辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた

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33.訃報

 居心地のいい部屋で、アーサー・ルセンディア伯爵は一片の紙に目を通していた。
 走り書きの文字は、懐かしい乳兄弟のものだった。
『君が早く国に戻れるよう祈っている』
 震えながらも美しい字体で書かれたその紙を、アーサーはそっと懐にしまい込んだ。
 ランバート男爵の訃報が届いたのは、その翌週だった。

 グリニア国が負けたのは、簡単な理由だった。
 ランバート男爵とルセンディア伯爵がレオニダス・ヴァルデン辺境伯に捕らえられたせいだ。
 雪の降り積もる中、白狐の毛皮を被って陣に奇襲を仕掛けてきた戦法は見事だった。
 もちろん、アーサー達とて奇襲を警戒しなかったわけではない。
 凍てつく川を背に陣を取ったのは、そのためだ。
 だが、指先を付けるだけで凍てついてしまうような川を歩いて上がって来るなど、誰が予想できただろうか。
 10年もの間、戦ってきたレオニダス・ヴァルデン辺境伯という男を、アーサーはまだ良くわかっていなかったのだ。
 ランバート男爵に庇われなければ、死んでいたのはアーサーだったかもしれない。
 ヴァルデン辺境伯は一人で奇襲を仕掛けると、20人もの兵を一人で倒してアーサー達の元へ辿り着いた。
 応援のヴァルデン軍が到着する頃には、アーサーはもう捕らえられていたのだった。

 よもやあの怪我で3年も生き延びるとは思っていなかったが、故郷に変えるという執念だったのだろう。
 故郷に帰った安心からか、数日で息を引き取ったと、手紙には書かれてあった。
「返事を書きたい――本国への手紙は許されている。そうだろう?」
 ヴァルデン辺境伯が用意した侍従は、素直に頷くと部屋を出た。
 残された女中に、アーサーは視線を送った。
「ソフィー……」
 細い声で女中の名を呼ぶと、中肉中背の平凡な顔立ちをしたソフィーは、いつものように頬を赤く染めながらそっとアーサーの隣に立った。
「私の乳兄弟が亡くなったのだ。慰めてくれ」
 ソフィーの腰に腕を回すと、ソフィーは「アーサー様……」と小さく呟くと、アーサーの体を抱きしめた。
「お前は優しい――私を愛してくれている。そうだろう?」
 ソフィーの腕に抱かれながら、アーサーは満足気に唇を歪めた。

 ランバート男爵の訃報は、レオニダスの元にも届いていた。
「間に合ってよかった――」
 それは決して、優しさではないことはオスカーにもわかっていた。
「死体では身代金の価値も変わりますからね」
「ああ――」
 ランバート男爵がルセンディア伯爵の側近であったことは、以前からわかっていた。
 だが、乳兄弟だと知ることができたおかげで金に変えられたのはありがたかった。
 冬の支度や養蚕への投資で、グレイフォード家の資産どころか、マルグリットが差し出してくれた金貨1000枚も底をつきそうな状態だったからだ。
「国に4割も持っていかれるのは腹立たしいですがね」
 オスカーの言葉にレオニダスは息を吐いた。
「60年も戦争を続けられたのは、国が金をくれていたからだ。多少は取り返したいんだろうよ」
 そう言いながらも、レオニダスはマルグリットの言葉を思い出していた。
 
「例え戦争が終わったからと言って、国の防衛の要である辺境伯領がここまで困窮しているのを放置するのはいかがかと思いますわ――もっとも、王都にまで戦火が及ばなかったことで平和ボケしているのでしょうがね。伯父様――いえ、国王陛下は」
 
 そういうものだと言うことは、言われて初めて理解したが、王の状況も理解できなくもない。
 なにせ、この国の大半の人間は終戦というものを生まれて初めて経験したのだから。
 明日もまた交渉だ。
 いっそ隣国を攻め落とせと言われる方が楽かもしれない。レオニダスは深く溜息をついた。
 だが、俺にはマルグリットがいる。
 彼女の与えてくれる知恵もそうだが、帰って彼女が微笑んでくれるだけで、レオニダスは何でもできる気がした。
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