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12.婚約
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「婚約――ですか」
王の私的な応接の間で、王の言葉に侯爵は唖然として聞き返した。
「そうだ。公子の魔力は制御が難しい状況にあるそうではないか。ならばこまめにシトロン公女が公子の魔力を制御する必要がある。しかし容姿はあれでも公女も女子だ。公子にかかりっきりとなればよからぬ噂も考えられるし、婚期も遅れよう」
それならば、魔力制御を身につけるまで婚約という形で一緒にいればよいのではないか。
事も無げに王は言い放った。
王宮の侍医や魔術師の見立てによると、カインの魔力はもっと前から溢れていてもおかしくはなかったと言う。
それほどの魔力量をカインは無意識に制御していたのだ。
これは、国内でも有数の魔力の持ち主である侯爵も、目の前にいる魔導士もしている事で、通常は成長と同時に増えていく魔力量に対応してできるようになっていくもので、カインのように子供のうちから大人をも凌ぐ魔力を持ち、それを無意識に制御する事はほぼ不可能と言われていた。
しかし、カインの魔力は遂に彼が制御できる許容を越えてしまった。
その為、これ以上の魔力制御を学ぶことは難しく、溢れないよう数日に1度カインの魔力を調整する必要があると、魔術師は言うのだ。
そして、それを行うことができるのはジルダ・シトロンただ一人だけである。
「5日に1度――大事をとって3日に1度魔力を吸収する事で魔力暴走の発生を抑える事ができます。彼女は魔力を保存し、他人に分け与える事ができるので、有事の際は魔力を戻せばいいですし、公子の魔力を他の者にあてがう事も可能です」
「お前は我が息子と、シトロン公女を魔力の為の道具と扱うのか」
魔道士の言葉に侯爵が気色ばむと、王が静かに手を上げた。
その動作に制されるように、侯爵は浮かした腰を椅子に戻した。
「公子の魔力の制御の為にはシトロン公女の協力は不可避。もし公子が成長して今以上の制御を身につければ婚約は解消しても構わんが、それも難しいだろう。侯爵よ、どうだ」
シトロン伯爵は二つ返事で了承したという。
ジルダの容姿を考えると、この先も縁談など望めないだろう上、これ以上ない縁談であった。シトロン伯爵としても王家と侯爵家の両方に貸しを作れるのだ。断る理由がない。
「容姿に関しては残念かと思われますが、シトロン公女の魔力吸収と制御の能力はこの世のどんなものより価値のあるものです」
「黙れ魔道士。死にたいのか」
腹に据えかねた侯爵が魔道士の胸ぐらを掴んだ。
「ジルダ嬢の容姿がどうだと言うのだ。貴様は魔道士でありながらあのように温かく美しい魔力を持つ者への敬意はないのか」
ジルダの持つ魔力は小さいながらもとても美しかった。
澄んだ泉のように透明で、春の日差しを反射したようにキラキラと光を纏っていた。
魔力の強い者は魔力の美しさに惹かれる。侯爵も例外ではなく、ジルダの魔力に惹かれ好感を抱いていた。
しかし、カインもシトロン公女もまだ7歳だ。カインの為にシトロン公女をそしてカイン自身の人生を縛り付けるような真似などしてもよいのか。
侯爵は魔道士を放り投げると「カインの意志を確認させてください」とだけ答え、王宮を後にした。
「僕がシトロン公女と結婚するのですか?」
侯爵の問いかけにカインは首を傾げた。
「結婚は10年くらい後だ。今は婚約だけだな。もちろん、嫌なら断ることもできるが――」
「いえ……嫌じゃありません。ただ……」
カインは言葉を区切ると、俯いてモジモジと服の裾を弄び、意を決したように顔を上げた。
「公女は僕を好きになってくれるでしょうか」
