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45.勅旨
「お前のような優秀な商人に目をつけるとは、グリニア国にしてやられたというものね――ね?旦那様」
マルグリットが冷たく微笑むと、レオニダスは熱を込めた目でノーマンを睨んでいる。
「で――ですが、この契約書にも『ヴァルデン領での養蚕』とのみ書かれております。なんら約束を反故にしてなど」
「黙れ」
レオニダスの一声で、ノーマンは残りの命が今日で尽きるのではと、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「旦那様――ノーマンの言うとおりですわ。契約書には養蚕を行うとしか書いておりません。こちらの落ち度ですわねぇ」
「マルグリットがそう言うのなら、致し方ないことだな」
相変わらず妻には頭が上がらないようだ。
ノーマンは美しいだけで世間知らずな奥方に感謝した。
「で、ではお許しいただけますね?もちろん、先程も申し上げましたとおり、ヴァルデンでの養蚕は引き続き行わせていただきますし、雇用も継続いたします」
「ええ――でも残念だわ」
マルグリットの顔から微笑みが消えた。
ノーマンは、なにか重大な間違いを犯したのではないかと、この時になって漸く気がついたのだった。
「旦那様、昨日届いたあれを」
「ああ」
レオニダスは、部屋の隅に控えていたオスカーに目配せをすると、オスカーは四隅が切り揃えられた紙を、盆の上に載せてレオニダスに差し出した。
レオニダスが手に取ると、それはノーマンがこれまで見たこともないほど美しい紙だった。
「読むがいい」
レオニダスがその紙を丁寧にノーマンの前に置くと、一番に見覚えのある印象の透かしが目についた。
「勅旨……」
読まずともそれが王宮から発せられた文書であることがわかった。
ノーマンは書かれた文字を、死刑宣告文を読むかのように、目でなぞった。
「今後――100年間、王国で流通する絹はヴァルデン辺境伯産のものに限る。それ以外の絹の持ち込みを禁止する――そ、そんな」
ノーマンは慌てて顔を上げた。
マルグリットが申し訳なさそうに首を傾げている。
「あなたがこの地で絹を作ってくれると思っていたものだから、あなた最大限利益を得られるようにと、わたくしと旦那様が国王陛下にお願いしましたの」
「そんな――いくら辺境伯といっても――」
ノーマンはうわ言のように呟くと、思い出した。
目の前にいるのは60年続いた戦争を終わらせた英雄であり、その妻は元ベルシュタイン公爵令嬢だったことを。
なぜそれを忘れていたのか。いくらこの国の人間でなくとも、知っていたことだ。
いや――
ノーマンはマルグリットに手を握られて、表情を蕩けさせているレオニダスを見た。
そうだ。最初からこの男は妻に甘く、顔色を窺うような言動ばかりをしていた。
それで油断したのだ――ノーマンは始めからマルグリットの手中だったことを、やっと理解することができた。
「敵国と通じていた罪、貴族を謀った罪で、本来ならば縛り首だろうに。どういう条件で許してやったんだい?」
翌日、ぜひ茶を共にしたいとアーサーからの要望で、マルグリットは招待に応じていた。
アーサーの開口一番の言葉に、マルグリットは胃の奥がムカムカするような気がした。
「もう隠すおつもりもないようですわね」
「誤魔化そうとしたところで、全て看破されているのだろう?」
アーサーの言葉に、マルグリットは返事をする代わりに告げた。
「税金を5割。ノーマンの死後は絹産業の権利はヴァルデン辺境伯に寄与する」
「金で命が買えるなら安いものだ」
アーサーが笑うと、マルグリットはハーブの茶を静かに口に運んだ。
「あなたは本当に素晴らしい女性だ。是非とも国に連れ帰りたいね」
アーサーの言葉に、ソフィーの表情が歪んだのが見えたが、マルグリットは無視した。
「お帰りいただく時は、お一人でお願いしたいですが、寂しいとおっしゃるのであればそこの女中もおつけしますわ」
マルグリットが冷たく微笑むと、レオニダスは熱を込めた目でノーマンを睨んでいる。
「で――ですが、この契約書にも『ヴァルデン領での養蚕』とのみ書かれております。なんら約束を反故にしてなど」
「黙れ」
レオニダスの一声で、ノーマンは残りの命が今日で尽きるのではと、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「旦那様――ノーマンの言うとおりですわ。契約書には養蚕を行うとしか書いておりません。こちらの落ち度ですわねぇ」
「マルグリットがそう言うのなら、致し方ないことだな」
相変わらず妻には頭が上がらないようだ。
ノーマンは美しいだけで世間知らずな奥方に感謝した。
「で、ではお許しいただけますね?もちろん、先程も申し上げましたとおり、ヴァルデンでの養蚕は引き続き行わせていただきますし、雇用も継続いたします」
「ええ――でも残念だわ」
マルグリットの顔から微笑みが消えた。
ノーマンは、なにか重大な間違いを犯したのではないかと、この時になって漸く気がついたのだった。
「旦那様、昨日届いたあれを」
「ああ」
レオニダスは、部屋の隅に控えていたオスカーに目配せをすると、オスカーは四隅が切り揃えられた紙を、盆の上に載せてレオニダスに差し出した。
レオニダスが手に取ると、それはノーマンがこれまで見たこともないほど美しい紙だった。
「読むがいい」
レオニダスがその紙を丁寧にノーマンの前に置くと、一番に見覚えのある印象の透かしが目についた。
「勅旨……」
読まずともそれが王宮から発せられた文書であることがわかった。
ノーマンは書かれた文字を、死刑宣告文を読むかのように、目でなぞった。
「今後――100年間、王国で流通する絹はヴァルデン辺境伯産のものに限る。それ以外の絹の持ち込みを禁止する――そ、そんな」
ノーマンは慌てて顔を上げた。
マルグリットが申し訳なさそうに首を傾げている。
「あなたがこの地で絹を作ってくれると思っていたものだから、あなた最大限利益を得られるようにと、わたくしと旦那様が国王陛下にお願いしましたの」
「そんな――いくら辺境伯といっても――」
ノーマンはうわ言のように呟くと、思い出した。
目の前にいるのは60年続いた戦争を終わらせた英雄であり、その妻は元ベルシュタイン公爵令嬢だったことを。
なぜそれを忘れていたのか。いくらこの国の人間でなくとも、知っていたことだ。
いや――
ノーマンはマルグリットに手を握られて、表情を蕩けさせているレオニダスを見た。
そうだ。最初からこの男は妻に甘く、顔色を窺うような言動ばかりをしていた。
それで油断したのだ――ノーマンは始めからマルグリットの手中だったことを、やっと理解することができた。
「敵国と通じていた罪、貴族を謀った罪で、本来ならば縛り首だろうに。どういう条件で許してやったんだい?」
翌日、ぜひ茶を共にしたいとアーサーからの要望で、マルグリットは招待に応じていた。
アーサーの開口一番の言葉に、マルグリットは胃の奥がムカムカするような気がした。
「もう隠すおつもりもないようですわね」
「誤魔化そうとしたところで、全て看破されているのだろう?」
アーサーの言葉に、マルグリットは返事をする代わりに告げた。
「税金を5割。ノーマンの死後は絹産業の権利はヴァルデン辺境伯に寄与する」
「金で命が買えるなら安いものだ」
アーサーが笑うと、マルグリットはハーブの茶を静かに口に運んだ。
「あなたは本当に素晴らしい女性だ。是非とも国に連れ帰りたいね」
アーサーの言葉に、ソフィーの表情が歪んだのが見えたが、マルグリットは無視した。
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