侯爵家の婚約者

やまだごんた

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【番外編】はじめての大冒険

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 10歳になると、爵位を継ぐための勉強が始まる。
 それまでの読み書き程度ではない高度な勉強だ。
 カインもロメオも、午前中はいつも教師に就いて勉強させられていた。
 国や領地の歴史、法律、貴族の勢力分布、それぞれの領地の産業、その特徴……
「僕もう夢にも先生が出てくるよ」
「……僕は昨日夢の中で王国の相続法を暗唱させれらてたよ」
「カインはもうそこまで進んでるの?僕なんかやっと家族法が終わったところだよ」
 アバルト侯爵家の裏庭で、木剣を打ち合いながらロメオとカインが愚痴ってるのを、ティン=クェンとジルダは、初夏の日差しを避けるように木陰に敷かれた柔らかい敷物の上で眺めていた。
「貴族って大変なんだなぁ」
「あなたも貴族じゃないの」
 2人を見てこぼすティン=クェンに、ジルダが白々しくつっこむ。
「僕は三男だからね。継ぐ爵位もないからこうやってアバルト家に騎士見習いで来てるんだよ」
 伸びをしながら言うと、女中が差し出した蜂蜜の入った冷たい水を飲む。
「ジルダだって侯爵夫人になるための勉強してるんだろ?疲れないの?」
 冷たい蜂蜜水はジルダの喉も優しく潤した。
 ジルダはにこっと笑っただけで答えなかった。
 実際のところ、ジルダの勉強は苛烈だった。
 社交、所作、家政の基礎に加えて、エスクード侯爵家の領地の管理や財政についても学ばなければならない。
 だが、ジルダはそれらを文句も言わずにこなし続けていた。

 やがて疲れて戻ってきたカインとロメオも、女中から蜂蜜水をもらうと、一息に飲んで息をついた。
「明日は領地についての授業だ。カインは?」
「僕は歴史の教師が来る事になってる」
「いいなぁ。僕なんかこの暑い中毎日走り込みと素振りだよ」
 2人の愚痴にティン=クェンが参加する。
 確かに、ティン=クェンの肌は2人に比べて随分と健康的に見える。
「なあ、こないだ遊びに来てた庭師の子に聞いたんだけど」
 ロメオがブルーグレーの瞳をいたずらっぽく輝かせた。

「ほらな?ここに大きな穴が開いてるんだ」
 首都の外れにある貧民街の奥で、ロメオは得意げに言った。
 子守りをしていた乳母がうとうとしたのを見て、ロメオが提案したのは魔獣狩りだった。
 首都はその広大な土地を何層もの城壁で仕切られている。
 それぞれの城壁には門兵が立ち、城壁内の出入りを厳しく見張っている。
 その一番外れにある貧民街と呼ばれる場所に、城壁の崩れた場所があり、こっそりと城壁の外に出られると言うのだ。
 ロメオが御者に耳打ちして、馬車を出させると4人はそれに乗り込んだ。
「貧民街に獣車で行くと目立つだろ?」
 使用人が使う馬車は小さく、獣車に比べて格段に粗末だったが、それでも平民が乗るには豪華すぎる造りであることは、ロメオにはわからなかった。
 そうして、目的の場所に辿り着いた4人は、子供が余裕で通れる大きな穴を眺めていた。
「屋敷を抜け出して、怒られるよ。帰ろうよ、ロメオ」
「ティン=クエンの言う通りだよ。護衛もつけずにこんなところに来て――」
 ティン=クェンに続いてカインが言う。
 カインの左手にはジルダの右手が握られていた。
「大丈夫だって!首都には結界があるから強い魔物は近付かないって習っただろ?」
 ロメオはそう言うと、腰にぶら下げた短剣を抜いて、穴を潜って行ってしまった。
「ロメオ!待ってよ!1人で行ったら危ないって!」
 発作的にティン=クェンが追いかけて、カインはジルダと2人取り残されてしまった。
「ジルダ、どうする?君は馬車で待つか?」
 ぶっきらぼうにカインが訪ねると、ジルダは困ったように肩をすくめた。
 正直なところ、魔獣は怖いがカインを1人で行かせて万が一のことがあってはいけない。
 ジルダは繋がれたままのカインの左手をぎゅっと握った。
 それが合図のように、カインはジルダの手を引いてロメオたちを追いかけた。

