの報告を受ける時は、以前のように気丈に、そして慈しみ深く微笑んでいるではないか。
「まったく……やっぱり気付いてなかったんですね」
オスカーが呆れると、レオニダスは立ち上がって歩き出そうとしたが、その一歩が踏み込めずにいた。
「オスカー。俺は……マルグリットを愛してる」
「私に言ってどうするんですか」
「マルグリットは妻の務めとして俺を受け入れてくれているのではないのか?」
「ご本人に聞いたらどうですか?そうだと言われたら酒でも付き合って差し上げますよ」
オスカーが言い終わらないうちに、レオニダスは駆け出していた。
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