侯爵家の婚約者

やまだごんた

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 エスクード侯爵家は建国以来の忠臣として、また国内でも有数の強大な魔力を持った一族として知られていた。
 今代の侯爵は結婚して5年経っても子供に恵まれず、妾を迎えるよう促す周囲の圧力に屈しかけた7年目に、待望の第一子が誕生した。
 若葉の芽吹く暖かな陽気の季節に生まれたその子は、母親によく似た透けそうなほど美しい金色の髪と青い瞳の男の子だった。
 生まれたばかりのその子から感じる魔力も強く、喜んだ侯爵は誕生を祝い、領地の税金をその子が歩き始めるまで免除すると公布したほどだった。

 男の子は愛情を一身に受けて育ち、7歳の年を迎えた。
 領地から出てもよい年齢になった為、領地から首都のタウンハウスへ移り住む事になった。
 貴族の子女は7歳まで領地で過ごし、その後は成人するまで首都で後継者としての教育を受けるのが一般的だ。
 そして、この国で7歳は貴族社会への周知を込めて披露目を行う年であり、高位貴族の子女は首都で王へ謁見するのが慣しとなっている。
 カインと名付けられ、美しく賢く育った男の子は、王の特別の配慮によって王宮で開かれる誕生会を楽しみにしていた。
 だが、誕生会の1週間前、カインは高熱で3日間伏せることになった。
 彼の持つ魔力が強すぎたのだ。
 魔力を制御するには幼すぎたカインは自身の魔力の圧力に耐えきれなくなり、自分の魔力に押し潰されそうになっていた。
 このままでは溢れた魔力が暴走を起こして、カインはおろか周囲の建物や人をも巻き込んだ魔力渦に巻き込まれ破壊されてしまう。
 侯爵は急ぎ首都にいた魔力吸収の能力を持つ者を招集し、カインの溢れ出た魔力を吸収させた。
 それは10名の能力者を以て3日間かけて行われ、漸く安定する事ができた。
 カインの魔力を診た侍医は言った。

「カイン様の魔力は7歳の子供のものではありません。7歳の今を以てしても尚、国内有数の魔力量を誇る侯爵様以上の魔力をお持ちです。その為、この魔力を制御しきれないと溢れた魔力が暴走を起こすのは遠くありません。今回は溢れた量が少なかったのでこれらの能力者で大丈夫でしたが、すぐさま解決策を見つけねばカイン様は古のアベル王子のように――」

 古の王子アベル。
 類稀なる魔力量を持ち、その全ての魔力を制御することに成功していた女神の愛子と言われた建国して間もない時代の王子の名だった。
 しかし、今は亡きアスラン帝国との戦いの際、アベル王子は戦場で大怪我を負い帝国に捕らえられた。戦による怪我と拷問によって肉体的にも精神的にも衰弱したアベル王子は、魔力の制御を失い、遂に溢れ出た魔力が暴走し、アベル王子もろとも帝国全土を破壊したのだ。

 やっと授かった息子が……跡取りである以前に毎日幸せそうに笑い、綺麗な石を拾っては、珍しい花を見つけては嬉しそうに侯爵に報告しにくる愛らしい姿が目の裏に浮かんでは消えた。
 失うには愛しすぎた。
「何としてもカインを助けてくれ。金ならいくらかかってもいい」
 血を吐くような侯爵の言葉に、侍医は言い辛そうに眉をしかめたが、すぐに思い直し侯爵を見据えて言った。
「今回能力者により大量の魔力を吸収しました。これにて暫くは時間を稼げるでしょう。しかし、先程もお伝えしましたように根本的な解決策ではありません。また、ご存知の通り能力者も希少な存在です。その彼らを以てしても……しかし、アベル王子のように膨大な魔力量を完璧に制御された例もあります。アベル王子がどのように制御の術を身につけたのか、私も調べますのでもう少しお時間をいただけますか」
 その言葉が不確かなものである事は容易に理解できた。しかし今の侯爵はその言葉に縋る以外の選択はなかったのだ。

 魔力吸収の能力者と言えど、無限に魔力を吸収できるわけではない。持って生まれた魔力量を超えて吸収する事はできないのだ。
 もし許容量を超えて吸収した場合、魔力が例外なく溢れ出して暴走し、本人や周りを魔力渦によって破壊するのだ。
 それでも、能力者達は交代しながら吸収した魔力を使い切る為に様々なスクロールや魔法陣に魔力を通しながら、カインの魔力を限界まで吸収してくれた。
 その甲斐があり、誕生会の2日前にカインはベッドから出る事ができた。

「父上、申し訳ありませんでした。首都に来て浮かれていました。それできっと魔力が暴走を……」
「気にする事はない。私の配慮が足りなかったのだ。お前の魔力量を把握していながら、子供のお前が制御できていると安心して気遣えていなかった私の責任だ。許してくれ」
「父上……」
 カインはそれ以上謝る事は、侯爵の気持ちを慮る事ではないと察知して言葉を飲み込んだ。その代わり侯爵の逞しい腰元に抱きついて侯爵を見上げた。
「私は、父上が父上で嬉しいです」

「カイン」
 寝室の入り口から聞き慣れた冷たい声が聞こえてきた。
「母上…。この度はご心配をおかけしました」
 侯爵の体から手を離し、夫人に体ごと向き直ると、カインは深々と頭を下げた。
「首都についたからとはしゃぐからです。侯爵家の息子として恥ずかしくないよう品位を保ちなさいといつも申しているでしょう」
 頭を下げたカインに夫人はため息混じりに見下ろした。
「アルティシア……カインは先程漸く回復したところだ。母親なら無事を喜んでやらないか」
「無事を喜ぶ言葉はあなたがおっしゃいましたので。私は母としてこの子の躾をしております」
 諌めるような侯爵の言葉に、夫人は反論を許さない口調で返すと「あなたの立場を弁え、ふさわしい振る舞いをなさいませ。カイン」とカインに声をかけてから部屋を後にした。

「ふさわしい振る舞い…」
 無意識に侯爵の服の端を掴み、カインは夫人の言葉を反芻した。
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