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25.変化
バナンの義足は、マルグリットにも予想していなかったことだった。
「とても素晴らしいわ――あなたは歩けるのね」
マルグリットは、バナンの義足を見て嬉しそうに声を上げた。
バナンは困惑していた。
もう二度とトールスを寄越すな、自分はもう二度と工房に入る気はないのだと言いに来たのに、この若くて美しい奥方は、バナンの足を見ても眉一つ動かさないどころか、とても興味津々に義足について尋ねてきた。
「ね……粘土で足の形を取るんです。それに合わせて台座になる木を削って作るんで、多少時間はかかりますが、やり方さえ覚えればそんなに難しいこったありません」
「そうなのね。旦那様から戦争で足を無くした人たちも少なくないと聞いたの。あなたの技術があれば、その人達も歩けるようになるのね。――ありがとう」
目に涙を溜めて礼を言う奥方に、バナンは「お任せください」としか言うことができなかった。
「奥様は人を動かすのが本当にうまい」
使用人の休憩室で茶を飲みながら、オスカーはゆっくりと息を吐いた。
バナンとのやり取りは計算だったのか、それとも奥様の素の行動だったのか、探るだけ無駄なのだ。
どうだったとしても、結果的に奥様は欲しいものを手に入れられたのだから。
「奥様は人を見る力がおありなのですわ」
隣りに座っていたロニが自慢気に言うと、オスカーはロニの目を見て「それは間違いない」と笑った。
ロニはその視線がどことなく、くすぐったくて居心地が悪かったが、ここから逃げ出したいとは思わなかった。
気まずい沈黙が流れたが、気がつくとオスカーの右手が、ロニの左手の上に重ねられていた。
雪は次第に降る日を減らしていた。
バナンは鍛治屋と隣接する工房と、10人の弟子を与えられて木工の技術指導と義足作りに勤しんでいた。
一人で試行錯誤を重ねた日々と違い、弟子や鍛冶職人とのやり取りの中で新たな気付きを得て試行錯誤を繰り返すうちに、なぜ自分はあそこまで意固地になっていたのだろうと不思議に思うほど、バナンは毎日が楽しくなっていた。
「君は叡智の女神だと思っていたが、春の女神だったのかもしれない」
二人きりになった寝室で、レオニダスは妻の体を抱きしめると、耳元で囁いた。
栗色の髪を撫で耳元で囁くと、マルグリットは少女のように頬を赤らめて顔を伏せる。
執務室で見せる凛とした表情もいいが、レオニダスだけが知るこの顔を見ることができるのは、夫の特権だと、レオニダスは満足していた。
何度唇を重ねても、体を重ねても、マルグリットは特別だった。
マルグリットもまた、レオニダスの存在に安心していた。
まだ寒いからと、領地の視察を買って出てくれるのはありがたいのだが、夫の帰りが遅いと不安になるし、帰ってきた姿を見ると泣きたくなるほど安心する自分に、まだ戸惑っていた。
こうやって夜になると、マルグリットから離れるのが惜しいと言わんばかりに、しきりに彼女を抱きしめて離さない夫を見ると、マルグリットはこれが愛なのだと実感した。
変わらない日々がとても愛しく、幸せだった。
その日々に変化をもたらしたのは、一つは柔らかくなった雪を掻き分けてやってきた男だった。
「私は東方の国で養蚕を営んでおりまして――養蚕というのは、平たく言うと絹の製造でございます」
訛の強い言葉で、男は挨拶もそこそこに話し始めた。
「絹というのは、蚕という虫が吐く繭糸を紡いだものなのですが、その糸の原料が桑の葉なのです」
男は、この領地の桑の葉の品質に惚れ込み、桑畑を作らせてほしいと願い出てきたのだ。
絹は非常に高価だ。マルグリットでさえ、仕立て上げたドレスと、持参金に持たされた一巻の生地しか持っていない。
男は年に金貨150枚の地代を提示してきた。
毛皮や羊毛の収入が見込めるとはいえ、かなりの投資をしたあとだ。それだけあればかなり助かる。
だが、マルグリットはすぐに承諾しようとしたレオンを止めて、その男を一旦帰らせた。
「悪い話ではないだろ」
レオンが言ったが、マルグリットは「少しだけ考えさせてくださいまし」とだけ答えてレオンを黙らせた。
もう一つの変化は、その3日後に届いた王家からの信書だった。
執務室でそれを受け取ったレオン――いや、レオニダス・ヴァルデン辺境伯は怒りで信書を破り捨てた。
「王家はなんと?」
マルグリットが珍しく恐る恐る尋ねると、レオニダスは肩で息をしていた自分に気がついた。
そして、なるべく優しく言おうと努力したが、駄目だった。
