27 / 50
27.采配
「水路の修復作業が開始いたしました。この調子でしたら、雪解けが終わる頃には水を流し入れられます」
オスカーの報告を聞いて、レオンとマルグリットは満足げな顔をしている。
現場に復帰したトールスから送られてきた報告書には、水路の他にも橋や道路の修復が完了間近だとも書かれてあった。
「このまま順調に行けば、橋の開通式でルセンディア伯爵を迎えることになりそうだな」
忌々しいと言いたげだったが、一時期のような激情は感じられない。
屋敷の改修が進むにつれ、レオンも現実を受け入れているのだろう。
ルセンディア伯爵の身柄の引受時の警備計画や、屋敷の警備体制に日々頭を悩ませているのは、マルグリットが一番よく知っている。
「ある意味、隣国に対してよい印象付けとなるのではないでしょうか」
マルグリットがレオンの膝に手を置くと、レオンはマルグリットに微笑んだ。
オスカーの目にも、この二人は冬を超えて仲睦まじい夫婦になったと映る。
事実、マルグリットが有能であることを、レオニダスは一切忌避せず、むしろ隙があればオスカーに惚気けるほどだ。
「レースの糸だけど――」
報告が終わると、マルグリットはオスカーを見た。
「金糸、銀糸の製造も神殿に主体で行うようお伝えして」
「奥様?――それだと我々の取り分が大きく減ることになります」
「いや、オスカー」
レオンは確信めいた顔でマルグリットを見つめた。
マルグリットは、夫の成長と信頼に満足すると、続けた。
「神殿にも利益がなければ、この関係は破綻してしまいますわ――そうでしょう?」
「なるほど――」
レオンが感嘆すると、オスカーも続いた。
「たしかにそうでございますね。どうも手持ちが薄くなりますと、目先の金ばかりに気がいってしまいます」
借金と恩は返せるだけにしろ――いつかマルグリットが言った言葉をオスカーは思い出していた。
あれは、自分が借りるときの言葉なのだ。貸すときは――もちろんそうではない。
訛の強い男がやってきたのは、最初に訪問してからちょうど1週間目のことだった。
「ノーマンさん」
客間に入ってきたマルグリットが呼ぶと、男はびっくりして奥方を見た。
貴族の女性が平民の自分を「さん」を付けて呼ぶことなどあり得ないからだ。
「この度は再三のご面会をお許しいただき――」
ノーマンは深々と頭を下げると、勧められるままに椅子に腰を下ろした。
座り心地のいい椅子は、ノーマンを少しだけ立派にしたような気がして、ノーマンは背筋を伸ばした。
「とてもいい椅子ですな」
「ええ。我が領の木工職人が手掛けたの。これから先の我が領の名産になるはずよ」
自慢気に微笑む姿は、やはり年若い女性なのだろう。
隣りに座る辺境伯は、見た目こそ怖いが先日のやり取りで、この奥方の尻に敷かれていることはお見通しだった。
さしずめ、若く美しい妻をもらったから、嫌われないよう必死でご機嫌を取っているのだろう。
ノーマンは素早く頭の中でアバカスのコマを弾いていた。
「桑畑については、許可いたしますわ。東の桑の群生地周辺の土地をお貸しします」
ノーマンは内心でほくそ笑みながら、頭を下げた。
「ただし、こちらからも条件がありますの」
「条件、ですか」
ノーマンは、奥方の隣で黙ったまま座っている辺境伯をちらりと見た。何も言わないところを見ると、辺境伯も承知していることらしい。
「ええ。その条件を飲んでくれるのなら、桑畑は無料でお貸ししますわ。もちろん、整備も我が辺境伯家が行って差し上げますわ」
願ってもない申し出だが、代償はなんだろう。
毎年絹を一巻程度寄越せというのなら、十分にお釣りが出る。
ノーマンは満面の笑みで尋ねた。
「その条件をお教えいただけますか」
「とても簡単よ。この地で養蚕を行ってほしいの」
ノーマンは、頭の中で弾いていたアバカスの駒が飛び散るのがわかった。
オスカーの報告を聞いて、レオンとマルグリットは満足げな顔をしている。
現場に復帰したトールスから送られてきた報告書には、水路の他にも橋や道路の修復が完了間近だとも書かれてあった。
「このまま順調に行けば、橋の開通式でルセンディア伯爵を迎えることになりそうだな」
忌々しいと言いたげだったが、一時期のような激情は感じられない。
屋敷の改修が進むにつれ、レオンも現実を受け入れているのだろう。
ルセンディア伯爵の身柄の引受時の警備計画や、屋敷の警備体制に日々頭を悩ませているのは、マルグリットが一番よく知っている。
「ある意味、隣国に対してよい印象付けとなるのではないでしょうか」
マルグリットがレオンの膝に手を置くと、レオンはマルグリットに微笑んだ。
オスカーの目にも、この二人は冬を超えて仲睦まじい夫婦になったと映る。
事実、マルグリットが有能であることを、レオニダスは一切忌避せず、むしろ隙があればオスカーに惚気けるほどだ。
「レースの糸だけど――」
報告が終わると、マルグリットはオスカーを見た。
「金糸、銀糸の製造も神殿に主体で行うようお伝えして」
「奥様?――それだと我々の取り分が大きく減ることになります」
「いや、オスカー」
レオンは確信めいた顔でマルグリットを見つめた。
マルグリットは、夫の成長と信頼に満足すると、続けた。
「神殿にも利益がなければ、この関係は破綻してしまいますわ――そうでしょう?」
「なるほど――」
レオンが感嘆すると、オスカーも続いた。
「たしかにそうでございますね。どうも手持ちが薄くなりますと、目先の金ばかりに気がいってしまいます」