「もちろんだとも。公女はお前の事をとても心配してくれていたんだぞ。2人はきっとすごく仲良くなれるさ」
侯爵の言葉に、カインはジルダの暖かかった手を思い浮かべて、幸せな気持ちになった。
「僕、シトロン公女と沢山仲良くなりたいです。そして、いっぱい笑顔にしてあげたい。――父上、公女は笑うのが上手じゃないんです」
昼間にジルダが何度も見せた不器用な笑顔を思い浮かべて、カインは悲しげに微笑んだ。
ずっと一人で遊んでいたと言っていた。最低限の世話しかされず、家族とも滅多に会う事もなく、話し相手もなく一人で本を読んだり庭を散策したりしていたと。どんなに寂しいだろう。
カインも屋敷ではいつも一人だった。しかし、女中や騎士がいつもそばにいてカインの遊び相手になってくれていたから、カインは寂しいと思った事がなかった。
――いや、母を除いては、だ。母である侯爵夫人は、いつもカインの傍にはいなかった。
朝食の時に朝の挨拶をすると、それ以降は夫人の姿を見ることはなかった。
おやすみのキスも侯爵からは受けていたが、夫人からは受けたことがなかった。
侯爵や使用人たちがカインを気遣い、愛してくれていたがカインは寂しかった。
抱きしめてくれる侯爵の腕の中で、母ではない温もりを感じては寂しさを思い出し、そして侯爵の暖かさにその寂しさを紛らわせていた。
カインはその思いをジルダに重ねていた。
ジルダも同じように――いや、もっと寂しかったのだろう。
ジルダとなら、癒せるのかもしれない。同じ寂しさを持つ者同士なのだから。
カインとジルダの婚約は瞬く間に貴族の噂の的となった。
王の命令による婚約。カインの魔力を制御するための施策であり、美しい公子と不釣り合いな醜い公女。強大すぎる魔力のせいで自由を奪われた可哀想な公子――。
口さがない大人たちによる心無いうわさ話は、幸い社交界にデビューする前の二人の耳に届く前に処理されたが、それでも静かにしかし確実に、国中が知る事となっていた。
王の私的な応接の間で、王の言葉に侯爵は唖然として聞き返した。
「そうだ。公子の魔力は制御が難しい状況にあるそうではないか。ならばこまめにシトロン公女が公子の魔力を制御する必要がある。しかし容姿はあれでも公女も女子だ。公子にかかりっきりとなればよからぬ噂も考えられるし、婚期も遅れよう」
それならば、魔力制御を身につけるまで婚約という形で一緒にいればよいのではないか。
事も無げに王は言い放った。
王宮の侍医や魔術師の見立てによると、カインの魔力はもっと前から溢れていてもおかしくはなかったと言う。
それほどの魔力量をカインは無意識に制御していたのだ。
これは、国内でも有数の魔力の持ち主である侯爵も、目の前にいる魔導士もしている事で、通常は成長と同時に増えていく魔力量に対応してできるようになっていくもので、カインのように子供のうちから大人をも凌ぐ魔力を持ち、それを無意識に制御する事はほぼ不可能と言われていた。
しかし、カインの魔力は遂に彼が制御できる許容を越えてしまった。
その為、これ以上の魔力制御を学ぶことは難しく、溢れないよう数日に1度カインの魔力を調整する必要があると、魔術師は言うのだ。
そして、それを行うことができるのはジルダ・シトロンただ一人だけである。
「5日に1度――大事をとって3日に1度魔力を吸収する事で魔力暴走の発生を抑える事ができます。彼女は魔力を保存し、他人に分け与える事ができるので、有事の際は魔力を戻せばいいですし、公子の魔力を他の者にあてがう事も可能です」
「お前は我が息子と、シトロン公女を魔力の為の道具と扱うのか」
魔道士の言葉に侯爵が気色ばむと、王が静かに手を上げた。
その動作に制されるように、侯爵は浮かした腰を椅子に戻した。
