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49.バルコニー
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ロメオがいなくなった途端、夜会はまるで祭りのような賑やかさに感じられた。
さっきまでは気にならなかった音楽や、貴族達の喧騒が急に不愉快に思えた。
ああ、違う。さっきまではロメオ様が側にいたからだ。
世界に自分とロメオしかいないような錯覚に陥っていたのに、ロメオが離れた途端、現実が襲ってきたようだった。
「気分が悪いのかい?」
ロメオが果実水を持って戻ってくると、イレリアの顔色の悪さを案じた。
「いいえ――あの、人の多さに酔ったようです」
慌てて笑顔を作ると、イレリアはロメオから果実水を受け取って喉を潤した。
冷たい液体が、乾いた喉と火照った体を潤してくれるようだった。
「こっちにおいで」
ロメオが手を差し出したので、その手を掴むと言いようのない安心感と幸福感がイレリアを包み込んだ。
まるでカインに感じるのと同じ感覚だったが、違うようでもあった。
ロメオは、イレリアの手を引いて重いカーテンをかき分けてバルコニーに出た。
夏の初めの爽やかな風が、イレリアとロメオの間を通り抜けていく。
灯りで照らされていた広間とは違い、バルコニーは薄暗い。月明かりだけがイレリアの白い肌とロメオの少しだけ日に焼けた肌を神秘的に浮かび上がらせていた。
「ここなら静かだし誰もいないよ。落ち着くまでここにいよう」
バルコニーの手すりに腰をもたれさせると、ロメオはイレリアの体を抱きかかえるように自分にもたれさせた。
「手すりは固いからね」
耳元で囁くロメオの声に、イレリアの体は急速に熱を帯びた。
顔が見えない分、背中から伝わる体温がカインのように感じられる。
背中越しに胸の高鳴りが伝わってしまったらどうしよう。
イレリアは今、ロメオにときめいているのか、カインにときめいているのか分からなかった。
「君とこうしてゆっくり話すのは初めてだけど、何故だろう。すごく安心するし、緊張する」
ロメオのいたずらっぽい声が、少しだけ真剣みを帯びた気がした。
「――わたくしは……緊張しています」
イレリアは身じろぎせず、ロメオの胸に体を預けていたが、果たしてそれが正しいのかわかっていない。
頭では、カイン以外の男性に体を任せるなど、あってはいけないことだ。
だが、ロメオはイレリアが混乱するほど、カインに似ている。
いや、イレリアがそう思いたいだけなのかもしれない。
背中から感じる体つきや匂いは、カインのそれとは全く異なる。だが、イレリアはカインに抱かれているような錯覚に陥っていた。
部屋から漏れ聞こえる音楽が、ゆっくりとしたものに聞こえた。
「踊ろう――あの時は踊れなかったからね」
春の舞踏会の事を言っているのはすぐにわかった。
あの時は、初めての舞踏会とダンスに緊張して、エスコートしてくれたロメオに恥をかかせたのだ。
「でも――わたくしはこの曲を知りません」
「大丈夫」
ロメオはそう言うと、体を起こしてイレリアを抱くように向き合った。
「ここには誰もいないから失敗しても問題ない。僕に体を委ねて――」
カインとは違う大きな手が、イレリアを優しく抱いてリードする。
ゆらゆらと揺れるように体を動かすと、ロメオがカインの面影を感じさせる笑顔で「その調子」と笑う。
「ロメオ――様」
「イレリア」
イレリアの声に応えるように、ロメオが優しく名を呼んだ。
「最近は上の空だね」
カインはイレリアの手を取りながらイレリアの顔を覗き込んだ。
イレリアはカインとのお茶の時間だったことを思い出した。
「最近の君は様子がおかしいね。どうしたの」
カインは優しい口調のまま、注意深くイレリアを見つめていた。
今日はカインの休みの日だったのだ――久しぶりに2人で過ごせる日なのに、なぜ自分は考え事をしていたのだろう。それも――カインを目の前にしてロメオの事など――
「いいえ。ごめんなさい。最近お茶会や夜会に出すぎて疲れているのかも――」
「頑張りすぎだよ。貴族との付き合いは疲れるだけだ。どうしても断れない招待だけ受けるようにすればいい。その為のヨルジュだろう」
カインが微笑むと、ヨルジュは「承知しています」と返事をする代わりに軽く頭を下げた。
イレリアは、相変わらずカインが自分に触れないことに、苛立ちを覚えていた。
前までは、イレリアの部屋でソファに並んで抱き合うように話し合っていた。
だが、今は小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。
近いのに――遠い。
イレリアはロメオとの夜を思い出した。
バルコニーで踊った二人は、曲が終わってもしばらく抱き合ったまま見つめ合っていた。
カインとは違うブルーグレーの瞳が、イレリアを見つめていた。
イレリアが目を閉じると、ロメオの気配が近付いた。
口付けされると思ったが、ロメオはイレリアに軽く頬ずりをすると、体を離した。
「すまない。つい――」
顔を背けたロメオの言葉は最後まで聞こえなかった。
あの時の二人の方が、今よりもよっぽど恋人のようだ。
イレリアは目の前のカインをじっと見つめた。
「夜会は、しばらく休まないか?」
カインが不安そうに言った。
「どうして――?」
イレリアは苛立ちを抑えるながら言った。
私が社交を頑張ってるのはカインのためなのに?カインの妻となった時に、みんなに認められるためなのに?