「王都で幽閉しているルセンディア伯爵をこの地に移送すると言ってきた」
「とても素晴らしいわ――あなたは歩けるのね」
マルグリットは、バナンの義足を見て嬉しそうに声を上げた。
バナンは困惑していた。
もう二度とトールスを寄越すな、自分はもう二度と工房に入る気はないのだと言いに来たのに、この若くて美しい奥方は、バナンの足を見ても眉一つ動かさないどころか、とても興味津々に義足について尋ねてきた。
「ね……粘土で足の形を取るんです。それに合わせて台座になる木を削って作るんで、多少時間はかかりますが、やり方さえ覚えればそんなに難しいこったありません」
「そうなのね。旦那様から戦争で足を無くした人たちも少なくないと聞いたの。あなたの技術があれば、その人達も歩けるようになるのね。――ありがとう」
目に涙を溜めて礼を言う奥方に、バナンは「お任せください」としか言うことができなかった。
「奥様は人を動かすのが本当にうまい」
使用人の休憩室で茶を飲みながら、オスカーはゆっくりと息を吐いた。
バナンとのやり取りは計算だったのか、それとも奥様の素の行動だったのか、探るだけ無駄なのだ。
どうだったとしても、結果的に奥様は欲しいものを手に入れられたのだから。
「奥様は人を見る力がおありなのですわ」
隣りに座っていたロニが自慢気に言うと、オスカーはロニの目を見て「それは間違いない」と笑った。
ロニはその視線がどことなく、くすぐったくて居心地が悪かったが、ここから逃げ出したいとは思わなかった。
気まずい沈黙が流れたが、気がつくとオスカーの右手が、ロニの左手の上に重ねられていた。
雪は次第に降る日を減らしていた。
バナンは鍛治屋と隣接する工房と、10人の弟子を与えられて木工の技術指導と義足作りに勤しんでいた。
一人で試行錯誤を重ねた日々と違い、弟子や鍛冶職人とのやり取りの中で新たな気付きを得て試行錯誤を繰り返すうちに、なぜ自分はあそこまで意固地になっていたのだろうと不思議に思うほど、バナンは毎日が楽しくなっていた。
「君は叡智の女神だと思っていたが、春の女神だったのかもしれない」
二人きりになった寝室で、レオニダスは妻の体を抱きしめると、耳元で囁いた。
栗色の髪を撫で耳元で囁くと、マルグリットは少女のように頬を赤らめて顔を伏せる。
執務室で見せる凛とした表情もいいが、レオニダスだけが知るこの顔を見ることができるのは、夫の特権だと、レオニダスは満足していた。
何度唇を重ねても、体を重ねても、マルグリットは特別だった。
マルグリットもまた、レオニダスの存在に安心していた。
まだ寒いからと、領地の視察を買って出てくれるのはありがたいのだが、夫の帰りが遅いと不安になるし、帰ってきた姿を見ると泣きたくなるほど安心する自分に、まだ戸惑っていた。
こうやって夜になると、マルグリットから離れるのが惜しいと言わんばかりに、しきりに彼女を抱きしめて離さない夫を見ると、マルグリットはこれが愛なのだと実感した。
変わらない日々がとても愛しく、幸せだった。
その日々に変化をもたらしたのは、一つは柔らかくなった雪を掻き分けてやってきた男だった。
「私は東方の国で養蚕を営んでおりまして――養蚕というのは、平たく言うと絹の製造でございます」
訛の強い言葉で、男は挨拶もそこそこに話し始めた。
「絹というのは、蚕という虫が吐く繭糸を紡いだものなのですが、その糸の原料が桑の葉なのです」
男は、この領地の桑の葉の品質に惚れ込み、桑畑を作らせてほしいと願い出てきたのだ。
絹は非常に高価だ。マルグリットでさえ、仕立て上げたドレスと、持参金に持たされた一巻の生地しか持っていない。
男は年に金貨150枚の地代を提示してきた。
毛皮や羊毛の収入が見込めるとはいえ、かなりの投資をしたあとだ。それだけあればかなり助かる。
だが、マルグリットはすぐに承諾しようとしたレオンを止めて、その男を一旦帰らせた。
「悪い話ではないだろ」
レオンが言ったが、マルグリットは「少しだけ考えさせてくださいまし」とだけ答えてレオンを黙らせた。
もう一つの変化は、その3日後に届いた王家からの信書だった。
執務室でそれを受け取ったレオン――いや、レオニダス・ヴァルデン辺境伯は怒りで信書を破り捨てた。
「王家はなんと?」
マルグリットが珍しく恐る恐る尋ねると、レオニダスは肩で息をしていた自分に気がついた。
そして、なるべく優しく言おうと努力したが、駄目だった。
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