 シトロン農場の脇を通って郊外に出ると、森の中だというのに、結界の境界を示す杭が至る所に打たれていた。
「魔獣……いないなぁ」
「油断するなよ、ロメオ」
 飽きて退屈になったロメオに、ティン=クェンが叱るように言う。
 ジルダはカインの手に手を繋がれたまま、そこかしこに生えている傷消しの薬草を楽しそうに摘んでいる。
 カインの脱いだ上着で作った即席の袋に、薬草が溜まっていくのを、カインは大事そうに抱えていた。
 その時、不意にロメオの左側から物音がした。
 4人に緊張がはしり、ロメオとティン=クェンが剣を構えた。
 カインも、ジルダを自分の背に隠す。
 飛び出してきたのは、カインたちよりも二周りほどちいさくて丸々と太った羽根のない鳥型の魔獣だった。
「ガーグだ!」
 ロメオが嬉しそうに声を上げた。
 素早いが、そこまで強くないガーグは罠さえ仕掛ければ子供達でも狩れると、聞いたことがあった。
 ロメオは魔力を全身に纏わせると、身体強化して剣を構えた。ティン=クェンもそれに続く。
「ロメオは右を、僕は左から狙う」
 騎士として一足早く実践的な訓練をしているティン=クェンが指示を出すと、ロメオはそれに従った。
 カインはジルダの手を握ったまま、薬草を抱えてどうしようか悩んでいた。
 ジルダを1人にして別の魔獣が来たらいけないし、でもロメオたちに加勢したいし――
「カイン、それ私が持つわ」
 ジルダはそう言うと、カインの手から薬草を引き取った。
「カイン!そっちに行ったぞ!」
 ロメオの声が聞こえた時には遅かった。
 ガーグは素早くカインの目の前にいた。
 カインは咄嗟にジルダを突き飛ばすと、ガーグの体当たりを受けて、ガーグもろとも背後の木に激突してしまった。

 アバルト家の護衛がきたのはすぐ後だった。
 御者が出発前に知らせていたのだ。
「元気があるのはいい。だが護衛がなんのためにいるのかを考えろ」
 普段は穏やかなエスクード侯爵が怒気を含んだ声で4人を叱る。
「義兄上の言う通りだ。ロメオ、お前は自分の軽率な判断がジルダに怪我をさせたんだぞ」
 アバルト侯爵も同じく、普段では見たことがない顔色で4人を睨みつける。
 ロメオたちは、護衛に連れ戻されたアバルト侯爵家で並んで立たされていた。
 ジルダの怪我は酷いものではなかったが、突き飛ばされた衝撃で顔や手足に擦り傷を負っていた。
 4人の中で一番重症だった。
「カインはジルダを守ったとはいえ、やり方が悪かった。わかるな?」
「はい……」
 カインは、治癒師に綺麗に治療してもらったジルダを横目見た。傷跡が残らなくてよかったと、小さく安堵した。
「次に魔獣を狩りに行く時は、必ず護衛を連れていくんだ。いいな?」
「そうだぞ――って、義兄上?」
 エスクード侯爵の発言に、アバルト侯爵が目を丸くする。
「この悪ガキどもだ。どうせ言っても聞かないなら、見張付きで好きにさせたほうがいいだろ」
 にやりと魅力的な笑みを浮かべるエスクード侯爵に、アバルト侯爵は笑いがこみあがるのを抑えきれなかった。
「確かに――よし、わかったな?お前たち」
 アバルト侯爵がそう言うと、ロメオたちは顔を輝かせた。
 こうして、子供達の初めての大冒険は幕を閉じた。
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