「君が疲れてまでやる必要はないんだ。それにエスコートを任せるロメオの負担にもなる」
「ロメオ様がそう言ったの?」
自分でも驚くほど冷ややかな声が口から出て、イレリアはハッとしてカインを見た。
カインの表情が強張っている。
いけない――カインの気持ちが離れてしまう――
焦りに似た気持ちが、イレリアの心を覆った。
「だって――だってカインは私に触れてくれないじゃない……口付けもしてくれなくなったじゃない……私にはカインだけなのに!」
イレリアは緑色の瞳を涙で潤ませてカインを見つめた。
「イレリア……泣かないでくれ」
カインは慌てて立ち上がると、イレリアの足元に跪いてその涙を拭った。
堰が壊れるようにイレリアがカインにしがみつくと、カインは一瞬――ほんの一瞬だけ抗うように、体を強張らせたが、すぐにイレリアの体を抱きしめた。
抱き合った二人は、お互いを見つめ合うと、久しくしていなかった熱い口付けを交わした。
若い二人にはそれで満足ができるはずがなかった。
使用人たちはいつの間にかいなくなっていた――
さっきまでは気にならなかった音楽や、貴族達の喧騒が急に不愉快に思えた。
ああ、違う。さっきまではロメオ様が側にいたからだ。
世界に自分とロメオしかいないような錯覚に陥っていたのに、ロメオが離れた途端、現実が襲ってきたようだった。
「気分が悪いのかい?」
ロメオが果実水を持って戻ってくると、イレリアの顔色の悪さを案じた。
「いいえ――あの、人の多さに酔ったようです」
慌てて笑顔を作ると、イレリアはロメオから果実水を受け取って喉を潤した。
冷たい液体が、乾いた喉と火照った体を潤してくれるようだった。
「こっちにおいで」
ロメオが手を差し出したので、その手を掴むと言いようのない安心感と幸福感がイレリアを包み込んだ。
まるでカインに感じるのと同じ感覚だったが、違うようでもあった。
ロメオは、イレリアの手を引いて重いカーテンをかき分けてバルコニーに出た。
夏の初めの爽やかな風が、イレリアとロメオの間を通り抜けていく。
灯りで照らされていた広間とは違い、バルコニーは薄暗い。月明かりだけがイレリアの白い肌とロメオの少しだけ日に焼けた肌を神秘的に浮かび上がらせていた。
「ここなら静かだし誰もいないよ。落ち着くまでここにいよう」
バルコニーの手すりに腰をもたれさせると、ロメオはイレリアの体を抱きかかえるように自分にもたれさせた。
「手すりは固いからね」
耳元で囁くロメオの声に、イレリアの体は急速に熱を帯びた。
顔が見えない分、背中から伝わる体温がカインのように感じられる。
背中越しに胸の高鳴りが伝わってしまったらどうしよう。
イレリアは今、ロメオにときめいているのか、カインにときめいているのか分からなかった。
「君とこうしてゆっくり話すのは初めてだけど、何故だろう。すごく安心するし、緊張する」
ロメオのいたずらっぽい声が、少しだけ真剣みを帯びた気がした。
「――わたくしは……緊張しています」
イレリアは身じろぎせず、ロメオの胸に体を預けていたが、果たしてそれが正しいのかわかっていない。
頭では、カイン以外の男性に体を任せるなど、あってはいけないことだ。
だが、ロメオはイレリアが混乱するほど、カインに似ている。
いや、イレリアがそう思いたいだけなのかもしれない。
背中から感じる体つきや匂いは、カインのそれとは全く異なる。だが、イレリアはカインに抱かれているような錯覚に陥っていた。
部屋から漏れ聞こえる音楽が、ゆっくりとしたものに聞こえた。
「踊ろう――あの時は踊れなかったからね」
春の舞踏会の事を言っているのはすぐにわかった。
あの時は、初めての舞踏会とダンスに緊張して、エスコートしてくれたロメオに恥をかかせたのだ。
