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24.訪問
「私が――ですか?」
トールスはマルグリットの提案に、素直に驚いてみせた。
「ええ。わたくしや旦那様が行くよりは、あなたのように技術を知っている人が行くほうが話を聞いてくれると思うの」
「それは問題ありませんが――」
トールスが言いかけると、ルイスが木のカップに入れた飲み物を、レオン、マルグリット、トールスそれぞれの前に置いた。
マルグリットが、湯気の立つカップを手に取ると、中身は赤いぶどう酒を温めたもののようだが、香りがどことなく違う。
「サンクリットか」
「そうです」
レオンが嬉しそうに言うと、トールスは笑顔で頷いた。
「戦場で体が冷えないように飲んでいたんだ。ぶどう酒に桑の実で作ったシロップを入れてるんだ」
レオンの説明に、マルグリットは微笑んでカップに口を付けると、驚いてトールスとレオンを見た。
「おいしい――わたくし、ぶどう酒は苦手でしたのに、これはとても甘くて美味しいわ」
「ヴァルデンの唯一潤沢にある資源だ。領地の東に桑の森があって、そこの桑の実は俺達の子供の頃の大事な栄養源だったんだ」
レオンが言うと、トールスもルイスも懐かしそうに目を細めて頷いた。
「その桑の実を煮詰めて作った甘味料は、平民のちょっとした贅沢なんです」
「そうなのね。来年はわたくしも作ってみようかしら」
「なら、俺が味見をしてやろう」
マルグリットの言葉に、レオンがすかさず立候補すると、トールスは少しだけ胸が焼けるような気がした。
隣りに座るルイスを見ると、ずっと下を向いている。
それもそのはずだ。
戦場でのレオニダス・ヴァルデン辺境伯は、文字通り悪魔のような男だったのだから。
マルグリットから依頼された3日後。
手配してもらった馬車で目的の場所に到着した。
折れた骨は無事にくっついたが、まだ痛みが残るのと、寝たきりだったせいでうまく歩けなくて杖をついていた。
「バナンさんという方がここにお住まいと聞いてきたのですが」
建物の裏手で物音がするので、トールスが声をかけながら除くと、大小の木片が転がった庭があり、中央には40そこそこの片足の男が座っていた。
「なんだ、お前は」
この男がバナンだと、トールスは確信した。
バナンは薪ほどの大きさの木にノミを立てて首だけをこちらに向けた。
「ヴァルデン辺境伯の遣いで来た、トールスと申します。単刀直入に要件だけお伝えしますが、辺境伯があなたの腕をお借りしたいとお申しです」
「断る。帰れ」
即答すると、バナンはまた手元の木とノミに向き合った。
「話しだけでも聞きませんか」
杖を突きながら近寄ると、散らかった木片に杖が引っかかって、トールスは派手に転んでしまった。
「これは、アイリスですか」
だが、その目の前にあったものを見てトールスは思わず声を上げてしまった。
木片と思っていたその気には、素晴らしく精巧なアイリスの花が彫刻されていたからだ。
「よくみたらこっちはマグノリア!これはオリーブですね……うわぁ!本物みたいだ」
その場に座り込むと、トールスは散らばった木片を集めては感嘆の声をあげていた。
バナンは不思議そうな目でトールスを見たが、すぐに無視することに決めた。
「これ、私に売ってくれませんか」
「は?」
バナンの困惑した顔を見たのはそれ一度きりだった。
「あんた、よく見るんだ。俺は片足だ。仕事なんかできるはずもねぇ」
トールスが通い初めて3日目の朝、ずっとだんまりだったバナンはついに口を開いた。
「でも、義足をつけられてるじゃないですか。それもご自身で作られたんですか?すごいなぁ」
トールスがあっけらかんと言うと、バナンは眉根を寄せて険しい顔を作った。
四肢が欠損するというのは、忌み嫌われる。
バナンも長い間、人目を避けて生きてきた。
なのに、なぜこの男は平気で俺に話しかけるんだ。
「私は戦争で辺境伯様の隊に従軍してました。手足がない人間は見慣れてるんですよ」
トールスは事もなげに言って、続けた。
「主も、奥様もそんなことは気になさいません。特に奥様は、あなたが神殿に贈られた椅子がとてもお気に召しているのです」
バナンが辺境伯家を訪れたのは、それから4日後のことだった。