借金と恩は返せるだけにしろ――いつかマルグリットが言った言葉をオスカーは思い出していた。
あれは、自分が借りるときの言葉なのだ。貸すときは――もちろんそうではない。
訛の強い男がやってきたのは、最初に訪問してからちょうど1週間目のことだった。
「ノーマンさん」
客間に入ってきたマルグリットが呼ぶと、男はびっくりして奥方を見た。
貴族の女性が平民の自分を「さん」を付けて呼ぶことなどあり得ないからだ。
「この度は再三のご面会をお許しいただき――」
ノーマンは深々と頭を下げると、勧められるままに椅子に腰を下ろした。
座り心地のいい椅子は、ノーマンを少しだけ立派にしたような気がして、ノーマンは背筋を伸ばした。
「とてもいい椅子ですな」
「ええ。我が領の木工職人が手掛けたの。これから先の我が領の名産になるはずよ」
自慢気に微笑む姿は、やはり年若い女性なのだろう。
隣りに座る辺境伯は、見た目こそ怖いが先日のやり取りで、この奥方の尻に敷かれていることはお見通しだった。
さしずめ、若く美しい妻をもらったから、嫌われないよう必死でご機嫌を取っているのだろう。
ノーマンは素早く頭の中でアバカスのコマを弾いていた。
「桑畑については、許可いたしますわ。東の桑の群生地周辺の土地をお貸しします」
ノーマンは内心でほくそ笑みながら、頭を下げた。
「ただし、こちらからも条件がありますの」
「条件、ですか」
ノーマンは、奥方の隣で黙ったまま座っている辺境伯をちらりと見た。何も言わないところを見ると、辺境伯も承知していることらしい。
「ええ。その条件を飲んでくれるのなら、桑畑は無料でお貸ししますわ。もちろん、整備も我が辺境伯家が行って差し上げますわ」
願ってもない申し出だが、代償はなんだろう。
毎年絹を一巻程度寄越せというのなら、十分にお釣りが出る。
ノーマンは満面の笑みで尋ねた。
「その条件をお教えいただけますか」
「とても簡単よ。この地で養蚕を行ってほしいの」
ノーマンは、頭の中で弾いていたアバカスの駒が飛び散るのがわかった。
あなたにおすすめの小説
皇太子殿下は、幼なじみの頬しか触らない
由香
恋愛
後宮には、美しい妃が大勢いる。
けれど皇太子・曜は、誰にも触れないことで有名だった。
――ただ一人を除いて。
幼なじみの侍女・翠玉。
彼女の頬だけは、毎日のようにつつき、摘まみ、抱き寄せる。
「殿下、見られてます!」
「構わない」
後宮中が噂する。
『皇太子は侍女に溺れている』
けれど翠玉はまだ知らない。
それが幼なじみの距離ではなく、皇太子の独占欲だということを。
恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました
あい
恋愛
両親を失ったあの日、
赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。
それが、アリア。
世間からは「若い母」と呼ばれながらも、
彼女は否定しなかった。
十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。
恋も未来も、すべて後回し。
けれど弟は成長し、ついに巣立つ。
「今度は、自分の人生を生きて」
その一言が、
止まっていた時間を動かした。
役目を終えた夜。
アリアは初めて、自分のために扉を開く。
向かった先は、婚姻仲介所。
愛を求めたわけではない。
ただ、このまま立ち止まりたくなかった。
――けれどその名前は、
結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。
これは、
十六年“母”だった女性が、
もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝🌹グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
そう名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
✴️設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
✴️稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。
その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。
婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。
孤独な結婚生活を送る中。
ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。
始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。
他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。
そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。
だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。
それから一年ほどたった冬の夜。
カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
2月11日 第一章完結
2月15日 第二章スタート予定