辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた

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27.采配

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「水路の修復作業が開始いたしました。この調子でしたら、雪解けが終わる頃には水を流し入れられます」
 オスカーの報告を聞いて、レオンとマルグリットは満足げな顔をしている。
 現場に復帰したトールスから送られてきた報告書には、水路の他にも橋や道路の修復が完了間近だとも書かれてあった。
「このまま順調に行けば、橋の開通式でルセンディア伯爵を迎えることになりそうだな」
 忌々しいと言いたげだったが、一時期のような激情は感じられない。
 屋敷の改修が進むにつれ、レオンも現実を受け入れているのだろう。
 ルセンディア伯爵の身柄の引受時の警備計画や、屋敷の警備体制に日々頭を悩ませているのは、マルグリットが一番よく知っている。
「ある意味、隣国に対してよい印象付けとなるのではないでしょうか」
 マルグリットがレオンの膝に手を置くと、レオンはマルグリットに微笑んだ。
 オスカーの目にも、この二人は冬を超えて仲睦まじい夫婦になったと映る。
 事実、マルグリットが有能であることを、レオニダスは一切忌避せず、むしろ隙があればオスカーに惚気けるほどだ。
「レースの糸だけど――」
 報告が終わると、マルグリットはオスカーを見た。
「金糸、銀糸の製造も神殿に主体で行うようお伝えして」
「奥様?――それだと我々の取り分が大きく減ることになります」
「いや、オスカー」
 レオンは確信めいた顔でマルグリットを見つめた。
 マルグリットは、夫の成長と信頼に満足すると、続けた。
「神殿にも利益がなければ、この関係は破綻してしまいますわ――そうでしょう?」
「なるほど――」
 レオンが感嘆すると、オスカーも続いた。
「たしかにそうでございますね。どうも手持ちが薄くなりますと、目先の金ばかりに気がいってしまいます」
 借金と恩は返せるだけにしろ――いつかマルグリットが言った言葉をオスカーは思い出していた。
 あれは、自分が借りるときの言葉なのだ。貸すときは――もちろんそうではない。

 訛の強い男がやってきたのは、最初に訪問してからちょうど1週間目のことだった。
「ノーマンさん」
 客間に入ってきたマルグリットが呼ぶと、男はびっくりして奥方を見た。
 貴族の女性が平民の自分を「さん」を付けて呼ぶことなどあり得ないからだ。
「この度は再三のご面会をお許しいただき――」
 ノーマンは深々と頭を下げると、勧められるままに椅子に腰を下ろした。
 座り心地のいい椅子は、ノーマンを少しだけ立派にしたような気がして、ノーマンは背筋を伸ばした。
「とてもいい椅子ですな」
「ええ。我が領の木工職人が手掛けたの。これから先の我が領の名産になるはずよ」
 自慢気に微笑む姿は、やはり年若い女性なのだろう。
 隣りに座る辺境伯は、見た目こそ怖いが先日のやり取りで、この奥方の尻に敷かれていることはお見通しだった。
 さしずめ、若く美しい妻をもらったから、嫌われないよう必死でご機嫌を取っているのだろう。
 ノーマンは素早く頭の中でアバカスのコマを弾いていた。
「桑畑については、許可いたしますわ。東の桑の群生地周辺の土地をお貸しします」
 ノーマンは内心でほくそ笑みながら、頭を下げた。
「ただし、こちらからも条件がありますの」
「条件、ですか」
 ノーマンは、奥方の隣で黙ったまま座っている辺境伯をちらりと見た。何も言わないところを見ると、辺境伯も承知していることらしい。
「ええ。その条件を飲んでくれるのなら、桑畑は無料でお貸ししますわ。もちろん、整備も我が辺境伯家が行って差し上げますわ」
 願ってもない申し出だが、代償はなんだろう。
 毎年絹を一巻程度寄越せというのなら、十分にお釣りが出る。
 ノーマンは満面の笑みで尋ねた。
「その条件をお教えいただけますか」
「とても簡単よ。この地で養蚕を行ってほしいの」
 ノーマンは、頭の中で弾いていたアバカスの駒が飛び散るのがわかった。
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