トールスはマルグリットの提案に、素直に驚いてみせた。
「ええ。わたくしや旦那様が行くよりは、あなたのように技術を知っている人が行くほうが話を聞いてくれると思うの」
「それは問題ありませんが――」
トールスが言いかけると、ルイスが木のカップに入れた飲み物を、レオン、マルグリット、トールスそれぞれの前に置いた。
マルグリットが、湯気の立つカップを手に取ると、中身は赤いぶどう酒を温めたもののようだが、香りがどことなく違う。
「サンクリットか」
「そうです」
レオンが嬉しそうに言うと、トールスは笑顔で頷いた。
「戦場で体が冷えないように飲んでいたんだ。ぶどう酒に桑の実で作ったシロップを入れてるんだ」
レオンの説明に、マルグリットは微笑んでカップに口を付けると、驚いてトールスとレオンを見た。
「おいしい――わたくし、ぶどう酒は苦手でしたのに、これはとても甘くて美味しいわ」
「ヴァルデンの唯一潤沢にある資源だ。領地の東に桑の森があって、そこの桑の実は俺達の子供の頃の大事な栄養源だったんだ」
レオンが言うと、トールスもルイスも懐かしそうに目を細めて頷いた。
「その桑の実を煮詰めて作った甘味料は、平民のちょっとした贅沢なんです」
「そうなのね。来年はわたくしも作ってみようかしら」
「なら、俺が味見をしてやろう」
マルグリットの言葉に、レオンがすかさず立候補すると、トールスは少しだけ胸が焼けるような気がした。
隣りに座るルイスを見ると、ずっと下を向いている。
それもそのはずだ。
戦場でのレオニダス・ヴァルデン辺境伯は、文字通り悪魔のような男だったのだから。
マルグリットから依頼された3日後。
手配してもらった馬車で目的の場所に到着した。
折れた骨は無事にくっついたが、まだ痛みが残るのと、寝たきりだったせいでうまく歩けなくて杖をついていた。
「バナンさんという方がここにお住まいと聞いてきたのですが」
建物の裏手で物音がするので、トールスが声をかけながら除くと、大小の木片が転がった庭があり、中央には40そこそこの片足の男が座っていた。
「なんだ、お前は」
この男がバナンだと、トールスは確信した。
バナンは薪ほどの大きさの木にノミを立てて首だけをこちらに向けた。
「ヴァルデン辺境伯の遣いで来た、トールスと申します。単刀直入に要件だけお伝えしますが、辺境伯があなたの腕をお借りしたいとお申しです」
「断る。帰れ」
即答すると、バナンはまた手元の木とノミに向き合った。
「話しだけでも聞きませんか」
杖を突きながら近寄ると、散らかった木片に杖が引っかかって、トールスは派手に転んでしまった。
「これは、アイリスですか」
だが、その目の前にあったものを見てトールスは思わず声を上げてしまった。
木片と思っていたその気には、素晴らしく精巧なアイリスの花が彫刻されていたからだ。
「よくみたらこっちはマグノリア!これはオリーブですね……うわぁ!本物みたいだ」
その場に座り込むと、トールスは散らばった木片を集めては感嘆の声をあげていた。
バナンは不思議そうな目でトールスを見たが、すぐに無視することに決めた。
「これ、私に売ってくれませんか」
「は?」
バナンの困惑した顔を見たのはそれ一度きりだった。
「あんた、よく見るんだ。俺は片足だ。仕事なんかできるはずもねぇ」
トールスが通い初めて3日目の朝、ずっとだんまりだったバナンはついに口を開いた。
「でも、義足をつけられてるじゃないですか。それもご自身で作られたんですか?すごいなぁ」
トールスがあっけらかんと言うと、バナンは眉根を寄せて険しい顔を作った。
四肢が欠損するというのは、忌み嫌われる。
バナンも長い間、人目を避けて生きてきた。
なのに、なぜこの男は平気で俺に話しかけるんだ。
「私は戦争で辺境伯様の隊に従軍してました。手足がない人間は見慣れてるんですよ」
トールスは事もなげに言って、続けた。
「主も、奥様もそんなことは気になさいません。特に奥様は、あなたが神殿に贈られた椅子がとてもお気に召しているのです」
バナンが辺境伯家を訪れたのは、それから4日後のことだった。
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