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30.欲望
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補修が完了した橋は素晴らしい出来だった。
切り出した石が寸分の狂いもなく積まれ、橋脚は美しいアーチ型を成している。
トールスの設計は実に見事だと、レオニダスは感心した。
戦争中もトールスは塹壕を掘り、砦を建築し、橋を架けた。
器用な男だと思っていたが、レースの図案まで作ってしまうのだから、類稀なる才能があったと言うべきなのだろう。
「才能なんて大袈裟ですよ。私がやってることは、誰かが見出した技術をお借りしてほんのちょっと手を加えてるだけに過ぎません。レースの図案だってそうです。どうやって編んでるかがわかったから、線をつなげて絵を描いてみただけなんですよ」
いつか褒めたときに、トールスはこともなげに言っていたが、だからといって誰もができるわけではない。
トールスは謙虚な男なのだ。
レオニダスはトールスの給料に図案の使用料を載せようと提案して断られたことを思い出した。
「私は絵を描いただけです。こうやって紙までいただけてるんですから、十分ですよ」
欲もない。だから神々はトールスに才能を与えたのかもしれない。
それに比べて、自分は――レオニダスは手を見た。
ゴツゴツと剣だこと傷だらけの無骨で野蛮な手だ。
子供の頃から全ての選択を奪われ、ひたすら剣を振ってきた。
他の子供のように甘えたかったが、「戦争が終わるまでは何も求めてはいけない」と亡き父に叱られた。
「僕が戦争を終わらせたら、愛してくださいますか?」
15歳の時だった。勇気を出して尋ねたレオニダスに、父は目を見開き言葉を飲み込んだ。
レオニダスの頭上に父の手が伸びた時、レオニダスは殴られると身構えたが、次の瞬間父の大きな手がレオニダスの頭を掴むように撫でた。
それだけだった。
愛し方を知らない、不器用な人だったのかもしれないと、今なら思える。
だが、レオニダスはその温もりだけを胸に戦場で戦った。
小さかった体は、誰よりも大きくなり、力も強くなった。
敵の剣がレオニダスに届く前に、レオニダスの剣が敵の首を掻き切っていた。
17歳になる頃には、ヴァルデンはやや優勢に傾いていた。
戦争を終わらせたい。
そしてもう一度父に頭を撫でてほしい。
心の弱い母の笑顔を見たい。
その一心だった。
50年近く続く戦争に、隣国もヴァルデンも疲弊していた。
冬が近づき、雪が降ると戦わなくていいのだと、レオニダスもほっと息を吐いた。
なぜ戦場で気を抜いたのかはわからなかった。ただ、疲れていたのだろう。
レオニダスの横をかすめた矢が、後ろにいた父の喉を射抜いた。
その矢を射たのは、アーサー・ルセンディアだった。
「辺境伯様、もうしばらくで馬車が到着します」
家臣の声で、レオニダスは我に返った。
思い出したくないことを思い出したが、心は落ち着いている。
ここ数日、マルグリットはレオンに甘えるような言動を繰り返していた。
そしていつも言ってくれる。レオニダスの頬を撫でながら「わたくしも、愛しています」と。
きっと俺は欲をかきすぎたのだ。
戦争を終わらせたいと強く願いすぎた。
だから神は俺に領地を立て直すだけの才能を与えてくれなかった。
だが――
レオニダスは橋の向こうを見つめた。
神は俺にマルグリットというかけがえのない才能を与えてくれた。
そして、最も欲した愛を――
馬車は静かに近づいてきた。
その橋を渡ればヴァルデン領に入る。
お前は、またここに来たのだな。
レオニダスは瞬きもせずに馬車を見つめていた。
馬車はゆっくりと橋を超えると、レオニダスの前で止まった。
「レオニダス・アーサー・グレイフォード=ヴァルデン辺境伯閣下に申し伝えます。グリニア国アーサー・ルセンディア伯爵をお引渡しいたします」
切り出した石が寸分の狂いもなく積まれ、橋脚は美しいアーチ型を成している。
トールスの設計は実に見事だと、レオニダスは感心した。
戦争中もトールスは塹壕を掘り、砦を建築し、橋を架けた。
器用な男だと思っていたが、レースの図案まで作ってしまうのだから、類稀なる才能があったと言うべきなのだろう。
「才能なんて大袈裟ですよ。私がやってることは、誰かが見出した技術をお借りしてほんのちょっと手を加えてるだけに過ぎません。レースの図案だってそうです。どうやって編んでるかがわかったから、線をつなげて絵を描いてみただけなんですよ」
いつか褒めたときに、トールスはこともなげに言っていたが、だからといって誰もができるわけではない。
トールスは謙虚な男なのだ。
レオニダスはトールスの給料に図案の使用料を載せようと提案して断られたことを思い出した。
「私は絵を描いただけです。こうやって紙までいただけてるんですから、十分ですよ」
欲もない。だから神々はトールスに才能を与えたのかもしれない。
それに比べて、自分は――レオニダスは手を見た。
ゴツゴツと剣だこと傷だらけの無骨で野蛮な手だ。
子供の頃から全ての選択を奪われ、ひたすら剣を振ってきた。
他の子供のように甘えたかったが、「戦争が終わるまでは何も求めてはいけない」と亡き父に叱られた。
「僕が戦争を終わらせたら、愛してくださいますか?」
15歳の時だった。勇気を出して尋ねたレオニダスに、父は目を見開き言葉を飲み込んだ。
レオニダスの頭上に父の手が伸びた時、レオニダスは殴られると身構えたが、次の瞬間父の大きな手がレオニダスの頭を掴むように撫でた。
それだけだった。
愛し方を知らない、不器用な人だったのかもしれないと、今なら思える。
だが、レオニダスはその温もりだけを胸に戦場で戦った。
小さかった体は、誰よりも大きくなり、力も強くなった。
敵の剣がレオニダスに届く前に、レオニダスの剣が敵の首を掻き切っていた。
17歳になる頃には、ヴァルデンはやや優勢に傾いていた。
戦争を終わらせたい。
そしてもう一度父に頭を撫でてほしい。
心の弱い母の笑顔を見たい。
その一心だった。
50年近く続く戦争に、隣国もヴァルデンも疲弊していた。
冬が近づき、雪が降ると戦わなくていいのだと、レオニダスもほっと息を吐いた。
なぜ戦場で気を抜いたのかはわからなかった。ただ、疲れていたのだろう。
レオニダスの横をかすめた矢が、後ろにいた父の喉を射抜いた。
その矢を射たのは、アーサー・ルセンディアだった。
「辺境伯様、もうしばらくで馬車が到着します」
家臣の声で、レオニダスは我に返った。
思い出したくないことを思い出したが、心は落ち着いている。
ここ数日、マルグリットはレオンに甘えるような言動を繰り返していた。
そしていつも言ってくれる。レオニダスの頬を撫でながら「わたくしも、愛しています」と。
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だが――
レオニダスは橋の向こうを見つめた。
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そして、最も欲した愛を――
馬車は静かに近づいてきた。
その橋を渡ればヴァルデン領に入る。
お前は、またここに来たのだな。
レオニダスは瞬きもせずに馬車を見つめていた。
馬車はゆっくりと橋を超えると、レオニダスの前で止まった。
「レオニダス・アーサー・グレイフォード=ヴァルデン辺境伯閣下に申し伝えます。グリニア国アーサー・ルセンディア伯爵をお引渡しいたします」
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