辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた

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40.財布

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 領地が新緑で彩られる頃には、桑畑も養蚕小屋も見事に完成していた。
 ノーマンが領地に持ち帰った卵を孵化させると、小屋は一気に慌ただしくなった。
 小屋で働く男達の殆どは、義足や四肢のいずれかが欠損している者たちだったが、それらを感じさせない働きで、ノーマンを満足させていた。
「蚕が死んでないかよく見ろ。病気の蚕はすぐに取り除け」
 ノーマンが連れてきた指導者が厳しく声を掛けるが、従業員は皆素直に従っていた。
 負傷した兵士上がりばかりと聞いて不安だったが、思った以上に真面目でよく働く。
 養蚕はその技術が流出してはならない。
 非常に高価だからこそ、秘密を厳守する事ができる兵士上がりの者たちは、最適な人材だった。
 ノーマンは、領主の抜け目ない采配に感謝していた。

 レースの製造も売上も、素晴らしいほど順調だった。
 夏に近付くにつれ、毛皮こそ売れないが革に加工すると相変わらず評判よく売れたおかげで、春先には心許なかった辺境伯家の財政も、順調に持ち直していた。
 だが、終戦交渉はまだまだ終わりが見えないと、レオンと国務大臣がぼやいていたのを、マルグリットは思い出した。
「豚の耳からは絹の財布は作れないと言うだろう。五分の一でも支払ってもらえたのならありがたいと思っていただきたいものだ」
 鷹揚に笑うアーサーに、マルグリットはにこりと微笑んだ。
 この男の挑発めいた言動は、マルグリットには効かない。なのに毎回マルグリットの反応を伺うように言うのは、単にこの男の性格なのだろうか。
 違うように感じる。
「絹さえあれば財布は作れる。だが、その絹がないのが我が国だ」
「我がヴァルデンもそうでございました。長きに渡る戦争で疲弊したのはどちらも、でございますわ」
 アーサーはわざとらしく肩をすくめると、マルグリットが用意した茶を飲んだ。
「これは――」
 懐かしい甘さと酸味が口の中に広がる。
「グリニア国のものとは違いますが、たまには祖国のお味を思い出していただきたいと思い、ご用意いたしましたの」
 りんごの皮や実を乾燥させて作った茶だ。
 マルグリットが言うと、アーサーは頬を緩めた。いつものわざとらしく人を小馬鹿にした笑いではなく、懐かしさを含んだ微笑みだったが、すぐに表情を戻した。
「奥方のご配慮に痛み入る。あなたはやはり素晴らしい婦人だ」
「とんでもないことでございますわ」
 マルグリットは茶を飲み終えると、「では、失礼します」と立ち上がった。
「ああ――」
 開け放した扉から出ようとして、足を止めてアーサーを振り返った。
「つまみも用意しております。後ほど届けさせますわ」
 マルグリットが部屋の隅に控えていたソフィーに目配せをすると、ソフィーはすぐに女主人の意図を理解して頭を下げた。
 その様子を、アーサーは愉悦を浮かべた表情で眺めていた。
 
「では、次は3日後に」
 大使はそう言うと、げっそりと疲れた顔で荷物をまとめている。
 書類やら、地図やら毎度毎度持ってきているが、結局役には立たないのに、なぜ持ってくるのかと、レオニダスは思ったが、それはこちらとて同じことだった。
 国務大臣も従者に書類だの地図だのを纏めさせているのだから。
 春に再開されたこの交渉も、12回を終えたが相変わらずなんの解決も見えない。
 順調に進んだのはランバート男爵までだった。
 たかだか金貨1200枚程度で国庫がからになるわけでもあるまい。
 だが、立地を考えるとそれも仕方がないことなのかもしれない。
 レオニダスは国務大臣が大事に丸める地図に目をやった。
 グリニア国がアウストヴァルド以外の国と交易を行うには、ヴァルデン辺境伯領を経由しなければならない。
 大陸の最北に位置するグリニア国がヴァルデン辺境伯領を欲しがった一番の理由だ。
 レオニダスは腕組しながら両国が片付けるのを眺めていた。
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