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14.襲撃
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葬儀の後から、カインの態度は大きく変わった。
魔力吸収の際にジルダが手を握っても頬を赤らめる事も、嬉しそうな表情でジルダを見つめる事もなく、ただ感情のない目で空虚を見つめ、それが終わるのを待つようになっていた。
しかし、ジルダには問題はなかった。ジルダは大人たちから命じられた通りに自分の役割をこなす事だけを考えていればいいのだから。
それに、カインの中に夫人の面影を探す事ができた。1年と少しだけの短い期間でも、実の両親よりも長く一緒に過ごした夫人は、ジルダの中で特別な存在となっていた。
今でも、ジルダはカインの中に懐かしい夫人の面影を見ることができる。
それはジルダだけに許された特権であり、誰にも共有できない悲しさだった。
「隊長?どうかされましたか?」
草竜を止めて、懐かしい眼差しで街道を眺めるカインに、部下のダーシー卿が尋ねた。
「子供の頃、この辺りで冒険したなと思ってね」
「隊長もですか?ここは私の子供の頃から、子供たちの登龍門だったんですよ」
カインよりも10歳年上の部下は、少しだけ偉そぶって笑った。
夏の湿った熱気が、あの頃の記憶を呼び覚ますようだった。
「明日は領地についての授業だ。カインは?」
「僕は歴史の教師が来る事になってる」
「いいなぁ。僕なんか毎日走り込みと素振りだよ」
10歳になったカインとロメオは、慣例に則って跡取り教育が始まった。三男であるティン=クエンは騎士の修行を開始するため、アバルト侯爵家に身を寄せていた。
3人は時間さえあれば一緒に遊び、時には首都を抜け出して周りの森で弱い魔獣を狩ったり、薬草採取など小遣い稼ぎをして過ごしていた。
「ほらな?ここに大きな穴が開いてるんだ」
首都をぐるりと囲む城壁の一つに穴が開いているのを指さして、ロメオが得意げに言った。
「屋敷を抜け出して、怒られるよ。帰ろうよ、ロメオ」
「ティン=クエンの言う通りだよ。護衛もつけずにこんなところに来て――」
カインが遠慮がちに言うが、ロメオは無視して城壁の穴をくぐって外に出てしまった。
首都の周辺には結界がある。その中であれば草竜以上に魔力の強い魔獣は入ってこれないと、父のエスクード侯爵から聞いた事はあったが、その範囲までは聞いていない。
「ロメオ!待ってよ!」
ティン=クエンが咄嗟にロメオを追うと、一人残されたカインは不安になって二人を追いかけた。
いや、傍らにジルダもいた。僕達はいつも4人だったから。
その後、探しに来た護衛たちに見つかって、こっぴどく怒られたのだが。
護衛に怒られた後、エスクード侯爵とアバルト侯爵の二人にも叱られた。
その後、二人の父親は護衛と一緒ならという条件で城壁の外に出る事を許可した。男の子は多少の冒険も必要だとの言い分だった。
あの頃は、首都の近くにいる魔獣は子供でも狩れるくらい弱いと思っていたが、思い返せば護衛が上手に助けてくれていたのだろう。
自分達は首都で一番強いと思い込んでいたのがおかしかった。
そんな子供たちの冒険は15歳になるまで続いた。
そして、15歳になるとそれぞれ仕事に就くようになる。
カインは膨大な魔力を有している事から、騎士隊への所属を命じられ、首都周辺の魔導技術の管理を任された。
魔導技術は錬金術師や魔導士によって、古代から伝わる魔法陣を利用して作られた技術で、生活のあらゆる部分で使われていた。
結界もその一つで、最も大きなものは王宮に設置された結界で、首都と周辺の土地を覆うように設置されている。
首都と主要な領地をつなぐ街道にも結界が設置され、安全に往来ができるようになっている。
首都の結界は首都をすっぽりと覆うほどの大きさで、その分必要な魔力も多く、首都の中心に建つ塔のなかで厳重に管理されている。
街道の結界は首都よりも小さく、そこまで魔力を要しない。結界が途切れないよう、等間隔で街道の地下に埋め込まれ、通り過ぎる人々から少しずつ魔力を補充する仕組みなのだ。
