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67.帰宅
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「しかしなぜ伯爵がカインを狙うんだ」
ティン=クェンの疑問はもっともだった。カインもそれには同意したが、議会室でのあの笑みはそれ以外説明が付かない。
「でも――オルフィアス伯爵は法務貴族だぞ」
議会に参加する貴族の中でも、裁判を司る貴族を法務貴族と呼ぶ。
エスクード侯爵とアバルト侯爵も法務貴族を兼務している。
つまり、それだけ王宮に近しい存在であり、そういう人物が果たして国を脅かそうとするのだろうかと、ティン=クェンは混乱していた。いや、それはカインも同じだった。
「そうだ――だが」
ティン=クェンは、椅子に腰かけて頭を抱えるカインの傍に跪くと、カインの手を握った。
「落ち着くんだ。僕もオルフィアス伯爵は何かあると思う。調べてみるよ。――だが、君は首都に戻ったらやることがあるんだろ?」
ティン=クェンはカインを見つめて微笑んだ。
そうだ――僕はジルダに会わなければいけないんだ。
「オルフィアス伯爵の事は任せてくれ」
ティン=クェンの言葉に頷くと、カインは漸く安堵したように息を吐いた。
ほぼ同時に、ダーシー卿が執務室の扉を叩いた。
「――以上です。あと、魔獣の素材は5日後に首都に到着しますし、魔石の評価は2日後に出るそうです。――こちらはいつもの通りでよろしいですか?」
ダーシー卿は今回の討伐の収支報告を読み上げ、カインに確認した。
「ああ。僕以外の皆で分ければいい。みんなでうまいものでも食えばいいさ」
「それなら、隊長の分はイレリア嬢の個人資産としてお与えになればいかがですか。これからも支援事業などで物入りになるでしょうし」
エスクード侯爵家の資産から考えると、魔石の収入なんて大した事はないのはわかっていた。
だが、エスクード侯爵家はあくまで後見であって、イレリア個人に資産などない。
恐らくカインはそんなことなど気にも留めないのだろうと、ダーシー卿は老婆心が疼いて、欲のない隊長に耳打ちした。
カインはそこで初めてイレリアの存在を全く忘れていた事に気付き、愕然とした。
イレリアに出会ってから1年近く経つと言うのに、一度たりとも忘れたことがなかった何よりも大切な人のはずなのに――カインの動揺にダーシー卿は気が付かず、「そういえば」と呟いた。
「さっき王宮で聞いた話ですが、貧民街で暴動騒ぎが起きたらしいですよ。すぐに収まったそうですが、なんでも――イレリア嬢の名を騙った暴漢が貧民街の住民を扇動したとか」
ダーシー卿の言葉に驚いたのは、カインだけではなかった。
カインの驚き様に、ダーシー卿は帰宅することを提案し、カインは素直に従った。
元々報告さえ終われば、3日間の休みが約束されていたのだし、残りの仕事は素材の目録の確認程度で急ぐ必要もない。
カインは後をダーシー卿に任せて帰宅の途についた。
エスクード侯爵邸でカインの帰りを出迎えたのは、草竜のポッチだった。
今回の討伐には騎士隊の獣車で移動したので、置いて行かれたのを怒っているのだろう。
ポッチはカインに駆け寄ると、鼻息でカインの顔を湿らせた。
「怒ってるのか?――ごめんよ。次はちゃんと連れて行くから許してくれよ」
カインの言葉にポッチはグルグルと機嫌よく喉を鳴らし、その頭をカインにもたげて撫でられるのを待っていた。
カインは草竜の要望に応えてポッチを撫でると、御者のルーが慌てて飛んできた。
「カイン様!申し訳ありません!」
獣車に繋ごうと連れてきたところ、カインの気配を察知して飛び出したのだと言う。
「謝ることはない。こいつはそれだけ頭がいいんだ。――むしろ前みたいに嫌われていなくて安心したよ」
ポッチを撫でながらカインが笑うと、ルーは安心したように微笑んだ。
「……なんだその顔は。お前まで僕が普通じゃなかったことを責めるのか?」
「責めるだなんてとんでもない!ただ、以前のように穏やかなお坊ちゃまに戻られて安心してるんです」
カインの冗談を含んだ言葉に大袈裟な身振りで否定すると、ルーもまた冗談を含んだ笑みで返した。
「父上のお迎えに上がるのか?」
「はい――そろそろ議会が終わる頃ですんで。王様に掴まってなければ」
ルーは王宮には入ったことがないのに、やたらと王宮の内部に詳しい。
侯爵が獣車の中でルー相手に愚痴を言うから覚えたと言う。
父上らしいとカインは笑うと、ポッチの顔に頬ずりをした。
「お前が父上をお連れしてくれるなら安心だ。頼んだよ」
カインの言葉に、ポッチはグルルと喉を鳴らすと、誇らしげにルーの元に行き、尻尾でルーを急かすように叩きながら獣車へといそいそと向かった。
その姿を見送りながら、カインは胸が温かいもので包まれる気がして、無意識のうちに胸元の青い宝石に手をやっていた。
カインの帰宅の報せを受けたイレリアは、朝から入浴を済ませ、髪を結い上げてカインを出迎える準備をしていた。
6日しか離れていないのに、もうずっと離れていたような気分がする。
カインの訪問を今か今かと待ち構えていると、カインが扉を叩いた。
扉の音と同じくらい、イレリアの胸は高鳴った。
カインの熱い抱擁と口付けを期待して、アリッサに扉を開けるよう促すと、イレリアの期待はすぐに裏切られた。