「でも――わたくしはこの曲を知りません」
「大丈夫」
ロメオはそう言うと、体を起こしてイレリアを抱くように向き合った。
「ここには誰もいないから失敗しても問題ない。僕に体を委ねて――」
カインとは違う大きな手が、イレリアを優しく抱いてリードする。
ゆらゆらと揺れるように体を動かすと、ロメオがカインの面影を感じさせる笑顔で「その調子」と笑う。
「ロメオ――様」
「イレリア」
イレリアの声に応えるように、ロメオが優しく名を呼んだ。
「最近は上の空だね」
カインはイレリアの手を取りながらイレリアの顔を覗き込んだ。
イレリアはカインとのお茶の時間だったことを思い出した。
「最近の君は様子がおかしいね。どうしたの」
カインは優しい口調のまま、注意深くイレリアを見つめていた。
今日はカインの休みの日だったのだ――久しぶりに2人で過ごせる日なのに、なぜ自分は考え事をしていたのだろう。それも――カインを目の前にしてロメオの事など――
「いいえ。ごめんなさい。最近お茶会や夜会に出すぎて疲れているのかも――」
「頑張りすぎだよ。貴族との付き合いは疲れるだけだ。どうしても断れない招待だけ受けるようにすればいい。その為のヨルジュだろう」
カインが微笑むと、ヨルジュは「承知しています」と返事をする代わりに軽く頭を下げた。
イレリアは、相変わらずカインが自分に触れないことに、苛立ちを覚えていた。
前までは、イレリアの部屋でソファに並んで抱き合うように話し合っていた。
だが、今は小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。
近いのに――遠い。
イレリアはロメオとの夜を思い出した。
バルコニーで踊った二人は、曲が終わってもしばらく抱き合ったまま見つめ合っていた。
カインとは違うブルーグレーの瞳が、イレリアを見つめていた。
イレリアが目を閉じると、ロメオの気配が近付いた。
口付けされると思ったが、ロメオはイレリアに軽く頬ずりをすると、体を離した。
「すまない。つい――」
顔を背けたロメオの言葉は最後まで聞こえなかった。
あの時の二人の方が、今よりもよっぽど恋人のようだ。
イレリアは目の前のカインをじっと見つめた。
「夜会は、しばらく休まないか?」
カインが不安そうに言った。
「どうして――?」
イレリアは苛立ちを抑えるながら言った。
私が社交を頑張ってるのはカインのためなのに?カインの妻となった時に、みんなに認められるためなのに?
「君が疲れてまでやる必要はないんだ。それにエスコートを任せるロメオの負担にもなる」
「ロメオ様がそう言ったの?」
自分でも驚くほど冷ややかな声が口から出て、イレリアはハッとしてカインを見た。
カインの表情が強張っている。
いけない――カインの気持ちが離れてしまう――
焦りに似た気持ちが、イレリアの心を覆った。
「だって――だってカインは私に触れてくれないじゃない……口付けもしてくれなくなったじゃない……私にはカインだけなのに!」
イレリアは緑色の瞳を涙で潤ませてカインを見つめた。
「イレリア……泣かないでくれ」
カインは慌てて立ち上がると、イレリアの足元に跪いてその涙を拭った。
堰が壊れるようにイレリアがカインにしがみつくと、カインは一瞬――ほんの一瞬だけ抗うように、体を強張らせたが、すぐにイレリアの体を抱きしめた。
抱き合った二人は、お互いを見つめ合うと、久しくしていなかった熱い口付けを交わした。
若い二人にはそれで満足ができるはずがなかった。
使用人たちはいつの間にかいなくなっていた――
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