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44.糸車
レオニダスとマルグリットは屋敷でノーマンを迎えていた。
「辺境伯さまと奥方。ごきげんよろしゅうございます」
ノーマンは堂々と頭を下げた。
「養蚕小屋の方は順調と聞いているが、まだ生地を作るほどの糸は取れていないのか」
いくつかの会話を交わしたあと、レオニダスが打ち出した。
ノーマンは「はい」と頭を下げた。
「糸に関しましては十分な量を確保させていただいております。秋には生地を持ってこれると思います」
「――ふむ。その言い方だと、生地はこの地位外の場所で作ると聞こえるが」
「その通りでございます」
ノーマンは胸を張って頷いた。
「当初はヴァルデンでの製造を、と考えておりましたが、あるところから良いお話をいただきまして」
悪びれない笑顔でノーマンは続けた。
「そちらでは税金を2年間免除していただける上に、糸の持ち込みや通行税についても当面の間免除していただけるとのお話で――もちろん、ヴァルデン辺境伯さまにも桑の畑や小屋の手配なども行っていただいた上に、画期的な糸車までご用意いただいた恩がございます」
ノーマンは頭を下げた。
そして、再び頭を上げると、神妙な顔で締めくくった。
「ですので、生糸の製造と製糸まではこのヴァルデン辺境伯で引き続き行わせていただきたく存じます」
レオニダスは怒りで手が震えるのを止められなかったが、マルグリットは平然としている。
「そう――お前は確かに始めは桑畑のみを要求していたものね」
マルグリットの言葉に、ノーマンは「その通りでございます」と頷いた。
「ヴァルデン辺境伯さまにも、領内の通行税の免除をいただいておりますが、これは養蚕を行うことが条件。養蚕は継続いたしますし、領民の雇用も継続いたしますので、この特権は――」
「もちろん、撤回はしません」
マルグリットは微笑みながら答えた。
ノーマンは内心でにやりと笑った。
あの男の言う通りだ。
「ですが――」
慢心仕掛けていたノーマンの耳に、マルグリットの静かな声が響いた。
「糸車については、バナンの工房が製造したもの。使用するのであれば、お前が購入なさい」
なんだ、そんなことかとノーマンは頷いた。
「当然でございます。あのような素晴らしい糸車、ぜひ購入させていただくつもりでございますとも」
なにせ、あの糸車で紡ぐ糸ときたら、熟練の職人が紡いだ糸よりも美しく仕上がるのだ。
金貨3枚と言われても喜んで支払う。
「よかったわ。実は、あまりにも素晴らしい出来なものだから噂になったらしくて他の領からも金貨5枚で譲ってほしいといわれていたのよ」
その言葉に、ノーマンは焦りを覚えた。この国で絹を作ろうとしているのはヴァルデンだけだ。
だが、あの糸車なら綿でも麻でも美しい仕上がりに紡げるだろう。
「な――7枚出します。金貨7枚で買わせてください。そのかわり、5年間は他の領地に売らないと約束してくださるのなら10枚でも出します」
「いいだろう」
レオニダスの返事に、ノーマンはわかりやすく安堵の溜息を漏らした。
「糸車は5台用意があります。全て小屋に運ばせましょう」
「5台……いえ、ありがとうございます」
金貨50枚は痛い出費だ。だがそれでも3年――いや2年もあれば十分に元は採れる。
甘い夫婦でよかった。ノーマンはつくづく辺境伯夫妻の優しさに感謝しながら、これから得られる利益を考えると笑いが止まらなかった。
「グリニア国はそのような条件を提示したのね」
「え――」
言葉を呑む、とはこのことだとノーマンは身を以て知った。
レオニダスとマルグリットの目がノーマンを冷たく見据えている。
どうしてばれたのか。決して怪しい動きはしていない。
あの男との密会も慎重に慎重を重ねていたはずだ――ノーマンはレオニダスとマルグリットを交互に見た。
「辺境伯さまと奥方。ごきげんよろしゅうございます」
ノーマンは堂々と頭を下げた。
「養蚕小屋の方は順調と聞いているが、まだ生地を作るほどの糸は取れていないのか」
いくつかの会話を交わしたあと、レオニダスが打ち出した。
ノーマンは「はい」と頭を下げた。
「糸に関しましては十分な量を確保させていただいております。秋には生地を持ってこれると思います」
「――ふむ。その言い方だと、生地はこの地位外の場所で作ると聞こえるが」
「その通りでございます」
ノーマンは胸を張って頷いた。
「当初はヴァルデンでの製造を、と考えておりましたが、あるところから良いお話をいただきまして」
悪びれない笑顔でノーマンは続けた。
「そちらでは税金を2年間免除していただける上に、糸の持ち込みや通行税についても当面の間免除していただけるとのお話で――もちろん、ヴァルデン辺境伯さまにも桑の畑や小屋の手配なども行っていただいた上に、画期的な糸車までご用意いただいた恩がございます」
ノーマンは頭を下げた。
そして、再び頭を上げると、神妙な顔で締めくくった。
「ですので、生糸の製造と製糸まではこのヴァルデン辺境伯で引き続き行わせていただきたく存じます」
レオニダスは怒りで手が震えるのを止められなかったが、マルグリットは平然としている。
「そう――お前は確かに始めは桑畑のみを要求していたものね」
マルグリットの言葉に、ノーマンは「その通りでございます」と頷いた。
「ヴァルデン辺境伯さまにも、領内の通行税の免除をいただいておりますが、これは養蚕を行うことが条件。養蚕は継続いたしますし、領民の雇用も継続いたしますので、この特権は――」
「もちろん、撤回はしません」
マルグリットは微笑みながら答えた。
ノーマンは内心でにやりと笑った。
あの男の言う通りだ。
「ですが――」
慢心仕掛けていたノーマンの耳に、マルグリットの静かな声が響いた。
「糸車については、バナンの工房が製造したもの。使用するのであれば、お前が購入なさい」
なんだ、そんなことかとノーマンは頷いた。
「当然でございます。あのような素晴らしい糸車、ぜひ購入させていただくつもりでございますとも」
なにせ、あの糸車で紡ぐ糸ときたら、熟練の職人が紡いだ糸よりも美しく仕上がるのだ。
金貨3枚と言われても喜んで支払う。
「よかったわ。実は、あまりにも素晴らしい出来なものだから噂になったらしくて他の領からも金貨5枚で譲ってほしいといわれていたのよ」
その言葉に、ノーマンは焦りを覚えた。この国で絹を作ろうとしているのはヴァルデンだけだ。
だが、あの糸車なら綿でも麻でも美しい仕上がりに紡げるだろう。
「な――7枚出します。金貨7枚で買わせてください。そのかわり、5年間は他の領地に売らないと約束してくださるのなら10枚でも出します」
「いいだろう」
レオニダスの返事に、ノーマンはわかりやすく安堵の溜息を漏らした。
「糸車は5台用意があります。全て小屋に運ばせましょう」
「5台……いえ、ありがとうございます」
金貨50枚は痛い出費だ。だがそれでも3年――いや2年もあれば十分に元は採れる。
甘い夫婦でよかった。ノーマンはつくづく辺境伯夫妻の優しさに感謝しながら、これから得られる利益を考えると笑いが止まらなかった。
「グリニア国はそのような条件を提示したのね」
「え――」
言葉を呑む、とはこのことだとノーマンは身を以て知った。
レオニダスとマルグリットの目がノーマンを冷たく見据えている。
どうしてばれたのか。決して怪しい動きはしていない。
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