辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた

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32.覚知

 春になって3度目の交渉で、レオニダスはランバート男爵を返還することを提案した。
「金貨400だ。そちらにも重要な人物なのだろう?」
「なんのことだ」
「俺の勘だ。400出せばすぐに返してやる」
 大使の慌てようを見る限り、マルグリットの情報は正しいのだろう。
「男爵は200だと言ったのはそっちだ」
 大使の言葉に、レオニダスは鼻で嘲笑ってみせた。
「ただの男爵ならな。だが、ランバートは違う、だろ?」
「――私の一存では……持ち帰らせてくれ」
「構わんが、早くしたほうがいいぞ。捕虜は生きてるからこそ価値があるんだ。俺達にも、お前たちにも――だろ?」
 レオニダスの言葉は、大使の意見を変えるには十分だった。

「ランバート男爵がルセンディア伯爵の乳兄弟だったとは――そんな情報どこからもなかったぞ」
 国務大臣の要望で、レオニダスは同じ馬車で領地に戻ることになった。
 どんな手を使ったとしつこく聞く国務大臣に、レオニダスは正直に答えた。
「つくづく君は運がいいな」
 話を聞き終えると、国務大臣は背もたれに背中を埋めさせて、大きく息を吐いた。
「しかし、王都でも何人もがあのルセンディア伯爵の口を割らせようと挑戦していたのだぞ。どんな女をあてがっても無駄だった」
「大臣、言葉に気をつけるんです。いくらあなたでも妻を侮辱したら――」
 レオニダスの表情と声には、隠す気もない怒気が混じっていた。
「すまない――そういうつもりでは」
 国務大臣の言わんとすることは、レオニダスにもわかっていた。

 ルセンディア伯爵がマルグリットと茶をしたいと要望した時、レオニダスは反対しようとしたが、その前にマルグリットは誘いに応じてしまっていた。
 部屋を訪れると、扉を開けたまま入るマルグリットに、アーサーには「寒いんだ。戸を閉めてくれないか」と言った。
「わたくしはヴァルデン辺境伯の妻でございます。夫の名誉を損なうわけにはまいりません」
 マルグリットの返事に、アーサーは満足したようで、狐のガウンを大事そうに羽織った。
 初回の会話はその程度だった。
 アーサーはマルグリットとの茶の時間が楽しみなようだったが、それはあくまで「レオニダス・ヴァルデン辺境伯の妻」への興味に他ならないことは、当事者であるマルグリットにはよくわかっていた。
「この国の道路事情はどうなってるのかね」
 5日目の愚痴は移送時の馬車の愚痴だった。
「グリニア国では道路はとても綿密に整備されていると伺いましたわ」
「ああ。道路こそ軍略の要とうるさい奴がいてね――君はりんごを知っているかな」
「ええ。このヴァルデンにもいくつかりんごの木はありますので」
「りんごと言うのは硬いくせに脆くてね――子供の頃に乳兄弟と城にあるりんごを盗んでは荷車で売りに行ったものさ」
 マルグリットが興味深くその話を聞くと、アーサーは気分が良くなったのか続けた。
「だが、当時は道がこの国ようにひどくてね――りんごが傷だらけになってしまった。おかげで二束三文で買い叩かれたよ」
「まあ――」
 マルグリットはにこりと微笑んだ。

「それだけか?」
 国務大臣は驚いてレオニダスを見つめた。
「はい?」
「それだけの会話で、ランバート男爵がルセンディア伯爵の乳兄弟と見抜いたのか」
 レオニダスはどうして国務大臣が驚いているのかわからなかった。
 ランバート男爵といえば、軍略を担う男だった。
 ルセンディア伯爵の神出鬼没な作戦を考案していたのは、ランバート男爵であることは、相まみえたからこそわかることだった。
 だから、レオニダスもルセンディア伯爵の昔話をマルグリットに聞かされて、確信したのだ。
「大臣。人というのは話を誤魔化す時、まるで違う話をするようでも、その核心からずれることはそうそうないのですよ」
 これはマルグリットの受け売りだった。
 男爵の身柄の引き渡しは、4日後に行われた。
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