その魔法陣の1つが壊れたと報告があったのが一昨日の夜だった。
すぐに調査隊を派遣したが、結界の修復ができる魔導士を確保するのに時間がかかってしまった。
草竜に跨がったカインたちの小隊は、報告があった魔法陣の場所に到着すると、壊れた魔法陣を確認した。
幸い、前後の区間の結界は機能していたので大事には至らなかったようだ。
すぐに連れてきた魔導士に魔法陣の修復を命じると、隊員たちに周辺を警護するよう指示を出す。
魔導士を除く4人はすぐに指示通り持ち場についた。
「この辺はどんな魔獣が出るんだ」
東西に走る街道の北側にある森を見つめて、カインはダーシー卿に尋ねた。
首都から騎竜で半刻ほどのこの道は、初めて来るところだった。
オシュクール公国との国境を守るオルフィアス伯爵領に続く道は、山道へと続くため見通しが悪い。
首都の周辺は定期的に討伐隊が派遣されているため、そこまで強い魔獣がいるとは考えにくい。
だが、現にこの魔法陣は壊されている。
「この辺ではオヴィーのほか、時折カトブレパスが見られますが、臆病な性格ですから街道沿いにはきません。森の奥には水辺がありサイノスがいるくらいですが、奴らは水辺から遠くには行きませんので」
ダーシー卿の説明を聞きながら、カインは辺りを注意深く見渡した。
事前の報告の通り、目立った魔獣の痕はない。街道脇の木々にも目立った新しい傷は無く、ダーシー卿の言う事は正しいように思われた。
その時だった。
「エスクード隊長。修復が終わりました。魔力を入れていただいてよろしいでしょうか」
魔導士がカインに声を掛けた。
カインはダーシー卿に周辺の警護を任せると、地面に跪いて魔法陣に魔力を流し入れた。
慎重に流し入れる魔力の量を調整しながら、あと少しで終わるその時。森の中から石の鏃が付いた弓矢がカイン達を襲った。
「ゴブリンだ!なぜこんなところに」
魔道士の左後方を護衛していた騎士が叫んだ。
弓矢の飛んできた方向を見ると、確かに子供ほどの大きさの、全身を薄い毛で覆われたゴブリンと呼ばれる魔獣3匹が茂みに潜んで弓を構えていた。
間髪容れずに放たれた矢は、左側の護衛2人の肩や脚を射抜いた。かろうじて展開した防護の魔法陣でそれ以降の攻撃を防いだが、出血が多い。
カインは咄嗟に剣を抜いたが、左腕に熱い痛みを感じた。しかし、怯む事なく剣に嵌め込められた炎のスクロールに魔力を通すと、弓矢の方向へ炎を飛ばした。
炎は見事にゴブリンの周囲を勢いよく燃やした。
3匹のゴブリンは弓矢から錆びた短剣に武器を持ち替えると、茂みから飛び出てカインに襲いかかった。
カインの背に守られていた魔導士が、咄嗟に防護の魔法陣をカインの前に展開するよりも、全身に魔力を纏ったカインが迎え討つ方が早かった。
魔力によって身体を強化したカインによって、瞬く間に2匹のゴブリンが切り捨てられた。
3匹目はカインではなく魔道士を狙っており、突撃した軌道が違っていた。そのため、カインの剣がそれを捉える事なかったが、カインの後ろにいた騎士が素早く動き、ゴブリンの錆びた短剣が魔導士に届くより早く、薄汚い、子供の大きさしかないその体を斬りつけた。
追撃がない事を確認すると、カインは素早く結界の魔法陣に残りの魔力を注ぎ入れ、後方の無事な部下に指示を投げた。
「急ぎ治癒師を待機させるよう魔力を飛ばした。お前は怪我人を運ぶ手配に戻れ!」
部下は草竜に跨がると首都に向かって駆け出した。
「申し訳ありません。エスクード隊長……油断しておりました……初めから防護魔法を展開していれば」
魔導士による応急処置を受けながら、肩に矢を受けた騎士が、まさかゴブリンが……と唇を噛んだ。
「傷が深い。大人しくしていろ。ラエル卿の様子は」
先に応急処置を受けた脚と脇腹に矢を受けた騎士は、出血こそ止まったものの、生気のない顔で草竜に守られるよう横たわっている。
草竜に乗せて運ぶわけにはいかない……
だからといって治癒師の到着を待っていてはラエル卿の命が危ぶまれる。
どうすべきか――
「エスクード隊長……隊長も手当を――」
