侯爵家の婚約者

やまだごんた

文字の大きさ
68 / 90

67.帰宅

「しかしなぜ伯爵がカインを狙うんだ」
 ティン=クェンの疑問はもっともだった。カインもそれには同意したが、議会室でのあの笑みはそれ以外説明が付かない。
「でも――オルフィアス伯爵は法務貴族だぞ」
 議会に参加する貴族の中でも、裁判を司る貴族を法務貴族と呼ぶ。
 エスクード侯爵とアバルト侯爵も法務貴族を兼務している。
 つまり、それだけ王宮に近しい存在であり、そういう人物が果たして国を脅かそうとするのだろうかと、ティン=クェンは混乱していた。いや、それはカインも同じだった。
「そうだ――だが」
 ティン=クェンは、椅子に腰かけて頭を抱えるカインの傍に跪くと、カインの手を握った。
「落ち着くんだ。僕もオルフィアス伯爵は何かあると思う。調べてみるよ。――だが、君は首都に戻ったらやることがあるんだろ?」
 ティン=クェンはカインを見つめて微笑んだ。
 そうだ――僕はジルダに会わなければいけないんだ。
「オルフィアス伯爵の事は任せてくれ」
 ティン=クェンの言葉に頷くと、カインは漸く安堵したように息を吐いた。
 ほぼ同時に、ダーシー卿が執務室の扉を叩いた。

「――以上です。あと、魔獣の素材は5日後に首都に到着しますし、魔石の評価は2日後に出るそうです。――こちらはいつもの通りでよろしいですか?」
 ダーシー卿は今回の討伐の収支報告を読み上げ、カインに確認した。
「ああ。僕以外の皆で分ければいい。みんなでうまいものでも食えばいいさ」
「それなら、隊長の分はイレリア嬢の個人資産としてお与えになればいかがですか。これからも支援事業などで物入りになるでしょうし」
 エスクード侯爵家の資産から考えると、魔石の収入なんて大した事はないのはわかっていた。
 だが、エスクード侯爵家はあくまで後見であって、イレリア個人に資産などない。
 恐らくカインはそんなことなど気にも留めないのだろうと、ダーシー卿は老婆心が疼いて、欲のない隊長に耳打ちした。
 カインはそこで初めてイレリアの存在を全く忘れていた事に気付き、愕然とした。
 イレリアに出会ってから1年近く経つと言うのに、一度たりとも忘れたことがなかった何よりも大切な人のはずなのに――カインの動揺にダーシー卿は気が付かず、「そういえば」と呟いた。
「さっき王宮で聞いた話ですが、貧民街で暴動騒ぎが起きたらしいですよ。すぐに収まったそうですが、なんでも――イレリア嬢の名を騙った暴漢が貧民街の住民を扇動したとか」
 ダーシー卿の言葉に驚いたのは、カインだけではなかった。

 カインの驚き様に、ダーシー卿は帰宅することを提案し、カインは素直に従った。
 元々報告さえ終われば、3日間の休みが約束されていたのだし、残りの仕事は素材の目録の確認程度で急ぐ必要もない。
 カインは後をダーシー卿に任せて帰宅の途についた。
 エスクード侯爵邸でカインの帰りを出迎えたのは、草竜のポッチだった。
 今回の討伐には騎士隊の獣車で移動したので、置いて行かれたのを怒っているのだろう。
 ポッチはカインに駆け寄ると、鼻息でカインの顔を湿らせた。
「怒ってるのか?――ごめんよ。次はちゃんと連れて行くから許してくれよ」
 カインの言葉にポッチはグルグルと機嫌よく喉を鳴らし、その頭をカインにもたげて撫でられるのを待っていた。
 カインは草竜の要望に応えてポッチを撫でると、御者のルーが慌てて飛んできた。
「カイン様!申し訳ありません!」
 獣車に繋ごうと連れてきたところ、カインの気配を察知して飛び出したのだと言う。
「謝ることはない。こいつはそれだけ頭がいいんだ。――むしろ前みたいに嫌われていなくて安心したよ」
 ポッチを撫でながらカインが笑うと、ルーは安心したように微笑んだ。
「……なんだその顔は。お前まで僕が普通じゃなかったことを責めるのか?」
「責めるだなんてとんでもない!ただ、以前のように穏やかなお坊ちゃまに戻られて安心してるんです」
 カインの冗談を含んだ言葉に大袈裟な身振りで否定すると、ルーもまた冗談を含んだ笑みで返した。
「父上のお迎えに上がるのか?」
「はい――そろそろ議会が終わる頃ですんで。王様に掴まってなければ」
 ルーは王宮には入ったことがないのに、やたらと王宮の内部に詳しい。
 侯爵が獣車の中でルー相手に愚痴を言うから覚えたと言う。
 父上らしいとカインは笑うと、ポッチの顔に頬ずりをした。
「お前が父上をお連れしてくれるなら安心だ。頼んだよ」
 カインの言葉に、ポッチはグルルと喉を鳴らすと、誇らしげにルーの元に行き、尻尾でルーを急かすように叩きながら獣車へといそいそと向かった。
 その姿を見送りながら、カインは胸が温かいもので包まれる気がして、無意識のうちに胸元の青い宝石に手をやっていた。

 カインの帰宅の報せを受けたイレリアは、朝から入浴を済ませ、髪を結い上げてカインを出迎える準備をしていた。
 6日しか離れていないのに、もうずっと離れていたような気分がする。
 カインの訪問を今か今かと待ち構えていると、カインが扉を叩いた。
 扉の音と同じくらい、イレリアの胸は高鳴った。
 カインの熱い抱擁と口付けを期待して、アリッサに扉を開けるよう促すと、イレリアの期待はすぐに裏切られた。
 カインは、イレリアに向かい合うと貧民街の件について口を開いた。その表情は暗く、目には疑念が浮かんでいた。
感想 68

あなたにおすすめの小説

三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで

狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。 一度目は信じた。 二度目は耐えた。 三度目は――すべてを失った。 そして私は、屋上から身を投げた。 ……はずだった。 目を覚ますと、そこは過去。 すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。 ――四度目の人生。 これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、 同じように裏切られ、すべてを失ってきた。 だから今度は、もう決めている。 「もう、陸翔はいらない」 愛していた。 けれど、もう疲れた。 今度こそ―― 自分を守るために、家族を守るために、 私は、自分から手を放す。 これは、三度裏切られた女が、 四度目の人生で「選び直す」物語。

いつも隣にいる

はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。

「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚

きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」 新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。 それもそのはず。 2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。 でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。 美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。 だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。 どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったレオノールに、やがてクラウディオの心は……。 すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?  焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
【4月中旬 完結予定】 「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望