カインは、イレリアに向かい合うと貧民街の件について口を開いた。その表情は暗く、目には疑念が浮かんでいた。
ティン=クェンの疑問はもっともだった。カインもそれには同意したが、議会室でのあの笑みはそれ以外説明が付かない。
「でも――オルフィアス伯爵は法務貴族だぞ」
議会に参加する貴族の中でも、裁判を司る貴族を法務貴族と呼ぶ。
エスクード侯爵とアバルト侯爵も法務貴族を兼務している。
つまり、それだけ王宮に近しい存在であり、そういう人物が果たして国を脅かそうとするのだろうかと、ティン=クェンは混乱していた。いや、それはカインも同じだった。
「そうだ――だが」
ティン=クェンは、椅子に腰かけて頭を抱えるカインの傍に跪くと、カインの手を握った。
「落ち着くんだ。僕もオルフィアス伯爵は何かあると思う。調べてみるよ。――だが、君は首都に戻ったらやることがあるんだろ?」
ティン=クェンはカインを見つめて微笑んだ。
そうだ――僕はジルダに会わなければいけないんだ。
「オルフィアス伯爵の事は任せてくれ」
ティン=クェンの言葉に頷くと、カインは漸く安堵したように息を吐いた。
ほぼ同時に、ダーシー卿が執務室の扉を叩いた。
「――以上です。あと、魔獣の素材は5日後に首都に到着しますし、魔石の評価は2日後に出るそうです。――こちらはいつもの通りでよろしいですか?」
ダーシー卿は今回の討伐の収支報告を読み上げ、カインに確認した。
「ああ。僕以外の皆で分ければいい。みんなでうまいものでも食えばいいさ」
「それなら、隊長の分はイレリア嬢の個人資産としてお与えになればいかがですか。これからも支援事業などで物入りになるでしょうし」
エスクード侯爵家の資産から考えると、魔石の収入なんて大した事はないのはわかっていた。
だが、エスクード侯爵家はあくまで後見であって、イレリア個人に資産などない。
恐らくカインはそんなことなど気にも留めないのだろうと、ダーシー卿は老婆心が疼いて、欲のない隊長に耳打ちした。
カインはそこで初めてイレリアの存在を全く忘れていた事に気付き、愕然とした。
イレリアに出会ってから1年近く経つと言うのに、一度たりとも忘れたことがなかった何よりも大切な人のはずなのに――カインの動揺にダーシー卿は気が付かず、「そういえば」と呟いた。
「さっき王宮で聞いた話ですが、貧民街で暴動騒ぎが起きたらしいですよ。すぐに収まったそうですが、なんでも――イレリア嬢の名を騙った暴漢が貧民街の住民を扇動したとか」
ダーシー卿の言葉に驚いたのは、カインだけではなかった。
カインの驚き様に、ダーシー卿は帰宅することを提案し、カインは素直に従った。
元々報告さえ終われば、3日間の休みが約束されていたのだし、残りの仕事は素材の目録の確認程度で急ぐ必要もない。
カインは後をダーシー卿に任せて帰宅の途についた。
エスクード侯爵邸でカインの帰りを出迎えたのは、草竜のポッチだった。
今回の討伐には騎士隊の獣車で移動したので、置いて行かれたのを怒っているのだろう。
ポッチはカインに駆け寄ると、鼻息でカインの顔を湿らせた。
「怒ってるのか?――ごめんよ。次はちゃんと連れて行くから許してくれよ」
カインの言葉にポッチはグルグルと機嫌よく喉を鳴らし、その頭をカインにもたげて撫でられるのを待っていた。
カインは草竜の要望に応えてポッチを撫でると、御者のルーが慌てて飛んできた。
「カイン様!申し訳ありません!」
獣車に繋ごうと連れてきたところ、カインの気配を察知して飛び出したのだと言う。
「謝ることはない。こいつはそれだけ頭がいいんだ。――むしろ前みたいに嫌われていなくて安心したよ」
ポッチを撫でながらカインが笑うと、ルーは安心したように微笑んだ。
「……なんだその顔は。お前まで僕が普通じゃなかったことを責めるのか?」
「責めるだなんてとんでもない!ただ、以前のように穏やかなお坊ちゃまに戻られて安心してるんです」
カインの冗談を含んだ言葉に大袈裟な身振りで否定すると、ルーもまた冗談を含んだ笑みで返した。
「父上のお迎えに上がるのか?」
「はい――そろそろ議会が終わる頃ですんで。王様に掴まってなければ」
ルーは王宮には入ったことがないのに、やたらと王宮の内部に詳しい。
侯爵が獣車の中でルー相手に愚痴を言うから覚えたと言う。
父上らしいとカインは笑うと、ポッチの顔に頬ずりをした。
「お前が父上をお連れしてくれるなら安心だ。頼んだよ」
カインの言葉に、ポッチはグルルと喉を鳴らすと、誇らしげにルーの元に行き、尻尾でルーを急かすように叩きながら獣車へといそいそと向かった。
その姿を見送りながら、カインは胸が温かいもので包まれる気がして、無意識のうちに胸元の青い宝石に手をやっていた。
カインの帰宅の報せを受けたイレリアは、朝から入浴を済ませ、髪を結い上げてカインを出迎える準備をしていた。
6日しか離れていないのに、もうずっと離れていたような気分がする。
カインの訪問を今か今かと待ち構えていると、カインが扉を叩いた。
扉の音と同じくらい、イレリアの胸は高鳴った。
カインの熱い抱擁と口付けを期待して、アリッサに扉を開けるよう促すと、イレリアの期待はすぐに裏切られた。
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