「公子の魔力の制御の為にはシトロン公女の協力は不可避。もし公子が成長して今以上の制御を身につければ婚約は解消しても構わんが、それも難しいだろう。侯爵よ、どうだ」
シトロン伯爵は二つ返事で了承したという。
ジルダの容姿を考えると、この先も縁談など望めないだろう上、これ以上ない縁談であった。シトロン伯爵としても王家と侯爵家の両方に貸しを作れるのだ。断る理由がない。
「容姿に関しては残念かと思われますが、シトロン公女の魔力吸収と制御の能力はこの世のどんなものより価値のあるものです」
「黙れ魔道士。死にたいのか」
腹に据えかねた侯爵が魔道士の胸ぐらを掴んだ。
「ジルダ嬢の容姿がどうだと言うのだ。貴様は魔道士でありながらあのように温かく美しい魔力を持つ者への敬意はないのか」
ジルダの持つ魔力は小さいながらもとても美しかった。
澄んだ泉のように透明で、春の日差しを反射したようにキラキラと光を纏っていた。
魔力の強い者は魔力の美しさに惹かれる。侯爵も例外ではなく、ジルダの魔力に惹かれ好感を抱いていた。
しかし、カインもシトロン公女もまだ7歳だ。カインの為にシトロン公女をそしてカイン自身の人生を縛り付けるような真似などしてもよいのか。
侯爵は魔道士を放り投げると「カインの意志を確認させてください」とだけ答え、王宮を後にした。
「僕がシトロン公女と結婚するのですか?」
侯爵の問いかけにカインは首を傾げた。
「結婚は10年くらい後だ。今は婚約だけだな。もちろん、嫌なら断ることもできるが――」
「いえ……嫌じゃありません。ただ……」
カインは言葉を区切ると、俯いてモジモジと服の裾を弄び、意を決したように顔を上げた。
「公女は僕を好きになってくれるでしょうか」
「もちろんだとも。公女はお前の事をとても心配してくれていたんだぞ。2人はきっとすごく仲良くなれるさ」
侯爵の言葉に、カインはジルダの暖かかった手を思い浮かべて、幸せな気持ちになった。
「僕、シトロン公女と沢山仲良くなりたいです。そして、いっぱい笑顔にしてあげたい。――父上、公女は笑うのが上手じゃないんです」
昼間にジルダが何度も見せた不器用な笑顔を思い浮かべて、カインは悲しげに微笑んだ。
ずっと一人で遊んでいたと言っていた。最低限の世話しかされず、家族とも滅多に会う事もなく、話し相手もなく一人で本を読んだり庭を散策したりしていたと。どんなに寂しいだろう。
カインも屋敷ではいつも一人だった。しかし、女中や騎士がいつもそばにいてカインの遊び相手になってくれていたから、カインは寂しいと思った事がなかった。
――いや、母を除いては、だ。母である侯爵夫人は、いつもカインの傍にはいなかった。
朝食の時に朝の挨拶をすると、それ以降は夫人の姿を見ることはなかった。
おやすみのキスも侯爵からは受けていたが、夫人からは受けたことがなかった。
侯爵や使用人たちがカインを気遣い、愛してくれていたがカインは寂しかった。
抱きしめてくれる侯爵の腕の中で、母ではない温もりを感じては寂しさを思い出し、そして侯爵の暖かさにその寂しさを紛らわせていた。
カインはその思いをジルダに重ねていた。
ジルダも同じように――いや、もっと寂しかったのだろう。
ジルダとなら、癒せるのかもしれない。同じ寂しさを持つ者同士なのだから。
カインとジルダの婚約は瞬く間に貴族の噂の的となった。
王の命令による婚約。カインの魔力を制御するための施策であり、美しい公子と不釣り合いな醜い公女。強大すぎる魔力のせいで自由を奪われた可哀想な公子――。
口さがない大人たちによる心無いうわさ話は、幸い社交界にデビューする前の二人の耳に届く前に処理されたが、それでも静かにしかし確実に、国中が知る事となっていた。
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