辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた

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48.仲裁

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「どういうことだ……ヴァルデン辺境伯」
 国務大臣は信じられないと、何度も呟きながら神殿からの手紙を読み返していた。
「俺にわかるわけないでしょう。ただ、これまでだんまりを決め込んでた神殿が動いたってことですよ」
 面倒くさそうにレオニダスが言うと、国務大臣は頭を抱えた。
「君はこれがどれほどのことかわかってないのか」
 国務大臣の言葉に、レオニダスは溜息を吐いた。
 わかっていないわけがないだろう――お膳立てをしたのは全て我が妻――賢くて聡明で賢明なマリーなのだから。

 ヴァルデン辺境伯邸は慌ただしく動いていた。
 新たに雇い入れた使用人は30人を超えたが、皆それぞれがテキパキとした動きで無駄がない。
「賑やかになりましたねぇ」
 人が増えた使用人の休憩室の長椅子に座ったロニが言うと、隣りに座っていたオスカーも頷いた。
「ここは君と二人になれる絶好の場所だったってのに」
 オスカーの手が不意にロニの指先に触れると、ロニは顔を赤らめて手を引きそうになったが、オスカーの体温が留めさせた。
「わ……私と奥様が来た時は10人しかいなかったのが嘘みたいですわ」
 オスカーの指が、ロニの指先を何かを探すような、誘うような動きでくすぐる。
 休憩を終えた使用人たちが慌ただしく部屋を出ていく。
「奥様のおかげですね」
 オスカーが唇の端を上げると、ロニの指がオスカーの指を捕らえた。
「奥様を信用して任せてくださったご主人様のおかげでもありますわ」
 最後の一人が部屋を出ると、オスカーはロニの手をしっかりと握り、彼女の体を引き寄せた。

「顔が赤いわ。体調が悪いの?」
 入浴を終えて部屋に戻ったマルグリットがロニの顔を覗き込むと、ロニは自分が呆けていたことにやっと気がついた。
「申し訳ございません、奥様」
 慌てて謝るロニの顔を見て、マルグリットは何かを察すると唇を緩めた。
「わたくしのことはもういいわ――オスカーを手伝ってきて。今頃銀磨きに精を出しているはずよ」
「いえ、私は」
「いいから行きなさい。もうすぐレオン様も戻ってこられるから大丈夫よ」
 マルグリットは、ロニを部屋から追い出すと、椅子に座ってゆっくり髪を拭いた。
 その時、部屋の扉が叩かれた。
「私だ」
 アーサー・ルセンディア伯爵の声が、扉越しに響いた。
 マルグリットは咄嗟にガウンの前をきつく締めたが、扉は開かれなかった。
「少し話がしたい。このままでいいから付き合ってくれないか」
「お部屋にお戻りください」
「君は――」
 マルグリットの制止など聞くはずのない男なのはわかっていた。
 で、あればここは要求を呑むのが一番だろう。逆撫でして押し入られてしまってはマルグリットに勝ち目はないのだから。
「一体何手先まで読んでいたんだ」
「なんのことでございましょう」
 マルグリットは扉の前に立って答えた。
「あの女と商人のことは、ソフィーという隙を作ってしまった私の落ち度だった。だが、君が神殿を動かすとは、私にも読めなかった」
 アーサーの言葉は、素直にマルグリットを称賛しているように聞こえる。
「絹紙の製造技術を神殿を通じて与えるとは――お陰で私も祖国に帰れる。だが、なぜだ」
 紙の製造はレースとは違い、神殿に許されたものではなかった。だが。神殿は自分たちで消費するために、優れた製紙技術を有していた。
 マルグリットが麻や綿を使った紙に、絹の繊維を混ぜることを神殿に考案したのは、糸車ができた頃のことだった。
 神殿は提供した絹を使って、驚くほど白く美しい紙を作り出した。
 王室はこれをいたく気に入り、神殿と王室の専売契約を結ぶことにした。
 その、製造をグリニア国に委託するというのが神殿の言い分だった。
 それは、事実上の終戦交渉の仲裁だった。
「明日の調印式で条約が制定されれば、私は晴れて自由の身だ。君を得るためにまたこの地に攻め込んでもいいのだぞ」
「左様でございますか」
 どこまで本気かわからない声は、マルグリットの心を素通りしていった。
 扉越しにアーサーが吹き出すのがわかった。
「できるはずがないことはよくわかっている――か。私は初めから相手にすらされていなかったということかな」
 そう言うと、アーサーの気配が遠のくのがわかった。
 マルグリットは、扉にもたれると大きく息を吐いたのだった。
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