ゴブリンを討った騎士が声をかけて初めて、カインは自分も矢を受けていた事に気がついた。
魔力吸収の際にジルダが手を握っても頬を赤らめる事も、嬉しそうな表情でジルダを見つめる事もなく、ただ感情のない目で空虚を見つめ、それが終わるのを待つようになっていた。
しかし、ジルダには問題はなかった。ジルダは大人たちから命じられた通りに自分の役割をこなす事だけを考えていればいいのだから。
それに、カインの中に夫人の面影を探す事ができた。1年と少しだけの短い期間でも、実の両親よりも長く一緒に過ごした夫人は、ジルダの中で特別な存在となっていた。
今でも、ジルダはカインの中に懐かしい夫人の面影を見ることができる。
それはジルダだけに許された特権であり、誰にも共有できない悲しさだった。
「隊長?どうかされましたか?」
草竜を止めて、懐かしい眼差しで街道を眺めるカインに、部下のダーシー卿が尋ねた。
「子供の頃、この辺りで冒険したなと思ってね」
「隊長もですか?ここは私の子供の頃から、子供たちの登龍門だったんですよ」
カインよりも10歳年上の部下は、少しだけ偉そぶって笑った。
夏の湿った熱気が、あの頃の記憶を呼び覚ますようだった。
「明日は領地についての授業だ。カインは?」
「僕は歴史の教師が来る事になってる」
「いいなぁ。僕なんか毎日走り込みと素振りだよ」
10歳になったカインとロメオは、慣例に則って跡取り教育が始まった。三男であるティン=クエンは騎士の修行を開始するため、アバルト侯爵家に身を寄せていた。
3人は時間さえあれば一緒に遊び、時には首都を抜け出して周りの森で弱い魔獣を狩ったり、薬草採取など小遣い稼ぎをして過ごしていた。
「ほらな?ここに大きな穴が開いてるんだ」
首都をぐるりと囲む城壁の一つに穴が開いているのを指さして、ロメオが得意げに言った。
「屋敷を抜け出して、怒られるよ。帰ろうよ、ロメオ」
「ティン=クエンの言う通りだよ。護衛もつけずにこんなところに来て――」
カインが遠慮がちに言うが、ロメオは無視して城壁の穴をくぐって外に出てしまった。
首都の周辺には結界がある。その中であれば草竜以上に魔力の強い魔獣は入ってこれないと、父のエスクード侯爵から聞いた事はあったが、その範囲までは聞いていない。
「ロメオ!待ってよ!」
ティン=クエンが咄嗟にロメオを追うと、一人残されたカインは不安になって二人を追いかけた。
いや、傍らにジルダもいた。僕達はいつも4人だったから。
その後、探しに来た護衛たちに見つかって、こっぴどく怒られたのだが。
護衛に怒られた後、エスクード侯爵とアバルト侯爵の二人にも叱られた。
その後、二人の父親は護衛と一緒ならという条件で城壁の外に出る事を許可した。男の子は多少の冒険も必要だとの言い分だった。
あの頃は、首都の近くにいる魔獣は子供でも狩れるくらい弱いと思っていたが、思い返せば護衛が上手に助けてくれていたのだろう。
自分達は首都で一番強いと思い込んでいたのがおかしかった。
そんな子供たちの冒険は15歳になるまで続いた。
そして、15歳になるとそれぞれ仕事に就くようになる。
カインは膨大な魔力を有している事から、騎士隊への所属を命じられ、首都周辺の魔導技術の管理を任された。
魔導技術は錬金術師や魔導士によって、古代から伝わる魔法陣を利用して作られた技術で、生活のあらゆる部分で使われていた。
結界もその一つで、最も大きなものは王宮に設置された結界で、首都と周辺の土地を覆うように設置されている。
首都と主要な領地をつなぐ街道にも結界が設置され、安全に往来ができるようになっている。
首都の結界は首都をすっぽりと覆うほどの大きさで、その分必要な魔力も多く、首都の中心に建つ塔のなかで厳重に管理されている。
街道の結界は首都よりも小さく、そこまで魔力を要しない。結界が途切れないよう、等間隔で街道の地下に埋め込まれ、通り過ぎる人々から少しずつ魔力を補充する仕組みなのだ。
その魔法陣の1つが壊れたと報告があったのが一昨日の夜だった。
すぐに調査隊を派遣したが、結界の修復ができる魔導士を確保するのに時間がかかってしまった。
草竜に跨がったカインたちの小隊は、報告があった魔法陣の場所に到着すると、壊れた魔法陣を確認した。
幸い、前後の区間の結界は機能していたので大事には至らなかったようだ。
すぐに連れてきた魔導士に魔法陣の修復を命じると、隊員たちに周辺を警護するよう指示を出す。
魔導士を除く4人はすぐに指示通り持ち場についた。
「この辺はどんな魔獣が出るんだ」
東西に走る街道の北側にある森を見つめて、カインはダーシー卿に尋ねた。
首都から騎竜で半刻ほどのこの道は、初めて来るところだった。
オシュクール公国との国境を守るオルフィアス伯爵領に続く道は、山道へと続くため見通しが悪い。
首都の周辺は定期的に討伐隊が派遣されているため、そこまで強い魔獣がいるとは考えにくい。
だが、現にこの魔法陣は壊されている。
「この辺ではオヴィーのほか、時折カトブレパスが見られますが、臆病な性格ですから街道沿いにはきません。森の奥には水辺がありサイノスがいるくらいですが、奴らは水辺から遠くには行きませんので」
ダーシー卿の説明を聞きながら、カインは辺りを注意深く見渡した。
事前の報告の通り、目立った魔獣の痕はない。街道脇の木々にも目立った新しい傷は無く、ダーシー卿の言う事は正しいように思われた。
その時だった。
「エスクード隊長。修復が終わりました。魔力を入れていただいてよろしいでしょうか」
魔導士がカインに声を掛けた。
カインはダーシー卿に周辺の警護を任せると、地面に跪いて魔法陣に魔力を流し入れた。
慎重に流し入れる魔力の量を調整しながら、あと少しで終わるその時。森の中から石の鏃が付いた弓矢がカイン達を襲った。
「ゴブリンだ!なぜこんなところに」
魔道士の左後方を護衛していた騎士が叫んだ。
弓矢の飛んできた方向を見ると、確かに子供ほどの大きさの、全身を薄い毛で覆われたゴブリンと呼ばれる魔獣3匹が茂みに潜んで弓を構えていた。
間髪容れずに放たれた矢は、左側の護衛2人の肩や脚を射抜いた。かろうじて展開した防護の魔法陣でそれ以降の攻撃を防いだが、出血が多い。
カインは咄嗟に剣を抜いたが、左腕に熱い痛みを感じた。しかし、怯む事なく剣に嵌め込められた炎のスクロールに魔力を通すと、弓矢の方向へ炎を飛ばした。
炎は見事にゴブリンの周囲を勢いよく燃やした。
3匹のゴブリンは弓矢から錆びた短剣に武器を持ち替えると、茂みから飛び出てカインに襲いかかった。
カインの背に守られていた魔導士が、咄嗟に防護の魔法陣をカインの前に展開するよりも、全身に魔力を纏ったカインが迎え討つ方が早かった。
魔力によって身体を強化したカインによって、瞬く間に2匹のゴブリンが切り捨てられた。
3匹目はカインではなく魔道士を狙っており、突撃した軌道が違っていた。そのため、カインの剣がそれを捉える事なかったが、カインの後ろにいた騎士が素早く動き、ゴブリンの錆びた短剣が魔導士に届くより早く、薄汚い、子供の大きさしかないその体を斬りつけた。
追撃がない事を確認すると、カインは素早く結界の魔法陣に残りの魔力を注ぎ入れ、後方の無事な部下に指示を投げた。
「急ぎ治癒師を待機させるよう魔力を飛ばした。お前は怪我人を運ぶ手配に戻れ!」
部下は草竜に跨がると首都に向かって駆け出した。
「申し訳ありません。エスクード隊長……油断しておりました……初めから防護魔法を展開していれば」
魔導士による応急処置を受けながら、肩に矢を受けた騎士が、まさかゴブリンが……と唇を噛んだ。
「傷が深い。大人しくしていろ。ラエル卿の様子は」
先に応急処置を受けた脚と脇腹に矢を受けた騎士は、出血こそ止まったものの、生気のない顔で草竜に守られるよう横たわっている。
草竜に乗せて運ぶわけにはいかない……
だからといって治癒師の到着を待っていてはラエル卿の命が危ぶまれる。
どうすべきか――
「エスクード隊長……隊長も手当を――」
ゴブリンを討った騎士が声をかけて初めて、カインは自分も矢を受けていた事に気がついた。
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